「では、作戦を確認しましょう」
街道外れの森で待機しながら、褪せ人達へ向けてダグマールが口を開く。
「帝国軍の本隊にて街道に居座る白い竜人を足止めします。その間に、我々別働隊は村へ進軍、住人の救助及び竜人を討伐します」
白い竜人は街道に居座り、帝国を迎え撃つつもりらしい。撤退した先行部隊の証言から、戦闘自体には消極的という事だった。
「しかし、足止めも長くは保たないでしょう。彼女の探知範囲は広く、此方に気付かれればなりふり構わず村まで戻ってくる可能性が高い。ですので——」
そこでダグマールが拳を握り、口を開く。此処が最も重要なのだと、言葉にせずとも態度がそれを示していた。
「——圧倒的な火力を以て迅速に敵を蹂躙します。褪せ人殿の持つ竜の力、どうか存分に発揮してください!」
彼女のいうそれは、どこまでも力押しである。しかし、相手は所詮竜人という優れた力に胡座をかいている小物。それを実行出来るだけの力の差が存在していた。
「……時間か、それでは行こうか」
ルキファが作戦開始時刻になった事を確認し、立ち上がると一斉に駆け出した。
森の中を褪せ人達が駆ける。天使、悪魔、妖怪と人間。多種族入り混じった混沌の軍勢は、一見して帝国の手勢とは思われないだろう。
「それにしても、凄いわねそれ」
「あぁ、まるで本物の竜だな」
アブグルントとルキファが隣で駆けるダグマールを見遣る。彼女が跨がるのは機械仕掛けの竜。
本物の竜と遜色なく動くその機竜は帝国の技術力がこの世界において何よりも先んじている事を物語っていた。
「騎竜として運用する都合上、機動性も確保しないといけませんから。とはいえ、まだまだ試作段階、改良の余地はあります」
ダグマールがそんな二人の言葉に答える。褒められて悪い気はしないが、本格運用には未だ遠い。今回の試運転で課題が見えてくるだろう。
そんな事を考えていると、森の奥、遠目に竜人達の姿が見えてくる。油断しているのか、こちらに気付いた様子はない。
「見えました。では褪せ人殿、お願いします」
期待を込めてこちらを見るダグマールにやり辛さを感じながら、褪せ人はトレントのスピードを上げる。
接近し、漸く竜人達はその蹄の音に気付き此方に振り向く。
「ナニッ、敵襲ダト!?」
「ラウラは何をやってイル!?」
慌てたように武器を構える竜人達に、褪せ人はトレントから跳躍すると、祈祷を発動させた。
褪せ人の頭部が竜へと変じる。姿を成すは山嶺の主、放たれるは凍てつく霧。
「竜!? 竜ダト!?」
「バカな!? 人間ではないノカ!?」
広範囲に放たれる竜のブレスは、不意を打たれた竜人達に防ぐのは到底不可能であった。
たちまちに視界が白い霧に覆われる。周囲の温度は著しく下がり、森の木々を凍らせていく。それは、竜人達も例外ではない。
「何者ダ、お前ハ……!」
褪せ人がそれに答える事はない。
竜人達の身体は凍てつき、生命の熱を奪い去る。吹き荒れた霧がようやく収まり、残されたのは静寂と凍りついた竜人達の末路。
「素晴らしい……! 火力も去る事ながら、炎ではなく氷を使う事で周辺の被害を抑えているとは……これがドラゴンブレス……!」
興奮したようにダグマールが一連の様子をメモに取っていた。瞳を子供のように輝かせ、凍てついた樹木を眺めている。
「さぁ、時間は限られています! 次を、続きをお願いします!」
「まだまだいっぱいありますからね! 頑張りましょうね!」
ダグマールに触発されてカゴメも興奮してきたようだ。
この依頼、思いの外厄介かも知れない。褪せ人は二人の期待の視線を避けるようにトレントに跨り、背を向けて先を急いだ。
そこからも散発的に現れる竜人達。いずれも攻め込まれるのを想定していないのか、油断しきった彼らを討つのは造作も無かった。
竜餐の祈祷を使うたび、ダグマールがいちいち感想を述べるのが若干やりにくくあったが、それだけであった。
殆ど足を止める事なく目的の村まで着く。
しかし、視界に広がるそれは、最早村というには程遠いものであった。
「これは……酷いですね」
「あぁ、よくもここまで残酷になれるものだ」
ダグマールの唖然とした言葉に、ルキファが眉を顰めて応える。
村はすっかり焼き払われていた。朽ちた廃墟が広がる中、竜人達の下卑た笑い声がこだまする。
「ギャハハ、コンナ簡単に略奪出来たのはいつブリダ!?」
「白竜サマサマだナ!」
村の中央、竜人達が廃墟で物を漁りながら、機嫌良さげに話していた。
その近くには、血塗れの村人。
まだ殺してはいない。彼らは虐げるのに慣れていた。村の人間は自分達の嗜虐心を満たす為の玩具。ギリギリまで楽しんだ後、一人ずつ目の前で殺すのだ。
その様子を思い浮かべて、いやらしく笑う。
「それにシテモ、白竜様が扱いやすクテ助かルナ! 少シおだててヤレバこれダ!」
世間知らずの白竜。帝国の悪行を語り、竜人がどれ程虐げられているかを涙ながらに話せば目を潤ませて容易く味方についた。
そして、彼女のお気に入りが居るこの村に帝国軍が来ることを話せば自ら足止めを買って出る始末。笑いを堪えるのに必死だった。
そんなことを話していると、一人の竜人が口を開く。
「ウマクやれば番になれるんジャナイカ?」
「それはイイ! ソウナレバ、俺タチも竜人支配種の仲間入リカ!」
白竜の血を取り込めば、己の子らもまた、その力を受け継ぐだろう。そうなれば、木っ端に過ぎない自分達も竜人の中で成り上がれる。
騙しやすい小娘一人、適当に責任感を煽ってやれば容易く受け入れそうだ。下卑た笑みを浮かべた竜人が口を開く。
「アジトに戻ったラ早速——」
「——もういい、これ以上口を開くな」
しかし、それ以上の言葉が紡がれる事は無かった。
何かが通り過ぎたと思えば、竜人の一人、その胴体が両断される。
腰より上を無くした竜人の下半身が一歩ふらつき、そして崩れ去った。
そこに立つのは、堕天使。
漆黒の翼を広げ、身の丈程の大鎌を構える。大鎌からは赤い血が滴っていた。
「な、何者ダ!?」
「もうその反応も飽いた。竜人の風上にもおけない愚者よ、汝の道はここで閉ざされる」
再び振るわれる大鎌。竜人が慌てて盾を構えるが、そんなものに何の意味もありはしなかった。
一切の抵抗なく竜人は斬り捨てられる。
「何がアッタ!?」
「まだ生き残りガいやガッタカ!」
同胞の声に反応したのか、周囲の竜人が集まってくると、褪せ人達を見て一斉に剣を構える。
そんな竜人達を前に、機竜に跨ったダグマールが前に出た。
「——貴方達は竜に非ず。全力で薙ぎ払ってあげましょう!」
機竜の口腔部が大きく開き、内部から砲塔がせり出す。白き外骨格に覆われた蒼の躯体が唸りを上げ、青白い輝きが脈打つように広がる。機竜の身の内に、膨大なエネルギーが凝縮されていく様が、まるで呼吸のように可視化されていた。
「——イミテーションロア、発射!!」
次の瞬間、竜の咆哮——その模倣が大地を揺るがす。
機竜の口から吐き出されたそれは、一直線に駆け寄る竜人たちの足元へと着弾。爆風と閃光が一瞬にして大地を巻き上げ、彼らの影をもろともに呑み込んだ。
髪を爆風になびかせながら、アブグルントが感嘆の息を漏らす。
「……凄い威力ね」
「いえ、これではまだ足りません。もっと、もっと火力を上げないと」
「これ以上に……?」
呆れるアブグルントに、ダグマールは小さく首を振る。
彼女の目指す火力は遥か高みにある。かつて星をも砕いたという真なる竜の咆哮と比べれば足元にも及ばない。
「ヒィッ!」
一瞬にして骸と化した同胞達を前に、残された竜人が尻餅をつく。
圧倒的な力の差、勝負にすらなりはしない。抵抗の意志など持てようはずも無かった。
抵抗を諦めた竜人を他所に、カゴメが中央に集められていた村人達へと走り寄る。
「まだ息がありますよ、褪せ人!」
「……」
辛うじて息がある事を確認したカゴメが声を上げる。
逃げられないように痛めつけられ、虫の息ではあるが、生きているようだった。
回復の祈祷を放ち、比較的話せそうな村人へと声を掛ける。
「話せるか」
「あぁ……お助け下さい、娘が……いや、子供達が」
掠れた声で訴えかけるその声に、子供達の姿が無い事に気付く。
ダグマールやルキファも気付いたようだ。周囲を見渡し、子供達の姿を探す。
褪せ人は竜人へと目を向けると、口を開いた。
「子供達をどこへやった」
「そ、それハ……」
言い淀む竜人に、褪せ人が腕の一本でも砕いてみるかと近付いた、その時である。
「——何、ですか……これは……」
戸惑ったような声が背後より聞こえた。褪せ人が声のした方に意識を向けると、居たのは白き竜人。
村の惨状に、そして竜人達の死体に呆然と目を見開いている。
恐らくは彼女がメフィストの言っていた騙された竜人だろう。
その姿を見て、状況を説明するべくダグマールが口を開く。
「落ち着いて聞いてください、私達は——」
「——ラウラ殿! お助け下サイ! 帝国の別働隊が村に火を放ッテ……!」
しかし、ダグマールの言葉を遮るようにして竜人の一人が声を上げた。
褪せ人が余計な事を言う竜人の頭部を踏みつけ、その口を閉じさせる。しかし、全てが遅かった。
本来なら聡明な彼女。冷静になって周りを見ればおかしい事に気が付いただろう。
しかし、竜人達に植え付けられた先入観と、同胞と幼い友達を守るという正義感と責任感、そして目の前の悲惨な光景が彼女の目を曇らせていた。
白き竜人——ラウラが顔を上げる。その瞳に浮かぶのは憎悪と怒り。
「許せません……良くも村を……皆さんを……!」
怒りに呼応するように立ち昇る魔力。今の彼女に言葉を尽くそうとも話は通じないだろう。
褪せ人が一歩前へ出る。そして、ルキファ達へと告げた。
「……村人を連れ出せ。アレの相手は私がする」
「褪せ人、彼女は……」
「分かっている」
ルキファの言葉を遮る。お人好しな彼女の言いたい事はよく分かっていた。
先程の竜人の話を聞けば彼女もまた、被害者ではあるのだろう。それでも、許されるかどうかは別なのだが。
不安そうに褪せ人を見つめ、しかしすぐさま村人を避難させるべく背を向ける。
「……!!」
ルキファ達が村人を抱き起こすのを見て、ラウラの怒りが臨界に達した。背の白翼が大きく広がり、咆哮と共に空を蹴る。
「行かせん……」
しかし、その突進は褪せ人によって阻まれる。目の前に現れた鎧の騎士に、怒れる白竜が拳を振り上げる。最早先程までの手加減などありはしなかった。
竜人の優れた膂力から放たれる拳の一撃が、褪せ人の構える盾と衝突する。
拳が盾にぶつかった瞬間、爆ぜるような衝撃音が村に響く。だが、盾は揺るがず、褪せ人は一歩たりとも退いてはいない。
「はぁっ!!」
怒り狂う竜人、その苛烈なまでの攻めは止まらない。埒外の力で大盾に向けて回し蹴り。しかし、これも大盾に阻まれる。
巨大な岩を蹴りつけたような感覚に、ラウラが眉を顰めるも止まらない。
打撃が通用しないと見るやすぐさま盾を掴むと、そのままの勢いで投げ飛ばさんと力を込める。
だが——
「……!?」
——動かない。
まるで大樹を引き抜こうとしているようにさえ錯覚する。
鎧を着込んだ人間の騎士程度、ラウラの膂力を以てすれば問題なく投げ飛ばす事が出来る筈。だが、目の前の男は違った。
怒りに染まったラウラの頭に、ほんの僅かに冷静さが差し込んだ。今、自分は何を相手にしているのか。
その瞬間、褪せ人が大槌によるカウンターを放った。
咄嗟に両腕を交差し、ラウラは大槌を受け止めんとする。
「くっ……!?」
吹き飛ばされるラウラ。体勢を整え着地し、震える両腕に目を落とす。まるで腕を捥がれたかと錯覚する程の衝撃。痺れが残り、指先の感覚は無い。
目の前の男が攻めてくる様子はない。ただ悠然と此方を見遣る。
——強い。
ラウラとて、自分より強い存在が世界には多くいるという事実を知ったつもりでいた。白き竜人といえども絶対的上位者ではないのだと、彼女は常に戒めを持って生きてきた。
それでも、真に理解していた訳では無かったのだろう。今まで、学びでも力でも、彼女を凌ぐ者など居なかった。
だからこそ、自分は先程まで目の前の男をみくびっていた。取るに足らない相手だと一蹴しようとしていたのだから。
「どうして、貴方のような方が略奪なんて……!」
それだけの力を持ちながら、何故。
彼女の胸中に、怒りが渦巻いていた。
ラウラが距離を取る。近接では敵わない。ならば、遠距離で戦うまでの事。
立ち昇る魔力を掌に込め、解き放つ。膨大な魔力の塊が炎弾となって褪せ人へと迫る。
その様を、褪せ人はどこまでも静かに見つめていた。
放たれる魔力は褪せ人をして脅威。ともすれば、竜将クロコにもその魔力量だけならば迫るだろう。
褪せ人が静かに祈祷を発動し、己の姿を竜へと変ずる。
魔術師喰らいと恐れられ、しかし輝石に蝕まれた竜。
「なっ……!?」
ラウラが目を見開く。人が竜へと変わる。目の前で起きているそれは、最早彼女の理解の外であった。
輝石竜スマラグ、その似姿へと姿を変えた褪せ人がブレスを放つ。
それは、蒼く輝く輝石のブレスがラウラの放つ炎弾を飲み込み、尚も広がっていく。
「くっ……あぁぁぁ!!」
遂にラウラを飲み込み、その全身を輝石の魔力で蝕んでいく。全身を襲う痛みに絶叫する。
「まだ……!」
だが、彼女も竜。その魔法耐性は並のものではない。痛みはあれど、戦闘不能にまでは至らなかった。
反撃に移ろうとラウラが前を見る。
「あっ」
だが、遅かった。目の前には、鎧の騎士。振り上げた腕には、何かが握られていた。
彼女の胸元に、それが突き刺さる——それは細い枝、相手を一時的に魅了する祈祷の込められた、特別な触媒であった。
僅かな痛みとともに、ラウラは悟る。あのブレスは目眩し、本命はこの枝にあるのだと。
「あぁ……」
効果は劇的だった。突如としてラウラの動きが止まる。先ほどまでの怒りは嘘のように消え去り、どこかぼんやりと、心を奪われたように褪せ人を見つめる。
問題なく効果を発揮したことを確認した褪せ人が、ラウラへと告げた。
「そこで大人しくしていろ」
「は……い……」
頬を紅潮させ、褪せ人の言葉に従うラウラ。その反応に、褪せ人は一瞬目を逸らした。愛によって人を漂白する。それの何と悍ましい事か。
アブグルントが褪せ人へと問い掛ける。
「何をしたの?」
「魅了した」
その問い掛けに、褪せ人は端的に答える。無力化し、誤解を解くには適した道具ではある。
貴重品ではあるが、使い所は限られているために左程惜しいものでもないのだが。
「正直、あまり好かん」
他者の心を塗り潰すそれは、褪せ人としてはあまり好ましいものではなかった。
目の前の竜人を見て、改めてそう思った。かつて、影の地にて仇に仕えた老兵が恐ろしいと言うのも頷けるというもの。
「へぇ、面白いものがあるのね……貴方にも効くの?」
「……お前には渡さん」
「ふふっ」
妖しい目で枝を見つめるアブグルントに、見せるべきではなかったかと思いながら、逃げられていない竜人へと歩みを進める。ラウラが無力化されると思っていなかったのだろう。呆然としていた。
彼女の魅了が解けるまでに誤解を解かなければならない。
怯える竜人へと褪せ人が問い掛ける。
「村の子供達はどこだ」
「し、知らなイ! 何も知らなイ!」
必死に首を振る竜人はしきりにラウラの方へと視線を向けていた。彼女に聞かれる事を気にしている。何か隠しているのは明らかだった。
褪せ人が徐に足を上げると、竜人の脚を思い切り踏み抜く。何かが砕けるような嫌な音と、竜人の絶叫が村へと響き渡った。その様に、技術者故に荒事に慣れていないダグマールが眉を顰める。
褪せ人が竜人に告げる。
「次はもう一本の脚、次は両手だ。あまり拷問は得意ではない。さっさと話せ」
「ヒィッ、う、売ッタ! 人間の奴隷商人ダ! 三日前に村に来テ、それデ……!」
脂汗を流しながら竜人は必死になって口を割った。それを聞いたラウラが、魅了の支配に置かれながらもビクリと肩を跳ねさせた。
成程、ラウラの前で話せないのはそれが理由か。褪せ人が再び問い掛ける。
「奴隷商人の名は。どこへ行った」
「そ、それハ知らなイ! 嘘じゃなイ、助ケテクレ!!」
涙ながらに訴える竜人に、これ以上聞く事は無かった。徐にロングソードを取り出すと、竜人の心臓へと突き立てる。
大きく目を見開き、何かを言わんと喘いだ竜人は、やがて動かなくなった。
褪せ人の背後で崩れ落ちる音が聞こえる。
魅了の解けたラウラが地面を見つめ、唖然としていた。瞳は動揺のあまり揺れ動き、焦点が定まらずにいる。
「わた、私は……何を……違う、私が……?」
竜人の最期の言葉は、ラウラの目を覚まさせるのに十分であった。
彼らは虐げられた竜人ではない。略奪をしたのも帝国ではなく、彼らだった。受け入れ難い事実を、しかしラウラは受け止めざるを得なかった。
今まで無視できていた違和感も、周囲の状況にも合点がいってしまったのだ。
ラウラが村人の方へ視線を向ける。多くの者が怯えていたが、彼女を知る数人は心配そうに見つめていた。
そんな彼らは傷こそ癒えているものの、その衣服は血に染まっている。それは何よりもこの村で行われていた残酷な所業を物語っていた。
子供達は居ない。竜人の話が本当ならば、売られてしまったのだろう。
そこまで思考が巡って、気付く。その片棒を担いだのは自身だということに。
「あぁ……! うあぁぁぁぁ……!」
遂にラウラの心が決壊した。信じていたものは全て嘘で、守るべきものをその手で傷付けていた。
這いつくばり涙で地面を濡らすラウラを横目に、褪せ人がダグマールに告げる。この地でやれる事は終わった。後は帝国の兵士達の仕事だろう。
「周囲に生き残りが居ないか確認後、帝国に帰還する」
「……分かりました。帝国の兵士には作戦完了を伝えておきます」
沈痛な表情を浮かべながら、ダグマールが村の出口まで機竜に乗って駆けていく。
ラウラは最早抵抗することも無いだろう。褪せ人もまた、帰路につくべくトレントに跨る。
「褪せ人」
村の出口まで向かおうとして、ルキファに声を掛けられる。その目を見て、彼女が何を言いたいのか察した。
「何とかならないか?」
「……」
恐らくは奴隷として売られた子供達の事だろう。
正直に言えば、難しいとしか言えなかった。手掛かりもなく、子供達を探す。少なくとも褪せ人個人ではどうしようもなかった。
「褪せ人! まさか、諦めませんよね?」
カゴメが期待したようにこちらを見つめている。厄介な事に、この妖怪は褪せ人が子供達を探す事を疑っていない。依頼の範疇は既に終えたというのに、新たな壁の出現を歓迎しているようだった。
褪せ人は逡巡し、口を開く。
「帝国に帰還する」
「……」
ルキファが眉根を下げる。難しい事を言っている自覚はあったのだろう。それでも、諦めきれていないのは明らかだった。
そんな彼女に対して、褪せ人は言葉を続ける。
「帝国に戻り次第、アイリーンの手の者に連絡する。あの女なら、何か知っているだろう」
「それは……!」
ルキファが顔を上げる。
褪せ人では人探しなど不可能だが、蛇の道は蛇。裏社会に精通したアイリーンならば、奴隷商人に心当たりがあるかもしれない。加えて、連れ去られてからそう日は経っておらず、混乱に乗じてとはいえ、帝国の臣民を堂々と攫っているのだ。表立って奴隷の売買など出来はしない。場所は限られているはず。
それを聞き、満開の笑みでルキファが口を開く。
「成程……! いや、信じていたぞ、汝ならば見捨てはしないと! 流石はアスバールの……あー、いや何でもない」
「何……?」
褪せ人の肩を叩いたかと思えば、急に言葉を詰まらせるルキファ。
僅かに訝しむも、褪せ人はすぐに興味を失い、再び歩みを進める。
「——待って下さい!」
そんな褪せ人が、再び呼び止められる。声の方へ振り向けば、ラウラが跪いていた。
「何の真似だ」
「私も……私も共に連れて行って欲しいのです」
そう言って、深々と、地に頭を擦り付けて懇願するラウラ。
それを見下ろしながら、褪せ人が口を開く。
「自分が何を言っているのか、分かっているのか」
「勿論です。傭兵団の片棒を担いでおきながら都合の良い事を言っているのは分かっています。この身をどう使っても構いません。罪を償う為ならどんな罰でも受けます! ですから、どうか……!」
ラウラが再び頭を下げる。
虫のいい事を言っているのは自覚していた。しかし、それでも幼い友達を助け出す手伝いを、傭兵団に加担した罪を償いたかったのだ。
子供達を助けられればそれで良い。その後は、自分の犯した過ちの責任を取る。それだけの覚悟を持って、ただ褪せ人に縋った。
そんな彼女に、褪せ人が小さく嘆息し、口を開く。
「……余計な真似だけはするな」
「ありがとうございます……!」
ラウラへと背を向けてトレントに跨る。
面倒ごとではあったが、どの道他にやる事もない。アスバールや王子ならば、この状況を見捨てはしないのだろう。
「ただの傭兵、そういう風にはもう生きられんか」
周りのお人好し達に毒されている。ただの傭兵として生きるには、もう遅すぎたらしい。
トレントの足音だけが、静かに夜へと溶けていった。