ディストピア惑星管理シミュレーション【Humus《フムス》】 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
"我らは過去を焚べ、明日を照らさなければならない"
"其れ、健全なる文明社会のかたちである"
──オルドビス・エネルギー社の企業理念より抜粋。
─彩暦28年.ジョグスィン健全化推進委員会."帝選王"執務室─
「──"帝選王"。オルドビス・エネルギー社の方々が、いらっしゃいました。」
「……やややっ。」
執務室に入ってきた秘書から青い顔で告げられ、"帝選王"と呼ばれた二足歩行の巨大な
雑然とした執務室だ。
机上に撒き散らされた書類の束、壁に貼られたポスター。
そのポスターには、加工されていくらか凛々しい顔になったガマと。
彼がいかに、このジョグスィンの正当なる支配者にふさわしい存在であるかを、延々と書き綴った文言がプリントされている。
ジョグスィン市街に何千枚と貼られている、"帝選王"のプロパガンダ・ポスターだ。
戦力に劣る彼の勢力が、せめて世論だけでも味方につけようとした、苦肉の策である。
「一週間ぶりね。"帝選王"。
貸与した、弊社の武装の調子はどうかしら。
なにぶん旧式なもので、まめなメンテナンスが必要でね」
「……やや、"ラブ・ハウンド"どの。
お久しぶりでございます。」
執務室の扉から、二人組の男女が入ってきた。
ひとりは、体型にフィットする流線アーマーの上から、研究員然とした白衣を着た若い女。
"ラブ・ハウンド"。
右の側頭部から、白黒のダイヤルが突き刺さるようにして生えている。
「──件の
「"サルガッソー"、不躾よ。」
もうひとりは、いかめしいパワード・スーツを着用した巨漢。
"サルガッソー"。
オルドビス・エネルギー社員である二人は、来客用のソファに目もくれず通り過ぎて。
机の上で手を組んで、凄まじい量の脂汗を全身から流している、"帝選王"の前で立ち止まった。
「さて……身柄の確保を約束していた、異彩──"建国帝"の実子を受け取りにきたわ。」
「や、や、やややや……その……じつは……」
「今回は前回と違って、大枚はたいて腕利きの傭兵も雇ったんでしょう?
ほら……あの……"マオウグン"の生き残りとかいう、ツノが生えた大男。」
淀みない"ラブ・ハウンド"の詰問に、帝選王の脂汗が、びちょりびちょりと執務机にしたたる。
「や……その……全滅、したようです……」
「…………? ゼンメツ。」
まるで未知の言語でも聞いたかのように、"ラブ・ハウンド"は小首をかしげて聞き返す。
「返り討ちに……あったようで。
保安監督局に送った部隊から、音沙汰がなくって……」
「どういうこと? 装備、貸してあげたわよね。
この惑星の文明水準から、それなりに逸脱した水準のものを。」
「や、ややや……」
「ああ……どうして……? あああ……」
"ラブ・ハウンド"は、虚空を見つめて。
心ここにあらずという顔で口を開き『あああ……』と呻きはじめる。
「あ、あ、あっ、あああっ、ああああああ。」
「や、やややややっ……!? 」
「あああああああああああああああああああ。」
先ほどまで理知的だった"ラブ・ハウンド"の顔から、まるで稚児のように、よだれが垂れている。
豹変した"ラブ・ハウンド"の様子に、"帝選王"は表情をこわばらせる。
「ラブの悪癖だ。
自分の思い通りに事が進まなくなると。
ストレスで、なにも考えられなくなっちまう……
まあ、そういうところも、かわいいんだけどな……?」
"サルガッソー"がそう言い、『あああ』と壊れたラジオのように呻いている相棒の側頭部のダイヤルを、カチカチカチと何度か回す。
"ラブ・ハウンド"の側頭部に埋め込まれたこのダイヤルは、『プルチック
古いSF小説から名前を取ったこの装置は、その名の通り"情調"──脳の
使用者の精神状態を、ダイヤルした通りのものへと調律することができる。
"サルガッソー"は手慣れた指使いで。
相棒の感情を"平穏"・"容認"・"予期"の三つにダイヤルしてやった。
「あっあっあ、あ、あ、あぅ。あうううう……っ」
「よしよし。大丈夫だぜ、ラブ。
俺たちなら、ぜんぶ上手くいくさ。
これまでだってそうだったろ?」
「…………ふう。ありがと」
相棒になだめすかされ、平静を取り戻したように見える"ラブ・ハウンド"は。
何事もなかったかのように、唖然としている"帝選王"に視線を戻し、「さて。」と言った。
「ひひっ。ラブね、しってるよ!
失敗したカエルさんには、お仕置きをしないといけないってこと!」
先ほどまでとは打って変わって、無邪気な少女のような声で。
「ラブ、口調が間違ってるぜ。
今のお前は、本社から"淡々とした姿勢で職務を遂行する冷徹な女"に人格をセッティングされているはずだ。
短期間に
"サルガッソー"が、彼女にそう優しく指摘する。
「あれ、れ、れ、れ、……ラブ……わたっ、あれ、そうだっけ。
そう、そうだったわね。
……ふう。もう、本当に大丈夫よ。」
カチカチカチ、と。
今度は自分で側頭部の『プルチック
「さて……"帝選王"。
あなたは、二度もわたしたちとの約束を失敗し。
なおかつ、貸与した装備を、全損させた。
よって、相応のペナルティを受けなければならないわ。」
「ぺ、ペナルティ……」
「だけどね……残念なことに、わたしたち星外勢力はね。
現地惑星の住民に、そう簡単には手を出すことはできないの。」
"ラブ・ハウンド"は、人差し指を立てて、次の文言を
「
「ややや……?」
「つまりね、ちゃんとした理由がないと、わたしたちはあなたたちに暴力を振るえない法律がある、ということ。
これを破ると、ワープ技術に対消滅炉、時間加速までなんでもござれの、こわーい処刑人が送り込まれてきて……
私たちのような末端のみならず、オルドビス・エネルギー社本体までもが大きな打撃を受けてしまうの。それは困るわ」
"帝選王"には、目の前の女が自分にこの説明をする意図が、わからなかった。
帝選王はとっくのむかしに、"オルドビス・エネルギー社"が、自分の手に負えるような存在でないことに気がついている。
敗色濃厚だったジョグスィン内の権力闘争に勝利するため、彼らの協力申し出に思わず飛びつき。
"自分がこの都市の支配者になったあかつきには、
もはや彼は。
どう自分がオルドビス・エネルギー社から逃れるかしか、考えていない。
彼の瞳に、得体のしれない危機感と不安感。
そしてわずかばかり『自分とジョグスィンの未来のために、こいつらをどうにかしなければならない。』というほの暗い
──ジュウッ。
「やややっ……!?」
「──でもね、どんな法律にも、抜け道はあるってこと」
その瞬間だった。
"帝選王"の全身の皮膚に、火炙りにされるかのような、凄まじい熱が走った。
彼はあまりの激痛に、椅子から飛び上がり、地面を転げ回る。
「や、ややややややぁ……!?」
「だめじゃない。協力者に、"害意"なんて抱いたら。」
全身の粘膜が沸騰する音を聞きながら、帝選王は必死に聞き返す。
「な、なにをしたぁ……!」
「──弊社のエネルギーアーマー、通称『
高解像能AIによるフィルタリング力場は、最大数万℃に達し。
着用者に危害を与えうる
すばらしいと思わない……」
"ラブ・ハウンド"の胸に埋め込まれた
『
オルドビス・エネルギー社が、
そう、あくまで防衛用装置という体裁であるのが重要だ。
高解像能AIが、周囲数メートルの存在の危険度を測定し。
それが生き物であれば、生体電流、発汗、呼吸などを総括し、『
半ばこじつけじみた理屈であるし、実際グレーゾーンではあるのだが。
現時点では、『濾紙』による暴力的措置は、倫理規定の制裁対象ではない。
「出力は最低まで抑えているけど、灼かれ続ければ死ぬわよ。
はやくその矮小な殺意を収めなさいな。」
「ぐそっ、ぐそぉぉぉぉ……!」
十数秒後、帝選王は服からぷすぷすと煙を立てながら、床に倒れていた。
全身が焦げ付き、激痛が頭を支配している。
抱きかけた殺意は、萎えきっていた。
「ご、ごめんなさい……ごみぇんなさい……」
すすけた喉で、謝罪の言葉を紡ぐ帝選王を。
"ラブ・ハウンド"は、満足げに見下した。
「ええ。分かれば良いのよ。
……で。悪い報告はもう聞いたわけだけど……
もしかすると、有意義な報告も、あったりするのかしら?」
「それは……」
「……無いの?」
「あ、ありますっ、ありますぅ!」
──おい、例のものを!
帝選王は、部屋の隅っこで震えていた自分の秘書に、そう叫んだ。
「……へえ、これはこれは。」
ややあって、オルドビス・エネルギー社のふたりの前に運ばれたのは。
──一艇の、粗末なライフルだった。
そして彼らには、この武装に見覚えがあった。
「……『アダリン社』のものだな。
『鉄と煙』のみならず、連中も《フムス》に進駐していたか。」
"サルガッソー"が、忌々しそうな顔でそう呟いた。
「ねえ……これはいつ、どこで手に入れたの?」
神妙な顔で、"ラブ・ハウンド"が質問する。
「つ、つい先日!
襲撃に先んじて……"布武王"の陣営へ偵察に送った部隊がっ。
回収してきたものですぅ……」
「ふぅん……つい先日ね……」
"ラブ・ハウンド"はふんふんとうなづき、しばし考えた末に。
相棒へと、目配せをした。
「……叩くなら、今しかないわね。
このライフルはアダリン社が、惑星に進駐して間もない時期に。
戦力の頭数を揃える用途で、製造する武装よ。」
「ああ、ラブ……
連中は、時間が経てば経つほどに、惑星に深く根づき強大な勢力となっていく。
進駐して間もないであろう、今に叩くのが好手だな……」
「惑星ピネアルースの動乱では、"屑鉄の流星"の出現で辛酸を舐めさせられたけれど。
勢力圏を確立する前のアダリン社は、大した脅威ではないわ。
私たちふたりの装備なら、十分に崩せる。」
──『現地惑星の文明と環境を、可能な限り侵さない惑星開発を』
"ラブ・ハウンド"は、アダリン社が標榜するポリシーを、小馬鹿にしたように口にした。
連中は、星外から持ち込んできた
あきれるほど、
現地の住民たちと協調し、現地の資材を集め、それらを使用してチマチマと勢力を拡大していく。
そこが、つけ入る隙となるのだ。
「──ハッ。最悪の思想犯の古巣が……
いったいどのツラ下げて、そんな綺麗ごとを抜かしてるのかしら……」
薄く唇を吊り上げて、"ラブ・ハウンド"は
『オルドビス・エネルギー社』:エネルギー業界4位。西暦2347年創業。
かつて、貧困惑星出身の熱意ある若者たちのスタートアップ企業に過ぎなかったオルドビス・エネルギー社は、設立メンバーのひとりである天才的な有機化学研究者の力により、飛躍することとなった。
しかし、その立志伝の過程で。
彼らの情熱と理念は、取り返しがつかないまでに変質したという。
現在の彼らは、前に進む意思を失った惑星から、凄惨な手段でエネルギーを搾り取り……
かつての自分たちのような、貧しいが情熱ある惑星に対しては、極めて格安でエネルギーを供給している。
そして支援した惑星が発展し、その末に停滞を見せた時。
彼らは再び現れる。
今度は、肥え腐敗した血肉を搾り取り、それを次の情熱へ焚べる燃料とするために。
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