ディストピア惑星管理シミュレーション【Humus《フムス》】   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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2章スタート


Season2 《旧魔王領会戦》
『カンファレンス』-彩暦28年-


 

 

 

アダリン社拡現ネットワークへのアクセスを実行中・・・

 

 

・・・成功。

 

 

 

 ぼくは目をひらくと、果てしなくつづく、黒と白の四角形のみで構成された地面──

 まるで、巨大なチェス盤のような空間に、それこそ駒の一つであるかのように立っていた。

 

 十ほどの椅子が、ぼくを取り囲んでいるが、今のところだれも座っていない。

 まあ、それは当たり前なのだけど。

 なにせぼくは、上からこの()()()()()()に参加するようにと仰せつかった時刻の10分まえに、ここに参加したのだから。

 弊社の上層部のスケジュールは24時間を秒できざんだ精密な機構であり、指定された時刻前に到着することは、まずない。

 それなのに、ついつい早めにログインしてしまったのは、間違っても上層部の方を待たせてはならないという、あわれなサラリーマン根性に他ならない。

 

 ……まあ、"サラリーマン"なんて言葉、もうとっくに廃れてしまって、だれにも通じないんだけども。

 よく話す部長の語彙が旧世紀じみてるせいで、ぼくの言葉づかいも、それに引っ張られている部分がある。

 

『──はやいな、"管理者"。まだ十分前だぞ』

 

「あ、部長。お疲れ様です」

 

『ああ、お疲れ様。《フムス》管理業務、順調なようで何よりだ。』 

 

 噂をすればだ。

 ぼくを取り囲んでいた椅子のひとつに、全身が機械化された鋼鉄の巨漢──部長があらわれた。

 姿勢を正して挨拶をする。

 

『……相も変わらず、悪趣味な部屋だな。』

 

 部長は、足元一面にひろがるチェス盤を見ると、眼窩に宿る赤い光を細めて、そうつぶやいた。

 

「そうですか?」

 

『ずっと前にCEOが定めたらしいが、弊社の役員たちの使う拡現会議室は、すべてこのデザインだ。

 なんか、こう、まるで悪の組織みたいだろう。

 個人的には気が滅入るから、そうだな……のどかな牧場とかにした方がいいと思うんだが、どうだ?』

 

「ぼくは、映画館がいいですね。本物には行ったことがないので」

 

『ありだと思うが……本物の映画館では、話してはならないからな。

 もし行くことがあれば、気を付けておけ』

 

「覚えておきます」

 

 部長とそんな軽口をたたきながらも、ぼくはこのチェス盤のようなデザインの会議室を実のところ、そこそこ気に入っていた。

 このデザインには、とある"戒め"があるのではないかと考えているからだ。

 

 

 ……惑星管理者というこの仕事をしていると、しばしば……

 自分がまるで、チェスの打ち手にでもなったかのような感覚におちいることがあるのだ。

 

 現地住民の人々は"駒"であり。

 自分は、それらの運命を指先一つで操ることのできる、打ち手であるかのように思える時がある。

 

 しかし、それは錯覚であり、傲慢な思い上がりだ。

 実際には、ぼくも現地住民も、おなじ生命であり人間だ。

 

 神の如き力によって、現地惑星に介入するぼくたちアダリン社もまた……

 あくまで、"盤上の存在"にすぎないということ。

 

 それがおそらく、この会議室がもたらす教訓であり。

 これを作ったという、弊社CEOからの戒めなのだろう。

 ……考えすぎと、思うだろうか?

 ともあれ、ぼくは自身の管理業務の経験から、そう読み取った。

 

 

 

 

 

【──どうやら、お待たせしてしまったようですわね。

 第78惑星開発部部長。そして──《フムス》の管理者。】

 

『C.T.O. ──お久しぶりでございます。』

 

 

 と──その時。

 部長と対面する位置の椅子に、今回ぼくたち二人を呼び出した人物があらわれる。

 

 純白の、異形の全身義体だ。

 それぞれに指が十本付いた腕が、全部で二十四本ある、華奢だが巨大な義体を持つその人物を、ぼくは無論知っている。

 

 弊社のC.T.O.……つまるところ、最高技術責任者(Chief Technology Officer)だ。

 

 椅子から立ち上がり礼をした部長に続き、ぼくもまた胸に手を当てて。礼儀正しく口をゆがめて微笑みながら、()()に頭を垂れた。

 

「非常にお忙しい中、お会いできて光栄です。ミセス。」

 

【我々アダリン社は、惑星《フムス》の価値を見誤っていました。

 これは、あなたの記した管理業務レポートに目をとおした上層部の、一致した見解ですわ。《フムス》の管理者。】

 

 C.T.O.は、平坦な調子の声でそう言う間にも、その大量の指と腕を絶え間なく駆使して、なにやら別の仕事にも取り組んでいるようだった。

 想像を絶する多忙さだ。 

 内心、頭が下がりつつも、ぼくは彼女の言葉に返答する。

 

「ええ、ミセス。《フムス》の問題──渦中の新物質『異分子(ペレグリウム)』は、エネルギー資源としての凄まじいポテンシャルと、不確定要素を秘めています。」

 

【『異分子(ペレグリウム)』は、たしかに厄介な物質ですの。

 環境破壊に、星外勢力の呼び込み……

 加えて、《フムス》現地民は地球から魔術論的ワープによって地球人を呼び出しているため、倫理規定(コレクトネス)の解釈次第では、《制府》から死神がやってきてもおかしくないですわね】

 

 ぼくは彼女の危惧に対して首肯し、言葉をつづけようとする。

 

「厳しい状況は変わりありませんが、管理業務そのものは、ごく順調に……」

 

【──しかし、わたし個人が《フムス》においてもっとも注目しているのは、『異分子(ペレグリウム)』ではありませんの。

 むしろ、あの新物質をはるかに凌ぐ可能性を秘めた存在が、この惑星にはいますわ】

 

 ぼくは、しばし耳を疑った。

 ……『異分子(ペレグリウム)』をはるかに凌ぐ可能性を秘めた存在。

 C.T.O.は今、そう言った。

 

思徒(タルパズ)。】

 

 怪訝な顔をしていたぼくに、答え合わせするように。

 彼女は、その存在の名前を口にした。

 

【ヒトの感情より生まれ、それぞれの司る感情を、ヒトに対して増幅させる天使たち……でしたか。】

 

 彼女は、ぼくがレポートにまとめた思徒(タルパズ)についての記述から、そう引用して、

 

【彼女たちは。弊社の惑星管理事業に、革新をもたらす可能性を秘めています。

 "善意"、"慈悲"、"寛容"、"愛情"。そうした種の思徒(タルパズ)を見つけ、弊社の技術でしかるべきチューニングを加えることができれば……

 わたしたちが百年以上にわたり熱望してきた、惑星現地住民社会の完全なる調和(ハーモニー)を実現可能なシステムを、構築できるかもしれない。

 そうなれば──それはジェネシス・シリーズ。アダリン社の新たなマスター・ピースたりえますわ。

 あなたの、A.V.E.L. のようにね。】

 

「……つまり、肯定的な感情を司る思徒(タルパズ)を、積極的に捜索せよ、と?」

 

【そのとおり……そして、思徒(タルパズ)()()()()()とのことですので。

 通信目的での微粒子へのワープ技術使用が許可される、倫理規定(コレクトネス)の特例条項が適用される可能性があります。

 そちらについての可否も、こちら側で慎重に検討を重ねていますので。】

 

 たしかに、思徒による住民社会への影響は目覚ましい。

 力の弱い思徒である向上心の思徒すら、住民たちの精神衛生を無視できないレベルで改善した。

 

 しかし……  

 外部からもたらされた感情によって、意識を完全に支配され、人間社会の完全なる調和とやらが実現したとして……

 果たしてそれは、人間だと言えるのだろうか?

 

 喉元まで出かけたその言葉を呑み込み、ぼくは目の前の白い機械に対して。 

 ご命令承知しました、というように微笑んで見せた。

 

【よろしい。

 ──アダリン社、上級惑星管理者《06(ヌル・ゼクス)》。】

 

 C.T.O.は、仰々しく、僕の正式な役職名を口にした。

  

「……はい」

 

制府(レスメント)が定めし、《正統なる人類》よ。

 あなたのその美しい肉体を、どうか、お大事になさってくださいな。

 残り、4年9ヶ月ていどの月日で、かねてより《フムス》に向かっている弊社の精鋭部隊が到着する見込みです。

 それまでの間、管理業務を続け、惑星フムスに勢力圏を確立するのです……】

 

「お心づかい、大変痛み入ります。ミセス。」

 

 ぼくが再度頭を下げるのも待たずに、彼女はこの仮想現実空間からログアウトして消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……あの御婦人と話していると、肩が凝る。

 そう思わないか。管理者。』

 

 あの会議室からログアウトしたあと。

 いつもの『船』に戻った景色に投影された、ホログラムの部長が。

 疲弊しきった声色で、そう言ってきた。

 

「全身義体でも、肩こりが起こるんですか。大変ですね?

 オイルでも差しておけばいいんじゃないですか」

 

『……あのな。気疲れしたという意味であって、本当に肩がこっているわけではないのだが……』

 

「わかっています。」

 

『……上と話していても、部下と話していても、疲れるよまったく……』

 

「中間管理職の悲哀ですね」

 

『わかっているのなら、もっと優しくしてくれないか?』

 

 突き放すようなぼくの言葉に、部長は。

 深い溜息を吐きながら、がくっとうなだれていた。

 

 弊社のC.T.O.と話していると気疲れするのは同意するけども。

 

 その点でいえば、部長がアダリン社の人間としては親しみやすすぎる、というのもあるとは思う。

 

 一応彼も、あの年代物のごてごてした全身義体から分かる通り、軽く数百年は生きているはずなのだけれども。

 

 そんなことを考えるぼくの視線を受け止めながら。

 部長は目を細めて、どこか遠くを見るような感じで言う。

 

『入社したてのころのお前は……

 もの静かで、従順で、可愛げがあったというのに。

 今よりもっと、こう……綾波レイみたいな感じで……』

 

「誰です、それは」

 

『……こっちのはなしだ。はあ~……』

 

 本日何度目かもわからない、深い溜息を彼は吐いた。

 

 部長のことだから、また大昔のマニアックな、"マンガ"やら"アニメ"やらを、例えに持ち出しているのだろう。

 

 そういう部長は、ぼくが入社したころからずっと、ダース・ベイダーみたいな見た目をしているんだけども……

 せめてもの情けとして、これは言わないであげるとしようか。

 

 

 

 

 

 

 ……さて。

 部長とのお喋りはこの辺にしておいて、そろそろ本来の仕事に──惑星フムスの管理業務に映るとしよう。

 

 ぼくは、現在のフムスにおける、アダリン社の管理状況をモニタしている画面に目をやった。

 

 

 

─────────────────────

コミュニティ運営期間:30日目

住民数:78人 ※クラスIII(スリー)戦闘要員6名

コミュニティ最大対応可能脅威クラス:(ファイブ)

思徒(タルパズ)1種 ※向上心

大気清浄化ユニット:4基

住民幸福度:60%

 

 

 

※コミュニティ資材状況

 

 土:70000

 木材:8000

 石材:6000

 鉄鉱石:1200

 希少金属(レアメタル):150

 アダリン社現地住民武装化用ライフル:50挺

 アダリン社汎用構造体:75

 

※【新たなアダリン社大気清浄化ユニットを作成可能な量の資源が集積しています。管理コミュニティの面積を拡大しましょう。】 

 

 

 

※探査ユニット稼働状況

 

 クリープ・スパイダー: 稼働中12機 大破1機 被鹵獲(ろかく)1機

 ワンダラー・ナイト: 稼働中1機

 

──────────────────────

 

 

 

 ※【・・・クリープ・スパイダー12号機が、現地国家『アシェ=アイネス』によって鹵獲・解析されています】

 

 ※【クリープ・スパイダー10号機が、現地組織『旧魔王軍・第9師団』と接触しています】

 

※【不明な思徒が、弊社管理コミュニティに接近しています。】

 

 

 

 

 上層部のご意向は、ひとまず置いておくとして。

 現場は現場で、やることが山積みと言うほかない。

 

 まず、現地国家……『アシェ=アイネス』による、クリープ・スパイダー12号機の鹵獲。

 この国家については、かつて管理コミュニティにいる"先生"から軽くだが話を聞いたことがある。

 

 たしか、千年以上にわたり血統主義による統治が行われている、吸血種(サンヴィー)による封建国家とのことだったが……

 この惨憺たる状態の《フムス》で尚、国家の体制を保つことが出来ているようだ。

 

 クリープ・スパイダーは、あちらに何かしらの処理をされているようで、ぼくの操作を受けつけなくなっている。

 おそらくは、パーツ単位にまで解体されたのだろう。

 

 そして、現地組織『旧魔王軍・第9師団』という組織とクリープ・スパイダー10号機が接触しているようだ。

 

 魔王。

 かつて惑星フムスで暴虐の限りを尽くし。

 現地住民が喚び出した、地球人──《青い異光》に討ち滅ぼされた存在。

 

 その魔王が率いていた勢力の残党が、さまよえる軍隊として、未だ《フムス》に残っていたようだ。

 

 こちらについては、友好的な関係の構築を目指し、可能であれば管理コミュニティへ誘導するとしよう。

 アダリン社の基本的な方針だ。

 

 

 そして……差し迫った問題としては最後の、正体不明の思徒の接近だ。 

 

 ぼくは、望遠カメラの映像で、こちらに接近しているソレの姿を見た。

 頭に光輪を浮かせた、緑髪の少女が。

 木の枝を杖にしながら、今にも死にそうな顔で有害な砂嵐の中を歩いてきている。

 

 ……彼女は、色欲の思徒がこちらに送ると言っていた、向上心とはべつの思徒だろうか。

 

 ぼくは、彼女の管理コミュニティへの到着を待ちつつ。

 現地国家や組織への対応策を練ることにした。

 

 

 

 管理業務を、続けるとしようか。

 

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