ディストピア惑星管理シミュレーション【Humus《フムス》】 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
"クリープ・スパイダー"1号機が連れてきた、動物的な身体的特徴を持った現地住民たち。
彼らは"
《フムス》には、別種の生物とヒトが混合したような姿の人々が、多種存在するという。
むしろ"純粋な人間"の方がそれらよりも遥かに貴重なほどに。
彼らは"亜人"と呼ばれているらしい。
『先生』の
そして目の前の彼らは、他生物との混合的特徴を持った"亜人"という一大カテゴリーの中において。
"犬"の特徴が色濃く表出した種族であるという。
そんな
優れた筋力と五感、その中でも突出した嗅覚を有し。
そして、自らの属するコミュニティに対して、強い帰属意識を持つ傾向にある。
"彼らは生物学上、『ヒト
"それとも、イヌやネコが属する『食肉
そんな、生物学なんて
ぼくの知っている"イヌ"と、
……といっても『本物のイヌ』なんてぜいたく品、ぼくは飼ったこと無いんだけども。
ぼくのようなしがない務め人は、"電気羊"よろしく"電気犬"で我慢するしかないのだ。
ローティーンの頃、学校帰りによく飼育用ロボットと一緒に散歩をしていたゴールデン・レトリバーの彼は元気だろうか?
他人であるぼくよりも、手厚く世話をしてくれる機械の方に愛想を振りまいていた、彼。
皮肉な話だ。
これだけ技術が進んだ時代になると、人間も動物も
……といっても、それは。
ひどすぎる環境汚染だとか、AIのシンギュラリティだとか。
むかしむかしSFで大真面目に語られたような、そんな大層な理由からじゃない。
単に、生き物よりも機械の方が、
サボらない。トラブルを起こさない、ストをしない。
価値が高まりすぎた権利に、配慮する必要もない。
決まったリソースを支払えば、きっちりと決められた分の仕事をしてくれる機械は、企業にとって理想的な"人材"である。
だから、今や旧・地球圏のインフラは、ほとんどが
ヒトが、生きる意味の問われる時代だな、と思う。
いつの時代もそうだったのだろうけど、これまで以上に。
自分を生んだ社会が、自分を必要とせず回っていく様子を見続けるのは、意外としんどい。
──"人間には生きているだけで価値があるのですよ"。
そんな、現代社会に深く根ざしたヒューマニズムは。
ぼくたちに基本権利として、果てなき余暇や健康で文化的な生活を保証する代わりに、生きる張りあいとでも言うべきものを取り上げている。
ぼくたちは基本的に、社会の歯車にすらなれない。
それでも……ぼくの『管理者』という仕事は。
それなりに、ぼくが『人間』である意味のある仕事なのではないか、と思っている。
『お、おい、何も答えてくれないぞ?』
『なにか、気に障るようなこと、しちまったのか……?』
「……おっと」
ぼくが何も言わず、思考の世界にトリップしてしまっていた間。
当たり前だけれど、この《フムス》の大地に息づく人々は、誰もが生きた人間だ。
ぼくが今まで管理業務にあたってきた、他の惑星の人々も、もちろんそう。
現地の生きた人間たちと、誠意を持って向き合い、信頼関係を築くこと。
それが『管理者』の仕事であり。
人間が機械より、明確に優れた点でもある。
少なくとも、ぼくはそう思っている。
……そうありたいと、思っている。
宇宙の辺境に赴任する都合上、メンテナンス性や対・電子攻撃の側面で生身の人間が機械よりアドバンテージを持つというのはあるけれど。
それはきっと、本質じゃない。
ぼくは、できるだけ柔らかい声を心がけて、彼らに呼びかけた。
【ようこそ、『アダリン社』の管理コミュニティへ。】
【我々の目的は、この《フムス》の大地と、そこに住むあなたたちの心と体を、健やかに保つことです。】
【あなたたちが、このコミュニティに身を置く限り。】
【……ぼくは、それを保証するでしょう。】
唖然としている
【──あなたたちを、保護対象とします。】
※
新たに保護した
それは、"若い労働力"だ。
老人と子どもが中心だった、これまでの住民たちと異なり。
彼らには馬力と体格、そしてなにより体力がある。
彼らのおかげで、一日あたりの資材の採集量が二倍弱になったほどだ。
住民数の増加によって増えたリソース消費を、余裕で取り返せるほどの仕事を、彼らはしてくれた。
【木材:1000】
【石材:5000】
【土:5000】
【鉄鉱石:300】
「……ふむ。」
ぼくは、資材の状況が映し出されたモニターとにらめっこしながら。
このリソースをどう分配するかについて、考えていた。
"クリープ・スパイダー"の生産は、一日に一機のペースで続けている。
つまり今は、計八機の"クリープ・スパイダー"が《フムス》の大地を這い回っている事になる。
ひとまずこれだけ放っておけば、十分だろう。
今後生産する"スパイダー"は半数程度、この集落周辺の哨戒や防衛に回していってもいいかもしれない。
今のところ、1号機が
八機の"クリープ・スパイダー"による探査でわかった事は、この集落の周りに広がる"荒野"は、かなり広いということだ。
東西南北。各方面に放たれ、休まずに歩き続けている"スパイダー"たちの目が。
未だにだだっ広い砂漠地帯しか映していないと言えば、その広大さが多少は伝わるだろうか。
……さて。"クリープ・スパイダー"の件は、彼らからの続報を待つとして。
リソースをどう分配するかの話に、戻るとしよう。
今のところ、目先の問題はふたつ。食料と住居だ。
食料問題の方は我が社が誇る『アダリン社携帯完全食』のフレーバーが"おいしめの泥"なせいで、住民たちが感じているストレス。
アレを食べておけば、ひとまず飢えはしないけれど。
食べ物が不味いというのは、働く人間にとって大変なことだ。
労働に対するモチベーションの低下、ひいてはアダリン社への、不満に繋がりかねない。
幸い、住民たちが何らかの食用植物の種子を持っていることは確認済みだ。
《フムス》外から持ち込んできた植物を使わなくても良いのは大きい。
然るべきリソースと労働力を注げば、この星の生態系を
住居問題の方は、数カ月後に冬が迫っているのに、住民たちの家が無いことだ。
この問題も彼らに不安感と、日々の生活に対する不満を抱かせてしまっているだろう。
衣食住。その中でもっとも重大とされているものを、欠いているのだから。
だけどこちらも、資材と人手を注げばすぐに解決可能な問題ではある。
だから、ぼくが悩んでいるのは。
まずどちらを解決するか、ということ。
「……まずは、"
数分の思案の末。
ぼくは食用植物の育成よりも、住居の建設の方にリソースを割くことにした。
シンプルに考えてみる事にしたのだ。
より、住民たちの命に関わる方を優先した。
食べ物が泥の味でも、サイアクな気分になるだけだけれど。
もし何かの間違いで1週間後にでも冬が来れば、住民たちは凍え死んでしまう。
それに。
たとえ、食卓にあるのが泥のようなグリュエルであっても。
それを囲むのが愛する友人や家族であれば、それだけでご馳走なのだと、いつか部長が言っていた。
ぼくは、よくわからないけれど。
部長がそう言っているのだから、きっと間違っていないのだと思う。
ぼくは端末をピッピッ、と操作し、住居の建造に必要な素材を生成し始める。
【『アダリン社汎用構造体(建築用途調整配合)』の生成を開始します。】
ぼくが今、生成を開始したのは。
"クリープ・スパイダー"の基礎
それなりに軽く、硬く。
靭性に優れており、加工しやすい。
これは素材同士の配合技術がなせる技であって、使用されている素材そのものは《フムス》現地にもありふれた鉱物や木材である。
レンガのように積み上げられるブロック状のものと、木材のように扱える丸太状のものを生成する。
ぼくはそれらの建築資材と並行して。
釘や槌、鋸などをはじめとした、基本的な道具の生成も開始した。
住民たちの感覚から、そうかけ離れていない形の素材や道具を用意した方が、彼らにとっても勝手が分かりやすいだろう。
住民たちには明日から、資材の収集時間を減らして、その代わりに住居の建築作業にあたってもらう。
その間ぼくは、"スパイダー"からの報告を待ちながら。
部長に提出するための経過報告レポートをまとめるとしよう。
【──"クリープ・スパイダー"3号機が、現地国家所属と思わしき勢力と接触しています。】
【"クリープ・スパイダー"の自己判断ルーチンでは対処困難な事態と推測されます。】
【回線を繋ぎますか?】
ぼくがキーボードに指先を触れさせたその瞬間。
"クリープ・スパイダー"から緊急の通信要請が入ってきた。
「……まったく、言った側から。」
ぼくはすぐに、"クリープ・スパイダー"のカメラ映像をモニターに共有し。
あちら側に内蔵されたスピーカーと、ぼくの手元にあるマイクの接続も完了させてから、"クリープ・スパイダー"の置かれた状況を確認する。
"クリープ・スパイダー"の視線の先に広がっているのは、巨大な鉄の壁だ。
そして、その壁を守るかのように立ちふさがっている、それなりに近代的な防具を纏った十名ほどの人々。
彼らはこちらを見て臨戦態勢を取ってはいるが、襲いかかってくるような素振りはない。
『……刺激はするなよ。いいな?』
『ですが、隊長……。あのクモ、さっきから明らかにこっちの様子を伺っているように見えます……
ただでさえ"六王"の動乱でてんやわんやなんです。不穏分子は、さっさと始末しちまった方が良いんじゃないですか?』
『
得体の知れない存在には、手出ししないに限る。特に今の《フムス》ではな。
案ずるな……私の剣が、この"ジョグスィン"にはヤツの脚一本触れさせん』
先頭に立ち、部下らしき男性と話している黒髪の女性。
彼女の羽織っているエナメル質のジャケットには、赤い腕章が巻かれており。
そこには『ジョグスィン保安監督局二課』という文字が書いている。
「……"ジョグスィン"、か。現地国家の一つで間違いは無さそうだ。」
ぼくは、"クリープ・スパイダー"の操作をセミオートに切り替えて、彼女たちの方に数歩だけ近づいた。
スピーカーの声が届く距離に入るためだ。
数歩近づいただけで、彼女たち──『ジョグスィン保安監督局』から発せられるプレッシャーは、何倍にも膨れ上がった。
ぼくは"スパイダー"をそこで立ち止まらせて、スピーカー越しに呼びかける。
【──……はじめまして。】
【ぼくは、アダリン社の、惑星管理者。】
【あなたがたの、敵ではありません。】
『なっ……喋っ……!?』
『動揺するな。向こうの思うツボだぞ。』
隊長、と呼ばれていた黒髪の女性が、腰の刀に手をかけたのが見えた。
……だめで元々、だ。
僅かな会話の中で、少しでも情報を引き出せれば、それで構わない。
流石に国家相手に討伐隊でも組まれたら、"クリープ・スパイダー"もひとたまり無いだろうけど、これはしょせん量産型。
破壊されてしまったら、また作ればいいだけなのだから。
ぼくは、居合の姿勢を取ったまま、刃物のような視線でこちらを見据えてくる"隊長"に対して。
言葉を、続ける。
【ジョグスィン保安監督局。】
【あなたがたとの、対話を望みます。】
【『異彩』】
『《地球》から《フムス》へと呼び出された人間たちの総称。』
『濃度の差はあれど、多量の"異分子"を体内に蓄積している。』
『総じて短命であり、活性化した"異分子"は環境のみならず曝露者にも深刻なダメージを与えることが示唆されている。』
『思考に共振する"魔力粒子"と、そのエネルギーを爆発的に発露させる"異分子"の性質が合わさった結果。』
『"異彩"は死後、肉体に蓄積した"異分子"と今際の際の特殊な思念が作用しあった結果であろうか──』
『──生前とはまったく"別の存在"へと、肉体を転じさせる現象が報告されている。』
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