今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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隠れ港

 

とある森の奥、断崖に穿たれた洞窟の中に、その港はひっそりと息を潜めていた。

かつて海賊達が、略奪品の積み下ろしに使っていたという伝説だけが、この場所の存在を口伝えに残している。

 

その隠し港は、今や後ろ暗いもの達による取引の場所として使われていた。

薬、武器、奴隷、果ては魔物まで。表に出せないあらゆるものが、その船着場を行き交っている。

ここに辿り着くのは極一部。マフィアや海賊と言った犯罪者から好色で倒錯した趣味を持つ貴族。そこはまさに、闇の社交場とも言うべき場所だった。

明かりは篝火のみ。橙に揺れる火が、岩肌を不気味に照らしていた。

 

そんな隠し港の入り口に、見張りとして立つ二人組。

この隠れ港で行われる取引の元締め、闇の組織の構成員である。

 

「はぁ……こんな退屈な仕事、とっとと終わりにしたいもんだね」

 

「おい、あまり気を抜くんじゃねぇ。ファイブさんに見つかったらどやされるぞ」

 

気の抜けたように伸びをする男を、もう一人が眉をひそめる。

咎められた男は生真面目なそれに肩をすくめながら、口を開く。

 

「そうは言うがね……俺らのやることと言えばここに来た物好き共の紹介状を確認して通すだけ。幾ら必要だと言われてもねぇ……」

 

そもそもこんな隠れ港にまでやって来るようなのは堅気の筈が無いのだ。そこに紹介状というのは些か過敏過ぎないかというのが彼の思うところである。

そんな風にぼやきながら、ふと思い出したように話題を変えた。

 

「あぁそういや、今日はファイブさんの傍に偉い美人が居たなぁ。ありゃ誰だ? かなうものならお近づきになりたいもんだね」

 

だらしなく笑みを浮かべる男の姿に、誰を指しているのかに気付いたもう一人は眉を顰めて忠告する。

 

「いや、やめておけ。彼女は『金庫番』だ。近付いても碌な目に合わねぇぞ」

 

「……嘘だろ、あんな若い女が『金庫番』だと?」

 

男が思わず聞き返す。予想外のビッグネームに、そしてそれがあれ程に若い女だという事実に驚きを隠せないでいた。

 

——金庫番

 

闇の組織における資金運営を一手に引き受ける、組織の中枢とも言うべき存在。

何処に金を使い、何処から巻き上げるか。彼女の一挙手一投足で全てが決まる。

破産に導いた商会は数知れず。暴力こそ振るわないが、破滅に導いた人間の数は組織の幹部達にも勝るとも劣らないだろう。

彼女の美貌に惹かれて寄っていった男なら数多く居る。だが、その悉くが碌な結末を迎えていない。

 

「そんな『金庫番』が何だってここに?」

 

「大口の取引があるらしい……あまり深く詮索するな、長生きしたいならな」

 

金庫番が出張る必要のある取引。自分達のような下っ端構成員が首を突っ込んで良い話ではないのは間違い無かった。

自分達は未だ闇の浅瀬に立っているに過ぎない。より深い闇を覗き込めば、たちまちに深淵に呑まれるのだ。

くだらない好奇心は身を滅ぼす。彼はそれをよく知っていた。

 

そんな雑談を繰り広げていると、洞窟の壁に影が差す。何者かが此方へと近付いてきていた。

 

「あれは……貴族か?」

 

此方へと悠然と歩いてきたのは一組の男女。

女の方は竜人のようだった。白い翼に尾。首輪をつけている事から奴隷なのだと想像がつく。酷く扇情的な服装をしているのは男の趣味だろうか。

対して男は、黒布に金の刺繍が施されたローブを羽織り、金模様の豪奢な肩当てを身に付けている。何処かの騎士の類だろうか、フードを目深に被ったその男の表情は伺えない。無言で竜人の女の首輪に繋がる鎖を引きながら、此方へと近づいてくる。

言いしれぬ迫力を感じながらも、彼らは己の役割を全うせんと口を開く。

 

「……紹介状は」

 

構成員の言葉に、男は懐から一枚の紙を出し、手渡してくる。

紹介状におかしなところはない。大方、飽きた竜人の女を売り飛ばしにきたといったところか。それにしては男の容姿が物々しいのが気になるが、深入りするつもりは無かった。

紹介状を男へと返し、道を開ける。

 

「……通れ」

 

「……」

 

無言で男と女が洞窟の奥へと歩みを進める。

他の客達と何ら変わらないやり取りにも関わらず、どうにも緊張感を拭えなかったのは、男が大柄であるからというだけでは無いだろう。

 

「あれ、売りに出すのかね? あんな上玉、いくら金積んでも手に入れたいって奴らはごまんと居るだろうぜ」

 

「……そうだな」

 

呑気に竜人の女を好色な目で見遣る相方に、しかし男は何も言わなかった。

詮索は不要。だが、今日は何かが起きるかも知れない——そんな胸騒ぎをどうしても振り払えずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

褪せ人とラウラが隠れ港を進んでいく。

アイリーンの偽装した紹介状は一切疑われる事なく潜入に成功した。流石は元闇ギルドのメイドと言ったところか。一度中に入ってしまえば、誰も此方を怪しむ様子はない。

強いていうなら、ラウラの美貌とその格好が注意を集めているのは多少問題ではあるか。

 

「……」

 

ラウラがその視線に気付いた様子はない。否、気付く余裕が無いと言った方が正しいか。

その憂いを帯びた表情が余計に彼女の妖艶さを引き立たせている。

今の褪せ人は、竜人の美女を奴隷にして淫猥な格好をさせる好色な貴族に思われているのだろう。ある意味で潜入にはぴったりな設定だが、どうにも納得は出来そうにない。彼女の格好は元からだからだ。

 

「無事、潜入出来たようですね」

 

無言で歩みを進める褪せ人達に行き交う人々に紛れ、フードを被った女が褪せ人に声を掛けてくる。

アイリーンだ。少し距離を置き、いかなる技術か褪せ人達にだけ聞こえるようにそっと続ける。

 

「恐らく、子供達が売られているのはこの先の奴隷商人でしょう。普段は獣人を取り扱っているようですが、最近になって帝国から人間を仕入れたという話を聞く事が出来ました」

 

果たしてアイリーンに尋ねた褪せ人の判断は正しかった。

彼女は独自の情報網を駆使して、帝国からの略奪品などが集まるこの港をすぐさま割り出して見せた。

元々、闇の組織の前身であるギルドの頃に隠れ家として使われていた場所だったのも、早期に見つけられた理由の一つであった。

大昔に捨てた筈の隠れ家に今もひっそりと出入りしている。それだけで彼女が怪しむには十分だった。

再びアイリーンが褪せ人に告げる。

 

「褪せ人様は打ち合わせ通りに奴隷商人のもとへ向かい、それとなく子供の奴隷を探している事をお伝えください」

 

「場所さえ分かれば、こちらのものか」

 

「はい、既に王国にも連絡済。応援部隊が待機しております。後は褪せ人様の合図を待つのみです」

 

流石の王国といったところか、驚異的なフットワークの軽さであった。

 

しばらく進むと、小さな小屋が見えてくる。あそこが商人の構える店だろう。扉を開き、中に入る。

 

「ようこそいらっしゃいました! 本日はどのようなご用件で?」

 

人好きのする笑顔と共に迎えたのは一人の男だった。恐らくは、この男が件の商人だろう。

そんな男へと褪せ人が口を開く。

 

「……奴隷を仕入れたい」

 

「それはそれは! どのようなご要望で? 労働、用心棒、それとも……お楽しみで?」

 

ちらとラウラの方を見た商人がいやらしい笑みを浮かべて最後にそう付け加える。

しかし、そのどれでもない。褪せ人は淡々と打ち合わせ通りの内容を口にする。

 

「生贄だ」

 

「は……?」

 

「生贄に使うものが欲しい。なるべく無垢な、幼い者達が良い」

 

そこで男が改めて褪せ人の姿を見る。

貴族が人目を忍ぶ装束にしては、些かに仰々しい事に気付いただろう。

実際にはローブの装飾も紋章もこの世界において何の意味も成さないものだが、相手は勝手に邪推し、誤解してくれる。

現に男は、褪せ人を好色な貴族から、邪教の崇拝者へと見方を変えた。

 

「成程……勿論、あまり多くはありませんがそのようなお客様が来られる事もございます。貴方様は実に運が良い! 丁度この間、仕入れたばかりですよ」

 

まだ仕込みが済んでいないが、生贄目的なら問題無いだろう。男はそう判断し、つい最近独自のルートで帝国から仕入れた子供達を売る事にした。

この手の狂信者には、余計な調教を施した奴隷は寧ろ価値が下がるというもの。

望み通りの奴隷であれば、彼らは金に糸目をつけない。余計な手間も省けて一石二鳥というものだ。

 

そんな思惑をおくびにも出さず、商人は小屋の床を捲り、その下の階段を指し示す。

 

「此方です。どうぞ」

 

促されるままに、褪せ人達は地下へと潜っていった。

階段を降りていくにつれ、空気が変わったのを感じる。

潮の匂いと、隠し切れない血の匂い。ここで行われるものがどういったものなのかが伺い知れるというもの。

 

目的の場所までの間に通り過ぎる檻の中、ぐったりと横たわる獣人、或いは何かに怯えるようにして震えるエルフの姿が見える。その他の檻も似たような物だ。何処からか、啜り泣く声や痛みを訴えるような声も聞こえてくる。

 

ラウラが無意識に拳を握る。その瞳は不安そうに揺らいでいた。攫われた子供達の事を思えば、気が気でない光景だろう。

やがて、一つの檻に案内される。そこには子供達が押し込められていた。

蹲り、褪せ人達を不安そうに見上げている。

 

「さぁ、いかがですか? まだ何も仕込んでませんからご要望通りかと」

 

奴隷達を前にしても、どこまでも商人としての笑みは崩さない。

そんな商人を尻目に褪せ人がラウラへと口を開く。

 

「どうだ」

 

褪せ人の言葉を受け、ラウラが震える声で返す。その目には安堵の涙が浮かんでいた。

 

「はい……間違いありません。良かった……無事で……!」

 

そんな彼女の姿に、一人の少女が弾かれたように見上げる。

 

「ラウラお姉ちゃん……?」

 

「あぁ、ごめんなさい……! ——ちゃん、私のせいで……!」

 

ラウラが遂に檻の鉄格子に縋り付くようにして崩れ落ちた。

そんな彼女の態度と、子供達の様子に商人が表情を変える。客でないことに、漸く気付いたらしい。

 

「な……! まさか、アンタら……!」

 

「騒げば殺す」

 

褪せ人が一言商人にそう告げると、檻の格子を握り締めた。

褪せ人が力を込めると、いとも容易く格子は曲がり、破壊される。

歪んだ鉄格子の扉を無造作に床へと放ると、事の他大きく地下に反響した。

 

「ヒィッ!」

 

商人が怯えて声を上げる。流石に檻の破壊音を聞きつけたか、用心棒達が檻の側まで駆け付けてきた。

 

「な、何事だ!?」

 

檻の惨状に目を見開きながらも、武器を構える用心棒達。

 

「アイリーン」

 

「こちらに」

 

そんな彼らを尻目に、褪せ人がアイリーンを呼ぶと何処からともなく現れる。

既に裏の顔を見せ、鋭い眼を向ける彼女に褪せ人が一言告げる。

 

「始めるぞ」

 

「存分に」

 

最早遠慮する必要は無い。

アイリーンが子供達を連れて出ていくのを見て褪せ人が静かに武器を取り出した。

それは、大剣と突撃槍を合わせたような、風変わりな武器。

本来ならば馬上で使う事が本領とされるものだが、褪せ人ほどの筋力を持つ者ならば問題なく振るえる。

 

「クソッ逃すな!」

 

走り去るアイリーンと子供達を前にそちらを追おうとした用心棒の一人に、駆け出すとソードランスを突き出す。

放たれる槍の一撃は容易くその胴を穿ち、風穴を開ける。石畳を血で染め上げ、褪せ人の纏う黒の外套を血で汚す。

 

人の膂力では考えられない武器を軽々と振るい、容易く一人を殺してみせた褪せ人は、慄く用心棒達に告げた。

 

「逃げられないのは、お前達だ」

 

その一言の後、地下牢の通路に用心棒達の叫びがこだました。

 

「あークソッ、始まっちまったよ! 怖いからさっさと逃げたいんだよな!」

 

その叫び声に、褪せ人が暴れたのを察したセブンが手早く檻の鍵を開錠していく。

背後から聞こえる叫び声に、肩を跳ねさせながらもアイリーンに任された仕事をこなしていく。

そんなセブンの必死な背中を見ながら、アブグルントが可愛らしく首を傾げながら口を開く。

 

「そう? 彼が奏でていると思えば、耳障りな悲鳴も案外悪くないんじゃないかしら」

 

「それはアンタだけだろ!? ていうか何でアタシについてきてるんだよぉ!」

 

そんなに仲良くなった覚えは無い。そう言いたげなセブンに、アブグルントが微笑む。

 

「折角だから出来る限り近くで活躍を見たいじゃない? 出来れば悲劇的な結末が私好みではあったのだけれど、まぁこれはこれで構わないわ」

 

そんなアブグルントの言葉にこれ以上聞いていられないとばかりに首を振る。

そして、檻の扉を大袈裟に開いて叫んだ。

 

「よし、アンタらはもう自由だ! 動けるやつは他の連中担いで出ていけ! 外まで行けば王国の兵士が待ってるから、そいつらに助けてもらえ!」

 

セブンの声に、奴隷として囚われていた者達が勢いよく出て行く。

これでここでの仕事は終わった。もう怖いから帰ってぬいぐるみを抱いて寝たい。そう思いながらセブンも走るのであった。

 

 

 

 

 

 

周りの掃討を終え、全身を血で汚した褪せ人が外へと出る。

隠れ港は混乱の極致にあった。王国の兵士達に対して、応戦する闇の組織の構成員達。その中を、商人達が逃げ惑い、しかし取り押さえられる。

 

戦場と化した隠れ港を褪せ人が歩く。まだまだ数多く居る構成員にソードランスを振おうとして——褪せ人の背にナイフが突き立った。

 

「……!」

 

反射的に背後を見るも、下手人の姿は無い。だが、間違いなく何者かが居る。

——再びのナイフの投擲。褪せ人はそれを紙一重で躱すと、すぐさまそちらへ向けてソードランスを薙ぎ払った。

 

「うおっ!?」

 

慌てたような声と共に飛び退がる。そこで漸く、何者かが居る事に気が付いた。

フードを目深に被った、小太りの男。闇の組織の構成員か。

 

「ちっ、もうバレやがった。流石に相手が悪かったか?」

 

舌打ちしながら、男が口を開く。

褪せ人をして、注視しなければその姿を視認する事すらかなわない。いかなる技術か、気配を極限まで薄くする事が出来るらしい。

 

姿の見えない暗殺者。狭間の地の忌々しい思い出が蘇るようであった。

 

「まぁ、ボスの命令には逆らえねぇ、お前にはここで死んでもらう。やり過ぎたんだ、お前はな!」

 

再びナイフの投擲。それを躱し、しかし目の前に居たはずの男を見失う。

死角からのナイフの投擲。それを頼りに褪せ人が槍を振おうとして、別の場所から放たれた矢が褪せ人の身体に突き立った。

 

「……」

 

煩わしげに突き刺さった矢を見つめ、それから放たれた方角へと視線を向ける。

高台に、ボウガンを持った構成員達。気付けば、周囲を囲まれていた。

 

「ファイブ様、配置が終わりました。後はご随意に」

 

「あぁ、良くやってくれた」

 

部下の言葉に男——ファイブは鷹揚に頷くと、褪せ人へと視線を向ける。

 

「シックスが捕まってから、組織をまとめるのに随分と苦労した。おかげで仕事が増えて痩せちまったよ」

 

随分と恨みを買っていたらしい。ファイブの声音から、上からの命令だけではない事が伺えた。

ボウガンが構えられ、褪せ人をファイブが嗤う。

 

「嬲り殺しだ。精々踊って楽しませろ」

 

躱し続けるのも限度があるだろう。盾で防ぐならば死角からナイフを突き立てやれば良い。

箱の中を水で満たすようにして、ジワジワと痛め付けてやろう。

 

ファイブが右手を上げ、合図を下す。

それを受けて、ボウガンが一斉に放たれようとした時——高台に巨大な火球が突如として放たれた。

着弾と共に爆発。燃え盛る火が、洞窟の壁を照らしていた。

 

「ぐあぁっ!?」

 

爆発に巻き込まれた構成員が高台から投げ出され、落ちていく。

 

「何……!?」

 

突然目の前で起きた光景に、勝ち誇っていたファイブの表情が驚愕で歪む。予想外の出来事。目の前の男が何かをしたようには思えない。ならば、増援か。

 

「大丈夫ですか、褪せ人様!」

 

上空から地面に降り立ったのは白い竜人、ラウラだった。

此方に心配そうに駆け寄ると、褪せ人の身体に突き立った矢を見て、痛ましそうにしながら頭を下げる。

 

「遅くなってしまいました、申し訳ありません」

 

「子供達のところに行ったのではなかったのか」

 

ラウラの謝罪を気にした風もなく、褪せ人が問い掛ける。

何故戻ってきたのか。そんな疑問を口にする褪せ人に、ラウラは答える。

 

「子供達も、お友達も、もう安全です。王国の方々に、保護して頂きましたから」

 

彼女にとっての憂いは晴れた。だからこそ、このまま罪人である自身が救われたままで居る事を良しとはしなかった。

 

「このまま私だけが救われる訳には参りません。どうか、私をお使いください」

 

どこか自罰的な意味を含んだその言葉に、しかし一先ずは何も言わずに武器を構えて応じる。

乱入者に顔を歪めながらも、狼狽える仲間を叱咤するようにファイブが声を張り上げる。

 

「面倒だが、一人増えただけだ! 数は此方が押して——」

 

「——なら、これでどうですか?」

 

しかし、ファイブの言葉が最後まで続く事は無かった。

 

声と共に飛来するのは雷。天より降り注ぐ雷が構成員の身体を次々と貫いていった。痙攣する構成員達、そこに——

 

「——ショータイムだ、悪を斬り裂く雷光……ここに見参!」

 

斬撃が放たれる。身動きの取れない構成員達を、雷光の剣が斬り払う。

降り立ったのは、タラニアとフーロン。

 

「ふふん、魔を斬り裂く雷光コンビがやって来たぞ!!」

 

「あの……いえ、やっぱり良いです」

 

ポーズを決めて名乗るタラニアにフーロンが一瞬物言いたげにして、諦めた。

そして、褪せ人へと向き直ると、口を開く。

 

「お久しぶりです。随分と——お楽しみだったみたいですね」

 

フーロンがラウラの方を見て、褪せ人を見る目が胡乱になる。

僅かに声が低くなった事から、何か気に障ることがあったらしい。

 

「別に? 格好つけた事言ったくせに碌に王国に戻って来ないばかりか、竜人の女の人に破廉恥な格好させて首輪付けさせてるなんて思わなかっただけですよ」

 

「えっ……!?」

 

フーロンの棘のある言葉に面食らったのはラウラの方である。自身の格好を見下ろし、恐る恐る尋ねる。

 

「あの……もしかしてこの格好、恥ずかしいのでしょうか……?」

 

「……無駄話はそこまでにしろ」

 

「あの……!?」

 

明らかに言及を避けた褪せ人に、ラウラがショックを受けたように固まる。里では大体似たような格好だったはずだと、自身の常識がにわかに崩れ去ろうとしていた。

 

色々と面倒になった褪せ人がファイブに対しソードランスを構える。

 

「雑魚は任せる。出来るな?」

 

「丁度イライラしてるので、問題なく」

 

「ふっ、久しぶりに気持ち良く活躍出来そうだ」

 

「あの……ええと……!」

 

褪せ人の言葉に三者三様の言葉が返る。いずれも戦意は十分、問題無さそうだ。

そう判断した褪せ人がファイブへと駆けると、苦い顔を浮かべたファイブがナイフを投擲して応戦した。

 

「ちぃっ!」

 

計算が狂った。あの男に加えて実力者が三人、とてもじゃないがやり合える気はしない。

程々に交戦して撤退する。そう作戦を切り替えながら、気配を闇に沈める。

 

姿を見失った褪せ人、しかし同じ轍を踏むつもりは無かった。聖印を握り締めると、祈祷を発動させる。

 

それは竜餐の果て、竜を喰らい続けた英雄の一つの到達点。

姿を成すは地を這う土竜。その中でも特に力を持つ者。

 

「何ぃ!?」

 

大土竜テオドリックス。

その似姿へと変わった褪せ人は大地に向けてブレスを放つ。

赤く煮えたぎるそれは、溶岩であった。灼熱のそれが撒き散らされ、洞窟の地面を赤く染めあげる。

 

「クソッめちゃくちゃじゃねぇか!」

 

思わず毒づく。以前、一度この男が戦っているのを帝国で見たが、これ程に無茶苦茶だとは思わなかった。

あたり構わず撒き散らされたそれは、ファイブの周囲に降り注ぐ。移動を制限された。その事に気付いた時、最早遅かった。

 

褪せ人がファイブを見つけると、真っ直ぐに突き進む。

溶岩などお構いなしだ。足が灼熱に焼かれているにも関わらず、その歩みが止まることはない。

それを見て、かつて裏社会で多くの血を吸ってきたその手が、微かに震えていた。

 

「化け物めぇ!」

 

最早、逃げる事はかなわない。

煌々と燃え盛る溶岩を背に、目の前でソードランスが引き絞られる。

ファイブはどうすればこの場から生きて帰れるか、ただそれだけを考えていた。

そして、褪せ人による必殺の突きが放たれる。

 

「——そこまでだ」

 

しかし、ソードランスがファイブを貫く事は無かった。

放たれた突きがファイブを穿つ直前、褪せ人へと急接近した何者かが褪せ人を吹き飛ばした。

 

「……!」

 

不意打ち。褪せ人が地面に転がり、直ぐに立ち上がると武器を構える。

口の中に血の味がじわりと広がる。痛む身体を無視して、乱入者を睨んだ。

 

「ほう、まだ立ち上がるか」

 

視線の先に居たのは、またしてもフードを被った男。大柄な体格に、鍛え上げた筋肉が強く主張している。

その姿を見たファイブが驚きと共に声を上げる。

 

「ボス……!?」

 

それは、他ならぬ組織の長の姿であった。

驚くファイブに視線を向けず、一言告げる。

 

「手酷くやられたようだな。退がれ、お前には今後も働いてもらわねばならん」

 

そう言うと、男——ワンは構えを取る。ただそれだけの所作で、目の前の男の存在感が何倍にも膨れ上がったように感じた。

 

「我が閉関修練の成果、お前で試すとしよう」

 

褪せ人もまた、武器を構える。

ただ者ではない。恐らくはこの男こそが、闇の組織の頂点。放たれる威圧感は、人を超え、亜神のそれすらを彷彿とさせた。

 

「暗天の武威を知るが良い……」

 

——魔道天下、ワン

 

魔道に堕ち復讐を誓った男が、天を暗く覆うべく、褪せ人へと迫った。




フードの男(褪せ人)
フードの男(ファイブ)
フードの男(ワン)
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