ディストピア惑星管理シミュレーション【Humus《フムス》】 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
──
痛みを無視し、流血すら即座に止める、『闘争』に最適化された脳内物質。
そして──頭部に生えた、一対のツノ。
彼らの象徴とも言えるソレは、魔力粒子の声を聞き分けることが可能な程に鋭敏な
彼らはその圧倒的なフィジカルと、魔力粒子との高い親和性によって。
数百年に渡り《フムス》の生態系の頂点に君臨してきた、"
「……化け物め。」
──その彼らは現在、絶望と直面していた。
【投降をスイショウ】
【繰り返す】
【投降を】【推奨スル】
その絶望は、鉄の蜘蛛のようなカタチをしていた。
事が起こったのは、彼らが略奪を目的にとある集落を襲っていた最中だ。
彼らには、あとが無かった。
五人ほどの若い
現代の《フムス》において、
かつて大陸を席巻した栄華はもはや見る影もなく、今や差別と迫害、そして自分たちを執拗につけ狙う『群青学派』に怯えながら。
身を寄せ合い、みみっちく背中を縮めて生きていくしかない、か弱い存在だ。
この若い魔族たちは、その境遇が許せなかった。
だから、彼らを取りまとめていた『将軍』の方針に逆らって、周辺集落への略奪行為をはたらき。
その処罰として、この死の荒野に
「ぐっ……こいつ、なんて力……!」
大上段から振り下ろした大剣の一撃を、"鉄の蜘蛛"の脚の一本によりあっさりと受け止められ。
"ジャキン"、と蜘蛛の脚の内部から現れたブレードによって胴を浅く切り裂かれた魔族の一人は。
とっさにバックステップを踏んで距離を取り、浅い呼吸を繰り返しながら、"鋼の蜘蛛"を睨みつける。
彼らには、あとが無かった。
子供の頃から、腕っぷしだけには自信があった。
自分たちこそ、他者からすべてを刈り取る権利がある、選ばれた狩人であると自負していた。
だから、『将軍』の体たらくが許せなかった。
目の前の敵に勝てる公算はない。
絶望的なまでの、戦力差を感じる。
だが、認めるわけにはいかなかった。
自分たちが、"狩られる側"であるということを。
矜持とは、時として……。
矛盾するようだが、命よりも、生きていくために必要なものなのだ。
【──最終ケイコク。】
【次に攻撃的行為を行ったバアイ】
【
「……舐め、やがって。
どいつもこいつも、
ぶっ殺してやる!」
彼らは、仲間と目線をあわせ、呼吸を合わせる。
そして、熟練のフォーメーションで、"鉄の蜘蛛"に対し全方位からの波状攻撃を仕掛けた。
【障害の排除、カンリョウ】
──数秒後。
五つの若い命が散り。
同じ数の死体の山が、その場に作られた。
散華。
朱色がいくつも咲いた血溜まりの上で、"クリープ・スパイダー"1号機は、きょろきょろ周囲を見回した。
【ショック症状による意識不明状態をカクニン】
彼が
目の前で繰り広げられたあまりの光景に、泡を吹いて気絶してしまっていた。
【保護スル】
これ幸いとばかりに、彼はその豊富な本数の脚で、気絶した住民たちを抱え。
"クリープ・スパイダー"1号機の冒険は続く。
『……自律機動型……か……』
砂嵐の向こう側へと消えていく"クリープ・スパイダー"の背を、悠然と
ガスマスクのような外観の兜からは"シュコー……シュコー……"という一定の呼吸音が漏れており。
それは騎士の装備が、"
一定の防塵効果を持っていることを、示している。
『……戦争を知らぬ若僧とはいえ、
『《フムス》の文明水準では、到底存在しえぬ……』
『侵略者どもの、
騎士は、心底から忌々しそうに兜の下の目を歪めた。
そして、懐から旧式の
ボソボソとした声で、暗号の羅列を口走る。
騎士は血が滲まんばかりに、手甲に包まれた拳を握りしめ。
抑えきれぬ憤怒が滲んだ声で、荒野に対して悪態を吐き捨てる。
『勇者様が光をもたらした、この世界……』
『貴様らの汚い足に、踏み荒らさせはせんぞ……』
『"
『──我ら『群青学派』が、この星に群がる蝿どもを駆除してくれる。』
──彩暦28年。アダリン社管理コミュニティ──
【"クリープ・スパイダー"2号機発進。】
【"クリープ・スパイダー"3号機発進。】
「いってらっしゃい。スパイダー。」
最初の"クリープ・スパイダー"を発進させてから、3日後。
ぼくは資材状況と相談しながら、2機目と3機目のスパイダーを《フムス》へと解き放った。
近頃、住民たちの士気が僅かに低下気味だ。
原因はわかっている。
主食が未だに"土味"であることと、数カ月後に『冬』が迫っていることだ。
住民の一人から聞いたところ、この地域の冬は有害物質をたっぷり含んだ雪が降り積もる、地獄のような環境らしい。
その冬が迫っているにも関わらず、未だに野ざらしで暮らしている現状が不安なのだろう。
食料と、建築問題。
この二つを解決するするためには、とにかく資材と人手がいる。
そのために、"クリープ・スパイダー"をハイペースで解き放って、住民数の増加を図っているというわけだ。
「……コーヒーにも、飽きてきたな。」
ぼくは、眠い目をこすりながら、数時間ぶりに椅子から立ち上がった。
腰と背中がばきばきだ。
くぐっ、と伸びをすると、骨の鳴る音と共に少しだけ眠気が飛んだような気がした。
「少し、運動でもしようか」
惑星開発において、ぼくたち"管理者"は「船」の中で年単位の時間を過ごす。
そのため、健康管理のための運動器具が並べられた小さなジムのような場所も「船」の中には存在する。
ぼくは、その中でも手前の方にある懸垂機に目をつけた。
背伸びしてバーを掴み、足を地面から浮かせてみる。
「…………」
上がらない。
ぼくは潔く諦めて、運動室をあとにした。
よく考えたら、ぼくは運動が苦手なのだった。
適材適所。そうやって世の中は回っているのだ。
不得手なことにわざわざ時間を割くほど、非生産的なことはない。
『すまない、管理者様。』
『少し、良いだろうか……』
ぼくがそうやって自己正当化を試みていると、その時。
住民の一人が、ぼくにコンタクトを取ってきた。
灰色の髪の毛に、コウモリのような翼と、爬虫類を思わせる尻尾を持った妙齢の女性。
集落の住民たちから"先生"と呼ばれている女性である。
その呼び名の通り、教師を生業としているらしく、彼女は非常に博識だ。
この世界の歴史などについて、ぼくに教えてくれた人物でもある。
ぼくが発言を許可すると、彼女はやや言い淀みながら話し始める。
『その……"管理者様に会わせろ"と言って聞かない者が、集落の入口にやってきていてだな。』
『追い払おうとしたのだが、あまりにしつこくて……』
『少し、話を聞いてやってはくれないだろうか?』
『"自分は必ず役に立つ"と言っているんだ。』
…………はて。
ぼくは、いまいち要領を得ない"先生"の言葉に首をかしげていた。
いったい、誰がやってきたと言うのだろう。
口ぶりからして、"クリープ・スパイダー"や、彼が先導してきた難民という線は無いだろう。
偶然この集落を発見した難民や、敵対存在という線もない。
だとすれば、もっと集落が慌ただしくなっているはずだ。
本格的にわからない。
ささやかな知的好奇心がくすぐられたぼくは、"先生"に対して。
集落にやってきた存在Xを、ぼくの前に連れてきてほしいと、お願いしてみた。
……すると数十秒後、ぼくの前に現れたのは。
『ぜえはあ……頼もうっ!』
『あなたが、"管理者氏"だなっ! そうに違いないなっ!』
『我が名は、"向上心の
『色欲の
『ダッシュで!!!』
『ここでならっ、"わたしの目的"を果たすことができるとっ、そう聞いたんだっ!』
『ぞんぶんに、わたしをここに置くといいっ! わはーっ!!!』
『"ぷっぷー!"』
「…………」
今、ぼくの前に立っているのは。
地面すれすれの金色の髪に、それと同じ色の翼と"
彼女の右手には、ラッパに似た楽器が握られており。
喋っている最中にも、隙あらば"ぷっぷー!"とそれを吹き鳴らすので。
常に息を切らしているような、弾んだ喋り方になってしまっている。
"向上心の
その天使のような身体的特徴を除けば、単なる元気盛りの童女にしか見えない彼女は。
胸をどんと張って、自信満々に顎を浮かせながらぼくの方を見据えてくる。
……これはこれで、想定外の事態だ。
それも、斜め下の方向に。
ぼくは、皺が寄りそうになる眉間を揉みほぐしながら。
彼女への対処を始めるのだった。
【異分子《ペレグリウム》】
『現在は立ち入りを禁止された地球でしか存在を確認されていない、極めて微細かつ非活性の粒子。』
『しかし、惑星《フムス》の"魔力粒子"と結びつくことで、核融合すら凌ぐエネルギーを発露させる。』
『"発露現象"の後、周辺の物体を、生体に対して有害な粉塵へと変えることが確認されている。』
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