ディストピア惑星管理シミュレーション【Humus《フムス》】   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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番外編『ジョグスィン:アフターケア』-彩暦28年-

 

 

 

 その日のジョグスィンは、どしゃぶりの雨だった。

 

 都市丸ごと包み込むような水音のなか。

 ()()()()()()()()が、建物の窓をしたたり落ちていく。

 

 この都市で、雨の日に外出をするものは非常に少ない。

 防塵壁により、汚染された砂嵐こそ住民に届かないが、雨となれば別だ。

 

 汚染され、真っ黒に濁った雨粒は、目に入れば視力を損なう。

 肌を激しく痛ませ、間違って飲み込もうものなら、激しい頭痛と、消化器への深刻なダメージをもたらす。

 

 そのような災難が降り注いでいるため、普段であれば人でごった返しているジョグスィンの大通りはがらん、としており。

 帰る家を持つものはもとより、路地裏に寝泊まりするような人々ですら、思い思いの住処にひきこもっている有り様だった。

 

「……」

 

 ──大雨のさなかを、ひとりの女が。

 いまにも倒れこみそうなほど、重たい足取りで歩いていた。

 

 上下、黒にそろえられたフォーマルな装いは、水を吸ってより黒く。そして重たくなっている。

 

 彼女は首をもたげ、空を仰いだ。

 首筋で切りそろえられた濡れ鴉色の髪が、べっちょりと顔に張り付いているのも、かまわずに。

 

 視界に絡みつく濡れそぼった前髪の隙間から、女は──リェンは。

 魂の抜けきったような眼差しで、黒い災いを降り注がせつづける、空を見た。

 

 

 オルドビス・エネルギー社の襲撃から、三日が経っていた。

 

 あれ以来、黒い雨は、ずっとふり続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 リェンは、葬式の帰りだった。

 

 彼女の上司であった雄獅子、『布武王』と、そして……

 同じ父に育てられ、実の妹同然だった、『濫觴(らんしょう)王』、ふたりの葬式だ。

 

 

 我が身を引き裂かれようと守り抜く。そう誓っていた。

 

 彼女を守るため《(ジーヅァ)》を抜き放つたび、自分がすり減って、その部分が、亡き父に置き換わっていった。

 でも、それで構わないとリェンは思っていた。

 

 父は、孤児として生きていた彼女を、気まぐれにスラムから拾い上げて……

 身に余る衣食住と、無償の愛情を与えてくれた。

 

 妹は、自分以外の誰かを深く愛することを教えてくれた。

 父に言われて、赤ん坊だった彼女を抱き上げた、その瞬間。

 私はこの子の歩く人生の道を、明るく容易なものにするために生き続けるのだと、心のもっとも深い場所で誓った。

 

 その二人はもう、いない。

 

 それだけではない。

 自分を拾うと決めた父の横で『気まぐれに希望を与えるのはあなたの悪い癖ですぞ』と諫言していたが……

 実際には、リェンが少女の頃から父以上になにかと世話を焼いてくれた『布武王』も死んだ。

 

 ……そして。

 ことの成り行きから、奇妙な同居生活を送ることになった、アダリン社の管理者──

 ……あの口うるさい鉄の蜘蛛も、そうだ。

 オルドビス・エネルギー社に破壊され、リェンの部屋からは消えた。

 

 

 もう、なにもない。

 彼女の世界から、彼女にとって価値あったものは、すべてこぼれ落ちた。

 

 

 光のない、真っ黒な瞳で、リェンはどしゃ降りの帰路を歩き続ける。

 

 『布武王』亡き今、リェンは彼の玉座の後継者だ。

 

 布武王が生前に、彼女を後継に指名する遺書を残していたのだ。

 

 ジョグスィン内の担当地区の治安維持に、『異分子(ペレグリウム)』貿易の管理。

 加えて、他国との小競り合い……

 やることはあまりに山積みだが、リェンにもはや、生きる気力はない。

 

 

 雨音がうるさかった。

 顔をしたたり落ちる水滴のせいでずっと気が付かなかったが、リェンはどうやら自分がずっと、しゃくり上げながら泣いていたらしい事に気がついた。

 建物のガラスに反射した自分は、あまりに醜い顔をしていた。

 

「はっ、は、は、ははぁ……」

 

 すべてを投げ出して、すぐにでも死のう。

 

 部屋に帰ったら、あの子と同じように、ガラス片で首をかき切って死のう。それか、首を吊って(くび)をへし折って死のう。ガソリンをひっ被って火達磨になって死のう。ビルの屋上から跳んで肉塊になって死のう。電車にひき潰されて何メートルも引きずられて死のう。荒野へくり出して汚染獣に生きたまま噛み砕かれて死のう。《(ジーヅァ)》で腹をかっさばいて、父さまへの愛も憎もすべてを臓物と一緒に吐き散らしながら、死のう。死のう。死のう。死のう。できるだけ、苦しい方法で、死のう…………

 

 

 グロテスクな想像をぐるぐると頭の中で繰り返しながら、リェンは、ようやく、自室へとたどり着き。

 鍵もかかっていないそのドアを開け、倒れ込むようにして、もう誰もいない部屋に帰宅した。

 

 

 

【おかえりなさい。リェン。

 ……どうしたんですか? まるで、惑星ピトゥイタの粘液スライムの泉で、着衣水泳でもしてきたかのようなびしょ濡れ具合ですが】

 

 

「……は?」

 

 

 光のなかったリェンの視線の先に。

 ゴミ袋を片手に、彼女の散らかった部屋を掃除している、巨大な騎士鎧──アダリン社自走式惑星探査ユニット"ワンダラー・ナイト"──……が。

 当たり前のように、首をかしげて立っていた。

 

「か……管理者? お前、なんで……」

 

【なぜ、とは……ああ、なるほど】

 

 混乱しきった顔のリェンに、その騎士は、こともなげに答える。

 

【以前の機体──クリープ・スパイダーは大破しましたが……

 あなたたちとの『契約』は、未だ有効ということです】

 

「け、契約……?」

 

【ええ。"ジョグスィン内部の状況を把握しやすくするために、リェン・ルゥオの自宅に弊社の機体を配置する"──という、契約です。

 オルドビス・エネルギー社こそ、撃退には成功しましたが……

 この都市に、異分子(ペレグリウム)を撒き散らすあの結晶の花弁がある以上は、常に監視する必要がありますので……】

 

 淀みなく、自身がここにいる理由を説明する騎士とは裏腹に。

 

 リェンは、肩を震わせて、喉をしゃくり上げながら。

 強く、強く、騎士の手を、両手で握りしめた。

 

【……どうされました?

 下位モデルのクリープ・スパイダーとは違い、この"ワンダラー・ナイト"は、あなたの筋力だろうと……】

 

「……よ、よかった、よかったっ……

 お前まで、いなくなったら、わたしは、もう、どうやってっ……」

 

【……】

 

 鼻をすすり、童女のように泣き腫らすリェンに対して。

 その騎士は『やれやれ……』とつぶやきながら、ため息混じりにこたえる。

 

【だから……前にも言いましたが、いずれいなくなります。

 ぼくは、仕事なので。】

 

「だから、そんなこと言うなよぉぉぉ……」

 

【とりあえず、入浴でもしてきたらどうですか。

 湯船に沸かしてありますので。】

 

「……う"う"う"。」

 

【入らないのですか?】

 

 威嚇するようにうなっていたリェンに、騎士はそう訊いた。

 

「は、入る……さむい……」

 

 

 騎士にバスタオルを投げ渡され、リェンは袖で涙を拭いながら、バスルームへと歩いていった。

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

「……なんだ、この匂いは……」

 

 

 入浴を済ませ、部屋着に着替えたリェンが、バスルームから出ると。

 なにやら香ばしい匂いと、陶器のこすれ合うような、カチャカチャという音が聞こえた。

 

 それを怪訝に思いながらも、彼女は、リビングに出て……

 思わず、吹き出した。

 

「……管理者。お前、なにしてるんだ?」

 

 ──騎士鎧が、キッチンに立って、油の跳ねる音をさせながらフライパンを振るっていた。

 もう片手では、凄まじい速度で野菜を切っている。

 ……よく見ると、指先の部分が包丁の形に変形していた。

 

【調理、をしています。

 ワンダラー・ナイトの精密動作性からすれば、わけのない仕事です。

 クリープ・スパイダーとは違うのですよ。

 クリープ・スパイダーとは。】

 

 どこか誇らしげにそういいながら、くるりと振り向いた騎士は。

 なぜか、エプロン姿だった。

 

「……それ、エプロン、いるのか?」

 

【一応は精密機械ですので。

 油汚れと水跳ねは、予防するに越したことはないでしょう】

 

「ふぅん……私は、料理するときにエプロンなんてしないけどな……? 神経質すぎるんじゃないか?」

 

【そんなことだから、部長にガサツとか言われるんですよ】

 

「部長……? 誰だ、そいつは」

 

【こっちのはなしです。

 ……さて、出来ましたよ】

 

 騎士鎧が、キッチンからリビングの机に、大皿に盛られた料理を持ってくる。

 

「うおおお……」

 

 ぱりっと焼き上げられた肉。

 色とりどりに盛り付けられた野菜。

 湯気をあげる汁物。

 

 それらが、食欲をかき立てる匂いをさせながら。

 ソファに腰掛けたリェンの前に、盛り付けられていた。

 

「……うっ」

 

 思い出したかのように、腹がつぶれそうなほどの空腹感が押し寄せてくる。

 ここ数日、自分がなにも食べていなかったことを思い出したのだ。

 

【さあ、冷めない内に。

 ささやかですが……オルドビス社への、『祝勝祝い』というやつです。】 

 

 

 シェフのように料理の脇に直立した騎士が、ワインをグラスに注ぎながら、リェンにそう言ってきた。

 

「……お、お前。さっきから。

 風呂を入れたり、こんな料理を私に作ったりして……」

 

 

 リェンは、座ったまま怪訝そうな顔になって、騎士を下から突き上げるように睨む。

 

「お前、もしかして、私と結婚したいのか……?」

 

【いえ。趣味ではないので。】

 

「どういう意味だコラ……」

 

【そのままの意味ですが……さあ、召し上がってください】

 

(優しくしたり、突き放したり……私をどうしたいんだよ、こいつは……)

 

 もんもんとした気持ちになりながらも、リェンはその料理に口をつけて。

 そのあまりの美味さに、騎士に対し鼻持ちならない気持ちで箸を早めるのだった。

 

  

 

 

【食事をしながら、聞いていただいて構わないのですが。】

 

 管理者が、そう切り出してきた。

 

 

【このジョグスィンは現在、内乱状態にあり。

 あのライオン……『布武王』と、オルドビス社に操られていた『帝選王』とやらがそこから脱落した今。

 残り四勢力が、権力闘争を行っているという認識なのですが、それは問題ありませんか?】

 

「むぐっ……ああ。それで間違いない……いや、待て。

 局長の……『布武王』の地位と、彼が率いていた『ジョグスィン保安監督局』全軍は、私が受け継ぐことになった。

 だから、私たちを含めて、五つの勢力が……

 異分子資源を生み出す、八枚の『花弁』の所有権を巡って争っている。」

 

 リェンは、喉元に詰まった料理を無理やり飲み込みながら、管理者に対してそう返した。

 

 ジョグスィンの内乱。

 建国帝が死後に姿を転じさせた、八枚の花弁を持つ結晶の花の、所有権を巡って……

 この国の建国に大きく貢献した有力者たちが、互いに争っている……

 

【……なるほど。であれば、この調子で。

 あなたの勢力に、ジョグスィンの権力闘争を勝利していただきたいですね。

 あの"花弁"の処遇は、その後に考えましょう。

 我々アダリン社も、可能な限りサポートをします】

 

「……他の勢力に、オルドビス・エネルギーのような企業がついていなかったら、それでいけるかもしれないがな。

 私たちも、先の戦いでかなりダメージを受けてる。

 厳しい戦いになるかもしれないぞ。」

 

 リェンは、「まあ、私には父さま……《(ジーヅァ)》があるから、ある程度は有利だろうが──」と言いかけて。

 自分を覗き込む騎士の顔に視線を釘付けにし、黙り込んだ。

 

 ──《(ジーヅァ)》を使い続けて、私が父さまに塗りつぶされたら……

 ──こいつとももう、話せなくなるのか。

 

 そう考えると、リェンは、胸が軽く締めつけられるような感覚になった。

 

「…………」

 

 憂鬱な顔をして、静かになったリェンを見て、管理者は。

 話題でも変えようとしたのか、平坦な声でこう言った。

 

 

【そういえば、リェン。

 あなたは、はじめて出会ったころから、身長が4センチも伸びていますね?

 162センチから、166センチへと。

 その歳でまだ成長期とは、羨ましいことです。】

 

 リェンは、じろりと騎士を睨みながら、こう返した。

 

「……それも《(ジーヅァ)》の副作用だ。

 鞘から抜くたびに、身長が伸びるんだよ。

 父さまは……建国帝は、背がとても高かったから……」

 

 

【おや……それも、上司に提出するレポートに、書いておきましょう】

 

「はあっ……好きにしてくれ……」

 

 

 

 

 

───────────────────

【現地国家ジョグスィン】国力総合評価:B-

 人口:C

 軍事力:D (内乱中につき下降修正)

 技術力:C

 経済規模:A~

 自給率:F

 

 【砂漠地帯の中心に存在する、重度の単独資源依存(モノカルチャー)経済国家です】 

 【周囲には農村はおろか灌漑(かんがい)の痕跡すらなく、あらゆる生活資源を輸入に頼っているようです】

 【このいびつな都市国家の巨体を支えているのは。都市の中央にそびえる巨大な結晶質──『緋色の花弁』。】

 【地球人……『異彩』であったジョグスィン建国帝の死体から芽吹いたとされるソレは、常に大量の『異分子(ペレグリウム)』をまき散らしており……】

 【ジョグスィンは究極のエネルギー資源である『異分子(ペレグリウム)』の安定産出地というアドバンテージによって、他国に対し、圧倒的に優位な条件での貿易を行っているようです。】

 【複数の有力者たちが『花弁』の所有権を主張しており、実質的な内乱状態にありながらも、表面上は極めて豊かですので、居住権さえ獲得できるのならば、《フムス》においては最良の移住先のひとつと言えるかもしれませんね】 ─上級惑星管理者06─

───────────────────




※一章の補完用の番外編はこれで最後。
 ※本編の新章の1話がもうほぼ出来てるので、近々再開します。
 大変おまたせしました。

 
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