ディストピア惑星管理シミュレーション【Humus《フムス》】 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
【『自己憐憫の思徒』をつつがなくコミュニティへと受け入れたあなたは……】
【惑星《フムス》の探査を続けていた"クリープ・スパイダー10号機"が接触した、とある勢力との対話を試みています。】
【──旧魔王軍・第9師団。】
【かつて《フムス》を席巻した勢力の敗残兵。さまよえる軍隊。】
【彼らを引き入れることができれば、間違いなく、この惑星におけるアダリン社の勢力圏確立という目的に、一歩前進することでしょう。】
【管理業務を、続けてください。】
《フムス》という惑星は、現在ある種の戦国時代にあるといっていい。
数百年続いた《魔王》の時代は終わりを告げ……
その代わりに、単体戦力としては魔王すら上回りかねない存在たちが、台頭している。
『異彩』。
『
それは今の《フムス》において、単独で戦局を揺るがす決戦兵器であると同時に。
究極のエネルギー資源の、源泉でもある。
──”平均的な異彩5人ぶんの生活排水で、一都市の電力消費が
《フムス》のとある学者が『異彩』の危険性を説明するためにはじき出したデータは、皮肉にも……
各国の為政者たちが、多大なリスクを冒してでも『異彩』を地球から呼び出すための、方便となってしまった。
国家の抱える異彩が増えるほどに、環境破壊は加速し。
社会はより、
新たに『異彩』を呼び出すのに必要な資源を手に入れるため、各国は戦争をさらに加速させる。
最悪の悪循環である。
……かくして、魔王なき《フムス》はふたたび混沌とした時代へと叩き落された。
数百の国家、数億の無辜の人々が、『
戦火は星のいたる場所で、
すべてを灰と骨に
しかし、その戦乱の火は──
死の
簡易テントが立ち並び、かがり火の煙がいくつも風に吹き流れ。
装備の擦れ合う音と、人々の語らう声が
人数にして、500人弱ほど。
だが、その大半は『軍隊』と呼ぶにふさわしくない者によって構成されている。
そして、時折はげしく咳こみながら、兵士たちの武器や装備を点検している、老人ばかり。
戦闘をこなせそうな者は、全体人数の三割ほどだ。
全員の側頭部に湾曲した、
──
それが、ここで野営する人々に共通する、種族の名だ。
かつて《フムス》においてもっとも恐れられた、捕食者たちの名。
その性質は極めて獰猛。
戦士の
肉体を完全に破壊されるまでけして止まらない、狂戦士たちは……
一個小隊で城を攻め落とすとされる、戦場の悪魔である。
……しかし、ここで野営している人々には。
かつて《フムス》に名をはせた
「──ねえ、おじちゃんたち! 模擬戦でレオに勝ったよ!
あいつ、おれの槍さばきが、ぜんっぜん見えてなくてさ……!」
「一回勝ったぐらいで調子のんなよ! アルノー!
ほら、構えろ! もう一回やるぞ!」
模擬戦用の穂先がつぶれた槍を持った、
楽しそうにはしゃぎながら、
大人の魔族たちは、そんな子供たちの背中を……
「我々は……
不思議とわしは、欲望のままに力を振るったはずのあの頃よりも、今の暮らしの方がずっと幸せだよ。
はは……我ながら、野蛮な魔族にそぐわぬ気持ちだと思うがね……」
輪になって座っていたうちの一人。顔に深いしわと、全身に歴戦の傷跡が刻まれた老魔族が、笑い交じりにそうこぼした。
その言葉に、斜めに座っていた中年の魔族が、首を振りつつ答える。
「いいや。ここにいる連中は、みんなそうだろうさ。
奪うだけの生き方に……
『将軍』は、
……と、言っても。俺たちはまだ、傭兵として戦争に参加することでしか、自分たちを食わせることができないが。
子供たちの世代になれば、きっと……」
この一団には、度を超えて好戦的な──ようするに《フムス》で一般的にイメージされるような
彼らを率いる人物──旧魔王軍・第9師団の将であった人物が、そう方針を定めたのだ。
略奪や殺戮を好み、和を乱す
死の荒野への追放という形で処罰を受けるのが、ここの決まりだった。
かねてより、多種多様なものだ。
曰く──魔族の新たな未来を切り開く麒麟児。
曰く──平和主義を気取り、何も選び取れぬ臆病者。
曰く──《魔王》の弟でありながら、似ても似つかぬ夢想家。
ある者は、稀代の傑物ともてはやし。
ある者は、話にならぬ
浮雲のように掴み所がない
──"あれこそが、最強の
「…………」
野営地の外れに、一人の青年が空を仰いで立ち尽くしていた。
なにかに耳を澄ませるように、目をつむり。
片手の指先は、透明な
風になびく白の長髪は、汚染された灰にさらされて尚、まったくその輝きを損なっていない。
やがて、閉じていた瞼が持ち上がり、その長い睫毛に覆われた碧眼がさらされた。
その目は、灰色の雲に覆われた空を写し、鈍い輝きを帯びている。
どこか浮き世離れした雰囲気を纏う、美丈夫の青年は。
その両側頭部から生えた、山羊の如きツノ──
魔力粒子の共振が、この《フムス》で起こっているあらゆる
緋色の華をめぐり、人々の欲望が渦を巻く都市の姿が見える。
最後の龍王が、
吸血鬼の王が、自らの不滅を存続するため、あらゆる外法に手を染める姿が見える。
地面を掘った跡に銃と死体がひしめき合っている姿が見える。蒸気を吹き出し天を覆う
「──クラウジウス将軍。」
と、その時。背後から声をかけられ。
青年は、空を仰いでいた顔を下ろし、声の方を振り向いた。
彼は──魔族の将軍クラウジウスは。
すべてを見通したような、すべてを諦めたような微笑を
「どうしたんだい……?
また、無用な略奪を働いた者が出たのか?」
"殺戮と
冷ややかな声でそう言ったクラウジウスに対し、旧・魔王軍時代からの部下は、やや困った様子で、
「いえ……それが、その。説明が難しい
閣下に、判断を仰ぎたく。」
と返してきた。
普段は軍人らしくはっきりとした物言いの部下の、歯切れ悪い態度に小首をかしげつつも。
クラウジウスは、部下について行った。
※
『…………なるほど』
『これは本当に、
ぼくの操作するクリープ・スパイダー10号機のカメラ・アイの先に、一人の人物が余裕のある所作で歩み出てきた。
おだやかな雰囲気を纏う、白髪の青年だ。
側頭部に、
旧・魔王軍第9師団。
その勢力の野営地を守るように組まれていた歴戦の兵士たちの陣形は……
その青年が進むだけで、まるで波のように裂けて道をゆずった。
彼が、この勢力のトップなのだろうか?
ぼくは彼に対し、再びこう語りかける。
【はじめまして。ぼくは、アダリン社の"管理者"】
【あなた方の、敵ではありません。】
【対話を、望みます。】
彼は、スピーカーからぼくの声を流す"クリープ・スパイダー"に対し、驚いたように目を瞬かせてから。
ごほん、ごほんと咳払いをしてから、返答をしてくる。
『ふむ……対話、と……』
『アダリン社の、管理者どの。だったか』
『それは、我々を傭兵として雇用するための、条件相談をしたいと言うことでよろしいかな』
『失礼ながら、あなたに、支払い能力があるのかは疑わしいが……』
滔々とそう言ってきた彼に、ぼくは【いいえ。単なる雇用の相談ではありません】と返した。
【我々の目的は、あなた方と対話を重ね、相互理解をし……】
【利害が一致した場合、協力関係となることです。】
【そして、この惑星に、秩序をもたらすことが最終目的です。】
そう言い切ると、沈黙が流れた。
周囲の兵士たちたちは、クリープ・スパイダーの動きを注視し、今にも襲いかかりそうほど剣呑な空気を放っている。
白髪の青年はそれを手で制しつつ、深い溜息とともに言葉を紡ぎ出す。
『……なるほど』
『あなたは、
【…………ええ。】
空からやってきた超越者……つまり、星外勢力。
どうやら目の前の彼らはすでに、ぼくたちの存在について、ある程度
ぼくは、少し目元をひそめた。
基本的に星外勢力は、現地住民にとって有害なものだ。
オルドビス・エネルギー社がそうであったように。
であれば、彼らも"星外勢力"と一括りにして、こちらに悪印象を持っている可能性が高い。
信用を勝ち取るのが、難しくなってしまったようだ。
ぼくは、思考を巡らせ、言葉を探す。
【しかし、あなた方は……】
【……失礼、お名前をお聞きしても?】
『"将軍"で構わない』
『本当はもう軍人ではないけど……みんな、オレをそう呼んでいる』
【では……将軍。】
ぼくは
【たしかに我々アダリン社は、星外勢力と一括りにされるものの一つですが……】
【その実態は、それぞれ全く異なるものです。】
【あなた方が、
『…………』
ぼくは、彼の背中に広がる
そこには、和気藹々とした、営みの光景が広がっている。
──
管理コミュニティの住民たちからは、魔族という種族について、そう聞かされていた。
しかし、目の前の彼らは、その伝聞とは程遠い。
……苦しみつつも、必死に前を向いて日々を生き抜こうとしている。
ぼくの目には、彼らは悪魔ではなく、人間に見えた。
【
【あなた方の話を、聞かせていただけませんか】
ぼくの言葉に、将軍は。
しめやかに瞼を閉じて、考え込むように押し黙った後。
『……ああ。』
『あなたのように、
『そうだな。すこし、話をしようか?』
そう言って、ついてこいというように歩き始めた。
『かつて
クリープ・スパイダーと連れ立って、野営地の中を歩きながら、将軍はそう言った。
【操り人形……魔力粒子の?】
魔力粒子とは、惑星《フムス》の大気中に充満する、脳波に共振する素粒子であるはずだ。
それの、
『魔族は、頭の角を通して、魔力粒子の声が聞こえるんだ。』
『そしてそれが、ずっとこう語りかけてくる。』
『──人間どもを根絶やしにしろ。と。』
『……かつて魔族は、その声を自分の意志と誤認して、殺戮の限りを尽くした。』
彼は、野営地の中ほどにあった切り株に腰掛ける。
"クリープ・スパイダー"を彼の横にスタンバイさせると、遠くからこちらを見守っていた角の生えた子どもたちが、物珍しそうに駆け寄ってきた。
『……子どもたちに、触らせてもらっていいかな』
『遊びたい盛りで、おもちゃに飢えてるんだ』
【お好きにどうぞ】
『いいのかい? ダメ元で言ってみたんだけど』
『……感謝するよ。』
『お前たち、好きに遊んで構わないぞ』
歓声を上げ、クリープ・スパイダーの八本脚を遊具のようにして遊びだした子どもたちを他所に、ぼくは将軍との会話を続ける。
『……話を戻そう。』
『魔族を殺戮に導いた魔力粒子の"声"は、近年になって、急速に小さくなりはじめたんだ。』
『おそらく、
『オレたちは、支配から開放された』
将軍は『オレは生まれつき、魔力粒子の声と自分の意思の区別がはっきりしていたから、その変化がよくわかった』と付け加えた。
『しかし……開放されたところで、もはやどこにも
『どこの都市も、魔族だけは受け入れをしない』
『当たり前だ。オレたちは
『この一団は、傭兵として各地を渡り歩くことで、なんとか生活することができているが……もう限界が近い』
『結局、オレたちは、戦うことでしか生きられそうにない。』
【…………】
将軍は、凪いだ瞳で、そう話を結んだ。
……なるほど。
つまり彼らは、かつての所業から迫害されているが、現在はすでに凶暴性を失っており……
今は安住の地を見つけられずに、傭兵として、したくもない戦いに身を投じている、と。
まさに、弊社の管理コミュニティへと誘導し、保護対象として居住させるべき人々であると言える。
【
ぼくが、彼に、そう切り出しかけた瞬間だった。
──野営地の北の方から、悲鳴があがった。
──その数秒後、凄まじい爆発音と、幾重もの銃声。
『なにが起こっている……』
『将軍……! や、奴らが──"群青学派"の連中が来てる!
第9師団のみんなが応戦してるが、旗色が悪そうだ……』
武器を取り、立ち上がった『将軍』の方へ、魔族の老人が。
腹部を血まみれにして、駆け寄ってきた。
あきらかに重症だ。
野営地が、何者かの襲撃を受けているようだ。
『……わかった。すぐに向かう』
将軍は老人を横たえると、凄まじい速度で戦場の方へと走っていってしまった。
ぼくも、クリープ・スパイダーを操作して、彼を追いかけた。
……現地組織、群青学派。
嫌なタイミングで襲撃をかけてきたものだ。
野営地の一角は、完全に破壊され尽くしていた。
あちこちに黒煙が立ち込め、生体の焼き焦げる反応がいくつも確認できる。
それをしたのは、防塵装備と騎士甲冑があわさった、奇妙な格好の者たちだった。
それぞれが群青色の外套を付けており、装備は火炎放射器、ショットガン、近接武器など様々だった。
それに対抗するのは、黒いアーマーで武装した旧魔王軍・第9師団の歴戦の
大盾と槍で隊列を固め、防衛の構えを取っている。
その陣形は見事だったが、群青色の騎士たちの攻勢は鬼気迫るものだった。
騎士たちは凄まじい技量と連携、そして命など惜しくないと言わんばかりの捨て身の特攻で、魔族たちの陣形を押し崩しつつある。
『第9師団──攻めに転ずるぞ』
戦場にたどり着いた将軍が、そう叫ぶと同時。
魔族たちはまるでヘビのように有機的な動きで陣形を変え、将軍を軸に攻勢へと転ずる──
『……コシュー……』
──その時。
戦場に、青い
その光と、重苦しい呼吸音に、魔族たちの視線が釘付けになる。
『あ……ああぁ……!』
彼らの視線の先には──青く輝く
剣を持つのと逆の腕には、今しがた殺してきたであろう、角の生えた兵士の生首が握られていた。
『青い、反照……勇者の再現……』
魔族の一人の口から、おぞましいものの名を口にするかのように、その名がこぼれた。
『……将軍クラウジウス。
そして、旧魔王軍・第9師団。
我々群青学派は、貴様らの悪魔たるを忘れることはない。
貴様ら魔族を、この大地から根絶するまで……その罪が消えることはない。』
青い反照と呼ばれた騎士が、そう言うと同時。
騎士の姿が青いプラズマとともに、残像すら残さずに消え。
五人の魔族が、首・腹・胸をこそぎ取られて倒れた。
『……』
そしてそのまま、将軍に肉薄し──青い反照は、さながら小規模な嵐のような、暴風を伴う剣戟を繰り出した。
『……魔族の根絶など、勇者は望んでいなかったぞ。
彼の信念も、そのよくできた
槍で"青い反照"の剣技を危なげなく防ぎながら、将軍はそう語りかける。
『黙れ』
吐き捨てた"青い反照"の纏うプラズマが一段と激しくなり、剣技もさらに勢いを増していく。
『魔族の醜く歪んだ脳と、血に濡れて曇った瞳で、勇者様のなにを理解できる?
許されざる存在だ。
貴様たちの肉体を構成する血の一滴までも、すべてがそうだ。
これまでどれだけ、罪もない命を奪ってきた。
お前たちは、これからも奪うだろう。
我々は、その前に殺すだけだ。』
"青い反照"は、くぐもった声で、まるで処刑人のような調子で、将軍に対して言うと……
右手に持った青い剣を、大きく振り上げ──地面に、突き立てた。
『──
"青い反照"がそう詠唱すると同時に。
地面に突き立てた剣を中心に、赤熱した溶岩のようなものが、さながら葉脈のごとく野営地に広がり始める。
赤熱した葉脈に、野営地が完全に飲み込まれると。
将軍は、"青い反照"が今攻撃しようとしているのが自分ではなく──
『──待て……
ここには子どもも、老人もいる……』
将軍の言葉に、青い反照は、ほんの一瞬だけ沈黙した後。
ひときわ冷たく、わずかに震えた声で、こう返した。
『俺の妻は。娘は。
お前たち
そう言った、直後のことだった。
野営地全域に広がっていた、赤い葉脈の全体から。
プラズマを伴った
「……」
ぼくは、"青い反照"が発生させた火柱に呑み込まれて大破したクリープ・スパイダーの、真っ暗になったカメラ映像を見て。
思わず、口元を抑えこんでしまっていた。
……まさか、管理コミュニティへの誘致を
どうやら現地組織『群青学派』は、
「……一応、野営地の座標に、別の"クリープ・スパイダー"を送っておくとしよう」
探査ユニットを操作しつつ、ぼくは今後の管理業務に思いを巡らせる。
現地惑星にも歴史があり、そして現地住民同士にも、禍根があるのだ。
当たり前のことだけども。
それを考慮し、可能な限り摩擦と軋轢のない住民社会を作り上げていくのも、ぼくたち"管理者"の仕事……では、あるのだが。
「……こうも突発的に襲い来るのは、そうそうあるものではないな」
そうぼやきながら、今回の一見をレポートにまとめ始めるのだった。