ディストピア惑星管理シミュレーション【Humus《フムス》】   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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『貨幣貿易 後編』-彩暦28年-

 

「こっ……これはっ……!

 ザラつきのまったくないなめらか~な舌ざわりに、水特有のエグみが存在しない透き通る味わい!

 あ……甘さ!? 不思議な甘さすら感じます!!

 なんなんですかこれ! 水じゃないでしょうこれ!!

 水なんて、茶や酒に加工しなければ、不味くて飲めたもんじゃないのに……!!」

 

 

『アダリン社大気清浄化ユニット』によって、浄化された雨水……

 恐らくはこの惑星で唯一 完全に、異分子(ペレグリウム)汚染が除染された水を口に入れた吸血種(サンヴィー)の女商人は。

 口内で水を転がしながら、その味わいの素晴らしさについて、怒涛のように語っている。

 

 どうやら彼女にとって水とは、手を加えなければ到底飲めないもの、という認識であったようだ。

 

 私は誇らしげに腕を組んで、彼女に語りかける。

 

「ふふん……どうだ、キャラバン・マスター。

 きみは見たところ、若い吸血種(サンヴィー)のようだからな。

 もしかして……はじめて飲むんじゃないか? 

 異分子(ペレグリウム)に汚染されていない、()()()()は。」

 

「……()()()()?」

 

「そうだ。そして僕たちは、この純粋な水を()()することができる。」

 

 元・詐欺師の青年が、キャラバンマスターに対して言い。

 そして、こう続けた。

 

「──()()()()()を、踏むことでな。

 これはこの町の……そう。"産業"のひとつだ。

 熟練の職人が受け継いできた特殊な技法によってのみ、この『清浄なる水』は作り出される。」

 

 ……ハッタリだ。

 私はすぐに勘づいた。

 

 この純水を作るのに()()()()()など必要ない。

 汚染された水をこの管理コミュニティ内に持ち込むだけで、水の浄化はなされてしまう。

 

 しかし彼はあえて水の浄化プロセスを()し、それをここの"産業"だと(うそぶ)くことで……

 より、この町の付加価値を高めようとしているのだろう。

 

 隊商の荷物の中に「ただの水」があった場合は、それが浄化されることによってこのハッタリはばれてしまうだろうが、キャラバンマスターの"飲めたもんじゃない"という口ぶりからして、積まれていないのだろう。

 

 ……さすが、元々ジョグスィンという経済都市で成功していたと言うだけはある。

 浄化された水を売るだけなら、商売に疎い私でも思いつくが……

 商品だけではなく、この管理コミュニティそのものの経済価値を高めにかかるという発想は、私からは出てこないものだった。

 

「……この町の、異常に透き通った空気を見るに。

 水をここまで浄化する技法を持っているというのも、ハッタリではないのでしょうね。」

 

「ああ。僕の提案は、この町の技術で浄化した水を、お前たちに定期輸出するということだ。

 ここまで透き通った水が商材なんだ。マトモな腕の商人なら、富豪のお得意様ぐらい簡単に見つけられるだろう。

 これは、途方もない富を生み出しうる商談だ。ここからは慎重に言葉を選んだほうがいい。

 吸血種(サンヴィ―)風の時代がかった言い回しをするなら……"甘い血の獲物を一口で食い殺してしまわぬように"」

 

「……………」

 

 キャラバンマスターは顎に手を当て、考え込むように黙り込んでしまった。

 

「……大変、魅力的なご提案なのですが……

 おっしゃる通りかなり大きい商談になりそうですので、私個人の一存では決められません。

 今回の隊商は本来、冬季を超えるための燃料を仕入れに来たものですから……」

 

 長い沈黙の末、彼女はそう言った。

 

「さしあたり、商会を説得するためのサンプルとして、小瓶1つ分のみ購入したいのですが。

 アシェ=アイネス銀貨10枚でいかがでしょうか。」

 

「……妥当な額だな。いや、むしろ量を考えると高すぎるぐらいか。

 アイネス銀貨なら、一枚でも妥当なぐらいだ。」

 

「ええ。初めての取引ですので、手付金の意味もあります。

 今後ともよろしくお願いいたします……ということで。」

 

 「……そういうことだが、どうだ? 先生。」彼は私の方を見てそう聞いてきたので、うなづいた。

 

 商売の心得を持たない私があれこれと口を出しても仕方ない。

 今のアシェ=アイネスの貨幣価値はよく知らないが、銀貨十枚は私の感覚としてもそれなりの額だ。

 

「では……取引成立ですね。

 銀貨十枚もあれば、隊商の者たちから、生活雑貨や嗜好品を買うこともできるでしょう。

 ショッピングをお楽しみください。」

 

 キャラバンマスターは、懐から布袋を取り出して、どちゃり……と机の上に置いた。

 

 こうして、私たちの商談は終わった。

 ……とはいえ、私は何もしてないのだけども。

 

 私は、椅子に座っている元ジョグスィン市民の青年の、頭を撫でた。

 

「ふふ、大手柄だったな。」

 

「な、撫でないでくれっ」

 

「今回ばかりは、わたしだってほめるぞ!!!」

 

「ぐ……」

 

 私と向上心の思徒に左右から頭をなでられながら、青年はあきらめたようにうなだれた。

 

「……まあ、銀貨十枚は大金だが、そこまでたいそうな品物は買えないしな。

 今回はこいつの言う通り、いくつか雑貨やら嗜好品を買って終わりだ。

 あんまり生活は豊かにならないだろうな……」

 

「それでもだよ。防寒具を買ったり、薬をそろえるぐらいはできるだろう……」

 

 

 

 

 

「キャラバンマスター、お疲れ様です」

 

 そのとき、応接室に、女商人の部下らしき吸血種(サンヴィ―)の男が入ってきた。

 

「どうです、取引は?」

 

「うん……今回は小さな交渉だったけど、収穫はあったよ。

 次来るときは、かなり大きな商談になりそうかな。」

 

 キャラバンマスターは、小瓶に入った純水をちゃぷりと揺らして、部下に言った。

 

「それで……キャラバンマスター。もうひとり、取引をしたいというものがいるのですが……」

 

 部下の男は、目で後ろを示す。

 

「もうひとり……?」

 

 キャラバンマスターは「まだ、商品があるのですか?」と私に聞いてきたが、全く心当たりがない。

 

 誰か他の住民が、売り物になりそうなものを持ってきたのだろうか……?

 

「で……取引をしたいという方は、どちらに……あ、あああっ!」

 

【…………】

 

 

 "ウイイン、カシャン"。

 

 部下の男の背後から、先ほど管理コミュニティから荒野へ出発したはずの『鉄の蜘蛛』が。

 重たい駆動音をさせて、出てきた。

 

「あう……く、蜘蛛さまっ、戻ってきてくださったのですかっ?」

 

 鉄の蜘蛛を見るなり、頬を赤らめ、指先で前髪を整えだすキャラバンマスター。

 

 ……その様子はまるで恋する乙女のそれだが……

 

 いや……まさか……

 

【ワタシは、クリープ・スパイダー15号機ダ。】

 

 

「す、すぱいだーさま、すぱいだーさま……」

 

 鉄蜘蛛の名乗った名前を、かみしめるように繰り返すキャラバンマスター。

 

 そんな彼女に、クリープ・スパイダー15号機はこう切り出した。

 

【……管理者様カラの指示デ、当機ヲソチラ方へ売却スル。】

 

「……へっ!!!」

 

【幾ツカの規約に同意した上デ、商談ヲ──】

 

 さっきまで飄々としていたキャラバンマスターが、机にばんっと手をついて勢いよく立ち上がり、叫んだ。

 

「ふぁあっ……!! 買った! 買いです! 買いますぅ……!

 金貨、300枚っ……!

 すぱいだーさま、金貨300枚で買わせてください!!!」

 

「ちょ……キャラバンマスター! まずいですよ! 商会になんて説明するんですか!」

 

【……イイダロウ。商談成立ダ。】

 

「やったああああああああああ」

 

「ああもうっ……」

 

 

 

 鉄の蜘蛛に抱き着くキャラバンマスターと、頭を抱える彼女の部下。

 私たちはそれを、蚊帳の外からの様に見ていた。

 

「……なんか、全部もってかれた感じだ。」

 

 ぽつりとこぼした青年に、向上心の思徒は「何を落ち込んでる!! 金貨300枚ということは、銀貨10枚よりもたくさん買い物ができるということだぞ!」と叫ぶ。

 

 彼の気持ちもわかるが、金貨300枚もあれば、冬に向けての買い物をしたうえで、貯蓄に回すこともできる。

 管理者様に、助けられてしまった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うふふ……すぱいだーさまっ……これでずーっと一緒ですね……」

 

【ズットデハナイ。耐用年数マデダ。】

 

「はぁん……そういうクールなところが、ステキ……」

 

 

 鉄の蜘蛛に頬ずりしているキャラバンマスターを尻目に、私たちは大袋にずっしりと詰まった金貨の山を見ていた。

 

「……こんな大金、お目にかかったことがないぞ……

 ジョグスィンでも、贅沢な暮らしができるレベルだ……」

 

「うむ……とりあえず、住民みんなで話し合って、使い道を決めよう。」

 

 よいしょ……と大袋をかついで、応接室の外へ出た。

 

 外には、大勢の住民たちが待ち構えており……

 私の抱える袋からはみでた金色を見るなり、歓声を上げた。

 

 みんなで金貨の山を囲んで、使い道を会議する。

 

 あがった候補は、

 

 ・防寒具 ・保存食 ・薬品類 ・植物の種 ・家具 ・酒類 ・煙草類 

 ・菓子類 ・書籍 ・ボードゲーム…………等々。

 

 隊商の積み荷はあまりに品揃え豊かで、目移りしてしまう。

 これまでの質素な生活の中で、知らず内に私たちの中に溜まっていた欲求の発露だった。

 

「……よ、よし。」

 

 私は覚悟を決めたようにうなづいた。

 そして、こう続ける。

 

「ぜ……全部、買ってしまわないか。 

 候補に、上がったものを……」

 

 住民たちが、にわかにざわついた。

 

 ……管理者様に保護されてからひと月とすこし。私たちは、日々を一生懸命に生きてきた。

 たまには贅沢をしたって……バチは当たらないだろう。

 少なくとも管理者様は、きっと許してくださるはずだ。

 

 住民たちもまた、お互いにうなづくと。

 それぞれ金貨を一枚もって、隊商の方へと向かっていった、

 

 私も一枚、金貨を手に取り。

 露店の様に立ち並ぶ隊商を、そわそわしながら見回した。

 

 なんて……なんてわくわくするのだろう。

 こんな収穫祭のような雰囲気は、いつ振りかわからない。

 

 

 

「子供たちっ……! 見ろ……! このとっておきの"ドラゴン花火"をッ……!!!」

 

 

 お菓子を買った子供たちに囲まれて、向上心の思徒はいろいろな花火に火をつけて披露していた。

 

 他にも、食用の骨を買って嬉しそうに遠吠えをする犬亜人(カーネム)たち。

 向上心の思徒が放った『ねずみ花火』の大群に追い掛け回されて泣きながら逃げる自己憐憫の思徒。

 葉巻に火をつけて一服する隻腕の熊亜人(ヴォーロス)

 

 赤ら顔の大人たちの手には、酒が入った器がある。

 

 

 その一方で、私が購入したものは……書籍だった。

 

 

「うおお~……!! ま、まさか『旅人アイリーナ』シリーズの続きが出ているなんて……!」

 

 本が積まれたキャラバンの前で、私はとある本を手に感涙していた。

 

「お姉さん、ツウだねえ~。その歴史小説、知る人ぞ知る名作なんだよ~」

 

 『旅人アイリーナ』は、私がアシェ=アイネスに住んでいた頃に読んでいた、シリーズ物の半自伝小説だ。

 

 主人公のアイリーナは吸血種(サンヴィ―)の女性で、この作品では彼女がその目で見てきた戦争、異国の文化と人々の生活、旅の中での出会い、戦い、そして恋が、情緒あふれる筆致でつづられる……

 作者あとがきで、『いくつか脚色がある』とされているが、作中に登場するほとんどの人物や出来事は、『旅人アイリーナ』が経験してきたノンフィクションだ。

 

 何を隠そう、私はこの『旅人アイリーナ』の熱心な読者だった。

 たとえ部屋の中でも、自分の脚で世界中を旅しているかのような気分になれるこの作品に、少女時代の私がどれだけ救われたことか……

 

「うう……生きているうちに続きが読めるなんて思わなかった……」

 

「泣くほどかい? 作者も喜んでるだろうねえ……」

 

 購入した「旅人アイリーナ」の全巻を涙ながらに抱きしめる私を、本屋の店主は苦笑いで見守っていた。

 

 

 

 それから、子供たちへの授業に使う紙とペン。そして教科書を購入した私は……

 すっかり日の落ちた管理コミュニティの中で、ベンチに座って一休みしていた。

 

 町は相変わらずお祭りのような雰囲気で、隊商の商人たちと住民たちが、にぎやかに語らいあっている。

 

「……先生。」

 

 と、その時。

 ベンチの隣に。今日の取引で大活躍だった青年が座ってきた。

 

「ん……どうしたんだ?」

 

「そ、その……これを。」 

 

 彼はおずおずと、鮮やかな色紙で包装された何かを差し出してきた。

 

 これは……贈り物だろうか。

 

「そ、それじゃ……」

 

「あ……」

 

 彼は私にそれを手渡すなり、顔を背けて走り去ってしまった。

 

「……ふっ」

 

 それを、ほほえましいものを見るように見送ってから。

 私は、酒盛りをする住民たちの輪の中へと混ざっていくのだった。

 

 

 

 

───────────────────

住民幸福度:60%→70%

 

外貨:アシェ=アイネス金貨260枚

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荒廃惑星で気ままな傭兵ぐらしを。
《フムス》と世界観共有してる新作出しました。よければ。
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