ディストピア惑星管理シミュレーション【Humus《フムス》】   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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『自己憐憫の功罪』-彩暦28年-

 ──自己憐憫。

 自分自身を憐れみ、慈しむ。という感情。

 

 時としてそれは、的外れな被害者意識であり……

 また時として、自身をいたわるために必要な、心の防衛作用でもあるだろう。

 

 人間の感情というものは、その多くが好悪(こうあく)表裏一体だ。

 色欲も、向上心も、自己憐憫も。

 どれもが進化によって脳が獲得した形質である以上、自然での生存や社会生活にとって、ひとしく有意義にはたらくものではある。

 

 問題は()()

 善意しか持たない存在も、悪意しか持たない存在も、やはり怪物だ。

 呼び名こそ『神』か『悪魔』かで変わるのかもしれないけど、本質的には変わらない。

 そのはざまでの揺らぎこそ、人の心の(いとな)みだ。

 

 ぼくは、画面の向こう。『自己憐憫の思徒』を取り囲んで物珍しそうに見ている住民たち……と。

 いまにも飛びかからんばかりに肩をいからせている、『向上心の思徒』を見た。

 

 ほとんどの住民たちは『色欲の思徒』がここに来た際のような、目に見える影響は受けていないようだ。

 

 ……色欲の思徒が、向上心の思徒の口を借りて言ってきた言葉を、思い出す。

 『思徒(タルパズ)の本体は魔力粒子の振動による”波”であり、他の思徒の”波”とぶつかり相殺されることによって、思徒それぞれが及ぼす他者への影響が弱まる可能性がある』。彼女はそう言っていた。

 

 ならば、今こうして住民たちが完全に平静を保てているのも、もしかすると……

 『向上心』と『自己憐憫』の波形が、たがいに打ち消しあっている結果なのかもしれない。

 

 もとより、思徒(タルパズ)が弊社の上層部の関心事である以上。

 基本方針として、コミュニティ運営にさしつかえない思徒ならば、受け入れるつもりではあったけれど。

 相互作用によって、彼女たちのもたらす『向上心』と『自己憐憫』が、より節度あるものになるのならば、ぼく個人としても受け入れを渋る理由はない。

 

 ぼくは、所在なさげに体重をかける足を変えながら、自分の指先をいじっている自己憐憫の思徒へと語り掛ける。

 

 

 

【自己憐憫の思徒。】

【あなたの当コミュニティへの滞在は、許可されますが……】

【これからここで生活していくにあたって、なにか希望などはありますか?】

 

『あ、は、はい!』

『……あの、そのお、ワタシぃ……』

『こう……あんまし、おっきな声じゃ、言いにくいんすけどお……へへ……』

『こ、ここって、わりと集団生活っていうか、みんなで協力して仕事しながら、頑張っていくみたいな場所ですよねえ……』

 

 もじもじしながらそう聞いてきた彼女に、答える。

 

【ここに身を置く方々には、日に一定の資材収集をおねがいしています】

 

『っすよねえ……』

『あのお、色欲さまから、管理者氏は優しいってきいてて……』 

『あの人、いっつも笑ってるみたいな顔してるのに、目だけ死ぬほど怒ってて超怖いんだけど、管理者氏の話するときはほんとにうれしそうで……』

『だからあ、怒んないで、聞いてほしいんすけどお……』

 

【………………】

 

 やけに回りくどい言い方をしていた自己憐憫の思徒だったが、やがて顔を上げると。

 決意と覚悟に満ちた凛々しい顔で、こう叫んだ。

 

『わ、ワタシ、働きたくないです!』

『ぜったい! ぜったい!!!』

『あと、集団生活とかもぜったいムリなんでえ、個室もっ……羽毛のお布団も………』

『あ、あと、食後には──』

 

『なにを言うかキサマ!!!』

 

 早口で要求を並び立てていた自己憐憫の思徒だったが。

 後ろから走ってきた向上心の思徒にとびつかれ、地面に引き倒されてしまった。 

 

『わああ!!』

 

『このっ……甘ったれるんじゃない!!!

 そんな要求を通してたまるか!!!』

 

『い、言うだけタダだよ、向上心ちゃん!!

 ワタシだってぜんぶ通るとは思ってなくて!

 たくさん言っといて、ひとつふたつ通ったらオイシイなってだけで!!!』

 

『その心根が気に食わないと言っている!!!

 ちょうどいい機会だっ。ここで、叩き直してやる!!!』

 

『………い、言わせておけばっ……!

 や、やってやる。思徒としての格は、ワタシのほうが上なんだ……!

 ファイッ………………!!!』

 

 ふたりの思徒は、取っ組み合って地面をごろごろ転がりながら、激しく言い争いをはじめてしまった。

 

【………………】

  

 住民たちも、ぼくも。 

 金髪の幼い天使と緑髪の天使の喧嘩を、眺めているしかなかった。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

住民数:78人→79人 ※クラスIII(スリー)戦闘要員4名

思徒(タルパズ)1種→2種 ※向上心 ※自己憐憫

────────────────────────────── 

 

 

 

 

 

『うう……ぐううう……重たいい……』

 

『キサマは、更生するまでは、わたしと同じ屋根の下で徹底的に指導してやるからな!!

 ほら、腰を入れて運べ!!!

 ほかの人の半分の重さもないぞ!!!』

 

『ひ、ひどい……あんまりだよおお……』

 

 『ぷっぷー!』と、勝鬨(かちどき)のようにラッパを吹きならす音が聞こえてきた。

 

 どうやら、思徒同士の喧嘩は、向上心の思徒が一方的に勝利したようだった。

 

 いまは、顔を腫らした自己憐憫の思徒が、傷一つない向上心の思徒に見張られながら、資材を積んだ荷車を引いているのが見える。

 

 ……期せずして、思徒としての格の差が、戦闘能力の差に直結しないということが分かった。

 ある意味で、有意義な検証につながったと言えなくもないだろう。

 

 

 

 

 さて。

 自己憐憫の思徒の受け入れは済んだことだし。

 これでぼくも……次の仕事に移ることができる。

 

 ……現地組織『旧魔王軍・第9師団』と接触している、クリープスパイダー10号機の件だ。

 

 ぼくは、スパイダー10号機のカメラ・アイが映す先の光景を、モニタ越しに見た。

 荒涼とした、死の荒野の中で……

 細かい傷がいたる場所に刻まれた、『歴戦』を一目で察することができる装備の一団と、鋼鉄の蜘蛛が対峙している。

 

 一目でわかる。極めて練度の高い『正規軍』だ。

 もっとも今は、帰属する国家を失っているようだが。

 

 彼ら──『旧魔王軍・第9師団』はどうやら、野営の最中にクリープスパイダー10号機と遭遇したらしく……

 背後のキャンプを守るように陣形を組みながら、剣呑な空気を放っている。

 

 ぼくは彼らと対話をすべく、クリープ・スパイダーの操作をマニュアルに切り替え、マイクをつなげた。

 

【……はじめまして。】

 

 クリープ・スパイダーが発声すると同時、頭に角が生えた彼らの警戒が、一気に高まるのが伝わってきた。

 それを確認しながら、ぼくはお決まりの文句を続ける。

 

【ぼくは、アダリン社の、惑星管理者。】

 

【あなたがたの、敵ではありません】

 

【対話を、望みます──】

 






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