今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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予想以上にナイトレインにどハマりしてしまいました…。
とりあえず夜の王達をしばき倒してトロコンしたので投稿します。


褪せ人の特訓

 

王都の空は、魔界のそれよりも遥かに静かだった。

久方ぶりにその地を踏んだ褪せ人は、懐かしさも感慨も覚える事なく、ただ真っ直ぐに王城を目指した。

城門前で衛兵に名乗ると、慌てた様子で奥へと走っていく。程なくして王子の執務室まで通された。

 

出迎えた王子は笑みと共に褪せ人へと口を開く。

 

「久しいな。魔界では随分と暴れていたらしいじゃないか」

 

「やっている事は今までと変わらん」

 

王子の言葉に、褪せ人が返す。

魔界でもやっている事は変わらない。ただ依頼を受け、敵を狩っていたに過ぎない。

 

相変わらずの返答に王子が肩をすくめると、僅かに表情を引き締め、口を開いた。

 

「積もる話もあるが、まずは本題に入ろう。世界樹の魔物化に関してだ」

 

世界樹の魔物化について、王子の口から改めて語られる。

大天使長、かつてはケラウノスの下で天使達を率いていた彼はどうやら別の神によって指示を受けているらしい。

 

「詳細は不明だが、どうやら天使達の居る天界ではその神の楔を奪い合う争いが起きているらしい」

 

神の楔。神々が奇跡を起こす為に必要な力の欠片であり、これを生み出せるのは真なる神。つまりはケラウノス、アイギス、アダマスの三女神のみである。

そして、王子達によってケラウノスは滅ぼされ、アイギス、アダマスもまた魔王との戦いで力を使い果たしている。

それ故に、この世界で神の楔を生み出せる存在は事実上存在しなくなっていた。

 

「傍迷惑な話だ」

 

「違いない」

 

褪せ人の端的な感想に、王子も苦笑いと共に同意した。

残り少ない神の楔。世界樹を魔物化する程に強大な力を持つそれを今、神々が奪い合っている。

物質界に住む者達にとっては、迷惑極まりない話だった。

 

「魔王とケラウノス様は俺達にとって滅ぼさなければならない存在だった。しかし、同時に彼の神の存在は他の亜神達に対する抑止力でもあった訳だ」

 

神の楔を作れる唯一の存在であり、それに従う魔王という存在が居たからこそ、今日まで神々は表立って行動を起こす事は無かった。

 

ケラウノスと魔王の滅びは、人類に束の間の平和を齎したと同時に、新たな戦いの呼び水でもあったのだ。

 

「世界樹に影響を与え得る力の奪い合いを、座して見ている訳にはいかない。天界の争いを止める必要がある」

 

神々の争いが物質界に及べば、再び世界は戦火に沈むだろう。善神ばかりではない今、座して見過ごす訳には行かない。

決意を新たにする王子へと、褪せ人は短く問いを投げる。

 

「どうするつもりだ」

 

褪せ人の問いに、王子は即座に応じた。

 

「やる事は二つだ。世界樹の魔物化を止める事。そして天界の争いそのものを止めることだ」

 

後者を放置すれば、いずれ同じ悲劇が繰り返される。それだけは避けなければならなかった。

 

「天界に行く方法は分かっているのか」

 

「あぁ、へリューズやアスバール。元天界の神が居るんだ。方法を知るのはそう難しくはない。だが……」

 

褪せ人の問い掛けに、王子が答えを返す。しかし、その表情がそう簡単に事を運ばない事を物語っていた。

再び王子は言葉を続ける。

 

「天界の門をくぐる事が出来るのは、神性を付与された存在だけらしい。……つまり、神の楔が必要なんだ」

 

神の楔の奪い合いを止める為に、神の楔が必要となる。何とも本末転倒な話であった。

 

「……私は神の楔をアスバールより与えられている」

 

「それについては聞いているが、お前のそれは不完全な破片だ。お前一人なら障壁を突破出来ても、他の者もとなると不可能だというのがアスバール達の見立てだ」

 

では同じく、それも完全な神の楔を持っているだろう亜神達に貰い受けるのはどうかという話になるが、それは最後の手段だろう。

彼女達ならば、人類の為に喜んで楔を手放すだろうが、それは即ち、彼女達から神の座を奪う事になる。

犠牲の伴う選択肢は、王子としても取りたいものでは無かった。

 

「ならば、この地上で神の楔を探す事になるという事か」

 

「実はな、既に当たりは付けてあるんだ」

 

そう言って、王子が地図を広げてみせた。指し示したのは、王国から離れた無人島。

 

「この無人島を中心とした海域に、元魔王軍幹部クラールフが居る。彼の力を借りるつもりだ」

 

王子が語る。

亜神クラールフ。魔王軍に所属し、しかし直前で人類に寝返った深海の王。

彼もまたかつては真なる神であり、神の楔を生み出す事の出来る存在だったという。

 

「彼は深海の領地に最後の神の楔を残している。それを譲り受ける事が出来ないか交渉をするつもりだ」

 

「……随分と詳しいな」

 

ここまでの話は理解出来た。目標についても、海という点以外に不満は無い。

しかし、深海の事情とクラールフの居場所。その双方の情報は一体どこから手に入れたというのか。

普通に知り得るものではないだろう。そんな視線を受けて、王子が口を開く。

 

「あぁ、それはな——」

 

「——おれが教えてやったのさ」

 

王子の声に、女の声が割って入る。

褪せ人が視線を向ければ、そこに居たのは赤い髪に眼帯の少女。

肩には小さなタコのような異形を乗せている。

そんな少女が部屋に入るなりツカツカと足音を響かせながら褪せ人の前まで歩いてくる。

 

華奢な少女だ。褪せ人の方を見上げながら、値踏みするような視線を向ける。

 

「お前が褪せ人だな?」

 

「……」

 

「……ちょっとしゃがめ、首が痛い」

 

不機嫌そうにそう言う少女に、褪せ人が腰を落として視線を合わせる。

少女は顔を近付けると、兜のスリット越しに褪せ人の目を覗き込んだ。

 

「成程、命知らずの目だ。悪くない」

 

何やら彼女のお気に召したらしい。その笑みは、まるで海鳴りのようだった。静かで、しかし底知れぬ力を感じさせる。

 

「……この女は何者だ」

 

不遜とさえ言える態度の少女に、褪せ人が王子に問い掛ける。

見た目に関してはこの世界ではどうこう言うことは無い。見た目と年齢がかけ離れている存在などありふれている事を知っているからだ。

 

「彼女はイヴリール。その昔、英雄王に雇われて千年戦争に参加し、数多の海戦を勝利に導いた伝説の海賊だ」

 

「……また英傑というやつか」

 

千年戦争の英傑には不老不死が多いらしい。彼女もその一人という事だろう。

 

「ふん、俺の航海を邪魔した奴らを狩り回っていたに過ぎん」

 

イヴリールは鼻を鳴らした。華奢な身体に似合わぬその傲然とした態度が、奇妙に板についている。

彼女が言葉を重ねる。

 

「クラールフは神の楔を持っている。そこの男は交渉だなんだと言っていたが、最悪奪い取っても構わんだろう」

 

「おいおい……」

 

呆れたような王子の視線に、しかしイヴリールは意に介した様子は無い。仮にも亜神を相手に傲岸不遜。しかし、千年もの間航海をし続けた彼女にしてみれば亜神クラールフは恐れる相手ではない。

 

そんな大言壮語を耳にしながら、褪せ人は淡々と尋ねた。

 

「相手の根城は深海、どうやって接触するつもりだ」

 

亜神クラールフ。深海の王である亜神の領地は文字通り海の底である。無人島へ行ったとして、果たして会える算段はあるのだろうか。

 

「ハッ、異界の英雄殿はおれの事を知らんと見える」

 

愚問だとばかりにイヴリールが不敵な笑みを浮かべる。海の底に人は行くことは出来ない。そんな常識は千年の航海を経て、踏み潰してきた。

 

「おれの船に不可能はない。——潜るんだよ、深海に」

 

この世全ての海を渡る。そんな世迷い事に手を掛けた海賊王は、事もなげにそう告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

——デッドマン号。

それは船乗り達にとって寝物語で聞かされる恐怖の象徴であり、海賊達にとっては伝説にして憧れの存在。

嵐と共に現れるその船には、死をも恐れぬ海賊王が乗っているという——。

 

そんな伝説の船に、褪せ人達は乗っていた。

 

「……デューオさんの船とはまた違った趣ですね」

 

フーロンが甲板を見回しながら呟く。

如何にも海賊船という風格だったデューオ達の船に対して、その船は異様だった。

 

「何というか……幽霊船? みたいな感じですねー」

 

「うんうん、ちょっと怖いけどこれはこれでカッコいいんじゃないかな?」

 

カゴメの感想に、タラニアが同意する。

帆まで黒に染め上げた、漆黒の船。闇夜に紛れ、ただランタンの灯が暗闇を薄らと照らす様は、成程、確かに幽霊船と呼ぶに相応しい。

 

「ほう、分かってるじゃないか。そこが良いんだ、我がデッドマン号はな」

 

機嫌良さげなイヴリールが歩み寄ってくる。船を褒められるのは悪い気はしないらしい。

そんなイヴリールへと、褪せ人が問い掛ける。

 

「船が潜るというのは分かった。だが、私達はどうするつもりだ」

 

この船が常識から外れていようとも、地上に生きる者達はそのまま深海へは潜れはしないのだ。自信ありげな彼女の様子から、全くの無策という事は無いのだろうが、未だ詳細は聞かされていない。

 

「ツテがあるのさ。だが、少し時間は掛かる。ざっと二、三日といったところか」

 

イヴリール曰く、準備には多少時間が掛かるらしい。深海に潜るまでの間は無人島にて待機という事になるか。

 

「まぁ、焦るような用件でもあるまい。精々バカンス気分で羽を休めておけ」

 

イヴリールはそう言うものの、褪せ人自身は左程休みを必要としている訳ではない。

しかし、準備の間手隙になるのも事実だった。無人島という事ならば、多少探索するのも悪くはないかも知れない。

そんな事を考えている褪せ人に、フーロンが悪い笑みを浮かべる。

 

「暇潰しの心配はしなくていいですよ。貴方は私達と泳ぎの練習をするんですから」

 

「羽を休めるなんて勿体無いですからね! 二日間で泳げるように頑張りましょう!」

 

フーロンの言葉に同調するカゴメ。二人の間では既に予定が決まっているらしい。

張り切ったように飛び跳ねるカゴメへとフーロンが胡乱な目を向ける。

 

「……貴方は泳げるので?」

 

「泳げませんが! ぬりかべが泳げるとでも? なので教えてください!」

 

清々しいまでの開き直りにフーロンは嘆息する。しかし、その無邪気なやる気に満ちた様子を見れば、苦笑いせずには居られなかった。

 

盛り上がる二人を前にイヴリールが褪せ人の背を叩く。

 

「退屈しないで済みそうだな?」

 

「……そのようだ」

 

褪せ人の声音には若干の苦々しさが滲んでいた。余程水辺が嫌いらしい。

 

とはいえ、深海という未知の領域に向かう以上は少しでも備えておくべきだというのは理解出来た。

水に落ちれば人は死ぬ——己の常識に挑む時が来たのだと褪せ人は密かに覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王国を遠く離れた無人島。

日差しが浜辺を照りつける中、王国の面々が思い思いの時を過ごしていた。

 

褪せ人もまた、常の鎧を脱がされ、フーロン達の用意した水着に着替えた上で渋々と海を泳いでいた。

褪せ人の姿に、フーロンが満足そうに頷く。泳ぎの練習をして丸一日、漸く人並みに泳げるところまで漕ぎつけた。

 

「……何とか形になりましたね。最初はどうなることかと思いましたが」

 

「溺れるでも沈むでもなく文字通りに海の底に落ちる人初めて見たわね」

 

疲れを見せるフーロンにアブグルントが同意する。

海に入るや否やまるで谷底に落ちたかのように海の底に消えていった時はどうしようかと思ったが、存外に何とかなるものだ。

 

最初こそ呪いかと思われた褪せ人のカナヅチ問題だったが、流石に歴戦の戦士といったところか。動きのコツさえ掴んでしまえば、驚く程に上達は早かった。

 

海から上がり、浜辺を歩く褪せ人へとフーロンが声を掛ける。

 

「少し休みますか? 慣れない泳ぎの練習は疲れるでしょうし」

 

「……そうだな」

 

褪せ人にしては珍しく素直にその提案に応じた。木陰の方へと歩くとそのまま腰を下ろして海を眺める。

遠目に王国の者達が海を楽しむ姿が見える。海を泳ぐ者、砂浜でトレーニングに励む者。王子は何やら板を持ち出して海上で波に乗っていた。後に聞けば、サーフィンという一種の競技のようなものらしい。あの男はいつの間にそのようなものを嗜んでいたのか。

 

「まだまだ! 無限に! 頑張りますよ!!」

 

未だ泳げないらしいカゴメが猪突猛進に海へと飛び込んでいくのを眺める。

見かねたフーロンとタラニアが浮き輪を装着させていたおかげで溺れる心配は無いのだろう。本人も案外楽しんでいるようだった。

そんな褪せ人の所へと、グラスを両手に持ったフーロンが歩み寄ってくる。

 

「飲み物、いります?」

 

フーロンに差し出されたグラスを受け取り、一息に呷る。思った以上に喉が渇いていたらしく、冷たい液体が喉を滑る感覚が、妙に心地良かった。

 

「元気ですね、あの子は」

 

「いつもの事だ」

 

カゴメの姿を遠目に呟くフーロンに、褪せ人が返す。あの妖怪から元気を奪えば何も無くなってしまうだろう。あれで齢は人間よりも余程上なのだと言うのだから信じがたいものである。

 

「どうでしたか、海で泳いでみた感想は?」

 

「……存外に悪くはない」

 

フーロンの問いに、褪せ人が答える。実際、悪いものではなかった。この世界に居る以上、水辺での戦闘が避けられないことは以前の海の魔物との戦闘で分かっていたのだ。今回は良い機会ではあったのだろう、不測の事態とは往々にして起こり得る。

 

「とはいえそろそろ鎧に着替えたいところだ、落ち着かん」

 

「またそれですか。一種の変態の領域ですよ、それ」

 

泳ぐ以上は鎧が不向きなのはよく分かっているが、やはり肌を晒しているのは落ち着かなかった。

褪せ人の相変わらずの発言にフーロンが呆れた視線を向ける。

 

「水着もまぁ……似合ってると思いますよ。私達で選んだので当然ですけど」

 

「下穿きだけで似合うも何もないだろう」

 

「怒りますよ」

 

むっとしたように眉を吊り上げたフーロンに、流石に今のは己が不躾であったと小さく頭を下げ謝罪する。彼女らから贈られたものに対する言い様では無かった。

 

「はぁ、別に構いませんよ。ところで……」

 

フーロンが溜息をついたかと思うと徐に立ち上がる。

そして、褪せ人の正面に立つと僅かに頬を染めながら問い掛けた。

 

「私の水着、どうですか? 一応……一応、感想を聞いておいてあげます」

 

「……」

 

水着の感想とは思いがけない問い掛けであった。どこか意を決したように此方を見るフーロンに、褪せ人が思考を巡らせながら言葉を紡ぐ。

 

「……悪くはない。よく合っている」

 

「……! そ、そうですか……」

 

褪せ人の思いの外ストレートな言葉に、平静を装おうとするも口角が上がるのを抑えられない。

照れ隠しに顔を逸らし、口を開く。

 

「貴方にしては珍しく——」

 

「——軽装の戦士にならばその装いは相応しいだろう」

 

「は?」

 

しかし、褪せ人の次の言葉に彼女の笑みが固まる。

 

褪せ人とて褒めて欲しいかどうくらいの機微は分かる。しかし、フーロンにとって誤算だったのは彼に一般的な機微を求めたことだろう。故に、これは彼なりの精一杯の賞賛だった。

 

彼女の身のこなしならば軽装が好ましくはある。防御としての機能はまるでありはしないが彼女はキョンシー、持ち前の自己修復機能は足りない防御を補ってあまりある。

多少の傷をものともせずに攻撃を掻い潜り一撃離脱。悪くない戦術だった。

 

そんな感想を述べてみればフーロンの憮然とした表情が目に入る。どうやら失敗したらしい。

 

「……いえ、これは私が悪いですね。この人にそんな機微を求めた私が間違いでした」

 

ブツブツと何事かを呟いたかと思うと気を取り直したように彼女が顔を上げる。

 

「そろそろ休憩は終わりにしましょう。そういえばへリューズ様が貴方を探して——」

 

「——た、助けてー! 助けて下さいー!!」

 

突如として響く声に、フーロンと褪せ人が声の方へと意識を向ける。浜辺の方だ。他の面々も先の声に気付いたようで、幾人かが其方の方へと走り出していた。

褪せ人も立ち上がると、水着姿のまま大槌を担ぐ。

 

「行くぞ」

 

「はぁ……やっぱりこうなるんですね」

 

短く告げて走り出す褪せ人の背に嘆息し、フーロンもまた走り出すのであった。

 

——静かな休息というのは、やはり似合わないらしい。

 




お気に入りは無頼漢と復讐者です。
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