ディストピア惑星管理シミュレーション【Humus《フムス》】   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

9 / 23
『新規保護住民』─彩暦28年─

 

─"先生"─

 

 

 肌を刺す、針のような寒気(かんき)で私は目を覚ました。

 

「……ん。」

 

 眠る前に羽織っていたブランケットが、手元に無い事に気がつき。

 寝ぼけ(まなこ)をこすりながら横を見ると。

 そこには、私から剥ぎ取ったであろうブランケットにくるまって、気持ちよさそうに眠っている子どもたちの姿があった。

 

「もう……」

 

 私は体を億劫(おっくう)に起こす。

 かじかんだ指先を温めようと、深く息を吸い込んで手のひらに当ててみると。

 冷たい空気に喉を引っかかれるような感覚が走り、数ヶ月以内に訪れるであろう冬の足音を私に教えてきた。

 

 もうすぐ、冬がやってくる。

 例年よりも少しばかり早く訪れた寒気(かんき)は、早朝であれば氷点下を下回っているのではないかと思うほどに、鋭い。

 

 私は寒さに弱い龍人(ドラコニス)と、朝に弱い吸血種(サンヴィー)の血を引いているので。

 近頃はよく朝寝坊をしてしまい、子どもたちに叩き起こされることもしばしばだ。

 

 なるべく動物の生き血などを飲んで、精を付けるようにはしているが。

 私たちが狩れるような小動物のそれでは、やはり効果は薄い。

 

 冬が迫っていることは、管理者様にも提言している。

 すると、いつもながらの平坦な声で【対処します】と答えてくれた。

 

 この集落には、雨風や寒さをしのげる住居がまだ無い。 

 管理者様に"保護"されてからまだ一週間程度しか経っていないので、仕方ない話なのだが。

 この底冷えする寒さは、私たちに現状を不安視させるのに十分だった。

 私は、管理者様はきっと良い手を打ってくれるだろうと思ってはいるが……。

 

 ──"ぷっぷー!"

 

 その時。

 寒々とした朝には似つかわしくない、景気の良いファンファーレのような音色が集落に響き渡った、

 

 音の聞こえた方向に視線をやると。

 光輪(ヘイロウ)を頭上に浮かばせた金髪の童女──向上心の思徒(タルパズ)が。

 小さな頬を空気で膨らませて、力いっぱいに黄金の管楽器(かんがっき)を吹き鳴らしていた。

 

「みんなっ、おはよう! 今日も新しい朝がやってきたぞ!

 さあ、わたしのラッパにあわせてっ!

 これからの一日を元気いっぱいにする、朝の体操をしようっ!」

 

 はやくも集落に馴染みつつある、朝の光景。

 その快活な声と、ラッパの音色で目を覚ました住民たちが、わらわらと体を起こし始める。

 

 向上心の思徒(タルパズ)は、それを満足そうに見回したあと。

 寝ぼけた顔でぼおっと自分のことをながめている私に、気がついたのか。 

 てってってっ、とこちらに駆け寄ってきた。

 

「先生っ、今日は早起きなのだなっ! だけど、ちょっぴり眠たそうだ!」

 

「きみは……今日も、元気いっぱいのようだな。」

 

「わはーっ! わたしは、向上心の思徒(タルパズ)だからなっ!

 昨日を全力で過ごしたわたしには、今日もすばらしい朝がやってきているというわけだ!

 ……だけど先生っ、どうしても眠たいのなら、もう少し寝たほうがいいぞっ!

 疲れてしまっている時は、全力で休むのがイチバンの仕事だと、わたしは分かっているっ!」

 

「……どうもありがとう。大丈夫だよ。」

 

 私がそう答えると、向上心の思徒(タルパズ)は、自分を呼んでいる子どもたちの方へと走っていった。

 

 見た目の年齢が近いこともあり、向上心の思徒(タルパズ)は子どもたちから大人気のようだ。

 

 わいわいと、子どもたちと一緒に特徴的な動きのストレッチ──『朝の体操』をしている彼女の姿は。

 どこにでもいる、お転婆な女の子のようにしか見えない。

 

「いっちにー! いっちにー! 

 よしっ、次は上体を後ろにそらして、空に向かって大きく笑う体操だ!

 さん、にー、いちっ。…………わはーっ!!!」

 

「「「わはーっ!」」」

 

 ……思徒(タルパズ)との、共同生活。

 私からすればとても信じられないそれは、今の所なんら問題なく成り立っているように見える。

 

 思徒(タルパズ)とは本来、下手な魔族(テラス)などよりも遥かに危険な存在だ。

 歴史上、思徒(タルパズ)によって滅んだ国家や町は、枚挙に(いとま)がない。

 

 ……数日前、この集落へやってきた"色欲の思徒(タルパズ)"が、まさにそうである。

 

 彼女は人格的には、比較的良識ある部類の思徒(タルパズ)であったようだが。

 それでも過去、いくつかの都市を機能停止させた記録が残っている、極めて危険な存在だ。

 

 本人の意思に関わらず、人間によって構成されたコミュニティに対して大きな影響をもたらしてしまうのが、思徒(タルパズ)という存在なのだ。

 

 "色欲の思徒(タルパズ)"は去り際に、『また遊びにくる』と言っていたが。

 正直なところ、勘弁してほしいと思う。

 管理者様が構わないと言ったので仕方がないが、私にとっては死活問題である。

 

 ……恥ずかしい話だが、あの時は下着がひどいことになってしまった。

 

 この集落には、基本的に『色欲』というものから縁遠い老人と子どもしかいない──私を、除いて。

 彼らにとってそこまで致命的ではなかった"色欲の思徒(タルパズ)"の力は。

 実年齢はともかく、肉体的にはまだ若い私には極めて効果てきめんだった。

 

「……んむう…………。」

 

 思い出すだけで、自己嫌悪に眉をひそめずにはいられない。

 あの日のことは、私の人生の汚点だ。

 

 "色欲の思徒(タルパズ)"が去った後も、下腹部のどうしようもない程せつない感覚は、収まるどころか膨らむばかりで。

 

 その日の晩。

 とうとう私は一人、教育者にあるまじき行為をしてしまった。

 

 ……もう二度と、あってはならないことだ。

 教え子たちに対して、清廉潔白の模範たらねばならない私が。

 色欲に屈し、雌猫のように(さか)ることなど。

 

 幸い、その時は誰にも見られず密かに処理することができたが。

 次もそう上手くいくとは限らないのだ。

 

 もし教え子たちに、そんな姿を目撃されたら。

 ……私はきっともう、生きていけない。

 恥ずかしくて、情けなくて、本当に死んでしまう。

 

【みなさん、おはようございます。】

 

【朝の食料配給をはじめます。】

 

【補給が終わり次第。本日の資材集めに、取りかかってください。】 

 

 私が悶々(もんもん)としていると、集落に管理者様のアナウンスが響き渡った。

 

 集落の全員が、それまでにしていたことをやめて、その声に耳を澄ます。

 

 ……嫌なことは、仕事に一生懸命打ち込んでいる内に、きっと忘れるだろう。

 私はスコップやつるはし、運び車などの、資材集めに使う道具が置いてある場所へ、みんなと共に向かった。

 

   

 

 

【木材:100/100】

【鉱物:50/50】

【土:50/50】

 

【本日の資材集めは以上となります。】

 

 時間は過ぎて、昼下がり。

 今日の資材集めは、普段よりも土の要求量が少なく、木材と鉱物が中心だった。

 

【みなさん、お疲れさまでした。】

 

 管理者様の声に、私たちは肩の力を抜く。

 私は、住民のみんなが、集落の中へと戻っていく姿を見ながら。

 今日の資材集めも、普段よりも少し早く終わっていることに気がついた。

 

 昨日はじめて、"向上心の思徒(タルパズ)"と共に行った資材集めと同じだ。

 

 今日も昨日も、資材の要求量は、普段と大差なかった。

 であれば、これはもしかすると"向上心の思徒(タルパズ)"の影響を、知らず内に受けているということなのだろうか。

 

 仕事終わりの体の疲れは、普段と変わらずあるが。

 精神的な疲労は、いつもよりもずっと少なく感じる。

 

 "明日はきっと、もう少し良くしていける"。

 そんな、漠然とした楽観が、心の奥底にある。

 

「……管理者様の差配は、やはり間違っていなかった、ということか。」

 

 理外の発想と言う他ない、集落への思徒(タルパズ)滞在許可。

 その判断には、しっかりと理由があり。

 結果的に仕事の効率は上がり、私たちの負担も少なくなった。

 

 ……あの日、私たちが荒野で行き倒れた時。

 管理者様と出会えて、つくづく幸運だったと思う。

 

 与えてもらったものから考えれば、私たちは一日中馬車馬(ばしゃうま)のように使い潰されても当然だというのに。

 

 管理者様から要求される仕事は、可能な限り私たちに無理が無いよう、配慮されている事がわかる。

 

 少し前まであった管理者様への得体の知れない不信感は、少なくとも私の中にはもう無い。

 

 あの方の正体や、凄まじい技術の数々については、ほとんどが謎のままではある。

 色欲の思徒との会話で口にしていた、"アダリン社の管理者"──という情報以外は、知らないことばかりだ。

 もっとも、その"アダリン社"についても。

 管理者様が所属しているであろう組織ということ以外は、不明のまま。

 

 ……だが、それでも。私はあの方を信頼している。

 

 あの方は、私たちのことを、よく考えてくれている。

 この一週間程度の生活の中でも、それだけは、よく伝わってきたからだ。

 

 

 ──"ウイイン"。

 ──"カシャン、カシャン"。

 

 

 その時。

 聞き覚えのある特徴的な音が、集落の入口の方から私の耳に届いた。

 

【"クリープ・スパイダー"1号機、帰還シタ。】

【難民九名の保護・アダリン社管理コミュニティへの誘導をカンリョウ。】

【引き続き、任務を続行スル。】

 

 ──鉄の蜘蛛。

 数日前から、たびたび管理者様の『船』から出てきて、集落の外へと向かっていった存在。

 

 蜘蛛の脚には、九人程の犬獣人(カーネム)が、意識を失った状態で抱えられており。

 蜘蛛はそれを乱暴に集落の敷地内に投げ捨てると、また荒野へと歩き出していってしまった。

 

 ……口ぶりから察するに、あの"鉄の蜘蛛"は。

 行き場を失った人々をこの集落へと連れてくる仕事を、管理者様から与えられているのだろう。

 あの日、私たちを保護してくれたのと同じように。

 

「……大丈夫か」

 

 私は、地面に横たわっている犬亜人(カーネム)たちの内、一人の肩を揺すって声をかけてみる。

 

「う、うーん。……ひっ! て、魔族(テラス)!?」

 

 犬亜人(カーネム)の青年は、起き抜けに私の頭を見て、悲鳴を上げた。

 

「……私は魔族(テラス)じゃないよ。安心してほしい。

 この頭のツノは、龍人(ドラコニス)の血に由来するものだ。」

 

「そ……そう、だったのか。失礼を言って、申し訳ない……」

 

「その異様な反応……きみたちは、魔族(テラス)に襲われていたのか?」

 

 私がそう聞くと、犬亜人(カーネム)の青年は何かを思い出したように、みるみる顔を青くした。

 

「そうだ……お、おれたちの集落は、魔族(テラス)どもに襲われて、何人も殺されて……!

 もう、だめだと思った時に。鉄でできた蜘蛛が現れて、やつらを蹴散らしてしまったんだ……」

 

 彼はひどく混乱した様子で周囲を見回す。

 そして、自分の隣に横たわっている仲間たちを見つけて、少しだけ安心したような顔になった。

 

「それで、あの……ここは一体、どこなんだ?

 信じられないぐらい、空気が透き通っているけど……

 この世の景色とは……とても、思えないぐらいだ。」

 

 至極当然の疑問をぶつけてくる青年に、私は淀みなく答える。

 

「ここは、アダリン社の管理者様が、管理している集落だ。

 きみたちには、多少の労働の対価として。

 管理者様から食料の提供と、この集落への居住権が与えられる。」

 

「あ、あだりん……? 管理者様……?

 こ、ここに、住んでも構わないってことか!? 

 それは、本当にありがたいが……!」

 

 急に色々なことを言われて理解が追いつかないのか、犬亜人(カーネム)の青年は、その耳と尻尾をそわそわさせながら。

 興味深そうに、集落の四方にある『大気清浄ユニット』や管理者様の『船』を見ている。

 

 私はそんな彼に、握手の手を差し出した。

 

「私たちはこれから、同じコミュニティに所属する仲間だ。

 お互いに助け合いながら、明日の生活と、管理者様への貢献のために、がんばっていこう。」

 

「……わ、わかった! よくわからないが、ここに住ませてもらえるんだったら、貢献だってなんだってする!

 これから、よろしく頼む……!」

 

 差し出された私の手を、彼は両手で力強く握り返してきた。

 

 彼らが落ち着いたら、一緒に管理者様への挨拶に行くとしよう。

 

 

 

 

【住民数:39人⇒48人。】 

 

【新しい種族が住民に追加されました。】

 

【管理コミュニティの労働力が、大きく上昇しました。】

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。