ディストピア惑星管理シミュレーション【Humus《フムス》】 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
─"先生"─
「……当たり前だが、なかなか大きくならないものだな……」
地面に小さく顔を出した緑の植物に、じょうろで水をやりながら……
私は、しゃがみ込んだ姿勢のまま
数日前、管理コミュニティに芽吹いた、
この汚染荒野には、もう二度と見ることのできないはずだった、奇跡の存在である。
この汚染荒野で植物が育たない最大の理由は、雨水が汚染されていることだ。
……はずだった。
しかし──この場所では、そんな《フムス》の常識はことごとく破られる。
管理コミュニティの範囲に入った途端──いや、正確には、『アダリン社大気清浄化ユニット』の範囲に入った途端。
有害だったはずの雨水は、そのまま飲めるぐらいに除染されてしまう。
ここに来た難民たちが、第一に驚くのが透き通った空気だとするなら……
第二に驚くのは、この透き通った水だ。
いくら濾過しても完全には消えない汚染が、完全に消えた水など、《フムス》広しといえどここにしか存在しないだろう。
つまりこの楽園には、植物が育つのに不足ない要素が揃っている。
唯一、問題なのは……
「へくしっ……」
鼻の奥を刺激する冷たい空気に、くしゃみが出た。
……問題は、気温だ。
冬が、すぐそこまで迫っている。
「……なんだ? あの一団は……」
管理コミュニティの外側。
汚染荒野の向こうから、荷馬車を引き連れた一団が、こちらへ向かってくるのが見えた。
「あれは……ジョグスィンへ
僕は、何度か見たことがある。」
元々ジョグスィンという国家でビジネスをしていたという青年が、遠くから歩いてくる隊商を見てそう言う。
「それが、なぜここに……あ。」
視界を遮っていた砂塵のスモッグが晴れるにつれ、彼らがこの上なく怯えた表情で、『鉄の蜘蛛』に先導されているのが見えた。
そして、蜘蛛の脚には、鮮血したたるワイバーンの死骸が抱えられている。
……彼らがどういった背景でここにやってきたのか、おおかた見当がついた。
「どうやら、おれたちと同じように、あの管理者様の『蜘蛛様』に助けてもらったようだな!」
「……あの数のワイバーンを、一機で……?」
隻腕の
それを聞いた熊獣人の彼は「はは……嘘だろ……」とどこか現実逃避するように笑って返した。
やがて、駄獣に荷車を引かせた隊商たちが、管理コミュニティの中へと踏みこんでくる。
「……け、景色が……空気が、この一帯だけ、目にまぶしいほどに透き通って……これが、本当の、世界のすがたなのでしょうか……?」
「おいっ、キャラバン・マスター! 感動してないで、どうにか逃げるんだよ……! こんな町、半年前には存在しなかったはずだ! 鉄の化け蜘蛛に、集落の中心にあるあの球体……! どう考えたってやばい!」
隊商の面々は、きょろきょろと周囲を見回して、言葉を失っていた。
中でも先頭に立っている『キャラバンマスター』と呼ばれた女の商人は、その深紅の目を見開いて、目を潤ませている。
「……血の様に紅い瞳、反対に血の気のない肌。そして、口元から覗くするどい犬歯……」
私は、彼らに共通する外見の特徴を、独り言のようにつぶやいた。
そしてその種族特徴は、私と共通するものでもある。
……なるほど。
どうやら、彼らは
「私が迎えるのがいいだろう」
私はそう認めると、集まってきていた仲間たちに目配せをしてから、隊商の方へと歩みだした。
龍種との混血だが、私もまたれっきとした
同族ならば、いくらか信用されやすいだろう。
「──隊商の方々。
ここは、アダリン社の管理コミュニティだ。
私たちは、管理者様の統治のもと……
この荒野で、様々な種族で身を寄せ合って暮らしている。」
女商人……キャラバン・マスターの前に歩みだした私が、彼女にそう切り出すと。
「え……」
キャラバン・マスターは、ここの透き通る空気をはじめて見た時と同じぐらい、驚愕した表情で私の顔を見ると。
「──
凍り付いたような声で、そう言った。
「……違う。」
驚くほど低い、否定の声が私の口から出た。
「きみの言う『灰の君主』に、私のような格好いい龍
……他人の空似だよ、お嬢さん。」
「あ、ああ……確かに、そうですね。
あまりにも、瓜二つのお顔立ちでしたので。
ぎょっとしてしまいました。」
「私は
「……
目の前に実例があるのですから、愛の力というやつでしょうか……」
私の頭に生えた角を見て、キャラバンマスターは興味深そうに頷いた。
【優先目標、"隊商の救出・弊社管理コミュニティへの誘導"をカンリョウ。
基本コマンド、"現地住民の捜索・管理コミュニティへの誘致"へ移行スル。】
「……あ、鉄の蜘蛛さま……! 先ほどの戦い、凄まじかったです……!
我々を助けてくださり、ありがとうございました。
あの、よろしければ、あなたのお名前を……」
【行動カイシ】
「…………」
"ウイイン、カシャン"。
対峙する私とキャラバンマスターの間を『鉄の蜘蛛』が、傲岸不遜な足取りで通りすぎて、集落の外へと向かっていった。
「行ってしまった……なんて寡黙で、強いお方……」
頬をぽっと赤らめ、去っていく鉄の蜘蛛をどこか熱い視線で見送ってから、彼女は私にこう聞いてくる。
「……あの。とりあえず、なにか見ていきます?
ほら、一応我々、商人ですので。
ええと……君主様の、そっくりさん?」
「そっくりさんはやめろ……!」
※
「……え、あなた、お金持ってないんですか?
そんなに……高貴なお顔立ちをしてらっしゃるのに?
嘘……ほんとに一文無し?
どこかの大貴族のご令嬢みたいな、
「……くっ」
急速に冷ややかになっていくキャラバンマスターの視線に、私は眉を困った形にする。
「う……うむぅ……
いやしかし、提供できる物品なら、それなりに、だな……?」
キャラバンを引く駄獣の休憩のため、隊商は一晩だけ、管理コミュニティに滞在することになった。
商人たちはそれぞれ、積まれていた商品の一部を積み降ろして並べており。
まるでちょっとした露店のような光景が、管理コミュニティには広がっていた。
露店に並ぶのは、暖かそうな衣服や、酒・菓子などの嗜好品。そして様々な雑貨品……
私たちにとっても、喉から手が出るほど欲しいものが多かった。
特に子供たちが、きらきらした視線を送っている。
……とはいえ、私たちは貨幣を持たない。
彼らと取引をするには……
私たちから彼らに何かを売って、お金を手に入れなければならない。
そのため私は今、集落にたてた建物の一つを、簡易的な応接間として使い。
机をはさんで、キャラバンマスターと向かい合っていた。
「そっくり様……命を助けていただいたとはいえ、我々は都市の命運をかけて貿易をしにきた隊商です……。
お金のない方と、お情けで取引はできません……」
「だ、だからっ。お金はないが、私たちにも取引に出せる品物があるといっただろう。
そんな目で、私を見るんじゃない……!」
どんどん態度が冷たくなっていく
「今、住民たちが、取引できそうな品物を持ってくるはず──」
「──待たせたなっ、先生!!!」
その時だった。
応接室の扉がバァン! と勢いよく開き、向上心の思徒の自信満々な声が響いた。
「き、きてくれたか、向上心の思徒……!」
「わたしだけじゃない!!! なんと、元・詐欺師もいるぞ!」
「ここの住民でいちばん商売への理解があるのは、僕だからな……
牧歌的な生活をしてきたお前たちが、その女狐にカモられるのは見るに耐えない。」
「くふふ……女狐とは失敬な……ちゃんとフェアな商売を心がけてますよ? 私は?」
元・ジョグスィン市民の青年と、キャラバン・マスターとの間で視線の火花が散る中……
向上心の思徒が、「まずは私が持ってきた商品をご紹介するぞ!!!」と叫び、ずかずか前に歩いてきた。
「ほお……世にも珍しい、人間に友好的な
いったい、どんな商品を見せてくれるのですか?
大半の品物よりも、あなたをコレクターにでも売り飛ばした方が良い値がつきそうですが。
……おっと! 冗談ですよ?」
「くくく……わたしが紹介する商品は……これだ!!!
さあ、持って来い! 自己憐憫!!!」
「ひぃ、ふぁ……」
向上心の思徒が手を叩くと、応接室の扉から……
自己憐憫の思徒が、
「ふむ……その黒い素材はなんでしょうか?」
「これは──『アダリン社汎用構造体』だ!!!
わたしは長らく《フムス》各地を放浪してきたが、これほど素晴らしい素材は他に見たことがない!!!」
向上心の思徒はそう言い、リヤカーから、黒い剣を取り出した。
「今いる建物も、この武器も、この素材によって作られている!
軽くてとても頑丈! 断熱性バツグン!
建築に武器に、なんでもござれの超・万能素材なのだ!!!」
「ふぅん……ずいぶんと都合の良い素材ですねぇ……」
「……自己憐憫! 例のものを!
商品の、"でもんすとれいしょん"をするぞ!!!」
「はっ、はいぃ!」
キャラバンマスターの反応が想定より悪いのを見てか、向上心の思徒が自己憐憫の思徒にそう命令した。
……数分後。
自己憐憫の思徒は、なにか巨大な生物の骨のようなものを引きずってきた。
「これは、数日前にこの集落を襲った地竜のあばら骨だ!」
向上心の思徒は、それを足で踏んで固定すると。
「この剣で、この頑丈な骨を切断して見せる!!!」
そう宣言して、骨に勢いよく『アダリン社汎用構造体』から削り出した剣を振り下ろした。
「おお……! 凄い……!」
私は感嘆の声を漏らした。
──一刀両断。
剣は刃毀れ一つなく、地竜の骨が切断されていた。
やはり、この素材の汎用性は信じられないほどだ。
焼入れ等がなされず、建材の端材から削り出しただけの状態で。
あの堅牢な地竜の骨が、切断できるなんて……
「わはーは……!!!
どうだ? きゃらばんますたーとやら!
この素材が、どれだけ優れているのか──!」
「いや、買いませんよ。こんなもん。」
「な……なぜだっ!!!」
向上心の思徒が、わなわなと肩を震わせて叫ぶ。
私も向上心と同じ思いだった。
この素材の凄まじさは、私も生活の中で実感している。
向上心の思徒の
……いや、しかし、そうか。
相手の立場になって考えてみれば、わからなくもない。
凄すぎて、あまりに高性能過ぎて、それをそのまま説明されると胡散臭く感じられてしまうのだ。この素材は。
私たちと同じように、じっさいに長期間にわたって様々な用途で世話にならなければ、なかなか信じがたいだろう。
「そんなセールストーク、信用できないですよ……
武器にも建築にも極めて優れるなんて素材、存在するわけないじゃないですか。常識的に考えて。」
「私が嘘をついていると言いたいのか!!!」
「いやあ……あははは。まあ、そうなんですけどー。
その剣だって、中身が建物と同じ素材かどうかは怪しいですし……ねえ?」
「なっ……! ……歯を食いしばれ
小ばかにしたような薄ら笑いを向けられ、怒りのまま、拳を振り上げてキャラバンマスターへ殴りかかろうとする向上心の思徒。
私はそれを、羽交い絞めにして食い止めた。
「気持ちはわかるが……抑えるんだ。向上心の思徒。
手を出せば取引は終わりだぞ。」
「ぐっ……!」
怒りを飲み込み、向上心の思徒は不機嫌そうに椅子に座りこんだ。
「おお……こわいですね……
もしその地竜の骨が本物なら、それを断ち切るようなパワーで殴られたら私、死んでしまいます。
……で、そちらの商品は、もうないんですか?
あくまでお試しということで、かなりお安くはなりますが、その素材を買い取って差し上げても構いませんが……」
キャラバンマスターは、ニコニコと商人らしい作り笑顔のまま、私たちにそう聞いてくる。
……この図太さ、というより、一発なぐってやりたくなるぐらいの図々しさ。
この女商人……かなり手ごわそうだ……
「……次は僕の番だな。この素材は売らない。安売りしていいような代物ではないからな。」
「さ、詐欺師! いけるのか!」
向上心の思徒の次は、元ジョグスィン市民の青年が前に出てきた。
「ほお、さっきの思徒のお嬢さんよりかは、お話ができそうな方が出てきましたね……」
ぐぬぬ……と唸る向上心の思徒をよそに、青年は懐から小瓶を取り出した。
そのなかには、透き通った透明な液体が揺れている。
……あれは、管理コミュニティで浄化された雨水か。
なるほど。ある意味、あれより貴重なものは存在しない。
「こ……これは、一体……」
小瓶を手にとって、まじまじと中身を見つめるキャラバンマスター。
元・詐欺師の青年は、「飲んでみろ。そうすれば、それの異常性がわかる。」と言った。
おそるおそる、瓶の中身に口をつけたキャラバンマスターは。
──その水を飲んだ瞬間、目を見開いた。