ディストピア惑星管理シミュレーション【Humus《フムス》】   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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【──前回までの管理業務ログ──】

【現地国家『ジョグスィン』へと伸びる『オルドビス・エネルギー社』の魔の手を退けることを『布武王』と約束したあなたは。】
【彼に対して三つの条件を提示し、『布武王』は、そのうち容易な二つをすぐに実行したようです。】

【すでに実行された約束は、以下の二つ。】

【・今後、税金の支払い不可で『ジョグスィン』から放逐される人々を、可能な限りアダリン社管理コミュニティへ誘導すること。(『布武王』管轄区域のみに限る)】

【・『ジョグスィン』内部での情勢伝達をスムーズにするため、"クリープ・スパイダー"をリェン・ルゥオの自室に設置すること。】

【これらにより、あなたは勢力拡大に必要な人材の安定供給元と、『ジョグスィン』内部における"目"と"耳"を確保することができました。】

【"三つ目の約束"が正しく履行された時、それは『オルドビス・エネルギー社』の尖兵を撃滅するための大きな鍵となるでしょう。】

【管理者様。】
【あなたの良心と、アダリン社の行動規範に、可能な範囲で従い。】

【管理業務を、続けてください。】




『濫觴の君』─彩暦28年─

 リェン・ルゥオの自宅に"クリープ・スパイダー"を置いてから、五日ほどの時間が流れた。

 

 今のところ、オルドビス・エネルギー社の動向は耳に入ってこない。

 少なくとも、『布武王』の陣営に対しては。

 オルドビス社が、新たなアプローチをかけてきていない。

 

 なのでここ五日、出番のなかった"クリープ・スパイダー"は今。

 リェンによって、物干しスタンドとしての役割を与えられてしまった。

 八本の脚部と撥水(はっすい)性の高い材質が、洗濯物を干すのに最適らしい。

 彼女の上着やら下着やらが、視界の半分ほどをさえぎっている。

 

 

 まったく、初日は優雅なひとり暮らしを邪魔されたことをぐちぐち責めてきたくせに、彼女の適当さには感嘆せざるを得ない。

 

 今や"クリープ・スパイダー"は。

 リェンの物干しスタンド(けん)、カップヌードルを作る際のタイマー(けん)、アルコール飲料に酔っ払った時の絡み相手(これはぼくだけども)として。

 設計時に想定されていない方向で、実にマルチな役割を果たしている。

 

 ──カチャン。

 

 その時、玄関の方で鍵が開く音が聞こえた。

 家主のおかえりだ。

 

 今日も"クリープ・スパイダー"には、彼女の世話係(コンシェルジュ)としての役割に甘んじてもらうことになりそうだ。

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 壊滅状態である保安監督局一課の穴埋めもあり、すっかり暗くなるまで仕事にあたっていたリェンは。

 今日も進展のなかった捜査にため息を吐きながら、自室の鍵を開けた。

 

【おかえりなさい、リェン】

 

 男なんだか女なんだか、よくわからない声。

 ドアを開けると、もはやすっかりと部屋の景観の一部となった"そいつ"が、赤い複眼をこちらに向けてくる。

 

「…………ただいま」

 

 リェンは、やや顔を背けながらそう返し。

 『ジョグスィン保安監督局』の制服を脱いでハンガーにかけてから、黒塗りの鞘に収まった刀を、丁寧に壁に立てかけた。

 

 そして右手にさげていた、ビールとつまみが入った買い物袋をどさっとテーブルに置いて、ソファに座り込む。

 

【リェン、なにか進展はありましたか?】

 

「あったら、すぐにお前の耳に入れているさ……

 "帝選王"は──オルドビス・エネルギー社とやらの傀儡(かいらい)ヤロウは、お得意の政治喧伝(プロパガンダ)以外は特に動いてない。」

 

 ──"帝選王"。

 現在のジョグスィンを統べる六人の王の一角であり、自らこそ偉大なる"建国帝"から直々に指名された正当なる後継者であると──そう、()()()()()()

 

 実情は違う。

 "帝選王"という呼び名は、プロパガンダの一環としてヤツが勝手に名乗りだしたものだ。

 

 このジョグスィンにおいて、建国の祖である先帝は没後五年が経った現在でも絶対的な存在である。

 その威を借ろうという魂胆なのだろう。

 

 "帝選王"はその程度の男だ。

 大した力も知恵も無く。

 口先三寸(くちさきさんずん)と身に余る権力欲以外、特筆すべき点の無い、凡夫。

 

 だがそこを……オルドビス・エネルギー社に、つけ込まれた。

 

 "管理者"から、その企業の所業について聞いた際には、怖気(おぞけ)が走った。

 

 連中に"ジョグスィン"を明け渡すということは……。

 ここに住む人々の尊厳と、紡いできた歴史を。

 そして"建国帝"──あの人の理念を、ずたずたに踏みにじらせるということを、意味するのだ。

 

「…………」

 

 リェンは、瞑想(めいそう)するように(まぶた)を閉じる。

 

 すると、このジョグスィンを作り上げた"彼"の、在りし日の姿が。

 

 息を呑むほどあざやかに、リェンの(まぶた)の裏に、あらわれた。

 

 ──"リェン。俺がいなくなったあとのジョグスィンを、頼むよ……"

 

 ある日、あの人はそう言った。

 

 普段となんら変わらない、柔らかな笑顔で。

 

 "なんでそんなこと言うんですかって……いや、なんとなくわかるんだよね。たぶん俺、そんなに長くないって"

 

 ずっと若々しい姿に似つかわしくない、死期を悟ったその言葉に。

 当時のリェンは、またいつもの冗談だろうと笑い飛ばそうとしたが。

 彼の瞳は、いつになく真剣に、リェンを見据えていた。

 

"──お前に、俺の《(ジーヅァ)》を預けるから"

 

 腰にさした黒塗りの鞘を軽く撫でてから、彼は手を伸ばしてくる。

 

  "大丈夫さ、怖がらないで、リェン。だって、お前は──"

 

 まだ少女だったリェンの頭に、あの人の大きな手が置かれて。

 

 

  "──俺の████なんだから"

 

 

 

 彼の手が()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 「……っ」

 

 

 ぱちっ、と。

 ブラウン管のテレビが消える時のように、追想(ついそう)はそこで途切れた。

 

 知らず内にリェンの額には玉のような汗が浮かんでおり、呼吸も荒い。

 

【発汗と呼吸の乱れ、それとバイタルが急激に上昇しています。

 ……まるで、命の危機を感じた際のような反応ですが。

 どうかしましたか、リェン】

 

「……なんでもない。汗を流してくる」

 

 リェンはソファから立ち上がり、そのままシャワー室へと気だるげに歩いていった。

 

 

 

 熱いシャワーを浴びながら、リェンは考える。

 

 "この先"の、ジョグスィンのことをだ。

 

 『オルドビス・エネルギー社』を、どうにかすることができたとしても。

 この都市に"緋色の(はな)"と、それが撒き散らす異分子(ペレグリウム)がある限り。

 "管理者"が言及していた、他の企業がジョグスィンを狙い続けることは間違いない。

 

 ……いや、とリェンは首を横に振った。

 "管理者"と、それが所属する『アダリン社』のことも、完全に信用してはいけないのだ、と。

 

 彼らと協力し、この都市を狙う全ての企業をしりぞけた後。

 邪魔者がいなくなったと判断した『アダリン社』が、牙を向いてくる可能性もゼロではない。

 

 いや、むしろ。

 彼らが自社の利益を追求するのなら、それが最善手となるのだ。

 

(考えすぎだな……足りない脳で)

 

 あまりにも問題が山積みで、頭が痛くなってきたリェンは。

 そこで考えるのをやめて、シャワーの蛇口を締めた。

 

 タオルに髪の水気を吸わせながら、シャワー室から出る。

 

【リェン。シャワーの時間が長すぎですね。

 身体の洗い過ぎは、かえって肌荒れの原因となりま──おっと】

 

「……見るなっ、このエロ蜘蛛っ!」

 

 自分に顔を向けてきた鉄の蜘蛛に、タオルを投げつけて。

 リェンは、その無駄に多い目と口数を、ふさいでやった。

 

【なにをするんです、リェン。

 洗濯物を干したいのなら、頭部ではなく脚部の方に干してくれませんか? 

 故障の原因になり得ます】

 

「お前……はぁ。機械にこんなこと言っても仕方がないか」

 

 リェンは、部屋着に着替えたあと。

 鉄の蜘蛛の顔にかけたタオルを取って、洗濯カゴに放り込んだ。

 

 ソファに腰かけて、テレビのチャンネルをスポーツの中継に合わせる。

 そしてカシュッ、と缶ビールのタブを開ければ、リェンのいつもの夜がはじまる。

 

【はあ。またお酒ですか。リェン。

 文明レベルの低い文化圏にありがちな誤解ですが、アルコール飲料は立派な薬物(ドラッグ)です。

 継続的に摂取し続ければ、パフォーマンスの低下のみならず、やがて心身をむしばむことになります】

 

 ……そこに、口うるさい蜘蛛がいなければ。

 

「……明日は非番だ、私の勝手だろうが。

 居候の分際で、文句を言うんじゃない。

 お前は私の母親か? それとも自己啓発セミナーの回し者か?」

 

【ぼくは、アダリン社の惑星管理者。

 あなたの母親でも、自己啓発セミナーの回し者でもありませんよ。

 忘れてしまいましたか、リェン? 

 あなたはずいぶんと、アルコールの回りが早いようですね】

 

「こいつ……」

 

 リェンは、口達者な同居人の言葉に反発するように。

 開けたばかりの缶ビールを、グッと一気飲みした。

 

「ふー……!」

 

 それから、そいつの八つある目を睨んで、勝ち誇った顔をしてやった。

 

 何に勝ったのかは、リェン自身にも、わからないのだけども。

 

【……ほどほどでお願いしますよ。

 酔って忘れてしまうようですが、リェンは自分の酒乱ぶりを自覚した方が良い。

 そうですね、今日はあなたの痴態をクリープ・スパイダーのカメラ・アイで録画して、後日見せてあげましょうか。】

 

「うるさいなーもう……」

 

 "やれやれ"、と器用に首を振る蜘蛛の頭に、リェンはどかっと足を乗せた。

 

 酒のあて、そして夕飯代わりの揚げ豆の袋を開けて、みっつ口に放りこむ。

 二本目のビール缶を開けて、口の中を洗い流す。

 

 そうしているうちに、リェンの意識はだんだんと心地よい酩酊感に包まれていった。

 

 口うるさい蜘蛛の声と、どっちが勝ってるのかもよくわからなくなってきたスポーツの中継をBGMにして。

 

 彼女の夜は、更けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「……んぁあー? なんだお前、むかつく顔してるなあ……

 特にこのへん! このへんがむかつく!」

 

【……頭を叩くのはやめてくれませんか、リェン。

 やめてください。やめて……

 あなたの力で叩かれると、駆動部が……】

 

「ああっ? お前、生意気なやつだな!

 やめてほしかったら蜘蛛の鳴き真似しろ! ほら、鳴き真似!」

 

【…………きしーっ】

 

「んはははは! 蜘蛛が鳴くかい! ばーかばーか!

 きしーって! んっはっはっは……!」

 

【…………】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん"ん"っ」

 

 "リリリリリ"、という目覚ましアラームの音で、リェンは目を覚ました。

 

 うっとおしそうに眉をしかめて、彼女は目をつむったまま手さぐりで時計を探す。

 

 そしてすぐに、机にある時計の感触を掴んだが。

 どうやらそれは、音の発信源ではないようだった。

 

「……ん?」

 

 だいたい、今日は非番の日じゃないか。

 昼まで寝るために、目覚ましアラームはオフにしてあるはずだ。

 

 "じゃあ、なにが鳴ってるんだ……?"

 

 少しずつ目が覚めてきたリェンは、二日酔いで痛む頭を抑えながら、体を起こす。

 

【"リリリリリッ"、"リリリリリッ"。】

 

 リェンがアラームの聞こえる方に目をやると。

 そこには、リェンの使っている目覚まし時計の音を器用に声真似している、鉄の蜘蛛がいた。

 

【"リリッ"……おはようございます、リェン。朝ですよ】

 

「お前……なに、やってる?」

 

【いやがらせですが、なにか?】

 

「はあ……? 次やったらお前っ、ぶん殴ってやるからな……!

 くそ、頭ががんがんする……」

 

【いや、もう十分にぶん殴られているのですが。

 まあ……いいでしょう。いい画も撮れたことですし】

 

 鉄の蜘蛛に恨めしげな視線を向けたあと。

 がんがん痛む頭でキッチンへと歩いていき、リェンはボトルに入った水を飲み干した。

 

 シンクに手をついて、冷たい水をパシャっと顔に当てる。

 

「う"ー……きもちわる……」

 

【リェン。今日は非番だと言っていましたが、なにか予定は?】

 

 居間の方から聞こえてきたその声に、リェンは回らない頭を巡らせる。

 

「んー……ああ、そうだ。人と会う約束がある。

 ……大切な人だ。」

 

【常識的に考えて、大切な人と会う予定がある前日の夜にお酒を飲むべきではないのでは?】

 

「うるさい。会う予定は夕方なんだ。

 それまでにジムで汗を流して、酒は抜いておくさ……」

 

 リェンは、動きやすいスポーツウェアに着替え。

 着替え用の私服をカバンに入れて、玄関から家を出ようとする。

 

【ああ、そうだ、リェン】

 

 その背中に、蜘蛛の声がかかる。

 

 また小言だろうかと、リェンは眉をひそめつつ返事をする。

 

「なんだ、今度は……」

 

【いってらっしゃい】

 

 くいっ、と。

 前脚の一本を小さく持ち上げて、蜘蛛はそう言ってきた。

 

「……はっ、行ってくる」

 

 こみ上げてきた笑いは、蜘蛛に対してだろうか、自分に対してだろうか。

 それとも、鉄の蜘蛛から見送りを受けるという、この奇妙なシチュエーションに対してなのだろうか?

 

 それは分からないが。

 返事をしたリェンの唇は、少し楽しげに、弧を描いていた。

 

 

 

 

 リェンは休日のほとんどの時間を、トレーニングに費やす。

 これは、彼女が『ジョグスィン』に住むようになってから、ずっと変わらない習慣だ。

 

 走り込みと、ウェイトトレーニング。

 それらによって一通り追い込んだあとは、格闘技ジムに行くことが多い。

 

 子どもの頃から体を動かすのは好きだったし、それに、肉体的に自分を追い込んでいる時だけは。

 

 ……考えたってどうしようもないことについて、考えずにいられるから。

 

 

「──……ふっ!」

 

「うおおおっ!?」

 

 通っている格闘技ジムで唯一リェンの相手が務まる──精確には()()()()()()犬獣人(カーネム)の大男が、彼女の回し蹴りを横腹に食らって吹き飛んだ。

 

 彼は全身にガッチリとしたプロテクターとヘッドギアを付けており、その重装備ぶりはまるで暴徒鎮圧にあたる特殊部隊のようだったが。

  

 リェンの蹴りによってリング外まで吹っ飛んだ彼を見ると、プロテクターの表面は砕け、防具はすでにその機能を失っていた。

 

 リェンは倒れているスパーリング相手に歩み寄り、汗を拭きながら手を差し出す。

 

「ふう……おい、立てるか? 

 まったく、鍛え直したと言っていたじゃないか。

 元チャンプが聞いて呆れるな?」

 

「いやはや……お前さんが、強くなりすぎだぜ……

 はじめてここに来た時は、ほそっちぃ小娘だったってのに。

 口調だって、すっかり男まさりになっちまって」

 

「……()調()?」

 

「保安監督局のシゴキは、とことんキツイらしいなあ。

 立ちふるまいも、話し方も、はじめて会った時とはまるで別人だぜ。

 よっこらせっと……。立派な、もんだ!」

 

「……そうか」

 

 その言葉に、ほんの一瞬だけリェンの瞳が不安に揺れたように見えた。

 だがすぐにその表情を笑みに塗り替えて、親しげに肩を叩いてくるスパーリング相手に『私も成長したってことさ』と返したのだった。

 

 

 

 

 

 夕方。

 トレーニングでかいた汗をシャワーで流し、小綺麗な服装に着替えたリェンは。

 

 普段は滅多に行かない本屋で買った、真新しい装丁の本を手に持って、ジョグスィンの街並みを歩いていた。

 

 リェン自身が読むわけではない。これは土産物だ。

 ()()()()()()()()()()()()

 

「……」

 

 向かった先は、彼女の職場でもある『ジョグスィン保安監督局』のビル──その、地下七階。

 

 図面上は地下四階までしか存在しないビルの、隠された最下層。

 何重もの偽装と認証により封じられた場所。

 

 その奥まった一室に──()()が。

 ()()()()()()()()()()が。

 

 静かに、幽閉されている。

 

『──リェン。()()()なの?』

 

 ガラスに仕切られた部屋。

 たくさんの本と、ぬいぐるみに埋もれた、15歳ほどの少女が。

 リェンの姿を見つけると、おぼつかない足取りで駆け寄ってきて、二人をさえぎるガラスに手をついて。

 

 記憶の中の"建国帝"とよく似た、花のような笑顔になった。

 

「…………うん、私だよ」

 

『よかった……《(ジーヅァ)》はもう、使ってないのね……?』

 

 少女は、リェンの腰に黒塗りの刀──《(ジーヅァ)》がないことを確認して、ほっとした顔でため息を吐いた。

 

 ──彼女は、『濫觴(らんしょう)王』。

 『布武王』によって存命を隠された、"建国帝"唯一の実子である。

 

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