無事開拓村の救援を終えた褪せ人は、アスバールと王国の面々に報告を行なっていた。
「三女神とは異なる神を崇める騎士団……ね、それ自体は不思議ではないが」
褪せ人の報告を受けた王子が背もたれに深くもたれかかる。
神聖騎士団、この世界において三女神とは異なる神を崇める事自体は特に不思議な事ではない。この王国とて様々な神を信仰している者達が暮らしているし、何より亜神本人が地上に降臨しているのだ、大体が褪せ人が連れてきているのだが。
そういった事情から、この世界では異なった宗教に対しては寛容である下地が出来ている。
それだけに異端と断じ、他者を排斥する騎士団は異様だった。
「神聖騎士団について、褪せ人様達の言う特徴に合致するものは少なくともこの王国周辺の記録には残っていませんでした」
アンナが文官より寄せられた資料を片手に話す。
魔王軍幹部と渡り合うような騎士団である。そのような過激な集団であれば過去に記録が残っていてもおかしくはない。だが、周辺国家を含めてもそのような集団について残されてはいなかった。
「新興の宗教か……或いは……」
「天界からの刺客、でしょうね」
アスバールが神妙な顔でそう口を開いた。
今回の騎士団も、今天界で起こっている神の楔を巡る争い。それに付随したものだろう。
「世界樹の魔物化と言い、余程地上からの干渉を嫌っているようです」
地上からの、恐らくは魔王を討った王国の参戦を嫌い、今回のような事件を引き起こしているのだとアスバールは推測する。
問題は天界のどの亜神がそのような事を企てたのかという事だ。
「天界へ行く必要がある」
「既に帝国から飛空船を借りられるように話をつけている。到着次第、天界の門へ向けて出発しよう」
褪せ人の言葉に、王子が頷いた。
天界の門は地上を遠く離れて遥か上空にあるのだという。現状、王国軍の持つ技術力ではそこまで辿り着く事はできず、ペガサスナイト達ですら自力で辿り着く事は不可能。故に、帝国に打診をして飛空船を借り受ける手筈となっていた。
「神聖騎士団については一先ずは保留とする。ガオレオン達についても問題無いだろう。次は、此方の報告だな」
褪せ人達の報告を終え、今度は王子達の番であった。
開拓村に行っている間、どうやら彼らは彼らで何もしていなかった訳ではないらしい。
王子の合図と共に現れたのは、二人の少女であった。
「紹介しよう——アンブローズとアージェだ」
「アージェと申します。よろしくお願いします」
そう言って、二人のうち一人が前に出る。銀髪の、どこか浮世離れした女であった。
見慣れぬ装飾を身に纏い、無表情で頭を下げる。端的な自己紹介に、王子が補足するように付け加える。
「彼女はある亜神に造られた騎士だそうだ。遺跡の地下深くに封印されていたんだが、ソラスの申し出もあってな」
亜神によって造られた『人間』の模造品にして、現代のくぐつや機械人形といった技術的後継を生み出した。
『万機の祖たる者』と称された彼女は、かつて彼女を造った亜神と共に魔王の軍勢を相手取り、多大な貢献を齎した。
「アージェは完璧な兵器です。天界での戦いでは、必ずお役に立てるでしょう」
無表情ながら、心なしか胸を張るアージェ。
その姿からは想像もつかないが、彼女もまた機械仕掛けの兵器、つまりはディアボロスと同じく戦闘を目的として造られたのだという。
「肯定、アージェとディアボロスは製造時期は異なりますが、根本的には同じ目的で造られました。見た目の違いについては我が所有者たる『銀腕』よりアージェは人に寄り添えるようにと、そう願いが込められているからかと分析します」
より高みを目指すべく、英雄たれと求められたディアボロス。
人を守護し、共に寄り添う者であれと求められたアージェ。
兵器という根本を同じくしながら、全く異なる姿をしているのは、興味深くはあった。
アージェの紹介を終え、王子はもう一人へと視線を向ける。
「さて、次は……」
「はぁい、偉大なる大魔導士アンブローズちゃんですよぉ♪」
王子から視線を向けられ、どこか舌足らずな話し方で少女が口を開く。
甘やかな桃色に花をあしらった装飾のドレスに身を包んだ彼女はどこまでも童女のそれである。偉大なる魔導士というのは些か似つかわしくないと、褪せ人ですら思った。
「……この娘は」
説明を求めて王子を見る褪せ人に、肩を竦めながら口を開く。
「事実だ、彼女自身は千年戦争より遥か前から生きている魔導士で、かつて英雄王と共に戦った記録が残されている」
曰く、魔法で肉体を作り出し、それに魂を移す事で擬似的な転生を繰り返しているのだという。
千年戦争の記録では長身の女性であり、男女共に思わず見惚れるような美貌の女性だったのだというが。
疑わしげな周囲の視線に、アンブローズは口を尖らせて語る。
「皆してあたしを疑って……仕方ないじゃないですかぁ、魔導装置が壊れてるだなんて思わなかったんですぅ!」
転生を行う為の魔導装置が彼女が眠っている間に故障、結果として正常な転生が行われずに長い間眠りについていたのだという。加えて、中途半端な肉体の組成によって見た目が幼くなってしまったらしい。
「それにしても、また英傑か」
「むむ、何ですかぁ? 何か言いたげですねぇ!」
かつての千年戦争における伝説の英雄達。しかし、こうも短期間で立て続けに現れるとありがたみが薄れるというものであった。
言葉には出さなかったが、なんとなく察したアトナテスが苦笑いで応じる。
「まぁ言いたいことは分かるぜ、俺も千年経ったっていうのにこうも見知った顔ぶれが揃うとちょっとな。なぁ、ミレイユ」
「さて、何のことでしょうか? 私とアトナテス様は初対面だったと記憶してますが」
「……あー、そうだったな。悪い、勘違いだったみたいだ」
アトナテスがミレイユから目を逸らし、気まずそうに頬を掻く。王国の近衛騎士団長にして、幼い頃から王子の世話係であった彼女。王子曰く、彼が幼い頃から一切その見た目が変わっていないらしい。年齢を問おうとすると言いしれぬ圧力を感じるが故に真相は分からず仕舞いだという。
「とにかく、天界での戦いを前に頼もしい仲間も加わった。飛空船の整備が終わり次第直ぐに召集するので、今回は解散としよう」
一通りの報告が済んだことを確認した王子がそう言い、この場は一度解散となった。
「イリス、何だか元気ありませんね!? どうかしました?」
各々が作戦会議室を後にし、城内を歩く中、カゴメがイリスへと声を掛ける。
会議室での報告会の中、終始憂いの表情を浮かべていたイリスが気になったらしい。
カゴメに指摘され、イリスは表情を取り繕いながら口を開く。
「いえ、別に大した事じゃありませんから」
「もしかして、褪せ人と何かありました?」
カゴメの言葉に、イリスの瞳が揺れる。実際、考えていたのはまさに褪せ人の事であったからだ。
核心を突かれ、心に溜まった澱を吐き出すべきかと顔を上げる。
「実は——」
「彼と何かあったのね!? 詳しく聞かせてちょうだい!」
イリスが口を開こうとした時、割って入るようにして何者かがイリスへと走り寄ってきた。
ゼパリエッテである。彼女はどこか興奮した様子でイリスの肩を掴むと、言葉を続ける。
「さぁ教えて!? 彼と一体何があったのかしら!?」
「えっと、別に何かあった訳では……」
凄まじい剣幕で問い掛けられたイリスは目を白黒させながらも、何とか言葉を返す。
「恥ずかしがらなくて良いのよ! 純粋な興味! 彼と一体何があったの!? アタシにちょっと詳しく教えて——」
「はいはい、エッチな魔神はちょっと向こうに行ってようか」
尚も食ってかかるゼパリエッテに、呆れた様子のタラニアが背後から腕を掴むとイリスから引き剥がす。
「エッチじゃないわ、愛欲の魔神よ! ただちょっと愛とエッチが切り離せないだけなの!」
「じゃあ結局エッチじゃないか」
ゼパリエッテは最後まで何事かを言おうとしていたが、タラニア達に引き摺られて消えていった。
「えー、では改めてどうぞ!」
正直思い悩んでいたのが馬鹿らしくなってきたところであるが、カゴメにそう促されたイリスがぽつぽつと話し始める。
神聖騎士団長と行われた問答。相手の言い分に腹を立てたのも事実ではあるが、彼女が今気にしているのはそこではなかった。
——救えなかった者達の怨嗟と嘆きを背負い、それでもなお前に進む者を英雄と呼ぶのだ。
あの時、褪せ人が神聖騎士団長へと返した言葉。彼の中での英雄の定義こそがその答えの中にあった。
それを聞き、イリスはどこか寂しさを覚えたのだ。何故、救った者を見ないのか。戦いの中、取りこぼしたものは当然あるのだろう。しかし、それだけではない筈なのだ。
彼がそうした成果や功績をひけらかし、殊更に誇るような人物ではないと分かってはいるが、その事に不満を覚えるのは、きっと自分が彼に救われた側だからだろうか。
「あー、褪せ人らしいといえばらしいですねー」
そんなイリスの独白に、カゴメが納得したように頷いた。
いかにもあの男が言いそうな言葉である。正直に言ってしまえば、カゴメ好みの言葉ではあるのだが、納得できないという感情も理解出来なくはなかった。
「まぁでも、アタシはそれも自分の為なんじゃないかと思うんですよねー」
「それは……一体どういう意味でしょうか?」
カゴメの言葉の意図が分からず、訝しげに首を傾けるイリスにカゴメが言葉を続ける。
「薪なんですよ、全部。自分が進む為の」
結局のところ、あの男は自分が前に進む為の理由を欲しているのだ。本人がそれを意識しているのかは分からないが、怨嗟も嘆きも、彼にとっては己という火を絶やさぬ為の大切な薪なのだろう。
「面倒な性分よね、彼。そこが面白いところなのだけれど」
いつの間にそこに居たのだろうか、横で話を聞いていたアブグルントが歩み寄ってくる。
「アブグルントにだけは言われたくないと思うんですけど」
カゴメがそんなアブグルントへと胡乱な視線を向ける。褪せ人も、この悪魔にだけは面倒だなどと言われたくはないだろう。
そんな視線を気にした風もなく、アブグルントは薄い笑みを浮かべながらイリスの方へ向くと口を開く。
「寂しく思う必要は無いわ。何だかんだ、ちゃんと見てるもの彼」
でなければ、あの男は王国には居ないだろう。一番の理由は王国が戦乱の渦中であるからだろうが、それだけではないのは明らかであった。
「……そうですよね。すみません、弱気になっていたみたいです」
イリスが気を取り直したように顔を上げる。どこか、天界への戦いを前にして後ろ向きになっていたのかもしれない。或いは、神聖騎士団長の言葉に最も揺れていたのは、褪せ人ではなく自身の方だったのだろう。
「そう? なら良かった。ところで——」
僅かに立ち直った様子のイリスに、アブグルントがいたずらっぽく口角を上げる。
「——彼とは本当に何もなかったの?」
「あ、ありませんよ! もう!」
アブグルントの言葉に、イリスは顔を赤らめて首を振るのであった。
「——魔術で浮遊している遺跡の噂はあったが、まさかそれが天界の門だとはな」
雲の果て、天を衝くかのように帝国の飛空船は上昇を続ける。
風を切る音と、飛空船のエンジン音が響く中で、帝国の軍師であるレオナが呟く。
快晴の日、ふと空を見上げると宙に浮かぶ不思議な遺跡が見える事がある。昔からある与太話の一つだった。
そんな酔っ払いの与太話でしかなかった遺跡は、しかし元天界出身の亜神達によってそれが古い天界の門の一つである事が判明。こうして飛空船を飛ばすに至った。
「……天界も随分と久しぶりですね」
「私も、戻って来る事になるとは思っていませんでしたが……」
彼方に浮かぶ天界の門を見据えながら、アスバールとへリューズがどこか感慨深げに呟く。
亜神二柱、彼女達が天界に向かうかどうかは悩ましいところであった。
へリューズは元々自身の神としての在り方故に自ら天界を出て行った身であり、アスバールもまた長きに渡って天界を離れていた亜神である。
そんな彼女達が神の楔の争奪戦が行われているであろう天界へ赴く事は、他の亜神達を刺激しかねない。
戦力として連れて来るか、或いは情報提供に留めて置くかは王国でも議論されていた。
結果としては、本人達の希望に添う形で天界まで同行してもらう事となった。
「恐らくは、門を越えると鳥人達の集落が近くにあると思います。そちらを目指しましょう」
へリューズが褪せ人とレオナに向けて告げる。
鳥人。天界に住むと言われる種族であり、その集落は天界の中心部を外れた僻地に存在するという。
亜神に奉仕する事でその庇護下で暮らす天界人達とは違い、その庇護を満足に受けられていない鳥人達は、物質界の人間に対しても友好的な可能性のある種族であるらしい。
「門周辺に敵影はなし、魔力探知にも大きな反応はない」
飛空船と並行して飛行するディアボロスが褪せ人へと告げる。
妨害はない。此方の動きに気付いていないだけか、或いは——。
「門の向こうで迎え撃つつもりか」
「いずれにせよ、天界へ行けば分かる」
王子の言葉に、褪せ人が返す。ここにきて退くという選択肢はありはしなかった。
「そろそろ門の前へと到着する。全員着陸準備をしておけ」
レオナの言葉に、それぞれが行動を移す。
天界の門はただ静かに聳え立っていた。
「どうやら、彼らは天界の門まで辿り着いたようですね」
輝ける鎧、薔薇色の髪をした男が口を開く。
その声を向ける先には、天空の亜神。オリュンポスの最上層より、地上を見下ろすその亜神の表情からは何を考えているかは伺い知れない。
「……成程、クラールフが手を貸したか。愚かなものだ、人類ごときに神の楔を与えるとは」
ディアスは超然としたその表情に僅かな失望を浮かべる。
かつてはもう少し見所のある亜神だったと記憶していたが、どうやら天界を追われてからは衰えたらしい。
「だが問題はない、既に天界には駒を放っている。どれ程に足掻こうとも徒労に終わる」
しかし、その程度の事は予想済であった。非力で愚かな人類なれど、魔王を討ったという事実は無視してはならない。故に、ディアスは己の手勢を天界へと放っていた。
「……ゴルゴーン達ですか」
「亜神としては下級も良いところではあるが、それでも人類では滅ぼす事すらかなわぬだろう」
男はディアスの放った手勢について思考を巡らせる。
亜神ゴルゴーン。確かに単体で見れば彼女は亜神としてはそれ程強い力を持つ訳ではない。しかしその『性質』と何より神としての不死性を考えれば、成程人類に勝ち目は無いのだろう。
「ですが、お忘れではありませんか? 彼らの中に神を殺し得る者が居る事を」
「……あの男か。全く、アイギスも愚かな事をしたものだ、創造神の被造物ですらない外界の者を召喚するとは」
男の言葉に、ディアスは僅かに不快気な表情を浮かべた。
女神アイギスがその最後の力を振り絞り呼び出した英雄。外なる世界、この世界の創造神とはまた異なった理によって生み出された者。
「娘達からも話は聞いているのではありませんか? 彼らをあまり甘く見てはいけない」
「ふん、所詮は塵芥、吹けば飛ぶような存在に過ぎん。……だが他ならぬお前の忠告だ、手は打つとしよう」
他の有象無象の言葉ならばこの亜神が耳を傾ける事はない。だが、目の前の男は己が唯一友と認める男である。
そんな男の忠告に対し、ディアスは更なる一手を繰り出した。
「諦めよ、人類。美しき調和の世界は、安寧と諦観に満ちているぞ」
ディアスの背後、男もまた策を巡らせる。
未だ己の意思は迷いの中にある。されど世界を託された者として出来ることを。
そうして静かに彼は動き始めた。
胡散臭い人が余計な事言ったのでちょっと難易度が上がります。