今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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ずっと夜渡りやってる…このゲーム怖…。


神聖騎士団

かつて魔王が解き放った瘴気。その大半が供給源である魔王の死によって自然と浄化されていった。

だが、その全てが消え去ったわけではない。一部の地には瘴気の影響が色濃く残り、不毛と化してしまった場所も少なからず存在する。

その農村もまた、そんな瘴気によって蝕まれてしまった土地の一つであった。

魔王の死からしばらく、魔王軍の敗残兵を引き連れたガオレオンが行き着いたのがその農村であった。

 

相応の覚悟をもって人類に敵対した彼らではあったが、今やただの敗残兵。

もとより、人類に対してそこまで悪感情を抱いていた訳ではないガオレオンはその惨状を目の当たりにして、死の村と化したそこを復興する事に決めた。

せめてもの罪滅ぼしと、目的を失った己が部下達の為にである。

 

当初は突然の魔界の住人達の出現によって絶望を深める村人達であったが、ガオレオンの真摯な態度と持ち前のカリスマ性からやがて受け入れられるようになる。

魔王軍残党とその被害者達、奇妙な共同生活がそこでは繰り広げられていた。

 

開拓は順風満帆であった。死に瀕した農村は開拓村として生まれ変わり、村として軌道に乗り始めていく。

 

——だが、そんな日々は突然に崩れ去った。

 

「異端者に死を!」

 

鎧の騎士が槌を振り上げ、ガオレオンへと迫る。その声音には異端と断ずる相手への確かな殺意が込められていた。

振り下ろされる槌を片腕で受け止めたガオレオンは、もう片方の拳を騎士へと叩きつける。

 

「ガァッ!」

 

吹き飛ばされる鎧の騎士。しかし騎士は再び立ち上がり、槌を構える。鎧が凹み、傷付いてはいてもその狂信からくる闘志に翳りはない。

そのしぶとさに内心舌を巻きながら、ガオレオンは咆哮を上げる。

 

「ガオォン!! 我は不滅のヒーロー! この程度で倒れはしない!!」

 

周囲を威圧するガオレオンだが、その身体には幾つもの傷が付けられていた。

度重なる騎士の襲撃、村の住人を守りながらの戦闘は彼が元魔王軍幹部という事を差し引いても、厳しいものであった。

 

そして、単純に目の前の騎士達が強いということも、ガオレオンの苦戦の理由の一つであった。

 

槌、弩、魔法を駆使して集団で攻め立てる彼らは、ガオレオンが知る中でも上位に位置するものである。

 

「いい加減諦めたらどうだ。お前が幾ら村の住人を守ろうとも徒労に終わる。大人しく異端として粛清を受け入れよ」

 

騎士の一人がガオレオンに対して告げる。その背後には、弩を構えた鎧の騎士達。

彼らの狙いはガオレオンではない。その背が守る村の住人達や、傷付き戦線を離脱した元魔王軍の兵士達である。

 

「我を信じるちびっ子達の為に、我は輝き続けなければならんのだ……!!」

 

それでもガオレオンは吠えた。たとえ絶望的な状況にあろうとも、背後に守るべきものがあるならば、倒れるわけにはいかない。

魔王を討った王国の英雄達ならば、きっと同じ事をしたのだろう。

 

騎士達が放つ弩を、ガオレオンが迎え撃つ。

飛び道具を全て己に引き寄せ、そして全てを無力化する。王者の構え、ガオレオンの持つ最も特異な力の一つであった。

 

「飛び道具の無効化、実に恐ろしい力よ。だが、その構えの弱点は知っている」

 

絶えず降り注ぐ矢の雨をガオレオンが受け止める中、騎士達がガオレオンへと接近する。

腕を組み、仁王立ちしている間は飛び道具に対して無敵を誇る王者の構えだが、それ故に接近戦を挑む相手に対して無防備になる欠点があった。

 

「選べ。構えを解き背後の仲間を危険に晒すか、そのまま我らに嬲り殺しにされるか」

 

「ぐっ……ガオォォ!!」

 

ガオレオンが構えを解く事はない。ただ振り下ろされる槌をひたすらに耐え続ける。

 

「この……卑怯でしょ! クソ人類!!」

 

ガオレオンの姿に耐え切れず背後に居たデーモンの少女が叫ぶ。

彼女も例に漏れず、傷だらけで最早まともに動きようがない。

デーモン故に死を前提に斬り込む事も出来たが、ガオレオンはそれを良しとしなかった。

 

デーモンの少女の訴えに、しかし騎士は事もなげに告げる。

 

「地上を瘴気で穢し、魔界に沈めようとした魔王の配下の言い草ではないな」

 

「……ッ!」

 

「まぁいい、この獣人に鉄槌を下した後はお前達だ。己の罪と向き合い、浄化を受け入れるがいい」

 

悔しげに顔を歪めるデーモンの少女から視線を外し、騎士はガオレオンへと向き直る。

あまり時間をかければ穏健で情け深い異端審問官が撤退の指示を下す可能性がある。それまでに、可能な限り多くの異端者を浄化しなければならない。

 

「トドメだ」

 

配下の騎士達に、トドメを刺すように指示を出す。

騎士達の渾身の一撃が、今まさにガオレオンへと放たれようとしていた。

 

「——そこまでです。これ以上の狼藉、見過ごす訳にはいきません」

 

騎士達に向けて、上空より火球が降り注いだ。

爆ぜる大地が、ガオレオンから騎士達を引き剥がす。不意を撃たれ、吹き飛ばされた彼らだが、すぐさま起き上がると、火球の放たれた上空を睨みつけた。

 

太陽を背に、純白の鱗を持つ翼が羽ばたいている。

かつて褪せ人に救われた竜人、ラウラの姿があった。

 

「竜人だと!?」

 

目を剥く騎士達を他所に、ラウラはガオレオンの側へと降り立つと、癒しの奇跡を放つ。

 

「未だ修行中の身、満足のいく癒しではないでしょうが……」

 

「十分であるッ……! だが、お前は一体……」

 

「ただの通りすがりです。巡礼の旅の途中、開拓村があると聞き立ち寄ったのですが……」

 

ガオレオンの言葉に、ラウラは微笑みかけながら言う。

ここに来たのは偶然であった。褪せ人に救われたのち、己の過ちを償うべく帝国へと出頭。紆余曲折あり、アダマス教徒の司祭の預かりの下、巡礼と奉仕活動を命じられていた。

 

この開拓村へと訪れたのもその一環。不毛の地で励む彼らに、少しでも助けになればと思い訪れたのだが。

 

「まさかこんな事になっているとは思いませんでした」

 

ラウラが騎士達へと向き直る。

新手の出現に、騎士達は武器を構えてジリジリと包囲を広げていた。

そんな騎士達に向けて、ラウラが口を開く。

 

「どうか、お引き取り願えませんか? 信ずる神は違えど、私達は分かり合える筈です」

 

「……たかだか異教の魔女が一匹増えただけだ。臆するな、我らが主はいつだって、我らを見守っておられる」

 

ラウラの訴えに、騎士達は聞く耳を持たなかった。

槌を、弩を構えてラウラとガオレオンを取り囲む。

 

「無駄な足掻きだったな、これでお前達は——」

 

「——いや、どうやら間に合ったようだッ!!」

 

騎士の最後通告を遮るようにしてガオレオンが叫ぶ。その視線は、騎士達の背後に向けられていた。

ラウラもガオレオンの視線の先を見て、思わず顔を綻ばせる。

 

そこに居たのは、桃色の髪の少女を伴った鎧の男。

大盾と大槌を持ち、無言のまま堂々と歩み寄る様は、騎士達をたじろがせた。

空気が変わった、そう思わせるに十分な圧を目の前の男は放っていたのだ。

 

「ガオーッ! よくぞ来てくれた、新たな時代のスターよッ!!」

 

ガオレオンの叫び声に、褪せ人は周囲の状況を見渡す。

見知らぬ騎士の集団、傷付いたガオレオンとその側に立つのは以前知り合った白い竜人。

 

「……どういう状況だ」

 

褪せ人がそう言うのも無理はなかった。

元魔王軍幹部が開拓村を庇い、騎士達に襲われている。そして、ラウラはそのガオレオンへと味方しているのだ。

 

「褪せ人様! 村を襲っているのは、彼ら騎士団の方です!」

 

「異端者が続々と……良いだろう、まとめて浄化してくれる!!」

 

ラウラが叫ぶと共に、業を煮やした騎士が褪せ人達へと弩を放つ。

迫り来る矢に対して、褪せ人はイリスを背に隠すと盾を構えながら口を開いた。

 

「やれるな」

 

「はい……!」

 

褪せ人の確認の言葉に、イリスは力強く答えると、祈りの言葉を紡ぐ。

イリスを中心に光が満ちると、輝きが戦場を覆った。

聖女の結界。それは、神に仕える聖女として持ち得る、高位の奇跡に他ならない。

 

大盾に向けて矢が降り注ぐ。それらは盾に衝突するも、褪せ人にまるで動じた様子はない。もとより堅固な大盾に、イリスによる守護の加護が施される。

堅牢極まる城塞、その背には癒しの聖女。

そして、癒しの波動が戦場へと降り注いだ。

 

「おお……! これは……!」

 

その結果は劇的であった。

先程まで満身創痍であったガオレオン。ラウラの奇跡で僅かに癒えていたそれらは、イリスの結界によって完全に塞がった。

そればかりではない。傷付き、倒れていた元魔王軍の兵士すら、その癒しの波動は平等に癒し、立ち上がらせる。

癒し手達の中でも、イリスは聖女の名を冠する最上位の存在。治癒術に特化し、守護の結界すら展開するその力は、褪せ人をして驚異的であると言わざるを得なかった。

 

「おのれ……穢れた魔女が……!」

 

今までの戦況を一瞬にして覆したその結界の主に、騎士は殺意を込めて睨みつける。

そして、騎士が号令を下すと、全員がイリスに向けて武器を構えた。

 

「あの魔女から浄化する! あの女さえ潰せば、魔王軍の敗残兵が幾ら立ちあがろうとも問題はない!!」

 

放たれる無数の矢。それらは真っ直ぐにイリスの方へと向かい——突如としてその軌道を変える。

 

「我を忘れたかッ!? 我はまだ、リングから降りては居ないぞ!!」

 

王者の構え。イリスに向けて放たれたそれらは、無茶苦茶な軌道でガオレオンへと引き寄せられ、そして悉く無力化される。

 

「おのれ……おのれぇぇぇ!!」

 

叫ぶ騎士達を潜り抜け、褪せ人が祈祷を発動させた。

恐るべき山、竜の大母たるグレイオール。その似姿へとその身を変える。

 

そして、地を揺るがす大咆哮が放たれた。

大気を震わせる巨竜のそれは、物理的な圧力を伴って騎士達を圧し潰していく。

 

「あぁ……! 神よ、どうか我らを守り給え……!」

 

そんな騎士達の祈りさえも、竜の咆哮の前には掻き消える。

褪せ人達と復活したガオレオン達、騎士達が全滅するのにそう長くはかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガオーッ! 助かったぞ褪せ人よッ!! 流石は新たな時代のスターである!」

 

騎士達を壊滅させたのち、ガオレオンは褪せ人達の下へと歩み寄る。その表情に敵対的な意思は見えない。かつての敵とはいえ、含むところは無いという事だろう。

 

しかし、それでもその意思は確認しなければならない。

親しげに近付いてくる獣人に対し、褪せ人が大槌を向けた。

 

「褪せ人様!?」

 

戸惑うイリスを無視して、褪せ人が口を開く。

 

「魔王軍幹部ガオレオン、その真意を問いに来た」

 

「……成程、それも当然の事か」

 

ガオレオンは武器を向けられた事に怒る事なく、真摯な視線で褪せ人へと相対した。

周囲の者達に緊張が走る。

 

「あの、褪せ人様、この方は——」

 

「——良いのだ、我の口から語らねば意味はない」

 

ラウラの取りなしを遮り、ガオレオンがこの開拓村に辿り着いた経緯を語る。

褪せ人は終始無言でその語りを聞き続けていた。

 

「我に出来るのはただ言葉と態度で尽くすのみ……どうか、信じてはくれないかッ!!」

 

そう言ってガオレオンは頭を下げる。

恐らくは嘘ではないのだろう。これまで、それ程目の前の獣人を知っている訳ではないが、それでもこのような嘘をつくような相手ではないということは分かっていた。

 

「褪せ人様……」

 

「……」

 

心配そうに見つめるイリスに、褪せ人は無言で武器を下ろした。

アスバールからは敵対の意思が確認出来なければ、無理に討伐の必要もないと言われている。今の状況から判断する限り、問題はないだろう。

 

周囲の緊張が弛緩する中、褪せ人はガオレオンへと問いを投げかけた。

 

「そこの騎士達に覚えはあるか」

 

指し示す先には騎士達の残骸。

バラバラに崩れ落ちた鎧の、本来あるべき筈の肉体は無い。伽藍堂の鎧だけが、転がり落ちていた。

肉体なき鎧の騎士、それらはかつての暗黒騎士団を思い出させる。

 

「リビングアーマーの騎士団……生憎と覚えはないな!」

 

ガオレオンがかぶりを振る。

元魔王軍幹部としても、鎧の騎士達は雑兵というには憚られる強さを誇っていた。

これ程の強さを誇るのであれば、物質界に相応に名を知られている筈。しかし、鎧の意匠を見る限り、このような騎士団に覚えはない。

 

「彼らの鎧からは、確かに神の力を感じました。アイギス様やアダマス様とは異なる、もっと別の神様の力を」

 

ラウラが騎士達と相対し、感じた力について口を開く。

イリスへと視線を向ければ、どうやら彼女も同様らしく小さく頷きを返す。

 

「……つまりはこれも天界絡みということか」

 

「一体天界で何が起きているのでしょうか……」

 

突如現れた鎧の騎士団、見え隠れする神の意思。

やはり天界へ行く必要があるのだろう。

 

「——少し、遅れてしまったようですね」

 

天界へと赴く決意を褪せ人が固める中、不意に男の声が響いた。

その声の主へと褪せ人達は振り返る。

 

崩れ落ちた騎士達の鎧の中に立っていたのは、老境に差し掛かった一人の男であった。

濃紺の法衣と翼を模した杖を持つその姿は、男が聖職者である事を伺わせた。

 

「貴方は……」

 

「ドゥマルデと申します。神聖騎士団の……異端審問官としてその末席に名を連ねております」

 

イリスの言葉に、男はどこまでも穏やかに名乗りを上げた。

神聖騎士団、異端審問官、その言葉は目の前の男が鎧の騎士達の関係者であると判断するのに十分なものであった。

 

「その異端審問官が何の用だというのだッ!?」

 

「戦闘の意思はありません。ただ、彼らを連れ帰りに来たのです」

 

ドゥマルデが杖を地面につき、祈りの言葉を紡ぐ。それはどこか、イリスの守護結界のそれと似たものであった。

残骸と化した鎧に、再び魔力の火が灯される。

 

「癒しの力……でも、これは……」

 

ラウラが目を見開く。完全に停止した鎧に、再び魂が吹き込まれる。

それは、肉体を神に捧げたリビングアーマーであるからこそ、可能となった所業だった。

 

「おお、ドゥマルデ審問官! 来てくださったか!」

 

「親愛なる同胞である貴方達を置いていく訳には行きません、撤退しますよ」

 

再び息を吹き返した騎士達に、ドゥマルデは撤退の指示を下す。

しかし、騎士達はその指示に難色を示した。

 

「撤退、ですと? 異端を目の前にして、我らに引き下がれと?」

 

「このまま戦っても同じ事を繰り返すだけ。リビングアーマーといえど、その魂に限界はあるでしょう。無意味に命を散らすのが、貴方の言う信仰なのですか?」

 

「し、しかし……」

 

「——ドゥマルデの言う通りだ。今回は退がれ、これは命令だ」

 

尚も食い下がろうとする騎士達へと、新たな声が響き渡った。

低く、力強さを感じさせるその声を耳にした騎士達の反応は顕著だった。

現れたのは純白の鎧を身に纏った巨躯の騎士。赤い外套をたなびかせ、堂々たる姿で此方へと歩み寄る。

 

「だ、団長!? 一体何故……!?」

 

「何、個人的な興味があってのことだ」

 

驚愕を示す騎士にそう告げると、騎士団長が向き直る。

その視線は、褪せ人へと向けられていた。

 

「来るのは王子だと思っていたが……お前が褪せ人か」

 

向けられる言葉に褪せ人が応じる事はない。ただ無言で、相手の出方を観察する。

その姿に騎士団長は鼻を鳴らすと、言葉を続ける。

 

「今の時代、魔王を討ち、英雄と称される貴様に問おう。——貴様にとって、英雄とは何だ」

 

騎士団長は褪せ人へと問いを投げ掛ける。

その問いの真意を測りかね、褪せ人はただ無言を貫いた。

そんな褪せ人の様子を気にした風もなく騎士団長は口を開く。

 

「答えられないか……それも無理もない。民にとって、英雄とは毒に過ぎないのだから」

 

騎士団長は褪せ人に向けて告げる。それは、神聖騎士団長として、辿り着いた一つの答えであった。

 

「魔王を討ち、混沌とした世界をお前達は救い上げる。その救済は、間違いなく多くの者を幸福へと導くのだろう」

 

英雄として、彼らは今を生きる民達を救い続けるのだろう。だからこそ、許す事は出来ない。

 

「——だが、その後は? 次代の、お前達の子らは果たしてお前達と同じ英雄たり得るのか?」

 

彼らの行う救済は、彼らが生きている間の一時しのぎでしかない。その輝かしき栄光の歩みは、民達の目を眩ませる。

圧倒的な個人が齎す平和が如何に脆いものなのか、民達は知ることはない。

 

「英雄という夢で民を惑わし、その未来を奪う。その悪徳を私は許すつもりはない」

 

英雄という、民にとっての毒を浄化する。それこそが己に与えられた試練なのだと騎士団長は言う。

 

一方的に告げられたその言葉に、褪せ人はその主張自体は理解できないものではないと内心で認めた。一時の栄光が、未来を生きる者達に何の意味を成さないのは、かつての黄金律がこれ以上なく示していたからだ。

 

永遠の女王が成した黄金の時代。それはきっと輝かしいものだったのだろう。

しかし破砕戦争を経て、壊れかけた時代を生きる者達にとって、そんな過去の栄光など関係は無い。目の前の騎士団長の主張はつまり、そういう事だった。

或いは、己の齎した完全律もまた、いずれ壊れゆくものなのかも知れない。

そう考えるからこそ、褪せ人は彼女の主張そのものを否定する気にはなれなかった。

 

「……さっきから好き勝手に言って、貴方はこの人の何を知ってるんですか!?」

 

それ故に、神聖騎士団長の主張に声を張り上げたイリスの姿は、褪せ人をして意外なものであった。

温厚で控えめな彼女が、怒気を露わに睨みつける。

 

「私はこの人に救われました、孤児院の子達も、王都の人だってたくさん! その度にこの人は傷付いて、それでも文句一つ言わずに戦って来たんです!」

 

イリスは褪せ人が何者なのか、何を成してきたのかを知らない。

しかし、それでも彼がこの世界で何を成し遂げてきたのかはよく知っていた。

多くを救い、その度に傷付いては己の血を流していた。まるで何かに突き動かされるようにして歩み続けるその背は、彼女にとって間違いなく光そのものであった。

 

「この人が成した事が無駄だなんて、絶対に認めません! 何も知らない貴方が、知った風な事を言わないでください!」

 

感情が昂っているのだろう。目に涙すら浮かべて反論するイリス。

そんなイリスを褪せ人は見つめ、やがて騎士団長へと視線を移した。

 

「——英雄とは、栄光の道を歩む者ではない」

 

「何……?」

 

徐に口を開いた褪せ人に、騎士団長が訝しげに視線を送る。

英雄とは何か、その問い掛けに対する、褪せ人なりの答えであった。

 

「——救えなかった者達の怨嗟と嘆きを背負い、それでもなお前に進む者を英雄と呼ぶのだ」

 

己が英雄だなどと、褪せ人自身は考えてはいない。

しかし、もし己を英雄と呼ぶのならば、それはきっと輝かしいものではありはしないだろう。

救った者以上に、救わなかった者達の怨嗟こそが、人を英雄たらしめるのだ。

永遠の女王、そしてその息子たる邪な蛇達がそうであったように。

 

或いは、王子ならば違う答えを示したのかも知れないが、少なくとも己にとっての英雄とはそういうものであった。

 

褪せ人が騎士団長へと、ある種の確信をもって口を開く。

 

「お前は、耐えられなかったのだろう」

 

「……ッ! やはり、貴様とは相容れないようだ」

 

褪せ人の言葉に、騎士団長は殺意すら滲ませて睨みつけた。その態度こそが、褪せ人の言葉が正しい事を何よりも示していた。

 

騎士団長達を中心に魔法陣が展開される。

褪せ人を睨みつけたまま、騎士団長が口を開いた。

 

「私は英雄を認めない。必ずや、お前達を根絶やしにしてみせる」

 

魔法陣が光り輝き、神聖騎士団の姿が掻き消える。転移魔法、その発動であった。

 

「——そして思い知るだろう。英雄の齎す平和が、如何に脆弱で頼りないものであるかを」

 

その言葉を最後に、神聖騎士団は姿を消した。残された褪せ人達に沈黙が訪れる。騎士団が去った後も、誰も言葉を発さず、ただ風の音だけが吹き抜けていた。

 

イリスが何かを言いかけて、しかし言葉にならず俯く。

褪せ人がその気配を感じながらも、背を向けて、ゆっくりと歩き出した。

 

「王国へ戻るぞ」

 

褪せ人は既に次を見据えていた。

向かうは天界、陰謀渦巻く神々の世界。

そこで待ち受ける者が何であれ、褪せ人が足を止める事はありはしなかった。

 




神聖騎士団長、かなりやらかしてたので正直仲間にするのはちょっと…と思ってたのですがおっきいから全部許しました。
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