ディストピア惑星管理シミュレーション【Humus《フムス》】 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
【新たに犬獣人《カーネム》たちを保護したことで、管理コミュニティの労働生産力が大きく上昇しました。】
【数カ月後に迫る冬期へ向け、あなたは住民たちの住居の建設を決定しました。】
【7日前(旧・地球標準時間換算)に放った"クリープ・スパイダー"3号機が、《フムス》現地国家所属と思しき勢力『ジョグスィン保安監督局』と接触しました。】
【管理者様。】
【あなたの良心と、アダリン社の行動規範に、可能な範囲で従い。】
【管理業務を、続けてください。】
──"
深刻な
都市をぐるりと囲む円形の
立ち並ぶ
電気、ガス、上下水道に至るまで、整備されたインフラ。
世界各国の商人たちが、死の荒野を横断する危険を
それがこの、ジョグスィンという都市国家だ。
ジョグスィンが"華の都"と呼ばれる理由は、ふたつある。
ひとつめは、単にその高度に花開いた文明を
"異彩"である建国帝によりもたらされた《地球》の叡智は、この都市国家を世界有数の先進都市にまで押し上げた。
そして、ふたつめは。
──ジョグスィンの中心地帯に咲き誇る、全長10キロメートルほどにまで達する『緋色の
ソレは、
八枚の花弁を持ち、緋色の結晶のような姿をしたその
周辺地帯の砂漠化進行を代償に、究極のエネルギー資源である"
それは果たして、建国帝の意思であったろうか。
自らの死後も、人民を飢え、凍えさせないために。
彼は自らの
それは今や、知る由もない。
だが、確かな事実として。
その結果、ジョグスィンは彼の死後も回り続けている。
建国帝が姿を変えた八枚の花弁は、一枚ずつがそれぞれ地区を管轄する『八王』たちによって管理され。
果てしない、人々の欲望と狂騒を乗せて、ジョグスィンの経済は今日も回り続けている。
……たとえ、現在。
『八王』の内ふたりが、何者かによって暗殺され。
所有者が空席になった二枚の花弁を巡って、残りの『六王』たちが
【──……はじめまして。】
【ぼくは、アダリン社の、惑星管理者。】
【あなたがたの、敵ではありません。】
【ジョグスィン保安監督局。】
【あなたがたとの、対話を望みます。】
「…………。」
ジョグスィン保安監督局二課の長──リェン・ルゥオは。
腰の愛刀の
"人語を話す怪物"──というだけならば。
彼女たち『ジョグスィン保安監督局』が普段から相手取っている、
だが、
リェンたちが知っているのは、人間の断末魔などを模倣することで餌が寄ってくることを学習した程度のもの。
声帯と舌の造りが人間に近ければ簡単にできる、いわば猿真似だ。
だが、この"鉄の蜘蛛"は違う。
こちらの所属を把握し、理路整然とした語り口で、対話を持ちかけてきているのだ。
男とも女とも取れぬ、中性的な声色で。
加えて、"鉄の蜘蛛"の体表に刻まれた、ロゴマークのような意匠。
その下部に小さく記された『Adalin.Company.』という文字。
それの、意味するところは──。
リェンは、事態が自分の理解を超えた領域にあることを理解し、唇をわずかに歪めた。
──信じられないことに、"アレ"は、人工物であるということだ。
「まったく……近頃は、そんなことばかりだな……」
抜きかけた愛刀。
かたかたと、異様な熱気を帯びて震えているそれを、リェンはゆっくりと鞘に戻した。
「……申し訳ありません、父さま。
私の命の張り所は、まだここではないのです。」
後ろの部下たちにも、視線で武器を収めるように指示する。
彼女には、ここで死ぬわけにはいかない理由があった。
「──私は……ジョグスィン保安監督局二課の長、リェン・ルゥオだ。
アダリン社の、管理者とやら。話は、聞いてやる。
だが、そこから一歩も動くなよ。」
「り、リェン隊長!? アレと話すって……!
冗談キツイのは、酒の席だけにしといてくださいよぉ!」
「黙れ。お前は本部に応援を要請しておけ。
……あと、私の酒の席での冗談がキツイという件については、オフィスに帰ったらじっくり話を聞かせてもらうからな。」
「あ、やばっ……。」
部下に指示を飛ばしたあと、リェンは視界の端に捉え続けていた"鉄の蜘蛛"へと視線を戻した。
【ありがとうございます。リェン・ルゥオ。】
「リェンで構わん。」
【では、リェン。あらためて、自己紹介を。】
【ぼくは、アダリン社の、惑星管理者。】
【この惑星──《フムス》の外部からやってきた者です。】
「……《フムス》の、外からだと?」
【ええ。そしてそれは、ぼくたちアダリン社だけではありません。 】
【──"
「……知っている。この死の荒野にあってなお、ジョグスィンが繁栄を享受できているのは、"
【であれば、話が早い。】
【その"
【それを求めて、遠路はるばる数多の勢力が、この《フムス》に寄ってきてしまう程度には。】
「貴様らも、"
【いいえ。】
【我々アダリン社の目的は、現在破滅への一途を辿っているこの《フムス》の環境と人々を、保護することです。】
【"
「ハッ……信用できるか。
小賢しい商人共はいつも、そういう
"自分たちだけは他の商人とちがって、私腹を肥やすことではなく、あなたのことをいちばんに考えているんですよ〜"とな。」
"鉄の蜘蛛"は、リェンの嘲笑まじりの言葉に、平坦な声で。
【真に賢しい商人は、長期的に最も利益を生み出す方法が、けして一方的な『
と返してきた。
「……この星の、外からやってきた勢力、か。」
リェンは内心、"蜘蛛のくせに、やたら口が達者なヤツだな……"と思いつつも。
別のことにも、同時に考えを巡らせていた。
"鉄の蜘蛛"が喋っていた内容の中に、心当たりがあったのだ。
──《フムス》の外側からやってきたという存在についてだ。
この"鉄の蜘蛛"を造ることができるほどの、現在の《フムス》より遥かに進んだ文明を持った存在たち。
リェンたちが治安維持を担当している都市、『ジョグスィン』。
現在の『ジョグスィン』は、"六王"と呼ばれる六人の有力者たちによる、苛烈な権力闘争のさ中にあるのだが──。
"六王"のうちのひとり。
"帝選王"の抱える私兵たちが、見たことも聞いたこともない、凄まじい性能の武装を使っているという報告があったのだ。
──『光の槍』。
全滅した部隊から命からがら生還した、とある『ジョグスィン保安監督局』職員は、その武装をそう形容していた。
一切の流血が見られないほどの、瞬間的な超高熱により焼き切られた、腕の傷跡とともに。
保安監督局の会議では、その正体不明の武装について。
近頃『ジョグスィン』周辺で不審な動きを見せている『群青学派』の新兵器ではないか、という話が上がっていたが。
リェンは、以前からその説に違和感を感じていた。
──あの狂信者たちは、けして都市の権力闘争に肩入れなどしない、と。
『群青学派』を構成するのは、"青い異光"と肩を並べて魔王と戦った、古い英雄たちだ。
ゆえに連中が身を投じるのは、常に『世界を守るための戦い』である。
思想は、時代遅れそのものだが……。
数年前に共同戦線を張った経験から、彼らの掲げる理念は未だ崇高であることをリェンは知っているし、この荒廃しきった《フムス》で信念を突き通し続けるその
「そういう、ことか……」
──『群青学派』が探っていたのは、既に『ジョグスィン』に入り込んでいるであろう、《フムス》外の勢力か。
『ジョグスィン』で使用されている謎めいた武装と、近頃チラついていた『群青学派』の影。
てんでバラバラだった二つのピースが、リェンの頭の中でかっちりと噛み合った。
「……アダリン社。」
先ほど"鉄の蜘蛛"が名乗った組織名を、口の中で反芻してみる。
"アダリン社の惑星管理者"。
目的は、《フムス》の環境と人々を保護すること。
……その名称と目的が、本当かは定かではないが。
こいつは、馬鹿正直に正面から自己紹介をして、自分たちに対話を持ちかけてきた。
ある意味で、この上なく誠意的な姿勢ではある。
少なくとも、強力な武器を六王の一人に流し。
彼を傀儡として、ゆくゆくは『ジョグスィン』を掌握しようと裏で糸を引いているであろう、別の"星外勢力"よりはずっとマシに思える。
「リェン様ー! 応援にきましたよ! いつでも動けます!
さっさとあの蜘蛛野郎、やっちゃいましょ!」
先程呼んだ応援が到着したらしく、停まった数台の車両からリェンの部下たちがぞろぞろと出てきた。
だがリェンは、少し考える素振りを見せたあと、彼らに別の指示を下した。
「……いや、私に考えがある。
おい。なにか縛れるもの……そうだな、頑丈なロープは無いか?」
リェンがそう言うと、部下たちは不思議そうに顔を見合わせたあと。
そのうちの一人が、自身の
「……まあ、これでもいいか。」
「なにに使うんですか? その武器じゃ、あの見るからに硬そうな蜘蛛に有効打は……」
リェンは、ワイヤーを手に"鉄の蜘蛛"へと一歩ずつ歩いていく。
蜘蛛は、先ほどリェンから言われた『一歩も動くな』という命令を忠実に守ってか、その赤い複眼を光らせる以外は微動だにしない。
「近くで見ると……デカいな。」
やがて"鉄の蜘蛛"の目と鼻の先まで近付いたリェンは。
女性としては長身の自分よりも、頭ひとつ分は大きいその姿に気圧されながら、そう呟いた。
【アダリン社惑星探査ユニット"クリープ・スパイダー"です。】
【あなたたちに反撃はしませんので、破壊しても構いませんが……。】
【その場合、今後の我々との関係に響く、ということは覚えておいてください。】
「なあに、そんな物騒なことはしないさ。」
リェンは悪戯っぽく笑って、鉄の蜘蛛──"クリープ・スパイダー"の脚の一本に、ワイヤーを巻き付けはじめた。
【…………。】
──そして、数分後。
そこには、リェンによって鋼鉄製のワイヤーでぐるぐる巻きにされ。
動きを封じられた"クリープ・スパイダー"の姿があった。
「よし、こんなもんでいいだろう。」
【…………これは。】
【いったい、どういった意図が?】
"クリープ・スパイダー"も、遠巻きに様子を伺っているリェンの部下たちも。
皆、リェンの奇行の意図を掴めないでいた。
ただリェンだけが、身動きのできない"クリープ・スパイダー"を満足気にながめている。
「お前のようなバケモノ、こうやって見るからに行動不能の状態にしておかないと、
……おいお前たち、大きめの荷台が付いたピックアップ・トラック1台と、このデカブツを覆い隠せるぐらいのカバーを手配しておいてくれ。」
【謁見……ほう、なるほど】
リェンは手に持った通信機で、誰かに連絡をしたあと。
"クリープ・スパイダー"に対して、こう言った。
「アダリン社の管理者。
お前には、我々『ジョグスィン保安監督局』の局長。
そして同時に──"六王"がひとりでもある、『布武王』と謁見してもらう。
今かんたんに事情を説明したら、"すぐに連れてこい"と仰せになった。」
【"王"という割には、ずいぶんとフットワークの軽い。】
「現場主義なんだ。私たちのボスはな。」
リェンは、その言葉に驚愕の表情を浮かべている部下たちを背にしながら。
……ほんの僅かに、口角をつり上げた。
このアダリン社の協力を得ることができれば、『ジョグスィン』に影を落としている不穏な存在に対抗する
そして──