ディストピア惑星管理シミュレーション【Humus《フムス》】 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
─※"先生"
ここ数日の例に漏れず、今日も私たちの集落は活気に満ち溢れている。
子どもたちに弓の作法を手ほどきしてやっている老人。
狩りの戦利品を調理する者と、美味しそうな匂いにきゃっきゃとはしゃぎながら、その手伝いをする子どもたち。
ずっと前から持ち歩いていた植物の種を、地面に植えている者もいた。
この痩せた土地で芽吹くことはないと、諦めていたそうだが。
『大気清浄ユニット』の影響か、青々と茂り始めている
そして最も重要な仕事。
それは、管理者様から求められた資材を回収してくることだ。
【木材:50/50】
【石材:30/30】
【土:200/200】
ある日、巨大な球体──管理者様の『船』の表面に表示された光る文字。
それが、私たちに対する要求であることはすぐに察せられた。
毎朝、だいたい一定のタイミングで、その命令は下される。
すると私たちは、それまでやっていた作業を全て中断し、一丸となって指定された資材集めに奔走するのだ。
まだ"
協力しあって砂から掘り出し、管理者様から支給された運び車を使って『船』まで運びこむ。
【本日の資材集めは完了しました。】
【お疲れさまでした。】
その声が響き渡ると、私たちは安心したように肩の力を抜き、汗を拭いながら昼食の準備をし始める。
"今日も、管理者様の期待を裏切らずに済んだ"。
"少しは御恩を返すことができた"。
私たちの胸に去来する思いは、皆似たようなものだ。
胸を満たす清浄な空気。
聞こえることのない、子どもたちの咳。
生きる実感に満ちた日々。
私たちは、この楽園のような環境とそれを与えてくれた管理者様に、心から感謝すると同時に。
久しく忘れていた、"失う恐怖"を抱き始めていた。
──もし何かのきっかけで、私たちが管理者様の定義する所の"保護対象"でなくなってしまったら?
考えるだけで、心肝から震え上がる。
だから、少しでもその可能性を減らすために。
管理者様の口から言われた事は、是が非でも成し遂げなくてはならない。
それが、私たちの総意だった。
昼食を終えたあと、それぞれが思い思いの仕事に取り組む時間。
私は、子どもたちに勉学を教えていた。
科目は歴史。
ここ最近、管理者様からこの世界の歴史について根掘り葉掘り聞かれ答えていたせいか、私の説明も淀みない。
私の知識は広く浅く、加えてあまり新しいものとも言えないが。
一般教養としては、十分なものであると自負している。
「この世界の歴史は、勇者──"青い異光"の登場以前と以後に大別できる」
木の枝で地面に分かりやすく図解しながら、子どもたちに説明する。
「数百年続いた魔王の時代を終わらせた"青い異光"。
だが、彼が消息を絶ったあとに起こったのは。
「そのせいで、この辺も砂ばっかりになっちゃったんだよね?」
「そうだ。"青い異光"の絶対的なまでの力に目をつけた各国は、彼と同じ世界の人間──"異彩"を次々と呼び出し。
愚かにも、彼が魔王を倒し勝ち取ったはずの平和を、ドブに捨ててしまった。」
"異彩"。
『
神の如き猛威を振るい、歩いた場所を有害な砂漠地帯へと変えていく彼らは。
戦争を変え、インフラを変え──世界の
……とはいえ、その元凶となった『勇者』に対する評価は、ほとんどが英雄的なものだ。
彼の意思を継ぎ、未だに魔王勢力の残党を狩り続ける組織も存在すると言う。
子どもたちも、よく私から彼の英雄譚を聞きたがる。
彼という存在の招いた結果がどうであれ。
彼はこの世界のために戦い、巨悪を滅ぼし、君臨することなく消えた。
この世界における最大にして、恐らくは最後の英雄なのだ。
「よし……今日の授業はここまでだ。
もう好きにして──……ん?」
私は違和感に気がついた。
鼻を突く、甘ったるい匂いに。
同時に、脳の芯から染み渡っていくような、ぽわぽわとした多幸感が広がっていく。
「……な、ん、だ……?」
腰が──砕けたかのようだ。
立っていることができない。
勝手に内股になり、がくがく震える膝をおさえて、私は意思の力を振り絞って立ち上がろうとする。
だが、周りのみんなはそれすら困難のようで、酩酊したような表情のまま、地面にくずおれている。
そして、歪む視界の先。
私は、信じられないものを、見た。
「んっん〜♪」
女だ。美しい、女。
特徴的な
その姿を見た途端、私は心を奪われるような感覚に陥った。
同性にもかかわらず、私の理性を情欲で溶かしてくる。
下腹部のあたりが、いつぶりかわからないほど、強烈に疼く感覚。
「……はっ……はっ……!」
呼吸が荒い。視界に、快楽の絶頂で見る火花が散っている。
腹の奥の場所が、きゅうきゅうと、壊れたように収縮し続けているのがわかった。
知らぬ間に太ももの付け根へと伸びかけていた自分の手を、なんとかおさえつけた。
もじ、と膝をすり合わせ、熱い息を吐く。
……たとえるとするなら。
朝に起きてから晩まで、運悪く一度も小用を足せず、ついには失禁寸前になった日と似た……どうしようもない”限界感”のようなものが。
とつぜん、私の下腹に押し寄せてきていた。
「──……"
"
かろうじて、私はそう呟いた。
けして、出会ってはいけない存在たち。
「んおー……。こんな汚染された古戦場のど真ん中に、よく住んでるもんだねー。
この一帯だけ、聖域みたいに空気がおいしいや。
──あの、おっきなまん丸のお陰なのかなあ?」
女は、集落をきょろきょろと見回したあと。
集落の中心にそびえる球体に目を釘付けにして、楽しげに笑った。
【レベル
──その瞬間、けたたましいサイレンが集落中に響き渡った。
【総員、戦闘態勢】
【繰り返す】
【総員】【戦闘態勢】
【資材から生成した武装を支給します。受け取ってください。】
「っ──みんな! 管理者様のところへ! 早く!」
このような異常事態でも。
管理者様の声は、私たちの体を突き動かしてくれた。
球体の周りへ集まった私たちを確認すると、食料を支給する際と同じように、カシュンと四角形の穴が開き。
そこから、"どじゃあ"と。くろがね色をした筒のようなものが、大量に出てきた。
【レベル
【対象との対話が不可能である場合。】
【"対処"可能な水準の武装です。】
黒筒から香る、鼻をつくような刺激臭が。
私たちの意識を、繋ぎ止めてくれているような気がした
『ハロー』
『あたしは"色欲の
『名前はシェミ──……まあ、自己紹介はいいよね?』
『あなたはきっと、"チキュウ"から来たんだよねっ』
『あなたとお話、してみたいな』
『オッケーぞなもしー?』
【レベル
【対処を。管理者様。】
「……ふうん?」
人懐っこそうな笑顔で手をぶんぶん振ってくる、ピンク髪で『天使』のような身体的特徴の女性を、モニター越しに眺めながら。
ぼくはコーヒーをすすり、思考を巡らせていた。
一見、敵意はなさそうだ。
「……色欲の、
住民たちの異様な反応……なにか、催眠ガスのようなものでも撒き散らしているのか?
いや……アダリン社の大気清浄ユニットの影響下で、それはありえない……。
であれば、住民たちの体内の"魔力粒子"が、何かしらの干渉を受けている……?」
ぶつぶつと、モニターに映るピンク髪の天使──"色欲の
ぼくは、スピーカーをオンにする。
彼女と話してみることにしたのだ。
支給されたライフルを決死の表情で構えている住民たちには、ひとまず『待機』の指示を送っておく。
もし彼女が、"魔力粒子"と深い関係にある存在なら。
この惑星フムスに対する理解を深めるための、大きな足がかりになる。
そう考えた。
【はじめまして。ぼくはアダリン社の"管理者"。】
【この惑星に、秩序をもたらすことを目的としています。】
【対話をはじめましょう。】
・『アダリン社大気清浄ユニット』
アダリン社の代表的事業、木星居住惑星化プロジェクトではじめて実践投入された『アダリン社大気清浄ユニット』は。
それからも度重なる改良とモジュールパーツ追加が行われ続け。
今やその性能は、他社の追随を許さぬ領域にまで到達している。
"地獄に住むなら、アダリンの大気清浄装置を"。
当該企業の大気清浄ユニットの性能を比喩する際、冗談交じりに用いられる文句であるが。
同時に、いかなる極限環境でも居住可能にするその性能に対する信頼が、如実に現れた言葉でもある。