今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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実質神肌のふたり(失礼)


広場の激闘

近衛騎士団長ミレイユ、王宮侍女武官セーラ。

 

それぞれ、王子にとって近しい者達であった。ミレイユとは幼少のころから、家庭教師として多くの事を学んでいた。未だにそのことを思うと頭が上がらない。本人に直接言った事こそ無いが、姉や、母のようにさえ感じていた。

セーラもまた、王子の侍女としてその傍で仕え続けてくれていた。有能な彼女には随分と助けられていた。少々強引な手を用いるようなところはあったが、そんなところも王子にとってみれば魅力の一つであった。

王都脱出の際、己を逃がすために二人は魔物を相手に足止めを引き受けたのだ。彼女たちの実力ならば簡単に負けるはずは無い、そう信じてはいたが。

 

そんな二人が今、褪せ人と対峙し、武器を構えている。ここに来て初めて王子の顔に苦渋の色が滲む。

 

「二人に何をした…!!」

「王国ノ民ニ、同胞ヲ殺サセル。実ニ良イ余興ニナルト、ソウ思ッタノダ」

 

王子の怒りの籠った言葉を前に、愉快とばかりに肩を震わせてリッチはそう言った。しかし、その内容は核心を得ないもの。

 

「セーラ!ミレイユ!目を覚ませ!」

 

王子の言葉は、しかし二人には届かなかった。その茫洋とした瞳には、常の光は無く、代わりに紫色の魔力が渦巻いているようだった。

 

「操られているのか…!」

 

確証があるわけではない。しかし、今得られる情報の中から王子はそう判断する。二人への信頼と、紫の魔力に染まった瞳、そしてリッチの持つ杖もまた、彼女らが現れてから一層強くその輝きを増していた。

ならば、リッチを倒しさえすれば二人は元に戻るかもしれない。王子はそう考え、己の中の結論を褪せ人に伝える。

 

「褪せ人…!二人は操られているようだ!俺達でリッチを倒す。だから…二人の足止めを頼む…!」

 

彼女達の実力はよく知っていた。おおよそ並の相手がどうこうできる相手ではない。ましてやその二人を相手に時間稼ぎをしろというのは困難極まりなかった。故に、王子はこの場で切れる最大の手札をあてがう。無茶な依頼だ。しかし、隣に立つ男の実力ならば。短い付き合いではあるが、そう思わせるほどにこの鎧の騎士の実力は隔絶していた。

 

「…使え」

 

褪せ人が言葉少なに手に持った分かたれぬ双児の剣を王子へと手渡す。戸惑いながら、王子はそれを受け取った。

 

「お前…」

「数打ちの剣で時間をかけるつもりか。すぐに済ませろ」

 

そう言うと褪せ人が大盾と大槌を構えて、二人と対峙する。

 

「こちらの面倒は見てやる。お前はお前の使命を果たせ」

 

常と変わらぬ態度。それこそが周囲の人間に頼もしさを覚えさせる。

 

「すまない。俺は俺の成すべきことを成す」

 

そして、王子もまた剣を構える。それぞれの戦いの幕が今、切って落とされた。

 

 

 

褪せ人と、セーラ、ミレイユが睨み合う。褪せ人は大槌と、大盾。それは褪せ人が最も多用し、基本となる組み合わせ。時間稼ぎという名目であれば、これ以上なく適切だろうと。そう考えての事であった。

対して、ミレイユは鎧に身を包み槍を構える。一合のみの打ち合いであったが、その防御は硬い。槍もまた、特別なものなのだろう。静かにその聖性が槍から沸き立っているように見えた。

セーラの方は、給仕服に身を包み、その身には似つかわしくない斧槍を構えている。メイドだったのだろうか。しかし、先のやり取りでその身のこなしは到底油断できるものではなかった。

 

最初に動いたのはミレイユ。一足飛びにこちらへ近づき、手に持つ槍で突きを放つ。それを褪せ人が大盾で受け、引き剝がすべく大槌のカウンターを放つ。しかし、それはミレイユの槍によって容易く受け止められる。強烈な衝突音が辺りに響き渡る。そして、返す刀で槍の石突によるカウンターが放たれた。その衝撃は槍から放たれたとは到底思えない重い一撃。まるで、自分の攻撃の威力をそのまま反射されたかのような一撃を盾に受け、褪せ人は弾き飛ばされる。

体勢を整え着地。そして再び相手の姿を捉えようとして、すぐ目の前に斧槍の一撃が舞い込んできた。褪せ人はそれをローリングで回避。重厚な鎧を着ているとは思えない軽快さであった。

三人の攻防が続く。二人の猛攻を受け止め、褪せ人による消極的な反撃が繰り出される。幾度かの打ち合いの後、再び両者の距離が開いた。

 

褪せ人が冷静に状況を分析する。現状、どこまでも不利というほかなかった。ミレイユの戦闘スタイルは恐らく、防御からのカウンターが主体だと考えられる。褪せ人を弾き飛ばした一撃が、あの槍によるものかその槍術によるものなのかは判別できないが、どうやら受けた攻撃をそのまま相手へと返すことが本領であると感じた。

それだけであればやりようはあった。ましてや、今回の目的は時間稼ぎ。受けの姿勢で待つ相手にわざわざ飛び込んでやる必要は無いのだ。

問題はもう一人――セーラの方にあった。

彼女は言うなれば、サポートに特化した戦闘を行う。相手に合わせることに主眼の置かれた彼女の戦術。振るわれる斧槍の一撃は、褪せ人をして厄介と言わざるを得なかった。彼女が褪せ人の隙を作らんと巧みな技術を以て振るわれるそれは、攻め手に欠けるミレイユの弱点を限りなく完璧にカバーしていた。反撃に転じようものなら、その隙を潰すようにして、斧槍が振るわれ、槍のカウンターが放たれる。セーラのサポートは攻撃だけでなく、ミレイユの堅牢な守りをより盤石なものにしていた。

総じて、手段の限られた現状では手の余る相手。褪せ人をしてじり貧と言わざるを得ない状況であった。

褪せ人は状況を打破すべく自身の取りうる手段を組み上げていく。そして、ただ一つ、相手を傷つけず無力化できる手段があることに思い至る。己の懐に目的の物があることを確認する。

 

――数は一つ。こうなることが分かっていれば、数を用意していたのだが…

 

一つでもあれば上々だろう。そう褪せ人は思い直す。されど相手は二人。この手段を用いるならば一か所にまとめる必要があった。褪せ人が攻撃へと転じるべく前進する。そこをセーラが斧槍を振りかぶって飛びかかってきた。それを盾で以て防ぎ、弾く。そして、大槌によるカウンターを放つ。セーラと褪せ人の間に、ミレイユが割り込む。そしてカウンターを放ち、褪せ人を吹き飛ばした。

どこまでも予想通りな動き。洗脳され、思考を制限されていなければ、あるいはこちらの思惑に気づいたかもしれないが。もはやそれを考えても詮無き事であった。

吹き飛ばされた姿勢のまま、褪せ人がセーラに向けてククリを放つ。次々と放たれるそれらは、ミレイユがかばうことで容易く防がれた。

 

――ククリの中に混じり、飛来したそれは、ミレイユの槍を受け粉々に砕け散る。

 

薄紫の霧が、二人を包み込んだ。それを煙幕と認識し、二人が警戒を強めるが、もはや遅い。

 

「――っ!?」

 

突如、強烈な眠気に襲われ二人が膝をつく。まともに霧を吸ってなお、立ち上がろうとする様は見事なものだと褪せ人は思うが、それも時間の問題だろう。

 

「卑怯とは言うまいな」

 

もはや勝敗は決した。セーラがその意識を失い、倒れる。その後を追うようにミレイユもまた、倒れていった。

二人に外傷が無いことを確認し、褪せ人はもう一方の戦いへと意識を向ける。そちらの戦闘もまた、佳境を迎えようとしていた。

 

 

褪せ人が激戦を繰り広げる傍ら、王子達もまた、戦いに臨んでいた。リッチの召喚した魔物を兵士達が抑えている中、王子はリッチと対峙する。

リッチの身体には王子によってつけられた傷が幾重にも走り、その傷口は聖律による光に焼かれていた。

王子も、リッチの繰り出す魔法によって傷を負っている。致命傷こそ躱しているが、その身は既に己の血で染まっていた。

リッチの杖が妖しく光る。それは、この戦いで幾度も見た魔法の前兆。

その瞬間を見計らい、王子はリッチに向かって駆け出した。先程まで王子のいた足元に紫に輝く光柱が突き立つ。魔力の余波が、前進する王子の背を焼いた。闇の魔力が、己の身体を蝕み、激痛が走る。

王子はそれを感じながらも立ち止まることは無かった、ただ目前のリッチに向かって疾駆する。

黄金と白銀の剣を構え、それをリッチの胸元に突き立てた。

 

「ガァッ…!!」

 

ローブの先、もはや骨だけの体、その奥にある核を決定的に傷つける。聖律の光が、不死者を許容しない理が、リッチの邪悪な魂を焦がし、今度こそ死をもたらす。

リッチが王子から距離を離し、形を留めることができず、体が崩壊していく中、それでもなお憎悪の籠った目で王子を睨む。

身体を少しずつ砂へと還しながら、しかし、リッチは笑った。

 

「ヤッテクレル…。ダガ、アノ方の為ニモ、コノママ終ワルワケニハイカナイ…!」

 

ふらつき、それでもなお地に立つリッチが懐から何かを取り出す。

それは、切り取られた舌だった。全く予想の出来ない代物に、王子は嫌な予感を感じる。

 

――アレは、間違いなく止めなくてはならない。

 

王子が、満身創痍の中リッチへ向かって駆ける。まるで、泥の中を走っているかのようだった。

もはや、全てが遅かった。リッチが何事かを呟き、その舌を握りつぶす。世界の何かが書き換わったような感覚。この場に居た全員がそれを感じ取った。リッチは、その結果を見届けると静かに崩れ去っていく。

 

「アア…。ガリ…ウ…様…」

 

最後に何者かの名を呼び、今度こそリッチは砂へと還っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――その砂を踏み潰すようにしてそれは現れた。

 

それは、赤黒い色の霊体であった。それが徐々に輪郭を明らかにしながら、その姿を現す。

男のようであった。尖り帽子とローブを纏った姿はどこか、魔導士のような印象を受ける。しかし、その両手には剣が握られていた。それぞれ長さの異なる剣からは、優雅さと冷徹な殺意が宿っているように感じた。

男は、冷静に周囲を見渡す。余裕すら感じ取れるその所作に、周囲の兵も、王子も凍り付いたように動けないでいた。

 

王子の顔が絶望に歪む。満身創痍の中、漸くリッチを倒した矢先に現れたそれは、見ただけで背筋が凍るほどに恐ろしい存在。リッチなど比べるべくもない格上であると、そう本能が告げていた。恐らくはリッチが最後に呼び出した相手。友好的であるはずもなかった。

 

「だが…それでも、ここで終わる訳にいかない…!」

 

なけなしの力を振り絞り、剣を支えに王子は立ち上がる。その目に再び決意の炎を燃やし、目の前の敵を討たんと己を奮い立たせる。

 

「下がっていろ」

 

それを褪せ人が押しとどめる。いつものように簡潔でありながら、その声は硬い。

 

「あそこの二人と兵を連れて下がっていろ。今のお前には荷が重い」

「だが…!」

「アレが、私の知っているものと同じなら、もはやこの戦いはお前たちには何の関係もないものだ。恐らくは、その目的も」

 

アレが、狭間の地と同じものならこの世界に何の興味も持たないだろう。血に酔ったあれらが求めるのはただただ、闘争。それのみであるはずだった。

 

そして、霊体が遂に褪せ人をその視界へと捉えると、その赤黒い相貌に笑みを浮かべる。

霊体が静かに、褪せ人に向かって恭しく一礼した。戦場に似つかわしくない程に優雅な所作。そこに籠められた意味は愚かな敵への嘲笑とこれから起こる惨劇への愉悦。

褪せ人が再度王子へと口を開く。

 

「二度言わせるな。はっきり言って、お前達を守りながら相手をする余裕などないぞ。邪魔だ」

「…分かった。絶対に死ぬんじゃないぞ…」

 

あえて、突き放すように強い口調で言う褪せ人に、王子は今度こそ従った。ミレイユとセーラ。王国でも指折りの実力者を相手に無傷で無力化した男が、余裕すらないとまで言う相手。足手まといになるわけにはいかなかった。己の弱さに、戦友を一人置いて去ることに王子は無力さを味わった。

 

――もっと、強くならなくてはいけない。

 

王子が兵士達を連れ、広場から出る間際、そう強く思った。

 

 

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