ディストピア惑星管理シミュレーション【Humus《フムス》】 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
今日も、子どもたちが喉の痛みと乾きをうったえて泣いている。
汚染された大気にむしばまれた肺で、ゼヒゼヒと泣いている。
ここ数日、私たちが満足に食べられたものと言えば、それこそ草木の根っこぐらいのものだ。
"
肉体的にも精神的にも、私たちは限界を迎えつつあった。
十歳前後の子どもが十数人。
老い先の短い老人がその倍ほど。
それに、
若い者は優先的に狙われて、逃げることは叶わなかったのだ。
私は、戦う力の無い老人と子どもたちを守りながら、命からがら魔族たちの追跡を振り切るので精一杯だった。
だが、それも終わりのようだ。
みんな、もう歩けないと。
このまま死ぬしかないと。
両親を、息子たちを失った自分たちが生きていても、仕方がないと。
みんな、そんな事を言って地面にへたり込んでしまった。
私は、元いた集落で教師をやっていた。
だから、ここにいる老人たちも子どもたちも、幼い頃から知っている顔ぶればかりだ。
そんな彼らが、生きることを諦めてしまった様子を見て。
知らず内に、私の目には涙が浮かんでいた。
「ば、ばかを言うな、ばかを……二十年前の地図によれば、この先に人里があるはずだ。そこまで、なんとか歩けば──」
私は、震えた声でそう叫ぶ。
心が折れてしまった人間に、そのような薄っぺらな励ましの言葉が届きはしないことなんて……私が誰よりも、知っているはずなのに。
息を吸うたび、肺と喉が軋むのだ。
汗で首筋にはりついた有害性の砂塵が、ずっとやすりがけするようにひりひりと皮膚を傷ませてくるのだ。
涙と混ざりあった砂塵がまつ毛で凝固し、視力を奪うと同時に絶え間ない激痛を、もう生きていたくないと思うほどの痛みを、私たちに与えてくるのだ。
私の脚もまた、彼らを追うように、地面に膝をついた。
……きっともう、動き出すことはないだろう。
首をもたげ、空を見上げる。
分厚い砂塵に遮られ、光が差し込むことはない、灰色の空を。
その時だった。
地響きのような轟音とともに。
天から、隕石と見紛うほどに巨大な、純白の球体が落ちてきたのは。
【惑星Humusの原生生物を発見。】
【レベル
【惑星Humus標準言語に設定中……】
「なっ……なっ……!?」
男とも女とも取れない声。
背筋がざわつく、作り物めいた声でソレは言った。
【──あなたたちを、保護対象とする】
【──惑星Humus重力圏に到達。慣性航行を停止。】
【地表簡易スキャニングを実行・・・非勢力地帯を確認。着陸準備完了。】
【2381/7/13.
おぼれる寸前のような窒息感。
全身の穴という穴に、しこたま液体が詰まっているような閉塞感。
そんな感覚とともに、"ぼく"は目を覚ました。
【おはようございます。気分はいかがでしょうか。
もし違和感等ありましたら、お知らせください。】
「無いよ。いつも通り、最悪の目覚めというだけだ。」
宇宙船に搭載された管制AIの機械音声に対してそう返し、ぼくは先程まで自分が眠っていたポッドからよいしょ、と体を起こした。
どろついた半透明の
アダリン社──弊社が独自開発した、最新のコールドスリープマシンだ。
十五年以上の、そこそこな長距離航行だったにもかかわらず、筋肉の硬直はほとんど無い。
それでもやはり、うんと伸びをすれば背骨からバキボキと小気味よい音がなる。
スリープ前からのデスクワークによる慢性疲労は、据え置きのようだ。
ひた、と立ち上がり、しばし腰骨を旋回させる。
『……ようやく、目覚めたか。具合はどうだ。"管理者"。』
しばらくそうしていると、背後から厳粛な男性の声が鳴り響いた。
振り向くとそこには、全身のほとんどが機械化され、人間というより甲冑のようなシルエットになった男性が、ホログラムによって空中に投影されている。
顔は文字通り"鉄面皮"で、
ぼくはそれに「あ、
"部長"は、ぼくの姿を見て一言。
『まず……服を着てくれないか……』
と、気まずそうに目線をそらしながら言った。
*
ぼくは、アダリン社という惑星開発企業に務めている、いちサラリーマンだ。
大学では文学と心理学を学んでいたけれど、今の仕事でそれを活かせた試しはあまりない気がする。まあ、よくある話。
主なお仕事は、担当する惑星の管理業務。
惑星というのはナマモノで、放っておけば現地住民が戦争をしたり環境破壊をしたりして、どんどん市場価値が下がってしまう。
現地民の奴隷化を目的として星を襲う、宇宙海賊のような輩だっている。
だから、ぼくのような人間が星を管理し、それを抑止する必要がある。
そのために、火星の本社から遠路遥々この惑星フムスまで派遣されたというわけだ。
数分後、ぼくは着慣れた真っ白な制服を身にまとって、ホログラムの部長と向かい合っていた。
「部長。ぼくがスリープしていた間に、なにか状況の変化は……」
『まあ、待て。長い話になる。コーヒーを淹れてやろう。』
部長がそう言って鉄の指を鳴らすと、宇宙船のキッチンユニットの方でコーヒーメーカーが作動した。
ウイイイン、とコーヒーが抽出されていく音と匂いを味わっていると、部長が話し始める。
『"管理者"よ……その船は間もなく惑星フムスに着陸するが、お前が眠っている間に、いくつか情勢に変化があった。』
「やっぱり、十五年も寝てたらそうなるでしょうね。
それで、変化というのは」
「端的に言えば──七年ほど前にフムスから、未知のエネルギー資源が発見されたのだ。
フムスの一部現地住民たちは、そのさらに前から軍事転用していたと推定されるがな。
その、
とある不時着船の船員が付けていた、ボディカメラの映像が流出したことによって。
なかば偶発的に、その存在を各勢力に知らしめることとなった。」
悩まし気な様子で、部長は言う。
それに対しぼくは、ある疑問をぶつける。
「……たしか、フムスでは大気中に『魔力』と呼ばれているエネルギー粒子がありましたよね。それとは別物なんですか?
あれは扱いにくい上に、大したエネルギーを発生させるようなものではなかったと記憶していますが……」
『完全に別物──というわけではない。
なにせ、フムス独自の物質である『魔力粒子』と、地球ではごくありふれた、"とある粒子"が結びつくことで……。
核融合に匹敵、あるいは凌駕しうるエネルギーを発露させる現象が、確認されてしまったのだ。』
「とある粒子?」
『──『
地球の大気や人体にあふれているが、あまりに微細かつ非活性ゆえに、魔力粒子と結びつく瞬間まで、発見すらされていなかった微粒子だ。』
「それは、厄介な……」
ぼくはコーヒーを一すすりし、宇宙船の天井に目をやった。
こうなってくると、ぼくの仕事も単純な管理業務では済まなさそうだ。
そのへんの宇宙海賊のみならず、他の企業や国家の正規軍なども相手取らねばならなくなるだろう。
まったく、頭が痛い話だ──。
だが、その時。カフェインが入ったおかげか、ぼくの頭に新たな疑問が浮上してきた。
「……そもそも、なぜフムスにしか存在しない『魔力粒子』と、地球にしか存在しない『異分子』の結合現象が発見されたんですか?」
惑星フムスは、星間航行はおろか衛星すら打ち上げていない。
未だに剣と魔術が戦場の主役を務める、よくある後進惑星のはずだ。
その文明レベルは、アダリン社のガイドラインに基づけば"レベル
弊社の実働部隊であれば、半日もあれば制圧が完了する程度の惑星だ。
当然、そんな辺境に地球人が訪れる事などそうあるわけがない。
地球は現在、厳格にその環境を管理され、限られた特権を持つ者しか入ることができない。
ぼくの言葉に、部長はより一層悩ましげに唸ってから口を開く。
『……惑星フムスには、『魔王』と呼ばれる存在がいた。
おそらくは百年以上に渡って暴虐の限りを尽くし、現在のフムスの文明レベルでは100%討伐は不可能であるとCEOが判断される程の、特異点的とすら言える存在だ。』
「ええ。今回ぼくが派遣された理由の一つでもあったはずです」
ぼくは手元の資料に目を落とした。
惑星フムスの『魔王』──推定脅威レベルは"
文明レベルIII相当のフムスであれば、文字通りの意味で『無敵』の存在と言える。
それこそ、管理惑星の一勢力への肩入れを嫌う弊社のCEOが、直々に"討伐命令"を下すほどの存在。
いわゆる、"
『──だが、魔王は死んだ。殺された。』
あっさりと、部長はそう言った。
「……へえ。」
『我々は、見誤っていた──そう言わざるを得ない。
フムスの現地民は
魔王を打破してしまったのだ。』
「その際に、件の『
『ああ。この事態は、偶然に偶然が重なってしまった結果と言える。』
【惑星Humusへの着陸を開始します。】
【大気圏突入に際しての揺れに備えてください。】
管制AIが、無慈悲にそう告げる。
部長は「……そろそろ、本題に入ろう。」と、その機械の目でぼくをまっすぐに見据えた。
『現在のフムスは、類を見ない戦乱の時代だ。
『魔王』の死、未知のエネルギー資源、星外国家と企業による代理戦争……。
この火の手は、星の命を焼き尽くすまで、けして止まることはないだろう。
かつての、地球のようにな。』
「……」
『だが"管理者"。お前の仕事は依然として変わりない。
『惑星の環境と住民の心身の保全』だ。
それが弊社の方針であり、お前の得意分野でもある。』
【──惑星Humusへの着陸完了。】
【着陸地点付近に知的生命体を確認。】
【対処してください。】
「ええ。惑星開発業界2位、アダリン社の誇り高き『管理者』の名にかけて。
ぼくが、この
『……良い答えだ。だが安心しろ。アダリン社は優秀な管理者であるお前を、けして見捨てはしない。
現在、弊社の精鋭部隊がフムスへと向かっている。
彼らが到着するまでの月日──およそ五年が、お前の腕の見せ所だ。
それまでの間に、現地民と協力し、この星にアダリン社の勢力圏を確立してくれ。
俺も力の限り、お前をサポートしよう。』
部長の言葉に首肯する。
ぼくはデスクから立ち上がり、別のモニターから外部の状況を確認する。
着陸した宇宙船の周囲では、数十人の現地住民たちが警戒するようにこちらの様子を窺っていた。
ぼくは宇宙船の外部に取り付けられたスピーカーをオンにし、彼らへとこう呼びかけた。
「──あなたたちを、保護対象とする。」
・『アダリン社』:西暦2203年創業。惑星開発業界2位。
・地上げ屋紛いのビジネスモデルが横行する惑星開発業界では異端と言える、管理惑星の発展による長期的利益を重視する企業。