ディストピア惑星管理シミュレーション【Humus《フムス》】   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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【──前回までの管理業務ログ──】

【オルドビス・エネルギー社により武装化された尖兵たちが、あなたと協力関係にある『ジョグスィン保安監督局』の本部ビルに襲撃をかけてきました。】
【彼らは自力で襲撃をしりぞけたようですが、その際にいくつかの疑問『なぜオルドビス・エネルギー社が執拗に保安監督局に攻撃を仕掛けるのか』や『リェン・ルゥオの豹変』などが生じ。】
【あなたがそれらについて"布武王"に問い詰めると、彼はあなたにそれらの理由について説明することを決めたようです。】

【管理者様】
【あなたの良心と、アダリン社の行動規範に、可能な範囲で従い】

【管理業務を、続けてください。】


『さまよえる者たち』-彩暦28年-

 

 

 

 

 

 

 

「"管理者"……ご察しの通り、僕たちにはそちらに明かしていなかった秘密がある」

 

 『ジョグスィン保安監督局』の廊下。

 "クリープ・"スパイダーの前を歩いている布武王(ライオン)の後頭部が、低いトーンの声でそう言ってきた。

 

()()、ですか】

 

 ぼくが意図して冷ややかな声でそう返すと、布武王は先ほどよりもやや早口になって言葉を続ける。

 わりとわかりやすいライオンだ。

 

『断っておくが、僕はこれまで、君に対してひとつも()は言っていないよ。

 ただ、いくつか開示していない情報(カード)があった、というだけだ』

 

【それを、教えていただけると】

 

『……ああ。』

 

 布武王は、"クリープ・スパイダー"に背中と膝裏から抱えられて、くるしげな表情で眠っているリェン・ルゥオを見やった。

 

『まずは、その刀──《(ジーヅァ)》についてだ。』

 

 ぼくは、布武王の視線を追って、リェンの腰にある黒塗りの鞘を見た。

 先ほどまで刀身から、凄まじい熱量と緋色の光を放っていたものだ。

 ジーヅァ、という(めい)らしい。

 

『元々は、"建国帝"が生前に肌身はなさず愛用していたものだ。

 その影響か、刀そのものに多量の"異分子(ペレグリウム)"が蓄積されていて……

 抜刀されると、およそすべての物質を溶断(ようだん)してしまう、緋色の刃があらわれる。』 

 

 布武王は『だけど──《(ジーヅァ)》の真価は、その点ではない』と言って。

 リェンの腰から、鞘に入った《(ジーヅァ)》を取り上げた。

 

『フゥ……』

 

 そして彼は、ひとつ深呼吸をすると。

 

『ヴ、オオオオオォ……!!!』

 

 鞘と柄をそれぞれ握りしめ、渾身の力を込めて《(ジーヅァ)》を抜き放とうとした。

 

 しかし、その鞘はびくともせず。

 それどころが、刀を握っていた"布武王"の手から、煙と肉が焼けるようなにおいが立ち込めはじめた。

 

『何故……俺では駄目なのですか、我が王よ……』

 

 布武王は、悲しみと憎しみ、そしてそれらと同じくらいの愛情と憧憬が滲んだ表情で呟いた。

 そして、ゆっくりと首を横に振って、《(ジーヅァ)》をリェンのもとに戻した。

 

『……見ての通り──《(ジーヅァ)》は、特定の人物……今のジョグスィンでは、リェン・ルゥオにしか抜くことができない。

 そしてそれは、この刀に宿った、"建国帝(あのひと)"の意思がそうさせていると、僕は考えている。』

 

 "建国帝の意思"。

 布武王は、そう言った。

 先ほどの、明らかに()()()()()()ようだったリェンも、それが関係しているのだろうか。

 

『……この娘の髪は、もともとは()()()だったんだ。』

 

 そう言われ、ぼくは"クリープ・スパイダー"に抱えられたリェンを見た。

 今の彼女の髪の毛はほとんど黒で、毛先だけが僅かに白くなっている程度だ。

 

『数年前までのリェンは小柄で、引っ込み思案で……今とは、まるで別人だろう?

 彼女が変わり始めたのは、四年前にはじめて《(ジーヅァ)》を抜いてからだ。

 それから、その刀を使うたび、心身ともに大きく変容していった。』

 

【……へえ。】

 

『《(ジーヅァ)》はおそらく、少しずつ、リェン・ルゥオを"侵食"し。

 彼女の肉体と人格を、"建国帝"のものへと作り変えている。

 ……そして、リェン・ルゥオも、それを良しとしている。

 それが自分の役目だと、思っている。』

 

 ぼくはもう一度、"クリープ・スパイダー"のカメラを通してリェンの顔を見た。

 

 

 閉じあわせた彼女の目尻から、音もなく涙がつたっていた。

 

 

 

    ※

 

 

 

 しばらく布武王についてビルを下に下がっていくと、やがて地下にたどり着いた。

 

『さて。君にもうひとつ、明かさねばならないことがある』

 

 布武王はそう言うと。

 いくつかの隠し扉と、その先にある階段を使って……

 更に地下へ地下へと、降りていった。

 

 そして、たどり着いた場所には。

 ガラス張りの部屋の中で、しずかに本を読んでいる、()()()()()()()少女がいた。

 

『──彼女が濫觴王(らんしょうおう)。建国帝の遺児だ。』

 

 建国帝の遺児。つまり、遺伝子的な意味での親族。

 

 ……なるほど。合点がいった。

 ──オルドビス・エネルギー社の目的は、彼女だ。

 

 オルドビス社の興味は、おそらく。

 "建国帝"なる人物の肉体に蓄積した異分子(ペレグリウム)が、その子どもにどのような遺伝的影響をおよぼしているのか、ということ。

 

 この緋色の瞳の少女──濫觴王(らんしょうおう)は。

 彼らが執心している活性化した異分子(ペレグリウム)の、"ばく()2世"という。

 極めて希少なモデルケースなのだ。

 

『……リェン? リェン!? 大丈夫なの!』

 

 濫觴王(らんしょうおう)は、ぼくたちに気がつくと。

 読んでいた本を投げ捨て、自分を隔離するガラス張りに手をついて。

 "クリープ・スパイダー"の腕の中で眠るリェンに、そう叫んだ。

 

【眠っているだけです。】

 

『あなたは……クモさん……? 本で見たわ。

 実物は、思ってたよりも大きいのね……』

 

【"クリープ・スパイダー"です。】

 

『……? クモさんでしょ?』

 

【"クリープ・スパイダー"。】

 

『……まあいいわ。リェンは、大丈夫なのね?』

 

 濫觴王(らんしょうおう)は、リェンの命に別状がないことを確認すると。

 荒くなった息を整えながら、ぺたんと床に座り込んだ。

 

『ねえ、ライオンさん……』

 

 濫觴王(らんしょうおう)に呼ばれた布武王は『なんでしょうか、濫觴の君よ』とうやうやしく礼をした。

 

『また、リェンが《(ジーヅァ)》を抜いたのね』

 

 非難するように緋色の瞳で睨み、濫觴王は言った。

 

『ええ……』

 

『また……わたしを、守るため?』

 

『……ええ』

 

 布武王の返事を聞くと、濫觴王はその形の良い眉根を寄せた。

 

『わたしは……リェンをすり減らしてまで、生きていたくなんてないわ……』

 

『あなたは、建国帝の実子。今の混迷としたジョグスィンの希望なのです。』

 

 濫觴王は、布武王の言葉を鼻でわらった。

 

『なにが、希望よ? この、うそつきライオン。

 体が弱くて、このガラス張りからも満足に出られないようなわたしに、そんな価値なんてないわ』

 

『そんなことは……』

 

『わたしをダシにして、リェンに《(ジーヅァ)》を抜かせるのが目的なんでしょうっ。

 きっとそうだわ、そうにちがいないでしょうっ!』

 

 口を開きかけた布武王をさえぎって、濫觴王は更に続ける。

 

『あなたは、父のことが大好きだったものね!  

 リェンがリェンじゃなくなっても、あの人が帰ってくれば万々歳って、そう思ってるんでしょ!』

 

『……わかりません。私には、なにも。』

 

『はぁ……はぁっ……うそつき、うそつき……』 

 

 濫觴王が、床に座り込んだまま、ひっくひっくと泣き出した。

 

『ん……』

 

 ふたりの声が聞こえたのか、"クリープ・スパイダー"に抱えられていたリェンが身じろぎをした。

 そして、眩しそうにしながら目を開ける。

 

『管理者……?』

 

【おはようございます、リェン。】

 

『……そうか。私はまだ、私なんだな』

 

 リェンは、"クリープ・スパイダー"の顔を見て、安心したように目を細めた。

 

『というか、私は今、どうなって……っ?』

 

 痛むのか、ゆっくりと首を動かして周囲を確認したリェンは。

 自分がいわゆる"お姫様抱っこ"の体勢で、"クリープ・スパイダー"に抱えられていることに気が付くと。

 

『〜〜〜……っ!?』

 

 顔を真っ赤にして、脚をじたばたさせた。

 

『降ろせっ、おーろーせー……!』

 

【部屋まで運んであげますよ】

 

『……う、重くないか』

 

【"クリープ・スパイダー"の最大耐荷重からすれば微々たるものです】

 

『そこは重くないって言えよっ……降ろせぇぇぇ……!』

 

 リェンは、少しのあいだ『んぎぎぎ……』と"クリープ・スパイダー"の脚から逃れようともがいていたが。

 無理だと悟ると、疲れが押し寄せてきたのか、またすぐにまぶたを閉じて寝息を立てはじめた。

 

『……さ、管理者。僕が君に黙っていた情報は、これで以上だ。』

 

 リェンが眠ったのを確認した布武王は、話を切り替えようとするかのようにそう言った。

 

【ええ。教えていただいてありがとうございます。】

 

『……リェン・ルゥオを部屋で休ませてやろう。』

 

 布武王は、一刻も早く濫觴王から離れたいかのように。

 彼女に背を向けて、部屋の出口へと歩き出した。

 "クリープ・スパイダー"も、リェンを抱えてそれに続く。

 

『ねえ、クモさん……』

 

 濫觴王が、まだ嗚咽が抜けない声で言ってきた。

 

【"クリープ・スパイダー"ですが。なんでしょうか。】

 

 緋色の瞳の少女は、ガラスに手をついて懇願してくる。

 

『リェンの、お友だちになってあげて。

 リェンが、自分の人生を生きたいって……

 そう思えるように、してあげてほしいの』

 

【ともだち】  

 

 自分でも驚くほど、淡白な声が出た。

 

【ぼくには、無理な相談です】

 

『……そう。』

 

 濫觴王は、部屋から去っていく"クリープ・スパイダー"の背中に、消え入りそうな声で言う。

 

『あなたも、悲しいクモさんなのね……』

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

『全身が、ひどい筋肉痛みたいだ……』

 

 リェンを彼女の部屋に運び込み、ソファの上に横たえると。

 苦しげに浅い呼吸を繰り返しながら、そう(うめ)いた。

 

『頭いたい……体が熱い……』

 

【"ピピッ"……体温が40度をゆうに超えています。

 水をたくさん飲んだほうが良い】

 

『持ってきてくれ……動けない……』

 

 "クリープ・スパイダー"の脚部マニピュレータを器用に操作して、コップに水を汲んで手渡した。

 それから水を5杯ほど飲み干してようやく、リェンの呼吸が少し穏やかになる。

 

『……ありがとう』

 

 潤んだ瞳で、リェンが言ってきた。

 

【お礼なんて言えたんですね?】

 

『はははっ……お前は、いつもいつも……

 私を、なんだと思ってるんだか……』 

 

 リェンは、しばらく力なく笑っていたが。

 

 やがて、手の甲を目に当てて、静かに泣きはじめた。

 

【…………】

 

『はぁ……なあ、"管理者"。』

 

【なんでしょうか】

 

『その……さ。楽しかったよ。家にお前が来てから』

 

 震えた声で、リェンは続ける。

 

『私はこれまでずっと……拾って育ててくれた父さまに、恩を返すためにだけ生きてて……

 今は、自分の中の結構な部分が、あの人に置き換わっていくのを感じてて……

 でも、でも……ああ、だめだ。』

 

 彼女らしくなく、まるで少女のように喉をしゃくりあげて、リェンは言う。

 

『怖くて怖くて、仕方がないんだ……

 私なんかより、みんな父さまを望んでるのに……

 自分が自分じゃなくなるのが……怖くて仕方がないんだ……』

 

【……】

 

『だから……毎日酒を呑んだり、限界まで体を追い込んだりして、なにも考えないようにしてた。

 でも、だめなんだ……ずっと、怖いままだ……』

  

 ぼくは、これまで押し留めてきたであろう弱音を吐き出し続けるリェンの言葉を、黙って聞きつづけていた。

 

『……わるい、"管理者"。余計なことを話しすぎた。

 こんなこと、考えないようにしていたのに……』

 

 リェンはそう言うと、"クリープ・スパイダー"の方へ向けていた体を仰向けに戻した。

 そして、なにか違和感を覚えたように、膝をもじつかせた。

 

『……んっ』

 

 彼女の視線は、トイレの方へと伸びている。

 

【……運びましょうか?】

 

『いや……さすがにトイレは、自分で……っ!』

 

 リェンは、体を起こそうとしたが腕に力が入らず、ソファから転げ落ちた。

 

【手を貸しますか?】

 

『舐めるな……もう、自分で、動けるから……!』

 

 リェンは二十分ほど、テーブルやソファを支えにして立ち上がろうとしていたようだったが。

 次第にその顔から余裕が消え、脚をそわそわとさせる頻度が増えていき。

 

 最後に失敗して地面に膝をつくと、困り顔で"クリープ・スパイダー"に助けを求める視線を送ってきた。

 

『……管理者、トイレ、やっぱり連れていけ。

 もう、本当に、漏れる。』

 

【さっさとそう言ってください】

 

『あー……でるでるでる……』

 

 "クリープ・スパイダー"でリェンをトイレに押し込むと。

 ぼくは深いため息を吐いてから、口にコーヒーを流し込んだ。

 

 冷めて、より苦くなったコーヒーが、ぼくの舌をひりつかせる。 

 

「……さて。」

 

 ぼくは、集積された資材の量がモニターされている画面を見やった。

 

 

 ────────

 【木材:15000】

 【石材:10000】

 【土:90000】

 【鉄鉱石:2500】

 【希少金属(レアメタル):300】

 ────────

 

 住民が増加したことによる労働力上昇の恩恵は、顕著に出ている。

 資材状況の面において、特に。

 

 集落の建造物用の建材生成でかなり消費したが、それでも十分な量が集積している。

 

 そろそろぼくも、本格的に動くとしよう。

 

 インターフェイスを操作し、ぼくはとあるユニットの建造を開始した。

 

 

 

 ────────

 【木材:15000⇒10000】

 【石材:10000⇒5000】

 【土:90000⇒80000】

 【鉄鉱石:2500⇒300】

 【希少金属(レアメタル):300⇒150】

 ────────

 

 

 

 

 

  ※

 

 

 

 

「……おいおい。なんてやつだ……バケモンかよ。」

 

 双眼鏡を覗いていた都市ジョグスィンの入管職員が、荒野の向こう側に見える(いびつ)な人影を見て、そうつぶやいた。

   

「なにが見えたんだ、また難民どもの一団かよ」

 

 入管施設に隣接する"緩衝街(スラム)"の方から帰ってきた同僚の職員が、双眼鏡に食い入るように目をくっつけている彼にそう聞いた。

 

「いや……違う。ひとりだ。お前も見てみろ。」

 

「ん……? どゆこと? ひとり?」

 

 いいから、いいから。と言われ、双眼鏡を渡された職員が困惑しながら覗き込むと。

 彼は、口をぽかんと開いて、間抜けな声を漏らした。

 

「──()()?」

 

「ああ……時代錯誤の全身鎧(フルプレート)だ。」

 

 砂嵐のスモッグにかすむレンズの向こう側に見えたのは、非常に大柄な騎士鎧を着用した人物だった。

 

 だが、彼らが目を見張ったのは、その見た目だけではない。

 ──速いのだ。おそろしく。

 不安定な流砂の地面を力強く踏みしめ、粉塵を撒き散らしながら、その重装備に似合わないスピードで、騎士はジョグスィンへとまっしぐらに接近してきている。

 

「……なあ、見なかったことにしねえか?」

 

 双眼鏡を目から離して、職員は震え声で言った。

 男は双眼鏡をそいつから取り上げて、言い返す。

 

「ばか。あの調子だと5分もしないうちに俺たちのところにくるだろ。

 ……あれ。都市に入れるの断ったら、その場で俺たちの首が飛ばないか? 物理的に。」

 

「うはーやだやだ……きょうび騎士鎧のやつなんて、イカれ野郎なのは確定だし。

 イカれてても生きていけるぐらい強いバケモンってことじゃんかよ」

 

「ちげーねー……あーあ。俺が死んだら母ちゃんが"緩衝街"送りになっちまうよぉ」

 

「に、逃げるかっ。腹痛いとか言って逃げるかっ!」

 

「そんなことしたら仕事の方をクビになっちまうって……!」

 

「死ぬよりマシだろ!?」 

 

 彼らの言い合いがヒートアップしているあいだに、緩衝街の住民たちがにわかにざわつきはじめた。

 

 "ガチャ、ガチャ、ガチャッ"。

 

 金具同士が打ち鳴らされるような音が近づいてきて、入管の眼の前で止まった。

 

「……」

「……」

 

 ぎぎぎ、と油の足りない鉄扉のような音を立てながら、入管職員たちが顔を前に向けると。

 ──そこには、先ほどまで双眼鏡の向こう側にいた巨躯の鉄騎士が、ぬぅっと立っていた。

 

【…………】

 

「ひぇっ……」

 

 ──鉄塊の騎士。

 身長は二メートルほどで、至近距離で見るとまるで(いわお)のような体格だ。

 腰に吊るされているのは、サーベル、散弾銃、鎖、ナイフ、その他もろもろ物騒なものがたくさん。

 

【…………】

 

 そんな騎士が、なにも言わずに入管の職員ふたりを見下ろしていた。

 

 割れた海のように、緩衝街(スラム)の人並みが騎士を中心にさけている。

 スリ、恫喝が挨拶代わりの連中でも、こんな歩く要塞のような人物を標的にするほど命知らずではないらしい。

 いや、むしろ彼らは弱者であるからこそ。

 けして触れてはならない存在というのを、本能的に感じ取っているのだろう。

 

「わ……ぁ……」

 

「おい、泣くな! 失礼だろ!

 ……へ、へへ。すみませんね騎士(ナイト)の旦那!

 こいつ、ちょっち情緒が不安定でして……

 ようこそ華の都市ジョグスィンへ! 通行をご希望ですかっ!」

 

【………】

 

 恐怖を押し殺し、空元気でマニュアル通りの対応をした入管職員だったが。

 鉄の騎士は、変わらず直立不動で彼らを見下ろしていた。

 

「あ、あ、あのっ、ナイトの旦那ぁ……

 も、も、もしっ。市民証か、通行証とかっ、あったらっ、見てみたいなぁって……」

 

【…………】

 

 声が、うわずっている。

 ──こいつ、なんでずっと黙ってるんだ!? 怖い!

 

 空気が張り詰めている。

 騎士の背後で、ことの成り行きを見守っている緩衝街の住民たちは。

 入管職員が、騎士に殺されるか殺されないかについて、ヒソヒソと賭けを行っていた。

 

 彼らの七割は難民で、一度は入管に弾かれた経験があるため、職員たちをよく思っていないのだ。

 中には、"やっちまえよ騎士様!"と騎士にはやし立てる者までいた。

 

【…………】

 

 その声を聞き入れてか、騎士が物騒な武器をじゃらじゃらと吊るした腰に手を伸ばした。

 

 ──あ、終わったかも、人生。

 入管の職員は、ジョグスィンの安アパートで帰りを待っている母の顔を脳裏にフラッシュバックさせる。

 

【…………】

 

 だが、騎士が腰から取り出したのは武器ではなく、1枚の板のようなものだった。 

 

「へ……?」

 

 おそるおそる、入管職員は騎士が差し出したカードを見る。

 その板には、金色の獅子の意匠と赤い判子が押されていた。

 

 ──このジョグスィンにおける最高権力者の一角である"布武王"が、客将に渡す証だ。  

 

「しっ……失礼いたしました! まさか布武王どののご戦友だとは!

 ささっ、お通りください! お通りください!」

 

【…………】

 

 道を開けた職員を一瞥もせずに、騎士はジョグスィン内部へと入っていった。

 

「……"布武王"が、あんなイカツイ客将をまねくとはなぁ。

 近々、でかいドンパチでもあるのか……?」

 

「や、やだなぁ……せっかく魔族や汚染獣に怯えないで眠れると思ってたのに、ジョグスィンの中でも戦争なんて勘弁して欲しいよ……」

 

 職員たちが、ガチャガチャと音を立てて歩いていく騎士を、口々に言いながら見送る。

 

 ──その騎士の背中には、『Adalin.Company.』という文字とロゴが刻まれていた。

 

 

 

【アダリン社自走式惑星探査ユニット(中位(ミドル)モデル)

 "█████・███"がロールアウトされました。】

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