ディストピア惑星管理シミュレーション【Humus《フムス》】   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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『現地住民関係構築作業』-彩暦28年-

 

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 天から降ってきた謎の巨球は、かなり()()()()()()()()私たちに対してそう告げた。

 

 唖然(あぜん)呆然(ぼうぜん)

 この未知との遭遇に対する私たちの反応は、例外なくそれだった。

 

「──"滾れ、我が龍血よ"」

  

 だから、私のその行動も。ほとんど、反射的なものだったと言える。

 あるいは、私に刻まれた本能がそうさせたのだろうか。

 

 私の内奥に眠る、龍の遺伝子──今は亡きこの惑星の覇者の血を活性化させ、喉に仮想の火炎袋を生成する。

 

「がッ、ううウ……ッ!」

 

 口腔が焼けただれるのも構わず、現在私が取れる最大の攻撃手段である魔術、『龍の吐息(ブレス・オブ・ドラコニス)』の発動準備を完了した。

 

【レベルIII(スリー)魔術論攻撃を検知……】

 

【解析開始。完了。】

 

【──龍の吐息(ブレス・オブ・ドラコニス)

 

「……なに──?」

 

 ──瞬間。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 私が準備を完了したのと、ほぼ同時。いや、ありえない話だが──僅かに向こうの方が早かった。

 

 よもや──私の魔術を、模倣(コピー)したというのか。

 

 巨大な球体は、その前方に火炎の奔流を展開しながら、私に語りかけてきた。

 

【武力行使は望むところではありません。】

 

【望むのは、対話です。】

 

【あなたたちを、保護対象とします。】

 

 穏やかだが機械的な声で、眼前の球体はそう勧告してきた。

 先程よりも、さらに流暢になった言葉遣いで。

 

 ──()()()。頭に浮かんだのはそれだ。

 

 立ち向かって良いような存在ではない。

 かつて魔王を打倒し、世界の色を塗り替えた『勇者』や、彼と同じ世界から呼び出された『異彩』たちと同じ領域の存在だ。

 

 選択肢は、無いようなものだった。

 屈服。それ以外には。

 

「……わかった」

 

 私の口から噴出していた炎が、ふっと消え去った。

 僅かばかり私の心に(くすぶ)っていた、戦意とともに。

 

 

  

 

 

   

 

 現地住民とのファーストコンタクトを済ませたぼくは、彼らからこの惑星の情勢についての話を聞いた。

 

 世界を支配していた『魔王』を打倒した地球の人間──通称『勇者』とやらは、消息を絶ち既に数十年が経過しているということ。

 

 その代わりに、地球から呼び出された別の人間たち──通称『異彩』が、いくつもの国家によって召喚され、今は彼らを利用した戦争が発生しているということ。

 

 『異彩』たちの体に蓄積された『異分子(ペレグリウム)』は彼らに凄まじい力をもたらすが、同時に環境へのダメージが深刻であり。

 そのせいで多くの地域が、人体に有害な砂塵の舞う砂漠地帯となっているということ。

 

 爬虫類を思わせる青い尻尾を腰から揺らめかせた、妙齢の灰髪の女性──”先生”と呼ばれている現地住民は、うろたえながらもそう説明してくれた。

 

 

『……環境汚染、絶滅戦争、その元凶の消失。

 役満、という所か?』

 

「部長。ヤクマンってなんですか?」

 

『麻雀を知らんのか? まったく、麻雀とは古いボードゲームの……いや、これは今度教えよう。

 最悪の事態、ということだ。』

 

 最悪の事態──その点については、ぼくも同意だった。

 想定していた以上に、状況は悪い。

 

 一番まずいのは、現地民たちの話から察するに、数人では効かない数の地球人がこの『フムス』に"召喚"されているということだ。

 

 ワープ関連技術が、倫理規定(コレクトネス)における最大のタブーとして禁止されていることは、この際置いておくとしても。

 

 今の地球に住んでいるのは、企業・政府の重役家族や自然保護員などの特権階級……

 とにかく、国家や企業にとって、ある程度重要な人間が多いのだ。

 

 その彼らが、拉致に近い形でフムスに呼び出されているということが何を意味するか。

 

 ──それは、国家や企業に対して、フムスを侵攻する口実を与えてしまっているということ。

 それも戦争に参加させているというのだから、なお悪い。

 

 彼らは『拉致された人員の救出』という大義名分を並べ立てながら、意気揚々と新エネルギーの確保に乗り出すだろう。

 

 ……ぼくは、モニターから先ほど話を聞いた現地住民たちの様子を見た。

 みんな、わけがわからないと言った様子で、恐怖と不安に怯えているように見えた。

 汚染された大気に咳き込んでいる老人、空腹に喘ぐ子ども。

 国家や企業に搾取される後進惑星の、ごくありふれた景色。

 

『……彼らは、この騒動に関係ない。ただ必死に毎日を生きているだけの、無辜の民だ。

 フムスにこれ以上の混乱がもたらされるということは、この惑星に住む無数の罪なき命が、第三者の利潤追求のために失われることを意味する。』

 

「あってはならない事です。」

 

 ぼくの役目である、"惑星の環境と住民の心身の保全"。

 それを果たすためには、まず彼らに安心して暮らせる環境を提供しなければ。

 

 幸い、大気清浄ユニットと食料はいくらか持ち込んでいる。と言っても、ずっと困らない程の量ではないけど。

 

 今後は保護していった現地住民に、資材を調達して貰うことになるだろうから、これはひとつの「先行投資」というやつだ。

 

 ぼくは端末を操作し、組み立て式の大気清浄機ユニットと、携帯食料の一部を船から排出して。

 彼らに、組み立て方法などの指示を飛ばしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ひっ」「な、なんか、出てきたぞ先生」

 

「……大丈夫。大丈夫だ。私が、見に行くから。」

 

 カシュン、という音とともに、未知の球体の外壁が開いた。

 そしてその穴からは、なにか金属製の細々としたパーツのようなものと。

 透明な袋のようなものに小分けされた、土のようななにかが出てくる。

 

 私は恐る恐る、球体に近づいた。

 

 先程の魔術行使によってできた火傷は、既に私の吸血鬼としての血によって治癒しているが。

 

 この球体に対して歯向かう意思は、とっくにへし折れて久しい。

 

「あ、あの……これは、どういった……」

 

【組み立て式大気清浄ユニット4基と、携帯完全食です。】

 

【大気清浄ユニットは1基につき半径25メートル圏内の大気を清浄に保つことが可能です。】

【有害な放射線、化学物質、粉塵等を分解・遮断します。】

 

【携帯完全食は、一袋で一日に必要な水分と栄養素の半分を摂取することができます。土から生成可能です。】

 

「……は、あ……?」

 

 知らない単語ばかりがでてくる言葉に、私はまるで未知の言語でも聞いたかのようにうろたえるしかなかった。

 

【管理者様は、こちらの資材をあなた方の当面の生存に必要なものであると判断されました。】

 

「管理者、さま……?」

 

 "管理者"。

 何の管理者なのだろうか。

 この球体の、あるいは──私たちの?

 

 その疑問を氷解する暇もないまま。

 球体は、すらすらと私たちに『大気清浄ユニット』とやらの組み立て方法を指示し始める。

 

 私たちは言われるがまま、それを組み立てて、指示された通りに設置した。

 

 すると、景色に変化が起こり始めた。

 

 常にくすんだようだった視界が、急激に明るくなり始めたのだ。

 

「な、なんだ、これは……!?」

 

 そして、ややあって私はあることに気がつく。

 ここ数十年、常に呼吸とともにあった、喉がざらつくような感覚がないのだ。 

 呼気が通る度、その部分が紙ヤスリにでも掛けられているような感覚。

 常に私たちに、苦痛と悲観を与えてきたその感覚が、感じられないのだ。

 

 他のみんなもそれに気がついたようで、驚いた様子で周囲を見回している。

 

「す、すごいぞ、先生! こんなに明るいのは、何十年ぶりだ!?」

 

 老人たちはそう騒ぎ、子どもたちは、生まれてこの方体験したことのない澄んだ景色に感動している。

 

「……明るくなったんじゃない。」

 

「へ……?」

 

「は、晴れたんだ……異分子(ペレグリウム)の残滓に汚染された、粉塵が……」 

 

 私は、大きく深呼吸をした。

 

 色彩豊かな景色、胸いっぱいに吸える空気。

 

 ──そうだ。世界は、こんなにも美しかったのだ。

 

 そうすることができる空間は、『大気清浄ユニット』という機械の効果が及ぶ範囲だけのようだったが、それでも今の私たちには十分すぎるものだった。

 

「は、晴れたって……? そ、そんなのどうやって──、せ先生!? なんでそんなの口に! お腹壊すよ!」

 

 私は、『大気清浄ユニット』とともに球体から出てきた『携帯完全食』とやらを、勇気を出して口に入れてみた。

 

「う……」

 

 ──見た目通りの、ひどい味。

 土のような風味が鼻に突き抜けるが、それでも確かに腹には溜まる感覚があった。

 

 私の様子を見て興味が湧いたのか、他の者もおずおずと『携帯完全食』を口に入れはじめた。

 そしてみんな、すぐに私と同じ反応をする。『ひどい味だ』と。

 

 それでも、誰もが涙を流していた。

 私もそうだった。

 

 かすまない景色、苦しくない呼吸。

 

 数十年ほど前まで、ありふれていたことが、こんなにも尊いなんて。

 

 口の周りに土色の食べかすを付けてはしゃぐ子どもの口を拭いてやりながら。

 私は、この状況を作り出した未知の巨球を見上げた。

 

 『あれ』の正体と目的は、わからない。

 なぜ私たちに、この楽園のような環境を与えるのか。

  

 ──その対価はなんだ?

 ──今の《フムス》では、どれだけの富を積み上げようとも手に入らないこの景色に対する対価として、私たちはなにを要求される?

 

 私の胸につかの間、得体のしれない怖気が去来する。

 

 ……だが、ただひとつ。

 確実に言えることがあるのならば。

 

 私はこの楽園を守るためなら、自らの命を、矜持を、身体を。

 なにひとつ躊躇なく、投げうつことができるだろう。

 

 

 

 

 

 【現時点で保護した住民数38人】

 【住民幸福度:10%】

 【レベルIII相当の戦闘能力を持った住民が一人います】

 【住民たちは、管理者様に対して恐怖と混乱、一部感謝の感情を抱いています】

 

 【管理業務を続けてください】




 『アダリン社』惑星文明評価ガイドライン。

 レベル--:《知的生命体の存在が確認されていない惑星。》

 レベルI:《知的生命体と小規模な社会は存在するが、石器以上の道具を持たない程度の惑星。》

 レベルII:《小規模な国家と農耕文化、金属製の道具が存在し、初歩的な科学や魔術を意図的に扱い始める程度の惑星。》

 レベルIII:《『異分子』発見以前のフムス程度の文明。中規模な国家と建築学の発達、科学や魔術がより発達し、戦争などに活用され始める程度の惑星。》

 レベルIV:《世界の輪郭が知られ始める程度の文明。科学や魔術はより発達し、知的生命体はかつて神であった自然すら掌握せんと野心を抱き始める程度の惑星》

 レベルV:《2000年代前後の地球程度の文明。母星内の大半の地帯が踏破され、宇宙の海へ踏み出さんとする程度の惑星。》

 レベルVI:《開示不可》

 レベルVII:《開示不可》

 レベルVIII:《"大破局(ジ・オスタハーゲン)"発生時点の地球程度の惑星》

 レベルIX:《開示不可》

 レベルX:《観測不可》

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