ディストピア惑星管理シミュレーション【Humus《フムス》】   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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『暗影』─彩暦28年─

 荒野に、オフロード・タイヤの太い(わだち)が引かれていく。

 

 ぼくと回線を繋いだ"クリープ・スパイダー"3号機を荷台に()せた、"ジョグスィン保安監督局"のピックアップ・トラックが、だいたい時速50キロぐらいの速度で進んでいる。

 

 "クリープ・スパイダー"の脚は金属製のワイヤーで固く縛られているが。

 脚部に内蔵しているブレード・ユニットを展開すれば、容易く引きちぎることができそうだ。

 

 ただ、そんなことをしてもより警戒されてしまうだけなので。

 武力の行使が必要なフェーズが訪れるまでは、このまま行動不能を装っておくとしよう。

 

 

 

 

 『ジョグスィン』をぐるりと円形に囲む、高さ数十メートルほどの防壁が、だんだんと近づいてくる。

 その周辺には、壁にすがりつくようにして、人々の生活感あふれる巨大なスラム街のようなものが構成されている。

 

 そこに立ち並ぶのは、トタンを継ぎ剥いだようなバラック小屋。

 

 スラムの住民たちは、まともな防塵効果があるとは思えない、荒布(あらぬの)のマスクからのぞく目で。

 ものめずらしそうに、こちらの様子を伺っていた。

 

 都市から廃棄される残飯や、資源の端材(はざい)を生活の糧として、生きているのだろうか。

 

 どうやら『ジョグスィン』には、誰も彼もが居住できるというわけではないらしい。

 "異分子(ペレグリウム)"のエネルギー供給があるとはいえ、辺り一体は死の荒野だ。

 資源のリソースには、そこまで余裕があるというわけではないのかもしれない。

 

 今、ぼくが管理している住民たちは、保護されるまで……。

 砂漠に点在する、異分子(ペレグリウム)に汚染されきっていない水場で食料と飲料水を確保していたらしいけれど。

 

 このスラムを構成している彼らは、発展した都市のお膝元にいる分、いくらかマシな生活をしているように見えた。

 

 と言っても。

 あちらこちらから聞こえてくる咳こむ音と、"ヒュー、ヒュー"という空気の抜けるような呼吸音は。

 けして、彼らの暮らしと未来への展望が、明るいものではないことも伝えてきた。

 

『あまり、カバーから顔を出すなよ。

 彼らは、貴重な資材が手に入ると見れば、私たちが目を離した隙にでも、お前を分解しにかかって来かねないぞ。』

 

 もっと周囲の様子を見ようと、ワイヤーで縛られた"クリープ・スパイダー"を駆動させていると。

 助手席の窓から顔を出したリェン・ルゥオが、そう警告してきた。

 

【彼らは?】

 

『"緩衝街(カンショウガイ)"の住民たちだ。

 税金の未払いでジョグスィンを追い出された者たちや、ジョグスィンへの移住を夢見てやってきたが、入管で弾かれた難民たちが……。

 この死の荒野で生きていくために、協力しあって都市の廃棄物をスカベンジしながら暮らしている。』

 

【税金を支払えなければ、都市から追い出されるのですか。】

 

『区画にもよるがな。

 大抵はここに落ちるか、強制的に徴兵されて使い潰されてしまう……』

 

【都市からドロップ・アウトした人々の行き先は、このスラムか軍隊、ということですか。】

 

『私に言わせれば、軍よりもここに落ちた方がずっとマシだ。

 ジョグスィンの連中は、"緩衝街(カンショウガイ)"を見下しているが……。

 ここでは少なくとも、今日を生きていくことができる。』

 

 リェン・ルゥオは、その切れ長の目をやや伏せさせて、そう答えた。

 アジア系の雰囲気を感じさせる顔立ちと、"異分子(ペレグリウム)"の粉塵によって日光が遮られているせいか、色の白い肌は。

 その一瞬だけ、弱々しい印象をぼくに与えてきた。

 

 ──"緩衝街(カンショウガイ)"。

 ジョグスィンの周囲に展開されているこのスラムは、そう呼ばれているらしい。

 読んで字のごとく、他勢力に対するこの都市の()()()()としての役割を果たしているのだろう。

 

 ジョグスィンは、"緩衝街(カンショウガイ)"に対して資源と存在の黙認を。

 "緩衝街(カンショウガイ)"は、ジョグスィンに対して緩衝地帯とセーフティ・ネット的な役割を。

 

 それぞれ提供し合い、ひとつの巨大な経済圏として成り立たせていると推察できる。

 

 その時、機体に慣性がかかる。

 トラックがブレーキを踏んだのだ。

 確認すると、トラックの前には、一人の老人を中心として数名の屈強な男たちがたち立ちふさがっていた。

 

 リェン・ルゥオは、助手席から降りると、その老人の方へ歩いていく。

 

『ずいぶんと出世したようだなぁ……リェン。

 茶でも飲んでいかんか? 久しぶりに、お前の武勇伝でも聞きたいものだ。』

 

『久しぶり、長老。

 悪いけど、今日は少し押しててな。

 ……"通行料"はこれで頼めるか?』

 

『……やけに太っ腹じゃないか。

 なるほどな。荷台の"荷物"はチェックなしだ。通って構わんぞ。』

 

 "長老"と呼ばれた老人は、カバーが掛けられた荷台の"クリープ・スパイダー"を一瞥し、何かを察したように頷き。

 男たちに目配せして、道を開けてくれた。

 

 そこから更にトラックを走らせること、30分ほど。

 ジョグスィンの防壁に設けられた関所の前へと、たどり着いたぼくたちは。

 簡単な問答の末、ようやく都市"ジョグスィン"の内部へと入ることができたのだった──。

 

 

 

 

 

 

 

『むかし住んでいた街が、ちょうどこんな具合だった。』

 

 ホログラムの部長が、"クリープ・スパイダー"の視線の先に広がる都市の景色を見ながら、そう呟いた。

 

『見ろ……管理者。この道路を緻密に行き交っている車両は全て、人間が運転しているんだぞ。』

 

「ずいぶん()()()()な人材の使い方ですね?」

 

『……むかしは、ありふれた光景だったんだがな。

 ビルの隙間をせわしなく歩くスーツ姿も、交通渋滞も、道端のゲロも……。

 社会のオートメーション化が、俺たちから奪っていったものだ。』

 

 機械の目を細めて、うんうんとノスタルジーにひたっている部長をよそに。

 ぼくは、『ジョグスィン』の中心に花開いている、巨大な存在に目を釘付けにしていた。

 

 ──緋色の花。

 

 ここに来るまでの最中、リェン・ルゥオからそれとなく聞いてはいたが、実物を見るとなかなか異様な光景だ。

 

 西暦2000年代──だいたい()()()頃の地球の史料で見た光景と似ている、都市のど真ん中に……。

 全長10キロはくだらない、結晶質の花が咲いているというのは。

 

 あれが、この都市国家の"建国帝"──おそらくは地球人であろう人物の死体から芽吹いたというのだから、更に驚きだ。

 

 "魔力粒子"が持つ、人間の思考に共振する性質と。

 それに結びついて、爆発的な熱量を発露させる異分子(ペレグリウム)の性質。

 

 そのふたつが、未知の相互作用をもたらし合い、あの花を咲かせたのだろう。

 

『おそらく……このジョグスィンを作り上げた"建国帝"なる人物のルーツは、中華系だろうな。

 街のディティールのそこかしこに、その意匠が見られる。』

 

 部長の言う通り、この都市を見回せば様々な部分に、"漢字"や中国系のデザインが散見された。

 

「あそこの路地の奥にあるのは、中華料理屋でしょうか。

 あの……ぐるぐる模様、見覚えがありますね。」

 

『"雷紋"、という。

 ……俺としては、"らーめん模様"と言ったほうが分かりやすいがな。

 ほら、本社の近くにあった『Machine×Machine(マシマシ)らーめん』と同じ模様だろう。』

 

「ああ……。そういえば、まだあるんですか? あそこ。」

 

『いや、ずいぶん前に潰れてしまった。

 だがすぐ、近所に似たような店ができた。

 らーめん屋とはそういうものだ。これは昔から変わらない。

 この仕事が終わったら、また連れて行ってやる。』

 

「…………楽しみにしておきます。」

 

 昼時によく部長と行った、一杯5秒で提供されるチェーン店の味を思い出す。

 結局、ぼくは一度も完食することができなかった。

 

 なぜレディースサイズを頼んでいるのに、片手じゃ持ち上げられないぐらいの量が出てくるのか、未だに理解できない。

 部長に聞いても『そういうものだ、こういう系の店は。』としか答えてくれなかった。

 

 部長が言うからには、そういうものなのだろうか……。

 世の中は、よく分からないことばかりだ。

 

 

 

 ぼくと部長が他愛もない話をしている内に、トラックは道路を進んでいき。

 ひときわ高いビルの地下駐車場で停止した。

 おそらくここが、『ジョグスィン保安監督局』のオフィスビルなのだろう。

 

 車から降りたリェン・ルゥオとその部下たちは、荷台の"クリープ・スパイダー"からカバーを取り払い。

 悩まし気な様子で、こちらを見ていた。

 

『……リェン様ぁ〜。このクモ野郎、局長室まで運んで来いって言われたんですよねぇ?

 どうやって運ぶつもりです? 局長室って30階ですよぉ……。

 エレベーター乗りませんってコイツ〜。』

 

 部下のひとり。

 キツネのような耳を頭に生やした女性が、拳でコンコンと"クリープ・スパイダー"を小突きながら、リェン・ルゥオにそう聞いた。

 

『……階段がある。』

 

『へ?』

『リェン隊長……さすがに……冗談ですよね……?』

 

 リェン・ルゥオのその一言に、部下たちが深刻な空気に包まれる。

 彼女は、何かを決意したような顔で言葉を続ける

 

『階段で、30階まで運んで行くしかない……。

 大丈夫だ。さっき荷台に載せた時に持ち上げたが、こいつは見かけほど重くない。』

 

『み、見かけほどは重くないって言っても……! 多分100キロ以上はありますよね!

 俺たち、リェン隊長と違ってゴリラじゃないんですよ!?』

『そうだそうだ〜! 無理ですぅ、死んじゃいますよぅ〜。』

 

『黙れっ。無理って言うから無理なんだっ。』

 

 くわっ、と。

 リェン・ルゥオが駐車場に響き渡る剣幕で、これでもかというほどの根性論を振りかざすと。

 部下たちは、諦めたように頭をうなだれて、"クリープ・スパイダー"を荷台から降ろす準備をはじめた。

 

 

 

 

 

『ふう……。ほら見ろ、いけただろう。

 お前たちは軟弱すぎるんだ。今週末に自由参加という(てい)で研修会をするから、全員参加しろ。

 私が直々にしごいてやる。』

 

 数十分後。

 階段で"クリープ・スパイダー"を30階まで運びきった彼女たちは、一人を除いて全員が息を切らしながら大の字で横たわっていた。

 

 唯一、羽織っていたジャケットを腰に巻き付けて腕まくりをした格好のリェン・ルゥオだけが。

 びっしょりと汗をかきながらも、部下たちを見下ろしている。

 

『け、結局ほとんど一人で運んじゃったじゃないですかリェン様ぁ〜。』

 

『はぁ……はぁ……。

 べ、ベンチプレスで1トン挙げてたって噂、本当だったのか……?

 いくらリェン隊長とはいえ、魔族(テラス)でもないのに盛りすぎだって思ってたけど……』

 

【お疲れ様でした。】

 

『私はそんなに疲れてない。ねぎらいの言葉は、そこに倒れている軟弱者たちにくれてやれ。』

 

 リェン・ルゥオは、乱れた髪を整え、ひとしきりシャツの胸元をぱたぱたと仰いでから。

 部下たちに、ここからは、私とこいつだけで行く。と言って"クリープ・スパイダー"をひょいっと担いだ。

 

 そしてそのまま、"布武王"が待つであろう局長室へと、リェン・ルゥオは廊下を歩いていく。

 

 さっきから、凄い力だ。

 人工筋肉を移植したアスリートとも、張るレベルかもしれない。

 

『……管理者。

 先ほども言ったが……お前がこれから謁見するのは、"布武王"。

 このジョグスィンにおける、最高権力者の一角だ。

 くれぐれも無礼……いや、礼儀作法について気にするような方ではないが、首を()こうなどとは考えるなよ。』

 

【そのようなことは、けして。】

 

『なによりだ。お前を止めるには、私も命を張らなくてはならなさそうだからな。』

 

 ひときわ大きな扉の前で、リェンが脚を止めた。

 

『局長。リェンです。件の者を連れて参りました。』

 

 リェン・ルゥオが、扉の前に直立してそう呼びかけると。

 すぐに両開きの扉が開いていき、"布武王"なる人物の執務室が目に入った。

 

 

 

 

『──やあ。『アダリン社』からいらっしゃった、"管理者"。』

 

 広々とした執務室には大きな窓がついており、30階の高さから、ジョグスィンの景観を一望できる造りになっていた。

 

 その中央に、彼は座していた。

 

 彼の外見を、ありのままに描写するのなら──二足歩行の獅子が、中国の伝統的な武道着を纏っている。という風になるだろう。

 

 おそらくは、"亜人"の一種なのだろうが。

 ぼくがこれまでに相対してきた者たちよりも、ずっと"動物"の比重が大きいように見られた。

 

 彼が──"布武王"か。

 

【はじめまして"布武王"。以後、お見知り置きを。】

 

『そう、かしこまらなくて結構。

 多分、君たちがその気になれば、この都市を武力で制圧することなんて容易いんだろう?

 そんな手合から、へりくだられてもね……。』

 

 "布武王"は、執務室に控えていた秘書らしき女性たちに、ジェスチャーで『席を外せ。』と指示した。

 

『局長、私は……』

 

『ああ、リェン・ルゥオ。君は外さなくていい。

 君には、ここで僕たちと共に……このジョグスィンの未来の話をする権利がある。

 君の腰にある、その刀が──あの方の魂が、君を選んでいるのだから。』

 

『……いえ、そんな、私は。』

 

 "布武帝"は、口ごもるリェンを制して。

 手元にあるアルコール飲料の瓶を傾けて、トクトクと陶器にそれを注いだ。

 

『上等な紹興酒が手に入ったんだ。呑むといい。

 これからする話は、酒精で体を温めなければとても保たんよ。

 ……一応聞いておくが、君は?』

 

【お構いなく。】

 

 リェン・ルゥオが、丁寧な所作で"ショウコウシュ"の注がれた陶器を両手で包み込むように受取り、応接用のソファに腰掛けた。

 

 "布武王"と、リェン・ルゥオと、そしてぼくこと"クリープ・スパイダー"。

 その三者が、それぞれ向き合う。

 

『"管理者"。現在のジョグスィンの情勢は、どこまで?』

 

 布武王が、酒で口を湿らせてからそう聞いてきた。

 

【建国帝の死と、それに伴って六人の有力者──"六王"たちによる権力闘争が繰り広げられている……という程度の認識です。】

 

『表面上は、そうだね。

 だが本当の問題は、この内乱状態に乗じて……。

 未知の勢力がいくつも、水面下で蠢いているということだ。』

 

【未知の勢力、とは?】

 

『おそらく、君たちと同じような存在さ。

 我々の理解を遥かに超えた、技術力を持つ存在たち……』

 

 "布武王"は、自分のデスクの下をまさぐると。

 そこから金属質の何かを取り出し、ごとりとデスクに乗せた。

 

 ──複数の砲門が付いた、銀色の篭手(ガントレット)

 

 肘あたりで、引きちぎられたような状態のそれは。

 異様な存在感を、この部屋に放っている。

 

『この武装を装備した、六王がひとり。"帝選王"の私兵わずか数人に。

 我々"ジョグスィン保安監督局"1課の精鋭部隊が、なかば壊滅状態にまで追い込まれたんだ。

 なんとか撤退させることには成功したが……我々に残ったのは、手痛い出血と。

 一課の長が死に物狂いで連中の一人から切り落とした、この腕部武装だけだ。』

 

 "布武王"は、深刻な面持ちで、目の前の武装を鹵獲するに至った経緯を説明していたが。

 ぼくと部長は、その武装を一瞥してすぐに。

 アイコンタクトで、現状に対する互いの考察が一致していることを確認した。

 

『──……()()()()()()()()()()()()。』

 

 ボソリとつぶやかれた部長の言葉に、ぼくは。

 目を細め、どう対処すべきかを思案する。

 

 ……少し、面倒なことになるかもしれないな──と。

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