ディストピア惑星管理シミュレーション【Humus《フムス》】 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
現地住民たちとの接触から、およそ三日の月日が過ぎた。
経過は良好と言える。
現在は、ぼくの乗っているアダリン社の「船」を中心に、小規模な集落が形成されている。
食料は相変わらず土味の『携帯完全食』ばかりだが、たまに狩猟の心得のある老人が弓で鳥や小動物を落とすので、それを食べている時もあるみたいだ。
ここら一帯を吹きすさんでいる『
その影響か、集落の近辺にはポツポツと緑が増え始めた。
弊社の惑星開発関連の技術は、他社の追随を許さない。
大気を生物の生存に適したものにするユニットは、他企業も開発しているが、アダリン社のものとの性能差は歴然だ。
この調子で現地住民を保護し、我が社の勢力圏を拡大していければ。
5年後にアダリン社の精鋭部隊が到着した時、存分にその力を振るうことができるだろう。
で、ぼくは相変わらず「船」の中で引きこもっている。
これは単にぼくが出不精な人間というわけではなく、拠点への引きこもりは惑星開発の基本スタンスだ。
かつての大冒険家コロンブスが、未開の大陸アメリカから"梅毒"を持ち帰ったように。
未開の惑星には、ぼくたちの
防護服がない訳では無いが、船の外に出ないに越した対策は存在しない。
そういう大義名分もあって、ぼくはここ数日。
持ちこんだ映画を見たり、現地住民の暮らしぶりを眺めたり、部長と近況報告という名の雑談をしたりと。
悠々自適な生活を、送っていた。
『それが、『
「はい。魔力粒子と結びつき、エネルギーを発露させたあとの……極めて有害度が高いとされる、『異分子』の残滓です。」
ぼくの手の中にある試験管には、黄銅色の砂粒が密閉されていた。
現地住民に頼んだら、不思議そうにしながらも持ってきてくれたのだ。
部長はそれを興味深げに見てから、『先に送ってくれた顕微鏡による解析画像は、研究チームの方に回しておいた』と言った。
『異分子は地球に、魔力粒子はフムスにしか無いというのも、厄介な話だ。
実験ができなければ、対策手段も講じることができない。』
「もし実験したければ、地球人──この惑星で言う『異彩』を保護するほかありませんね。」
この惑星にいる地球人。
彼らは一体どうしているのだろう。
恵まれた環境から一転、この荒廃した砂の惑星で兵器として戦争に参加させられて、どう思っているのだろう。
もし、その状況に嫌気がさしているのなら、こちらに引き込むのは簡単だ。
"地球に帰ろう"と言ってやれば、それだけで十分。
だけどもし、そうじゃなければ?
人間は、力に溺れる生き物だ。
『異分子』により、この砂漠を作り上げるほどの神の如き力を振るえる現状を、気に入っていたら?
……まあ、今は考えても仕方がない。
実際に遭遇してから決めれば良い。
対話できるのなら保護を。
不可能ならば"対処"をするだけだ。
砂嵐の吹きすさぶ荒野を、一人の女が歩いていた。
異質な女だ。
荒野に見合わぬ、布面積が少ない服とホットパンツ。
短めの明るいピンク色の髪に、腰から生えた大きな黒翼。
そして、極めつけに──頭の上に浮かんだ"
地球圏の絵画に頻出する『
「〜♪ んん〜♪」
有害物質を多量に含んだ砂粒を全身に浴びながら。
それを意に介さずに、ハスキー気味の声で、なにかのメロディーをハミングして。
つまらなそうな顔で、あてどもなく歩いている。
"上を向いて歩こう"。
"涙が、こぼれないように"。
うろ覚えなのか、その
「ひとーりぼっちの……」
その時。
ぴた、と彼女の歩みが止まる。
何かを、見つけたのだ。
"ん、んんん"〜? と唸りながら、彼女は右手の指で作った輪っかを目に当て。
じぃぃぃっ、と遥か遠くに目を凝らした。
そして次の瞬間。
彼女の唇がにひーっと、この上なく愉快そうに弧を描いた。
「……面白そうじゃーん?」
【──警告。】
【推定脅威レベル"
【対処を。管理者様。】
【現時点で保護した住民数38人】
【住民幸福度:25%】
【レベルIII相当の戦闘能力を持った住民が一人います】
【住民たちは、管理者様に対して、恐れと感謝を抱いています】
【管理業務を続けてください】
『アダリン社携帯完全食』
・未開惑星開発における『食』の安定供給を担う、アダリン社の兵糧の要。
・一定以上の栄養と水分を含んだ土を、アダリン社の探査船に内蔵された製造キットに入れることで完成する。
・2パックで、成人男性が一日に必要な栄養素を摂取することができる。
・味と食感は"コクのある粘土"と形容される事が多い。