ディストピア惑星管理シミュレーション【Humus《フムス》】 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
足取りがおぼつかない様子で、それでもけしてライフルは手放さない住民たちに囲まれながら。
ぼくの乗っている「船」と、"色欲の
モニター越しでもひしひしと伝わってくるほどの、一触即発の空気に包まれる中。
先に口を開いたのは、あちらの方だった。
『あなたは、管理者くん? 管理者ちゃん?』
『どっちで呼べば、いいのかな』
【お好きにどうぞ】
『えー! それ一番困るやつじゃなーい!?』
『……よし! じゃあ、間を取って"管理者氏"でいい?』
【お好きにどうぞ】
『がってん! 管理者氏っ!』
"色欲の
なにが楽しいのか、彼女の表情はずっとニコニコとしている。
……すこし、調子を狂わされるな。
この手の相手には、向こうのペースに呑まれないように、必要最低限の受け答えに留めなければならない。
それが、ぼくがこれまでの惑星での管理業務で学んだ、セオリーというやつだ。
ぼくは人差し指でこめかみをトントンとたたき、"色欲の思徒"の様子を見る。
周囲の住民たちから銃口を向けられているにも関わらず。
"色欲の思徒"の表情からは、敵意はおろか、危機感すら読み取れない。
底が知れない。それは、もっとも恐ろしいことだ。
ぼくは、頭の中で慎重に言葉を選びながら、今も嬉しそうな目でこちらを見てくる彼女に対して、語りかける。
【色欲の
【申し訳ありませんが、お話をする前に。】
【こちらの管理する住民に対して、"なにか"するのをやめていただけませんか?】
『なにか、って?』
【あなたが集落の一定範囲に踏み込んだ途端、住民たちに洗脳や催眠の類を受けたような反応がありました。】
『あー……っ。ごめんねー、管理者氏。』
『あたしの"これ"は、体質なんだ。自分じゃ止められないの。』
【体質、とは?】
色欲の思徒は、ややバツが悪そうにモゴモゴとしながら。
『えーっと、えーっと……』と呟いている。
『あたしは、色欲の
【
『うん。あたしたち思徒は、魔力粒子が人間の感情に"共振"することで生まれるの。』
『みんながよく使ってる"魔術"と、原理は同じだよ。』
『"魔術"は人間の想像力に、"
『それぞれ魔力粒子が共振して、発生するんだよ。』
『だから、色欲の思徒のあたしがいる周辺では、空気の魔力粒子が同じように共振して。』
『周りのみんなも、エッ………"色欲"!って感じの気分になっちゃうの。』
『ここの人たちはすごいね。あたしがいるのに、理性が飛んでないなんて。』
色欲の
……魔力粒子が、人の想像や感情──恐らくは脳波に共振する性質を持つというのは、初耳だった。
あまつさえ、そこから"思徒"なる別個の生命体が生まれることなど、もっての他だ。
どうやら、"魔力粒子"は、"
ぼくたちがこれまでに認識していた『平凡なエネルギー粒子』の範疇からは、かなり逸脱した性質を持っているようだ。
《フムス》について解明できている事は、未だ少ない。
この惑星を管理業務にあたっている、アダリン社のぼくでもそれは変わりない。
そのぐらい、この《フムス》は今まで注目されてこなかった、未開の惑星であり。
こういった認識の
だが、これは有意な発見だ。
早い段階で、この"色欲の思徒"から魔力粒子の異常な性質にまつわる話を聞けたことは。
アダリン社にとって、大きなアドバンテージとなるだろう。
……で、この善意の情報提供者である"色欲の思徒"さんは。
一体どうして、有害物質の砂嵐を抜けて、ぼくの管理している集落までやってきたのだろうか。
【貴重なお話を、ありがとうございました】
『ぜーんっぜん!』
『むしろ感謝したいのは、あたしの方だよー!』
【はい?】
『あたし、こんな"体質"だからさ。滅多に人とお話できないんだ。』
『あたしは色欲から生まれた思徒だから、人一倍人肌が恋しいのに。』
『誰とも、お友達になれないの。』
【…………】
『だから、ふらふらと世界を歩き回っている時にあなたを見つけて、嬉しくなっちゃったんだ』
『"チキュウ"から来た人って、体の中に魔力粒子が無いからか、あたしの"体質"が効かないの』
『前に仲良しだった人が"チキュウ"出身だったんだけど、もう会えなくなっちゃって』
『あたしね、それからずっと、一人ぼっちだったの』
【つまり、ここにやってきた理由は。】
『お喋りしたくて来ちゃっただけ!』
にぱっと。
無邪気な笑顔で、色欲の
周囲の住民たちは、ぽかんとして、毒気を抜かれたように立ちすくんでいる。
周囲から無数の銃口を突きつけられても、彼女が楽しげにニコニコしていた理由は。
シンプルに、ぼくと話すことを、それ以上に楽しんでいたから、というだけの理由だったのだ。
ぼくが警戒していた"底知れぬ雰囲気"には、底どころか、裏表すらなかったのだ。
「……はあ。」
ぼくもまた、肩透かしを食らったような感覚になり。
背筋に入っていた力が、すっと抜けるのを感じた。
色欲の
『そろそろ帰らないと、ここの人たちに迷惑だよねー……』と寂しげに言った。
『管理者氏っ、ありがとうね!』
『久しぶりに人と話せて、本当に楽しかったよ。』
『じゃあね!』
色欲の
『……ねえ。管理者氏?』
そして、数歩後。
くるっと振り向き、ぼくに質問してくる。
『また、遊びに来てもいい?』
【……お好きにどうぞ】
ぼくがそう答えると、色欲の
片手の小指を立てる奇妙なジェスチャーをしてから、再び歩き出した。
"上を向いて歩こう"。
"にじんだ、星をかぞえて"。
"思いだす、夏の日"。
"一人ぼっちの夜"。
ローテンポの曲を口ずさみ、去っていく彼女の背中を。
ぼくたちは、しばらくの間、見送っていた。
台風一過。
人騒がせな色欲の
ぼくはそれを横目に見ながら、先ほど分かった"魔力粒子"にまつわる新事実をレポートにまとめている。
部長に報告するためだ。
「…………」
小休止。
ぼくはデスクチェアの背もたれに背中を預け、ぐーっと体を伸ばす。
すると、嫌なものが目に入った。
【木材:100】
【石材:300】
【土:1000】
【鉄鉱石:80】
デスク横のモニターには、住民たちが集めてくれた資材の状況が映し出されているのだけれど……。
先ほどの"色欲の思徒"襲来にともない、急ごしらえで製造した『アダリン社現地住民武装化用ライフル』20艇のせいで。
資材が、大きく目減りしていることに気がついたのだ。
「……情報料だったと思おう。必要経費、必要経費だ。」
資材のリソースは、可能な限り確保しておきたい。
まだまだ余裕はあるが、いつ現地国家や他企業と衝突になるか、分からないのだ。
それに備えるために、まずは武器よりも住民数を増やすためのインフラ増強や、惑星探査の方にリソースを割きたかったのだけど。
とんだ出費をしてしまった。
『アダリン社』本社から持ち込んできた兵器なども、この船には積まれているが、それらはあくまで"最終兵器"だ。
現地惑星の文明水準から、あまりに
可能な限り、現地の資材から作成した道具で、管理業務を行うべきだ。
"
【現時点で保護した住民数38人】
【住民幸福度:35%】
【レベルIII相当の戦闘能力を持った住民が一人います】
【住民たちは、管理者様に対して、畏れと感謝を抱いています】
【『アダリン社自走式惑星探査ユニット(下位モデル)』1基が建造可能な量の資材が集積しています。】
【管理業務を続けてください】
『アダリン社現地住民武装化用ライフル』
・2000年代前後の地球で広範に用いられていたものをモデルとした、アダリン社の現地住民支給用ライフル。
・あまり文明が進んでいない惑星の住民を武装化するために用いられる事が多い。
・比較的制作コストが安く、惑星開発序盤でも戦闘要員の頭数を揃えやすい。