ディストピア惑星管理シミュレーション【Humus《フムス》】   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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『獅子身中』─彩暦28年─

【──前回までの管理業務ログ──】

 

【あなたは現地国家、ジ──ジジッ

 

【……████████████████████(名状しがたい異音)】

【█████████████████████……(名状しがたい異音)】

【███████……(名状しがたい異音)】

【████████████████(名状しがたい異音)】

 

 

 

【……エラー発生】

【不明な波形を受信(キャッチ)しました】

【波形の形状から、()()()()()()()()()()()であると推定】

【解析開始……完了】

【音声データへデコードし、再生を開始します】

 

 

 

【……俺のジョグスィンは、続かなければならない】

【世界の中心に、咲き誇り続けなければならない……】

【たかる、(むし)どもよ……】

【──しかと、この(はな)を謳歌するがいい】

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 ある朝。管理業務補佐AIによって吐き出された、ノイズ混じりの文章に。

 ぼくは、やや面食らったように沈黙していた。

 

「中国語の古語による文章……か」

 

 この惑星フムスで、そのような言語を扱いうる可能性があるのは。

 ぼくの思いつく限り、ただ一人。

 

 現地国家ジョグスィンを作り上げたとされる──『建国帝』なる人物だけ。

 

 ……とっくの昔に、死亡しているはずの人物である。

 

「魔力粒子……あるいは異分子(ペレグリウム)の、"残響思念"とでも表現すべきだろうか……?」

 

 "AIがキャッチした奇怪な波形を分析すると、それは死者の言葉であった──"

 まるで、安っぽいホラー・スリラーの導入のよう。

 だけど、ぼくはこの現象に、まったく心当たりが無いわけではなかった。

 

 想起されるのは『思徒(タルパズ)』の存在だ。

 

 彼女たちは、大気中の魔力粒子が人々の感情に共振することで生まれた存在なのだと、色欲の思徒(タルパズ)自身が説明してくれた。

 

《フムス》にあふれる"魔力粒子"および、それと結びつくことで爆発的なエネルギーを発露させる"異分子(ペレグリウム)"が……

 人の思念に"共振"して、様々な現象を引き起こすことは、すでにわかっている。

 

 だとするのなら。

 死者の魂……いや。『思考ルーチン』のようなものが、さながら"残響"のように。

 本人の肉体が滅びたあとも、波形としてこの惑星に残り続ける……などということが、あり得るのかもしれない。

 

 あくまで、仮説に過ぎないけれど。

 確証が取れたら、レポートにまとめるとしよう。

 

 

 

 

  

 【現地国家ジョグスィンから、30名ほどの難民を乗せた車両群がやってきています。】

 【対処してください。】

 

 しばらくしたのち、住民たちが資材収集の仕事にあたっていた頃。

 平静を取り戻した業務補佐AIが、ぼくにそう告げてきた。

 

 『布武王』が送ってきた難民たちだろう。

 ぼくがあのライオンに取り付けた契約の一つ、『今後、新しく発生した難民を可能な限り指定した座標(ここ、アダリン社管理コミュニティ)へと送る』が実行されたのだ。

 

 これで一気に住民を増やすことができる。

 そして長期的に見れば、さらに安定して増えていくことになる。

 

 ジョグスィンと、そこからはじき出された難民たちが形成するというスラム──"緩衝街(カンショウガイ)"の関係性を聞いた時に、思いついたのだ。

 

 この両者の間に入り、もう1つの受け入れ先となることができれば、と。

 

 

 "ぶろろろ"、と。

 古めかしさを通り越して、もはや史料としての価値すら感じさせてくる内燃式エンジンの動作音と。

 オフロード・タイヤが砂漠を走破する音が、近づいてくる。

 

 荷台にぎゅうぎゅうに難民たちを乗せた、四台ほどのピックアップ・トラックが、集落の手前で停まった。

 

 まるで、奴隷船のよう。

 彼らの目に光がないのも、それに輪をかけている。

 

 運転手らしき『ジョグスィン保安監督局』の制服を纏った人々が、集落には入らずその手前で難民たちを下ろし。

 難民たちに、こちらに向かうように指示しているのが見えた。

 

 難民たちが歩き始めたのを確認すると、『ジョグスィン保安監督局』のピックアップ・トラックは来た道をUターンして帰ってしまう。

 

 数分後、ぼくの乗る『船』の前までやってきた難民たちの反応は、多種多様だった。

 

 透き通る大気に、驚愕している者。

 ぼくという得体のしれない存在に、恐怖している者。

 そして……

 

「……あのライオンめ。帰っていった運転手たちはブラフか」

 

 ぼくは、難民の中に3名ほど、明らかに諜報員としての訓練を受けた者がいる事に気がついた。

 服装こそ、他の難民たちと変わらない平凡なものだったが、身のこなしがまったく違う。

 

 ぶれない体幹。

 遮蔽や武器として利用できるものを吟味するように、それとなくを装ってさまよう視線。

 

 よく訓練されているようだが、真横に本物の民間人がいては一目瞭然というやつだ。 

 

 おそらく『布武王』の手の者だろう。

 彼が自分の部下を、アダリン社の内情を探るため難民たちの中に潜りこませたのだ。

 

 まったく、油断ならないライオンである。

 諜報員たちを問い詰めて排斥することもできるが……ここは、おおめに見てやるとしよう。

 

 彼の陣営とは協力体制を敷いている以上、見られてまずいことがあるわけでもない。

 むしろ、ある程度こちらの内情を晒さなければ、『布武王』から信頼は得られないだろう。

 その逆もしかり。

 

 ぼくは、毎回新規住民にそうしているように、『船』の外部スピーカーから彼らに呼びかける。

 

【……()()()()使()()()()、ごきげんよう】

【そう、かしこまらなくて結構】

【ようこそ、アダリン社の管理コミュニティへ】

 

 ただ。

 黙ってスパイを潜り込ませてやって、あちらに軽んじられるのは本意ではないので。

 すこしだけ、含みをもたせた言い方をしてやった。

 あのライオンにはこれで伝わるだろう。

 

【あなたたちを、保護対象とします。】

 

 

 

 

 

 

 

 

 死の荒野を、四台のピックアップ・トラックが連なって走っていた。

 

 荷台にはそれぞれ七、八人前後の人々が詰め込まれるように乗っており。

 それなりの身なりに反して、みな一様に光のない目で自分たちの進む先をみつめていた。

 

 彼らは、税金の未払いや、そのために手を染めた犯罪によって保安監督局に捕まった、元ジョグスィン市民たちだ。

 

 あの都市では、自分の座る椅子を確保するだけでもカネがかかる。

 

 夢を見たり、好きなことをする時間なんてない。

 ずっと働いて、働いてない時間も仕事のことだけ考えて、ようやく現状維持。

 

 ゴールのない、なぜ走るのかもわからないマラソン。

 みんな、血を吐きながら走りつづける。

 みんなが走ってるから、走りつづけてる。

 

 そして、つまづいたり、もう走れなくなったりしたやつがいたら。

 憐れむふりをして、内心ではさげすむのだ。

 

 "あいつは努力が足りなかった"。

 "あいつは精神的に弱かった"。

 "自分は、ああはなるまい"。

 

 みんながみんな、そんなふうに自分の現状を肯定して、どうにか生きている。

 ジョグスィンは、そんな都市だ──。

 

「ごほっ」

 

 荷台の誰かが、乾いた咳をした。

 異分子(ペレグリウム)の粉塵が、呼吸器をひどく痛ませてくるのだ。

 

 ジョグスィン内部も、けして大気環境が良いわけではない。

 しかし、都市をぐるりと囲む巨大な防塵壁の効果は、やはり甚大だったらしい。

 その外に出た途端、こうして呼吸すらままならないのだから。

 

「……おいあんた、大丈夫か? 

 ほら、手ぬぐいをやるよ。

 気休めだが、ないよりはマシだろ」

 

「あ、ああ、すまない……」

 

 咳き込みつづけていた身なりの良い青年に、熊亜人(ヴォーロス)の男がマスク代わりの白い布切れを手渡した。

 青年は咳き込みながらそれを受け取り、口と鼻にあてる。

 

 周囲の人々の視線が、熊亜人の男に集まる。

 種族柄、筋肉質な彼の左腕には、肘から先がなく。

 包帯によって、傷口が隠されていた。

 

「きみの、その腕は……仕事の事故かなにかで?」

 

 青年が気の毒そうにそう聞くと、熊亜人(ヴォーロス)の男は「んー……まあ、そう。事故みたいなもんだったな、あれは」と返した。

 

「そうか……ぼ、僕も似たようなものさ。

 仕事でしくじって、首が回らなくなって……くそっ! 

 ……なあ、僕たちはこれから、どうなるんだ。どこにつれてかれているんだ!」

 

「さあな」

 

「この荒野で、肺や目を病んで、苦しみながら死んでいくのか?

 そんなの……あんまりだ……!」

 

 その時、彼らを荷台に乗せていたピックアップ・トラックが停車した。

 

「……さあ、着いたみたいだぞ」

 

 熊亜人(ヴォーロス)の男が、鋭い眼光で前方を睨んでそうつぶやいた。

 

 トラックを運転していたジョグスィン保安監督局の局員に命令され、難民たちは荷台から降りていく。

 

 そして次の瞬間、彼らは。

 自分の目の前に広がっている光景を見て、言葉を失った。

 

 その一帯だけがまるで、空間ごと切り取ったかのように砂嵐が止んでいる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()いくつも立ち並んでいることから、そこは集落であることがわかった。

 

 集落に住む人々の間に流れるのは、活気に満ちた空気で。

 彼らは、積もった砂塵の中から木や石を掘り出す仕事に、従事しているようだった。

 

「なんだ、こりゃあ……」

 

 熊亜人(ヴォーロス)の男が、唖然とした表情でそう漏らした。

 他の難民たちも同様だ。

 

「──きみたちは、難民か?」

 

 その集落の中から歩いてきた、龍人(ドラコニス)の女が。

 彼らにそう聞いてきた。

 

 灰色の髪に、真紅の瞳。  

 一度も日に焼かれたことがないように白い肌を持った、儚げな雰囲気を纏う女だ。

 

 長身に加えて手足がほっそりとしていて、触れれば壊れそうな危うさも感じさせる。 

   

 しばし、沈黙が流れる。

 難民の内の何名かは、この状況も忘れて。

 彼女の美貌に、見惚れてしまっているようだった。

 

「ああ、俺たちは難民だ」

 

 他の者の代わりに、熊亜人(ヴォーロス)の男がその女の質問に応えると。

 龍人(ドラコニス)の女は、「そうか……大変だっただろう」としめやかに目を閉じて言い、腰から生えた光沢のある尻尾で地面の砂を撫でつけた。

 

「ここは、『アダリン社』の管理コミュニティだ。

 君たちには、日々のいくばくかの労働の対価として……

 管理者様から、この集落への居住権と、食料が与えられる」

 

 慣れているのか、女はその平坦ではあるが柔らかな声色で、よどみなくそう説明してきた。

 

「あー……知らない単語が多すぎて頭に入ってこないな。

 いちから説明してもらえるか?」

 

「む……そうか、すまない。

 だが、それは管理者さまに──あの白い球体に、挨拶をしてからだ。  

 ついてきて欲しい」

 

 龍人(ドラコニス)の女は、ぼそぼそと。

 『もしかして、私の話はわかりにくいのか……? 教育者として由々しき事態だ……』と独り言をつぶやきながら、難民たちに背を向けて、集落の中心にそびえる巨大な球体に向けて歩き出した。  

 

【……()()()()使()()()()、ごきげんよう】

【そう、かしこまらなくて結構】

【ようこそ、アダリン社の管理コミュニティへ】

 

 球体の前に立った難民たちに向けて、その球体──"管理者"とやらは、中性的な声でそう語りかけてきた。

 

 熊亜人(ヴォーロス)の男の頬に汗がつたう。

 "布武王の使節たち"という言い回しにだ。

 難民たちにまぎれ、他にふたりほどいる仲間にアイコンタクトを送ると、彼らもまたわずかに視線が泳いでいた。

 

【あなたたちを、保護対象とします】

 

 この聖域のような集落に住めることがわかった、本物の難民たちは。

 神に感謝するように、ひざまづいている者までいるほどだったが。

 熊亜人(ヴォーロス)の男の心臓は、早鐘のように脈打っていた。

 

  ──局長……あんた、とんでもない連中と手を組んじまったようですよ。

 熊亜人(ヴォーロス)の男は、自分の上司の獅子の顔を想像しながら、口の中だけでそうつぶやいたのだった。

 

 

 

 

【住民数:48人⇒78人】 

【新しい種族が住民に追加されました】

【管理コミュニティの労働生産力が、大きく上昇しました】

【レベルIII相当の戦闘能力を持った住民が、3名加入しました】

 

【管理業務を、続けてください】




 
・【アダリン社脅威レベル裁定ガイドライン】

【管理惑星の住民および脅威存在に対して、アダリン社のAIが推定する脅威レベルはI(ワン)IX(ナイン)までの9段階に分類される】

【同社の『惑星文明レベル評価ガイドライン』に照らし合わせ、どの文明水準の『一個大隊』に相当する脅威度かを基準として換算される。】
 
 ※独立行動可能な戦術単位の最小が『一個大隊』であるため。
 
【例:『レベルV(ファイブ)相当の脅威度を持った存在(色欲の思徒(タルパズ)など)は、文明レベルV(ファイブ)(西暦2000年代前後の地球国家)における練度・装備ともに平均的な一個大隊と同程度の脅威度とされる』】


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