ディストピア惑星管理シミュレーション【Humus《フムス》】 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
─"先生"─
その出来事は、私たちがいつも通り。
管理者様から命令された資材を、せっせと集めている時に起こった。
──"ウイイイン"。
──"カシャン、カシャン"。
人間ほどの体高を持った、"鉄の
そう表現するしか無いようなモノが、集落の中心にそびえる管理者様の「船」から出てきたのだ。
【『アダリン社自走式惑星探査ユニット"クリープ・スパイダー"』の建造を完了。】
【レベル
【管理者権限により、優先事項を"難民の保護・当コミュニティへの誘導"に設定。】
鉄の蜘蛛は その赤い複眼で周囲の状況を確認するような素振りを見せたあと。
「……な、なんだったんだ、あれは」
私たちは、しばし呆然としていたが。
やがて資材集めの仕事を思い出し、再びいそいそと動き出すのだった。
管理者様から支給されたスコップや採掘具、運び車を押して、各々の仕事場へと。
『──
そして、その性質によって発生する粒子生命体……"
魔力粒子に、そのような性質があったとはな。
俺たちはこれまで本格的な探査に乗り出すことなく、魔力粒子が発生させるエネルギー量だけを見て"凡庸なエネルギー資源"という評価をくだしていたが。
それすら、間違っていたということか…… 』
「ええ、部長。
ぼくが今回遭遇したのは、"色欲の
字面通り、この世界の人間が持っている『色欲』の感情に魔力粒子が共振して、生まれた存在のようです。
そして彼女たち"
司る感情に応じた精神作用をもたらすことが出来ると、推測できます。」
『そうか……よくやった、管理者。
これは、他社が知り得ない情報だろう。
現地の脅威存在とエネルギーの性質について知れたことは、アダリン社の大きな強みとなる。
……だが、
厄介この上ないが、種類によっては現地社会の生活向上にも繋げることができそうだな。
たとえば、"善意"や"正義感"の
「ぼくは……危惧します。
いき過ぎた善意と正義は、いつの時代も破滅の呼び水になるものですから。」
『……ふん。お前も、言うようになったものだ』
ホログラムで投影された鋼鉄の巨漢──部長が、手元のタブレット端末をスワイプして、ぼくの提出したレポートを読んでいる。
全身ほとんど
今どき子どもでも、頭に入れたインプラントを使えば、思考するだけで仮想インターフェイスで雄大なネットワークにアクセスできるというのに、"タブレット端末"って。
ぼくは現地惑星での整備性の観点から、インプラントも義体もつけていないけれど、部長はそうじゃないだろうに。
巨大な鉄の体で薄っぺらいタブレットをちょいちょいやっている姿は、ひまわりの種を食べるハムスターのようで、少しおかしい。
『……おい、笑ったな? なにがおかしい。』
顔には出していないつもりだったのだけど、長い付き合いの部長は気がついたらしい。
部長は、むっとした様子でそう言ってきた。
ぼくはそれに知らんぷりして、無表情のまま返す。
「笑ってませんが。
なんですか、部長という立場を笠に着た言いがかりですか。
分かりました。パワハラとモラハラと、ついでにセクハラで人事部に相談します。
あること無いこと言います。
"役満"というやつです。法廷で会いましょう」
『待て、待ってくれ、頼む。
…………クッ、すまなかった』
「反省してください」
『管理職の姿か? これが……』
部長とぼくが、上司と部下の和気あいあいとした会話を楽しんでいると。
視界の端に映っていたモニターに、【"クリープ・スパイダー"1号機が発進しました。】という文章が映し出された。
「……よし。」
"クリープ・スパイダー"──アダリン社の自走式惑星探査ユニット、その下位モデルだ。
主な機能はレベル
そして何より"安い"。
ライフル二十挺をこしらえて、苦しくなってしまった今の資材状況でも、なんとか1基建造することができた。
今回、"クリープ・スパイダー"に下した指示は、フムスの探査と、発見した住民の保護および誘導だ。
その障害となる存在がいた場合、必要最低限の武力行使も許可してある。
これからは、この"クリープ・スパイダー"を量産して、集落の住民を増やしながら。
より多くの資材を集め、この集落のインフラや防衛設備を拡充していくことを目標に、管理業務を
ようやく、少しは軌道に乗ってきたと言える頃だ。
"色欲の思徒"が襲来した時はどうなることかと思ったものだが、あれも結果的にはプラスだった。
今のところ、アダリン社の《フムス》探査は
だけど……5年。あと5年か。
アダリン社からの増援がやってくるまでの時間だ。
まだ《フムス》にやってきて四日間程度の今から考えると、本当に途方のない時間の様に思えてくる。
今のところ、他企業をはじめとする星外勢力は、影も形もない。
基本的に、通信目的以外でのワープ関連技術使用が禁止されているのもあって、この宇宙のド辺境である《フムス》にやってくるのは、現行の第19世代
だけど……ぼくが眠っていた月日は、15年。
すでに、進出している勢力もあるはずだ。
彼らとは、そう遠くはない内に衝突することになるだろう。
『……不安、か?』
ぼくが顎に手を当てて考え込んでいると、部長が静かにそう聞いてきた。
また、ぼくの限りなく無表情に近い顔から何かを読み取ったらしい。
ぼくも部長に負けず劣らずの"鉄面皮"だと自負しているのだけど、やはり、長い付き合いとは厄介なものだ。
「すこし。」
『……生半可な
いくら言葉を
「分かっています」
『だが……一つ言おう。俺は、お前を信頼していると。
お前はアダリン社の、歴戦の"管理者"。
これまで、いくつもの惑星に秩序をもたらしてきた。
その実績を、人間性を、組織への忠誠を、信頼していると。』
そう言い残し、ホログラムの部長は消えた。
「……」
ぼくは、先ほどまで彼がいた虚空に視線を遊ばせながら。
色々なものを押し流すように、苦いコーヒーに口をつけた。
"クリープ・スパイダー"1号機は、有害な砂塵の舞う荒野を進んでいた。
死の荒野だ。
一昼夜歩き続けてなお、彼に内蔵された生体センサーは、ほとんど反応を示すことはない。
あったとしても、虫を主食とする小動物が横切る程度だ。
彼が目的とする、"保護すべき人間"の反応は、全く見当たらなかった。
【──……《Humus》人類と思しき生体反応をケンチ。】
それからしばらく歩き続けた後。
"クリープ・スパイダー"は、2キロメートルほど西に行った距離に、一まとまりの生体反応を検知した。
カメラ・アイを望遠モードへと切り替え、彼はその反応の方向を確かめる。
彼の複眼に写ったのは、小規模な集落が一方的な略奪を受けている光景だった
『て、
【…………】
獣耳や尻尾など、動物のような身体的特徴を持った人々が。
頭部に黒い角が生えた屈強な戦士たちにより、
【保護対象をハッケン。】
【障害を認識。クラス
そこからの"クリープ・スパイダー"の動きは速かった。
八本脚による悪路踏破性能は、彼に足元が細かい砂とは思えないほどの機動力をもたらし。
時速にして60キロ以上のスピードで、彼は襲撃を受けている集落の方へと、猛進していく。
【──武力衝突の鎮圧、カイシ。】
『アダリン社自走式惑星探査ユニット"クリープ・スパイダー"』】
アダリン社の惑星探査ユニット、その下位モデル。
未開惑星探査における、アダリン社のもっとも身軽な"目"と"脚"となる存在。
燃費、耐久力、コストパフォーマンスのバランスが、極めて優れている
優秀な基礎設計に加え、『探査』、『防衛』、『戦闘』それぞれに特化したモジュールパーツを持つため、未開惑星開発において想定される、ありとあらゆる状況に対応することができる。