ディストピア惑星管理シミュレーション【Humus《フムス》】   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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『貨幣貿易 前編』-彩暦28年-

 

 ─"先生"

 

 

「……当たり前だが、なかなか大きくならないものだな……」

 

 地面に小さく顔を出した緑の植物に、じょうろで水をやりながら……

 私は、しゃがみ込んだ姿勢のまま()()を眺める。

 

 数日前、管理コミュニティに芽吹いた、穀物(オーツ)の苗だ。

 

 この汚染荒野には、もう二度と見ることのできないはずだった、奇跡の存在である。

 

 この汚染荒野で植物が育たない最大の理由は、雨水が汚染されていることだ。

 

 異分子(ペレグリウム)の灰を巻き込んだ雲の降らせる水は、浴びれば私たちの肌をボロボロにするし、植物を根から崩壊させる。

 

 ……はずだった。

 

 しかし──この場所では、そんな《フムス》の常識はことごとく破られる。

 

 管理コミュニティの範囲に入った途端──いや、正確には、『アダリン社大気清浄化ユニット』の範囲に入った途端。

 有害だったはずの雨水は、そのまま飲めるぐらいに除染されてしまう。

 

 ここに来た難民たちが、第一に驚くのが透き通った空気だとするなら……

 第二に驚くのは、この透き通った水だ。

 

 いくら濾過しても完全には消えない汚染が、完全に消えた水など、《フムス》広しといえどここにしか存在しないだろう。

 

 つまりこの楽園には、植物が育つのに不足ない要素が揃っている。

 

 唯一、問題なのは……

 

「へくしっ……」

 

 鼻の奥を刺激する冷たい空気に、くしゃみが出た。

 

 ……問題は、気温だ。

 

 冬が、すぐそこまで迫っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだ? あの一団は……」

 

 管理コミュニティの外側。

 汚染荒野の向こうから、荷馬車を引き連れた一団が、こちらへ向かってくるのが見えた。

 

「あれは……ジョグスィンへ異分子(ペレグリウム)貿易で訪れる隊商だ。

 僕は、何度か見たことがある。」

 

 元々ジョグスィンという国家でビジネスをしていたという青年が、遠くから歩いてくる隊商を見てそう言う。

 

「それが、なぜここに……あ。」

 

 視界を遮っていた砂塵のスモッグが晴れるにつれ、彼らがこの上なく怯えた表情で、『鉄の蜘蛛』に先導されているのが見えた。

 そして、蜘蛛の脚には、鮮血したたるワイバーンの死骸が抱えられている。

 ……彼らがどういった背景でここにやってきたのか、おおかた見当がついた。

 

「どうやら、おれたちと同じように、あの管理者様の『蜘蛛様』に助けてもらったようだな!」

 

 犬亜人(カーネム)の男が尻尾をぶんぶん振りながら言う。

 

「……あの数のワイバーンを、一機で……?」

 

 隻腕の熊獣人(ヴォーロス)がそう言うのに対し、犬亜人が「おれたちを助けたときは、魔族(テラス)の群れを一瞬で全滅させたぞ! 流石蜘蛛様だ! やはり最強……!」と叫んだ。

 それを聞いた熊獣人の彼は「はは……嘘だろ……」とどこか現実逃避するように笑って返した。

 

 やがて、駄獣に荷車を引かせた隊商たちが、管理コミュニティの中へと踏みこんでくる。

 

「……景色が……空気が、この一帯だけ、目にまぶしいほどに透き通って……これが、世界の、本当のすがたなのでしょうか……?」

「おいっ、キャラバン・マスター! 感動してないで、どうにか逃げるんだよ……! こんな町、半年前には存在しなかったはずだ! 鉄の化け蜘蛛に、集落の中心にあるあの球体……! どう考えたってやばい!」

 

 隊商の面々は、きょろきょろと周囲を見回して、言葉を失っていた。

 中でも先頭に立っている『キャラバンマスター』と呼ばれた女の商人は、その深紅の目を見開いて、目を潤ませている。

 

「……血の様に紅い瞳、反対に血の気のない肌。そして、口元から覗くするどい犬歯……」

 

 私は、彼らに共通する外見の特徴を、独り言のようにつぶやいた。

 そしてその種族特徴は、私と共通するものでもある。

 

 ……なるほど。 

 どうやら、彼らは吸血種(サンヴィ―)のようだ。

 

「私が迎えるのがいいだろう」

 

 私はそう認めると、集まってきていた仲間たちに目配せをしてから、隊商の方へと歩みだした。

 龍種との混血だが、私もまたれっきとした吸血種(サンヴィ―)だ。

 同族ならば、いくらか信用されやすいだろう。

 

 

「──隊商の方々。

 ここは、アダリン社の管理コミュニティだ。 

 私たちは、管理者様の統治のもと……

 この荒野で、様々な種族で身を寄せ合って暮らしている。」

 

 女商人……キャラバン・マスターの前に歩みだした私が、彼女にそう切り出すと。

 

「え……」

 

 キャラバン・マスターは、ここの透き通る空気をはじめて見た時と同じぐらい、驚愕した表情で私の顔を見ると。

 

「──()()()()()?」

 

 凍り付いたような声で、そう言った。

 

「……違う。」

 

 驚くほど低い、否定の声が私の口から出た。

 

「きみの言う『灰の君主』に、私のような格好いい龍(つの)が生えているのか? 

 ……他人の空似だよ、お嬢さん。」

 

「あ、ああ……確かに、そうですね。

 あまりにも、瓜二つのお顔立ちでしたので。

 ぎょっとしてしまいました。」

 

「私は吸血種(サンヴィー)だが、龍種との混血だ。」

 

「……龍種(ドラコニス)吸血種(サンヴィー)の間で、子どもはできないはずですが。

 目の前に実例があるのですから、愛の力というやつでしょうか……」

 

 私の頭に生えた角を見て、キャラバンマスターは興味深そうに頷いた。

 

【優先目標、"隊商の救出・弊社管理コミュニティへの誘導"をカンリョウ。

 基本コマンド、"現地住民の捜索・管理コミュニティへの誘致"へ移行スル。】

 

「……あ、鉄の蜘蛛さま……! 先ほどの戦い、凄まじかったです……!

 我々を助けてくださり、ありがとうございました。

 あの、よろしければ、あなたのお名前を……」

 

【行動カイシ】

 

「…………」

  

 "ウイイン、カシャン"。

 対峙する私とキャラバンマスターの間を『鉄の蜘蛛』が、傲岸不遜な足取りで通りすぎて、集落の外へと向かっていった。

 

「行ってしまった……なんて寡黙で、強いお方……」

 

 頬をぽっと赤らめ、去っていく鉄の蜘蛛をどこか熱い視線で見送ってから、彼女は私にこう聞いてくる。

 

「……あの。とりあえず、なにか見ていきます?

 ほら、一応我々、商人ですので。

 ええと……君主様の、そっくりさん?」

 

「そっくりさんはやめろ……!」

 

 

 

 

 

 

 

       ※

 

 

 

 

 

「……え、あなた、お金持ってないんですか?

 そんなに……高貴なお顔立ちをしてらっしゃるのに? 

 嘘……ほんとに一文無し?

 どこかの大貴族のご令嬢みたいな、(はかな)げな佇まいしておいて?」

 

「……くっ」

 

 急速に冷ややかになっていくキャラバンマスターの視線に、私は眉を困った形にする。

 

「う……うむぅ……

 いやしかし、提供できる物品なら、それなりに、だな……?」

 

 

 キャラバンを引く駄獣の休憩のため、隊商は一晩だけ、管理コミュニティに滞在することになった。

 

 商人たちはそれぞれ、積まれていた商品の一部を積み降ろして並べており。

 まるでちょっとした露店のような光景が、管理コミュニティには広がっていた。

 

 露店に並ぶのは、暖かそうな衣服や、酒・菓子などの嗜好品。そして様々な雑貨品……

 私たちにとっても、喉から手が出るほど欲しいものが多かった。

 特に子供たちが、きらきらした視線を送っている。

 

 ……とはいえ、私たちは貨幣を持たない。

 

 彼らと取引をするには……

 私たちから彼らに何かを売って、お金を手に入れなければならない。

 

 そのため私は今、集落にたてた建物の一つを、簡易的な応接間として使い。

 机をはさんで、キャラバンマスターと向かい合っていた。

 

「そっくり様……命を助けていただいたとはいえ、我々は都市の命運をかけて貿易をしにきた隊商です……。

 お金のない方と、お情けで取引はできません……」

 

「だ、だからっ。お金はないが、私たちにも取引に出せる品物があるといっただろう。

 そんな目で、私を見るんじゃない……!」

 

 どんどん態度が冷たくなっていく吸血種(サンヴィ―)の女商人に耐えかねて、私は机に手をついて立ち上がった。

 

「今、住民たちが、取引できそうな品物を持ってくるはず──」

 

「──待たせたなっ、先生!!!」

 

 その時だった。

 応接室の扉が、バァン!!! と勢いよく開き、向上心の思徒の自信満々な声が響いた。

 

「きてくれたか、向上心の思徒……!」

 

「わたしだけじゃない!!! なんと、元・詐欺師もいるぞ!」

 

「ここの住民でいちばん商売への理解があるのは、僕だからな……

 牧歌的な生活をしてきたお前たちが、その女狐にカモられるのは見るに耐えない。」

 

「くふふ……女狐とは失敬な……ちゃんとフェアな商売を心がけてますよ? 私は?」

 

 元・ジョグスィン市民の青年と、キャラバン・マスターとの間で視線の火花が散る中……

 

 向上心の思徒が、「まずは私が持ってきた商品をご紹介するぞ!!!」と叫び、ずかずか前に歩いてきた。

 

「ほお……世にも珍しい、人間に友好的な思徒(タルパズ)のお嬢さん……

 いったい、どんな商品を見せてくれるのですか?

 大半の品物よりも、あなたをコレクターにでも売り飛ばした方が良い値がつきそうですが。

 ……おっと! 冗談ですよ?」

 

「くくく……わたしが紹介する商品は……これだ!!!

 さあ、持って来い! 自己憐憫!!!」

 

「ひぃ、ふぁ……」

 

 向上心の思徒が手を叩くと、応接室の扉から……

 自己憐憫の思徒が、()()()()が山積みになったリヤカーを引いて入ってきた。 

 

「ふむ……その黒い素材はなんでしょうか?」

 

「これは──『アダリン社汎用構造体』だ!!!

 わたしは長らく《フムス》各地を放浪してきたが、これほど素晴らしい素材は他に見たことがない!!!」

 

 向上心の思徒はそう言い、リヤカーから、黒い剣を取り出した。

 

「今いる建物も、この武器も、この素材によって作られている!

 軽くてとても頑丈! 断熱性バツグン! 

 建築に武器に、なんでもござれの超・万能素材なのだ!!!」

 

「ふぅん……ずいぶんと都合の良い素材ですねぇ……」

 

「……自己憐憫! 例のものを! 

 商品の、"でぃもんすとれいしぃおん"をするぞ!!!」

 

「はっ、はいぃ!」

 

 キャラバンマスターの反応が想定より悪いのを見てか、向上心の思徒が自己憐憫の思徒にそう命令した。

 

 ……数分後。

 自己憐憫の思徒は、なにか巨大な生物の骨のようなものを引きずってきた。

 

「これは、数日前にこの集落を襲った地竜のあばら骨だ!」

 

 向上心の思徒は、それを足で踏んで固定すると。

 

「この剣で、この頑丈な骨を切断して見せる!!!」

  

 そう宣言して、骨に勢いよく『アダリン社汎用構造体』から削り出した剣を振り下ろした。

 

「おお……! 凄い……!」

 

 私は感嘆の声を漏らした。

 ──一刀両断。

 剣は刃毀れ一つなく、地竜の骨が切断されていた。

 

 やはり、この素材の汎用性は信じられないほどだ。

 焼入れ等がなされず、建材の端材から削り出しただけの状態で。

 あの堅牢な地竜の骨が、切断できるなんて……

 

「わはーは……!!! 

 どうだ? きゃらばんますたーとやら! 

 この素材が、どれだけ優れているのか──!」

 

 

 

「いや、買いませんよ。こんなもん。」

 

 

 

 吸血種(サンヴィー)の女商人は、半笑いできっぱりと断った。

 

 

「な……なぜだっ!!!」

 

 向上心の思徒が、わなわなと肩を震わせて叫ぶ。

 

 私も向上心と同じ思いだった。

 この素材の凄まじさは、私も生活の中で実感している。

 向上心の思徒の据物(すえもの)斬りだって、見事なものだった。

 

 ……いや、しかし、そうか。

 相手の立場になって考えてみれば、わからなくもない。

 

 凄すぎて、あまりに高性能過ぎて、それをそのまま説明されると胡散臭く感じられてしまうのだ。この素材は。

 私たちと同じように、じっさいに長期間にわたって様々な用途で世話にならなければ、なかなか信じがたいだろう。

 

 

「そんなセールストーク、信用できないですよ……

 武器にも建築にも極めて優れるなんて素材、存在するわけないじゃないですか。常識的に考えて。」

 

「わたしが嘘をついていると言いたいのか!!!」

 

「いやあ……あははは。まあ、そうなんですけどー。

 その剣だって、中身が建物と同じ素材かどうかは怪しいですし……ねえ?」

 

「なっ……! ……歯を食いしばれ吸血種(サンヴィー)の女商人!」

 

 小ばかにしたような薄ら笑いを向けられ、怒りのまま、拳を振り上げてキャラバンマスターへ殴りかかろうとする向上心の思徒。

 

 私はそれを、羽交い絞めにして食い止めた。

 

「気持ちはわかるが……抑えるんだ。向上心の思徒。

 手を出せば取引は終わりだぞ。」

 

「ぐっ……!」

 

 怒りを飲み込み、向上心の思徒は不機嫌そうに、どかっと椅子に座りこんだ。

 

「おお……こわいですね……

 もしその地竜の骨が本物なら、それを断ち切るようなパワーで殴られたら私、死んでしまいます。

 ……で、そちらの商品は、もうないんですか?

 あくまでお試しということで、かなりお安くはなりますが、その素材を買い取って差し上げても構いませんが……」

 

 キャラバンマスターは、ニコニコと商人らしい作り笑顔のまま、私たちにそう聞いてくる。

 

 ……この()ぶとさ、というより、平手の一発でもくれてやりたくなるぐらいの、ずうずうしさ。

 

 この女商人……かなり手ごわそうだ……

 

「……次は僕の番だな。この素材は売らない。安売りしていいような代物ではないからな。」

 

「さ、詐欺師!!! いけるのか!!!」

 

 向上心の思徒の次は、元ジョグスィン市民の青年が前に出てきた。

 

「ほお、さっきの思徒のお嬢さんよりかは、お話ができそうな方が出てきましたね……」

 

 ぐぬぬ……と唸る向上心の思徒をよそに、青年は懐から小瓶を取り出した。

 そのなかには、透き通った透明な液体が揺れている。

 

 ……あれは、管理コミュニティで浄化された雨水か。

 なるほど。ある意味、あれより貴重なものは存在しない。

 

「こ……これは、一体……」

 

 小瓶を手にとって、まじまじと中身を見つめるキャラバンマスター。

 元・詐欺師の青年は、「飲んでみろ。そうすれば、それの異常性がわかる。」と言った。

 

 おそるおそる、瓶の中身に口をつけたキャラバンマスターは。

 ──その水を飲んだ瞬間、目を見開いた。

 




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荒廃惑星で気ままな傭兵ぐらしを。
《フムス》と世界観共有してる新作出しました。よければ。
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