ファントム・アーカイブ   作:名もなきWater

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ペルソナ5本編後のジョーカーこと雨宮蓮、モナことモルガナが学園都市キヴォトスに赴任するお話。

(ところどころ省いているため本編より短め)


プロローグ

 ――今思い返せば、あの事件がきっかけだったのだろう。

 高校二年、たった一年だけ過ごした「秀尽学園高校」。

 諸々の事情から転校後、間も無くしてその事件は起きた。

 ――「鴨志田事件」。当時被害にあった仲間達の間では、それで通っている。

 つまるところ、一人の体育教師による傷害事件だ。かつて自分もそれに巻き込まれ、つまらない大人の身勝手で退学になりかけた。

 無論、これは過去の話。問題の体育教師は未だ刑務所。直接被害にあった生徒達も、多くの助けを借りて立ち直り、各々の人生を歩いている。

 そして自分も――「雨宮蓮」もまた、己の人生を歩き始める。

 

「……い」

 

 ゴソゴソ。

「……い、蓮」

 

 ゴソゴソ。ゴソゴソ。

 バッグの中で何かが動いている。

 

「……、いい加減……………!」

 

 にゃーにゃー。にゃーにゃーと、小さな声が聞こえる。

 どこから? 勿論バッグだ。

 

「オイ、いい加減起きろって! これ以上は流石にマズイだろ!」

 

 ズボッ!

 少しだけ開けていたファスナーの隙間から黒い塊が飛び出した。猫の頭だ。

 猫。そう、猫である。

 黒猫は器用にもバッグから頭だけを出して、こちらを睨んでいた。

 

「……モルガナ。今日はまだ寝ないぞ」

「十分過ぎるほど居眠りしてただろ……。

 ……まあ、ここに来るまでを考えたら、仕方ねーか。

 それよりも、そろそろだ。この足音からして一分もねえ。ワガハイは今から身も心もぬいぐるみに成りきる。もしバレた時は、上手く言い訳してくれよな」

「……ああ」

 

 自分たちは今、高層ビルのオフィスにいる。このビルは全館に渡ってペット禁止。バッグに猫を忍ばせてることがバレたら、早速クビになりかねない。

 

「ったく、テキトーな返事しやがって……。

 分かってんのか? 今日からオマエは「先生」なんだぞ?

 つまり、「大人」ってやつだ。今までのワガハイ達にはなかった「責任」と「義務」ってやつを、これからは背負わなきゃならねえ。

 かつてワガハイ達を苦しめた連中みたいにならないためにも、最初の一歩はきちんと踏み出さねーと。

 っと、噂をすればそろそろか。じゃ、頑張れよ!」

 

 言いたいことだけ言って、黒猫――「モルガナ」はバッグの中に息を潜めた。

 同時にオフィスの自動ドアが開き、一人の女性が入室する。

 その女性の姿に、少しばかり目を奪われる。

 白をベースとした制服と黒い長髪。

 不自然に長く尖った耳と、頭上に浮かぶ青い輪。前者はファンタジーでいうところのエルフ、後者は神話でいうところの天使を彷彿とさせる。

 なんにせよ。この女性は、自分とは明らかに「違う」のだと認識させられた。

 

「お待たせしました、雨宮蓮さん。改めて、今の状況をお伝えします」

 

 ◆

 

 

 学園都市「キヴォトス」の連邦生徒会幹部、「七神リン」

 そう名乗った彼女から、現在の状況を説明された。

 ここ「キヴォトス」は、数千の学園から成る学園都市であり、住人はみな自分達の常識には当てはまらない。

 例えば、ここに住む生徒は全員銃火器を所持している。こちらの常識に当てはめるならそれだけで警察案件なのだが、ここでは逆だ。

 つまり、銃火器を「所持していないこと」。幾つかの例外を除き、これが法律に引っかかるのである。

 そして当然、銃で撃たれても致命傷にはならない。

 これも幾つか例外があるが、基本的にここの生徒は有り得ないほど頑丈なのだ。

 

 ――そんな生徒達が今、学園都市中で暴れまわっているらしい。

 

 平たく言えば暴動である。

 ……いや、ただの暴動ではない、か。

 銃火器を所持している、かつ銃火器では死なない生徒達の暴動だ。

 各学園の上層部が対応しているようだが手に負えないようで、学園都市全体が大混乱に陥っている、とのこと。

『なんでそんな状況でワガハイ達を呼び出したんだよ!?

 こちとら元怪盗の一般人と猫だぜ!?

 ……というか、よくここまで無事だったなワガハイ達!?』

「…………」

 

 バッグからキレッキレのツッコミが聞こえた気がした。

 ともかく現在、学園都市中で生徒達が大暴れ。

 その原因は――連邦生徒会長の失踪。そして、「サンクトゥムタワー」の管理者不在による制御権喪失。

 当然、連邦生徒会も事態を収拾しようと努めたが……肝心の生徒会長が不在ではできることも限られていた。

 最早お手上げ侍……もとい、お手上げ状態だったのだが、自分がここに来たことで状況は好転した。

 

 そもそも自分――「雨宮蓮」は、ある部活の顧問としてキヴォトスに呼ばれた。

 それが連邦捜査部「シャーレ」。あらゆる権限を持つ超法規的機関。

 「雨宮蓮」が「シャーレ」の顧問として活動を開始し、「サンクトゥムタワー」の制御権を取り戻し、連邦生徒会に譲渡する。

 シャーレの権限とサンクトゥムタワーの制御さえ取り戻せば、あとは連邦生徒会で何とかする、とのことだ。

 ――問題は、その場所である。

 

「オラオラオラオラオラ!!!!」

「きゃあああああ!!?」

 

 霰のように放たれる銃弾を、破損した車に隠れて凌ぐ。

 正に阿鼻叫喚。

 サンクトゥムタワー入口周辺は、不良生徒達によって戦場と化していた。

 

「ちょっと、あいつら違法JHP弾を使ってるじゃない! 傷が残ったらどうするのよ!」

 

 女生徒の一人――「早瀬ユウカ」が隠れながら叫んだ。

 そして今更ながら戦慄する。彼女たちにとって銃弾とは、傷が残るかもしれない程度らしい。

 

「今は先生が一緒なので、その点に気をつけましょう。

 先生を守ることが最優先。建物の奪還は二の次です」

 

 長身のセーラー服の女生徒――「羽川ハスミ」が落ち着いた様子で言う。

 

「そうですね、ハスミさんの言う通りです。先生はキヴォトスの外から来たお方。弾丸一つでも生命の危機に晒されます。その点ご注意を!」

 

 栗色の髪をした、眼鏡の女生徒――「火宮チナツ」が、懐から銃を取り出す。

 それに続き、ユウカとハスミも武装する。

 

「分かってるわ。先生は戦場に出ないでくださいね。あの不良生徒達は、私達がやっつけてきますので!」

「……任せた」

 

 自分達と彼女達は違う。根本からして別の生き物だ。銃弾一発が致命傷になる以上、前に出るわけにはいかない。

 

「ミレニアム、トリニティ、ゲヘナ。三人バラバラの即席チームだけど、相手はたかが不良生徒。先生の前なんだから、遅れはとらないでよね!」

「それはこちらの台詞です」

「私がサポートに回ります。お二人共、前衛をお願いしますね!」

 

 ユウカがいの一番に飛び出し、ハスミが、チナツが、彼女の後ろに続いた。

 

「ははっ、ようやく出てきたな! てめーらなんかハチの巣にしてやるぜー!!」

「やれるもんならやってみなさいよ!」

 数秒遅れて、両者が接敵。怒号と銃弾が飛び交う、奇妙な銃撃戦が開始された。

 

 ◆

 

「蓮、こいつはヤバイぜ」

 

 周囲に誰もいないことを確認して、モルガナがバッグから顔を出す。

 ……ヤバイ。やはりモルガナもそう思ったらしい。

 言うまでもなく、戦況だ。

 

「三人とも自信満々だったが、コンビネーションがなってねえ。

 個人のスペックこそ高いが、互いに足を引っ張り合ってる」

「バラバラの即席チームだからか」

「かもな。なんにせよ、撤退の準備をした方がいい。

 とはいえ、ここから叫んでも聞こえねえだろうな。どうやって伝えるべきか……」

「分かってる……ん?」

 

 三人の様子を探るため身をかがめると、ポケットの中に覚えのない感触があった。

 

「どうした、蓮」

 

 ポケットから「それ」を取り出す。

 ――一枚のカード。

 カードには、見覚えのある絵が描かれていた。

 ……『愚者』だ。

 

「タロットカード……か?

 いや、けどお前、こんなもん持ってたか?」

「持ってなかった……さっきまでは」

「さっきまで……?

 ってことは、まさか……!」

 

 驚くモルガナに、ニヤリと笑みを返す。

 突然現れたタロットカード、絵柄は『愚者』。

 ここまでヒントを出されて気づかないほど、自分は鈍くない。

 

「力が具現化した……けど、ワガハイは猫の姿のままだ。こいつは一体……。

 ……いや、考えるのは後だ。まずはユウカ達を助けてやんねーと」

「行ってくる。モルガナはここで待ってろ」

「よし! んじゃ、いっちょ行ってこい! 安心しろ、経験値ならお前も負けてないぜ!」

 

 カードが淡く光り、形を変える。

 いつの間にか自分の手には、見慣れた白い仮面が握られていた。 

 

「--SHOW TIMEだ」

 

 ◆

 

「ユウカさん、ハスミさんが狙われています! 彼女の盾になってあげてください!」

「はぁ!? 盾って、いきなり何言ってるのよ! というか、十分なってあげてるでしょう!?」

「では、盾に専念してください! ハスミさんの武器の特性上、集中砲火されると狙撃ができません!」

「テキトーなこと言わないで! 大体、私が攻撃を止めると誰が連中を倒すのよ!」

「それはハスミさんの役割です! ユウカさんが敵の注意を引いてさえ頂ければ――」

「だから十分やってるじゃない! 大体、貴方こそ真面目にやりなさいよ! 敵の数は多いんだから、指示するだけじゃ勝てないわよ!」

「私は十分やっています! 貴方こそ――!」

「いいえ貴方が――!」

 

 戦況は好転しないまま、三人の統率が乱れ始める。

 役割だけを考えれば、三人の相性は決して悪くない。

 ユウカが前衛として注意を引き、ハスミが後衛から狙撃。チナツは両者の状況を把握し補佐する。

 しかし即席チーム故か、それとも他校の生徒だからか、とことん息が合わない。

 

 ユウカは、どこまで注意を引けばいいのか。

 ハスミは、誰を狙撃すればいいのか。

 チナツは、どちらをサポートすればいいのか。

 

 三人全員が己の役割を全うできずにいる。これだけの多勢無勢を相手に拮抗できているのは、個人としての能力が優秀故だろう。

 しかし、それだけでは勝てない。勝つためには……このチームを効率よく運用するには、もう一人指揮官が必要だ。

 ならば、その穴を埋める。生徒を指導するのが先生の役割だ。

 

「三人とも、一旦下がれ!」

「!」

 

 通路の中央に立ち、三人に指示を送る。

 ……銃撃戦の最中、突如現れた一人の大人。

 その異質さに、この場にいる誰もが戦闘を中断した。ユウカ、ハスミ、チナツの三人どころか、先ほどまで無差別に銃撃していた不良生徒達でさえ、手を止めている。

 だが、それも一瞬のみ。

 

「先生、どうしてここに!?」

 真っ先に声を上げたのはユウカだった。

「先生!? 何を――!?」

「下がってください、速く!」

 

 ハスミが、チナツが、こちらを見て叫ぶ。

 だが、既に遅い。

 

「なんかよく分からんけどチャンス! 砲撃よーい!」

 

 不良生徒達一人が片腕を上げると同時に、銃口が向けられる。

 無数の銃……ではない。奥に控えていた、彼女達の切り札と思しき戦車。その砲身がゆっくりと動き、こちらの姿を捉える。キヴォトスの人間でない自分がこれを受けたら、即死は免れないだろう。

 だが、既に遅い。

 

「先生――!!」

「撃てぇぇぇぇーーーー!!」

 

 ――我は汝、汝は我。

 既に、仮面の力が起動していた。

 

 

「来い、アルセーヌ!」

 

 ◆

 

 ――煙が晴れる。

 キヴォトス製の戦車が特別なのか。それともキヴォトスは物理法則からして別物なのか。

 いずれにせよ今の一撃は、地形を変えるほどの威力はなかった。

 しかし、そうはいっても戦車の一撃。キヴォトスの生徒であれ、まともに受ければ無傷では済まない。

 

 ――侮るな。

 

 文字通り、生死の狭間で洗練されたこの力。一朝一夕で敗れるものではない。

 

「せん……せい……?」

 

 白い仮面、黒いコート、赤い手袋。

 背後には己の影。赤いタキシードに身を包み、漆黒の翼を生やした「アルセーヌ」が顕現していた。

 突然の異常事態に、ユウカが、ハスミが、チナツが――この場にいる全員が呆けていた。

 

 ……ああ、これだ。この感覚だ。

 

 久しく忘れていた高揚感。反逆、逆転、起死回生。

 この「やったった」感。この感覚こそ、「俺」が「ジョーカー」であると認知させる。

 

「……! 第二撃、来ます!」

「む……!」

 

 チナツの一声で、高揚感で茹った頭が冷却される。

 よく見ると、奥に控えている戦車が二撃目の準備に取り掛かっていた。

 

「えっと、先生、なんですよね? よく分かりませんが、一先ず下がってください! 先生の状態も確認したいので、一度体制を整えてから――」

「フッ、問題ない。このまま押し切る!」

 

 背後のペルソナを操り、アルセーヌの人差し指に黒い塊が出現する。

 狙いは戦車の砲身。遮るものはない。

 

「アルセーヌ!」

 

 アルセーヌが手を銃のように構え、黒い弾丸を放った。

 弾は難なく命中。轟音と共に砲身は有り得ない方向にひしゃげ、破損した。

 

「うわわ、戦車が!?」

「なんなんだあれ! 幽霊? 幽霊なのか!?」

「知るか! よく分からんが撃てば倒せるだろ!」

 パニックになりながらも、不良生徒達はアルセーヌを射撃するべく銃を構える。

 

「威を示せ「ゾロ」!」

 

 

「!」

 

 気配を感じ――彼を信じて、その場に立ち尽くす。

 背後から風の塊が二つ放たれ、カーブを描いて俺を躱し、不良生徒達に襲い掛かった。

 

「「「ぐはあぁぁぁーー!?」」」

 

 直後、不良生徒達が木っ端のようにまとめて吹き飛ぶ。

 黄色いスカーフをたなびかせ、猫っぽい仮面をつけた「それ」が、ニコニコしながら現れた。

 

「一撃で戦車を無力化! 鮮やかなお手前だぜ、ジョーカー!」

「そっちこそ。やるな、モナ」

「ニャフフ! ま、それほどでもあるけどな!

 色々と不明なことだらけだが、まずはこの状況をなんとかするぞ!

 おーい、そこの三人!」

「えっ!?」

「!」

「あっ、はい!」

 

 突然現れた謎の生物に呼ばれ、ユウカ、ハスミ、チナツが三者三様の返事をする。

 

「よーし、いいか?

 今からこのジョーカー先生とモナ先生が、チームプレイの何たるかを見せてやる!

 ワガハイ達の雄姿、しかとその目に焼き付けよ!」

 

 ◆

 

「ふう……こんなところか。久しぶりの戦闘だったが、意外とやれるもんだな。

 ジョーカーの方も、鈍ってねえみたいで安心したぜ」

 

 満足げに笑うモナに首肯する。

 ここ、サンクトゥムタワー入口周辺の武装した生徒達は全て鎮圧した。これでしばらくは安全だろう。

 しばらくして、ユウカを先頭にハスミ、チナツの三人が駆け付ける。

 

「先生、大丈夫ですか! お怪我はありませんか?」

「問題ない。むしろ生徒達の方が心配だ」

 

 久しぶりの戦闘でハイになっていた自覚はある。手加減はしたつもりだが、怪我をさせていないか心配だ。

 不良とはいえ彼女達も生徒。先生たるもの、生徒を傷つけることはあってはならない。

 俺にとってこれは絶対のルールだ。美学と言ってもいい。

 

「ああ、どうせ大丈夫ですよ。キヴォトスの、特に不良生徒達は無駄に頑丈ですので。明日になったらケロッとしてます。

 あ、いえ、それよりも! 先生、説明を要求します! その恰好は一体何なんですか? それから、いつの間にかいたそっちの猫も!

 ……猫?」

「なんでそこで首を傾げんだよ! 化け猫って言いてえのか? 何処からどう見ても猫じゃねーか!

 ――いや、猫じゃねえよ!」

「どっちなんですか……」

「ワガハイはモルガナだ。蓮のバッグに潜む黒猫は、言わば仮の姿。

 その正体は、闇夜を駆けるクールな怪盗ってな!」

「……バッグの中に、黒猫?」

「あ」

 

 盛大に墓穴を掘るモナ。絶句する様を見て、ユウカの視線がますます鋭くなる。

 そして何故か、ユウカの視線がこちらに向いた。

 

「どういうことですか、先生」

「? どう、とは?」

「とぼけないで下さい。見知らぬ子供をバッグに詰めて、サンクトゥムタワーに潜入させようとした。そういうことですよね?」

「オイ、今のは聞き捨てならねーぞ! 子供じゃねーよ! 何処からどう見ても大人だろうが!」

「ハイハイ、子供は皆そう言うの。私は先生と大事な話をしてるんだから、ちょっと静かにしててね」

「完っ全に子供扱いじゃねーか! さっきの戦いを見てただろ? ワガハイはジョーカー、もとい先生の仲間であってだな――」

 

 モナはぴょんぴょん跳ねながら、顔を真っ赤にして抗議する。対してユウカの方は、モナを相手にしていない。それこそ子供をあしらうようだ。

 ……その様子に違和感を覚えた。モナを見て化け物扱い、あるいは猫扱いするのは分かる。

 だが、こうまで子供扱いされるのは前例がない。確かに身長は低いし、納得できないわけではないが……それよりも、猫っぽい外見に目を引くはず。

 

「はぁ……やれやれ、ですね」

 

 静観していた長身の生徒……ハスミが、ため息をつきながら二人の仲裁に入る。

 

「お二人共、少し落ち着いてください」

「むう。お前……確か、ハスミって言ったか?」

「はい、モルガナさん。バッグに潜んでいた、というのは間違いないようですね」

「ま、まあな。お前らのことや今の状況は全部聞いてたぜ。サンクトゥムタワーの制御権を取り戻すために、潜入しなきゃならねーんだろ?」

「その通りです。……ユウカさん」

「な、なによ」

「お二人を怪しむ気持ちは分かりますが……先に言うべきことがあるのではないですか?」

「う……それはまあ、そうだけど」

「うん? 言うべきこと?」

「だから、それは……。

 ……ありがとうございました」

「……?」

「……本当の目的はどうあれ、先生と貴方のお陰で安全を確保できたのも事実。私達だけだと手こずってたし」

「お、おう……意外と素直なヤツだな。

 いや、まあ、分かればいいんだよ。ワガハイもついムキになっちまった。

 それに……本当に子供かどうかは、ワガハイの活躍を見て判断すりゃいいしな」

「え? 子供なのは間違いないでしょ?」

「まだ言うか! というか、そこは譲らねえのかよ!」

「いえ、待ってください。

 ユウカさん、お忘れですか? 先生はキヴォトスの外から来たお方です。先生にとっての常識が我々に通用しないのと同じように……我々の常識もまた、先生には通用しない。そうは考えられませんか?」

「それは……確かに、そうかも。見た目通りの年齢じゃないって可能性もあるか。

 ……いえ、待って。貴方、キヴォトスの人じゃないの!?」

「ちげーよ!? ワガハイは外から、蓮と一緒にキヴォトスに来たんだよ!」

「ふーん……先生のバッグに潜んで?」

「お……おう」

「急に歯切れが悪くなったわね。あ、そういえばさっきのビル、ペットの類は禁止されてなかったっけ? 赴任初日でいきなり規則違反なんて、流石は先生ね?」

「ぐぬぬ……フン、それがどうした! ワガハイ達は「怪盗」だぜ? 潜入捜査はお手の物ってな! むしろ、怪盗姿でもないワガハイを通しちまったセキュリティの方が心配だぜ!」

「……話が一向に進みませんね」

 

 またもや言い合いを始めた二人を尻目に、ハスミは二度目の溜息をついた。後ろに控えているチナツも、やれやれと肩を竦めている。

 

「ともあれ、雨宮蓮先生。助太刀ありがとうございます。先生のお陰で迅速にことが進みました」

「お安い御用だ」

「頼もしいお言葉です。

 ……重ねて申し訳ないのですが、先生。貴方には、我々三人の指揮をお願いしたいのです」

「指揮を?

 こちらとしては、俺とモナに任せてもらっても構わないが――」

 

 しかし、ハスミは首を横に振った。

 

「いいえ。暴動を起こしているとはいえ、相手はあくまで一般生徒。先生の手を煩わせるようでは、正義実現委員会の名が廃ります。

 しかし、我々ではコンビネーションが不足しているのも事実。赴任して間もない先生はご存じないかもしれませんが、我々にも事情があるのです」

「…………」

 

 そう言って、ハスミはチナツの方を見る。その視線はどことなく冷ややかだ。

 チナツも同様に。俺に向けるそれとは、明らかに質が違う。

 

「私からもお願いします」

「チナツ……?」

「ゲヘナとトリニティ……私とハスミさんの所属する学園は、敵対関係にあります。こんな状況でもなければ、私達が協力しあうなんてありえません。

 だからこそ、先生に指揮をお願いしたいのです。どの学園にも所属しておらず、かつ大人である貴方の指揮ならば、我々は従えます。例えその指揮にミスがあっても、貴方ならば受け入れられるでしょう」

「……ふむ。いいだろう!」

 

 チナツの真摯な瞳に、不敵に笑って応える。

 

「お前たちの指揮は、このジョーカーが請け負った!

 モナ、ユウカ! そろそろ準備を! 今宵我々は、サンクトゥムタワーの制御権を頂戴する!」

「――えっ!? あ、はい!」

「ノリノリだなジョーカー! ワガハイも負けてらんねーぜ!」

 

 バサリ!

 勢いよくコートを翻し、建物の中に歩を進める。

 手元の装備を確認。ナイフ、ハンドガン、そしてワイヤー。必要最低限の物は揃っていた。

 主な担当は生徒達の指揮だが……多少ならば、戦闘にも手を貸せそうだ。

 

「ジョ、ジョーカー……?

 切り札、ということでしょうか? 確かに間違ってはいませんが……」

「テンションの落差が酷いですね。まるで別人のようです。

 ですが――私は、悪くないと感じています。

 ミレニアム、ゲヘナ、トリニティ。所属する学園は違っていても……同じ背中を見つめることはできますから」

「それは……はい、私もそう思います」

 

 

 

 やはり彼女達のスペックは段違いだった。

 指揮系統を統一するだけで事はスムーズに運んだ。入口であれだけ苦戦していたのが嘘のようだ。

 既にシャーレの部室、サンクトゥムタワーの奪還は完了。暴動を起こした生徒は鎮圧済みで、三人は事後処理を行っている。

 一方俺とモナは、七神リンと合流するべくシャーレの部室に向かっていた。

 

「お掃除完了♪ 力の方も問題ねえ! 異世界にいた時と同じ感じだ」

「怪我はないか、モナ」

「ああ、大丈夫だ。

 ……しかし、ここまで順調だと逆に気になるな。気づいてるかジョーカー。ワガハイ達の身体、流れ弾が掠っても傷一つなかった」

「ああ」

「ペルソナの力だけじゃねえ。身体能力についても異世界にいた時と同じだ。

 ……分かんねえ。このキヴォトスは、パレスやメメントスみたいな、異世界の一種ってことなのか?」

「いや、それだと変身前の状態に説明がつかない」

 

 身軽に動けるようになったのは、あくまでペルソナの力――カードの力を使ってからだ。モルガナの姿が変わったのもおそらくはその時だろう。

 

「やっぱそう思うか。ってことは、力の源はあのタロットカードか。カードを使うことで、一時的に力を解放できている……?

 いや、待てよ? そもそも、この姿はワガハイ達の「反逆の意思」だ。カードの力を使っている間、ワガハイ達は「反逆者」だと認知されているはず……。

 だとしたら、一体誰に……?」

 

 あーでもないこーでもないとモナは唸っている。

 ……やがて、目的の一室にたどり着いた。

 

「っと、着いたみたいだな。ここがシャーレの部室。明日からワガハイ達の仕事場か」

 

 ドアに手をかけ、勢いよく開ける。

 中は暗い。明かりが点いていないのだから当然だ。

 ……普段の姿ならば、それだけだっただろう。

 ペルソナによって強化された俺の瞳は、それを見逃さなかった。

 暗闇の中に、怪しい影が一つ。

 

 

「うーん……これが一体何なのか、まったく分かりませんね。これでは壊そうにも……あら?」

 

 

 こちらの視線に気づいたのか、先客が振り返る。

 黒の和服。頭上には赤い花のヘイロー。

 そして、何より俺の目を引いたのは――白い、狐を模した仮面だった。

 それを見て俺は、半ば反射的に挨拶する。

 

「久しぶりだな、フォックス」

「呑気か! ちげーだろどう見ても! 侵入者だよ侵入者!」

「何ッ!?」

 

 ペルソナで武装している余裕からか、たまらずジョークが飛び出していた。

 大げさに驚いてみせた後、腰を落とし、臨戦態勢を取る。

 

「あら、あららら……」

「?」

 

 しかし、当の侵入者に動きはなかった。

 それどころか、より一層硬直しているように見える。

 

「あ、ああ…………」

「……長年、お前と暮らしてきたから分かるぜ。この感じ、間違いねえ」

 

 隣のモナは、侵入者と俺を交互に見た後、重ーい溜息をついた。

 ……何故?

 

「失礼いたしましたー!!」

 

 ぴゅーっと風が吹くように。侵入者は一目散に撤退した。

 

「--よし、ワガハイ達は何も見てない。それでいいよなジョーカー」

「……? 何故?」

「いいから。敢えて見なかったことにしてやるのが、一流の紳士ってもんだ」

 

 

 ◆

 

 しばらくしてリンが俺達と合流した。変身した今の姿とモナの件は、既に説明済みだ。

 

「お待たせしました。ここに、連邦生徒会長が残したものが保管されています。

 ……幸い、傷一つなく無事ですね。受け取ってください」

 

 リンから、一つのタブレット端末を渡される。

 

「これが、連邦生徒会長が先生に残したもの……「シッテムの箱」です。

 普通のタブレット端末に見えますが、実は正体が分からないものです。製造会社、OS、システム構造。全てにおいて不明であり、解析不可能。

 分かっているのは、これは先生の物であること。これを使えば、タワーの制御権を回復させられること。

 ……では、私はここまでです。ここから先は、全て先生次第。

 ……邪魔にならないよう、離れています」

 

 端末を渡して、リンは部屋から退室した。事が終わるまで、廊下で待機しているつもりだろう。

 

「……ワガハイもそうするか。ワガハイ自身は先生じゃないしな。んじゃ、あとはよろしく頼むぜ」

 

 リンに続いてモナも退室する。ついでにリンとコミュニケーションを取り、情報収集する腹積もりだろう。

 モナの背中を見送った後、タブレット端末を操作する。

 シッテムの箱。そう書かれてあるアプリを起動した。

 

 

「--シッテムの箱へようこそ、雨宮蓮先生。

 

 生体認証及び認証書作成のため、メインオペレートシステムA.R.O.N.Aに変換します」

 

 

 ◆

 

 結論から言うと、サンクトゥムタワーの制御権は回復した。

 シッテムの箱を起動すると、俺は見知らぬ教室にいた。

 そして「先生」の秘書官「アロナ」との邂逅。指紋による生体認証及び認証書の作成。

 最後に――サンクトゥムタワーの制御権回復。アロナにとってはなんてことは作業だったらしく、回復までそう時間はかからなかった。

 

「……よし!

 先生、サンクトゥムタワーの制御権を無事回収できました!」

 

 大きな白いリボンをつけた小柄な少女--アロナは、元気よく俺に報告してくれた。

 

「今サンクトゥムタワーは私、アロナの統制下にあります。

 ふっふっふ……この意味が分かりますか、先生?

 今のキヴォトスは、先生の支配下にあるも同然ということです!」

「…………」

 

 とんでもないことを、なんでもないかのように報告するアロナ。

 ……そうか。リンとの約束では、制御権を連邦生徒会に返す手筈だったが――

 

 ――ここで。

   彼女を裏切れば、キヴォトスの支配者になれるのか。

 

「先生が承認さえしてくだされば、サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管できます。

 ですが……大丈夫ですか? 連邦生徒会に制御権を渡しても」

「……どういう意味だ?」

「……連邦生徒会長は、行方不明になったんですよね。誰にも伝えず、ある日唐突に。

 結果キヴォトスは大混乱。先生がここに赴任されるまで、何もできずにいた。

 私には分かりません。こういう異常事態のために存在しているのが、連邦生徒会という組織じゃないんですか?

 そんな人達よりも貴方が……蓮先生がキヴォトスを管理する方が、生徒さん達のためなんじゃないかって」

 

 成程、確かにそういう考えもある。

 組織のトップが、ある日突然失踪した。であれば、その部下たちはどうなのか。そもそも連邦生徒会という組織自体、信用できるのか。信頼できるのか。

 

「……だからといって、赤の他人に過ぎない俺が、キヴォトス全てを管理するわけにはいかないだろう?」

「いいえ、その点は心配していません。私達は出会って間もないですが、確信を持って言えます!

 雨宮蓮さん。貴方は、信頼に値するお方です」

 

 アロナは曇りのない眼で俺を見つめている。

 本気なのだ。俺ならば――雨宮蓮ならば、キヴォトスを正しく管理できると信じ切っている。

 

「……どうしましょう、先生」

「愚問だな」

 

 思わず笑みが零れる。

 本当に、本当に、それは――

 

 ――“馬鹿馬鹿しい”

 

「連邦生徒会に、制御権を移管する」

「よろしいのですか?」

「ああ。

 ……俺自身がキヴォトスを管理する。確かに、魅力的な提案ではあるが――それは、俺の美学に反する」

 

 どちらかが正しいのか、俺には分からない。

 そもそも正しさとは何なのか、俺には分からない。

 だからこそ、俺はやりたいようにやる。

 

「びが、く……? なんですか、それは」

「信じた方を選ぶ、ということだ。

 俺は先生になるために、このキヴォトスにやって来た。

 「先生」とはどういうものか、俺の中にはまだ、明確な答えはない。

 だが――生徒を支配する大人を、先生とは言わない」

 

 怪盗服を着ていると嫌でも思い出す。下卑た笑みを浮かべて生徒を痛ぶる、一人の男の姿を。

 アレが全てでないことは理解している。善い支配、善い管理の形はきっとあるだろう。

 それでも俺は、こちらを選ぶ。

 

「…………。

 そんな目で言われたら、何も言い返せないですね。

 分かりました! これよりサンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管します!」

 

 ――かくして任務は完了した。

 サンクトゥムタワーの制御権は連邦生徒会に。

 雨宮蓮+一匹は、シャーレの顧問として活動を開始する。

 シャーレとはキヴォトスにおける超法規的組織。キヴォトス内において、絶対的な権利を持つ組織。

 権利とは人の繋がりであり、キヴォトスを直接操作する力はない。今後の関わり方次第では、一切信用されなく可能性もあるだろう。

 

 だがそれでいい。

 

 繋がりこそが力であり、雨宮蓮を支えるもの。

 今までと何も変わらない。

 新しい土地で新しい生活が始まり、新しい繋がりを育む。

 

 この、小さくてうるさい相棒達と共に。

 

 

「それではキヴォトスを、シャーレをお願いします、先生」

「これからもよろしく頼むぜ、ジョーカー!」

 

 




なんで異世界じゃないのにペルソナが使えるのか? そもそもキヴォトスって異世界なのか? 戦車ってそんなに脆いの? 等の細かい疑問はスルーでお願いします! ふわーっと書いてるので!
あと、その辺の設定を固めてしまうと今後のシナリオ展開、引いては執筆に滅茶苦茶影響が出てくるので! (そもそも書くか分からない模様)

ちなみにブルアカ本編は現在履修中なので、知らない情報も沢山あります。一応調べながら書いてますがご容赦を。


以下、自分用まとめ
・雨宮蓮(ジョーカー)
P5R本編クリア後想定のジョーカー。友達以上恋人未満多数、恋人0のタラシルート。
戦闘能力はネームドブルアカ勢に一歩劣る程度。
腕相撲のような小細工無しの力比べでは負けるが、戦闘経験やワイヤー等の小道具、ペルソナ能力を駆使して互角以上の力を見せる。
銃弾で即死することはないが、痛いものは痛い。重症にもなり得る。

鴨志田事件をきっかけに先生となり、キヴォトスに赴任する。
普段は無口な地味モブっぽい雰囲気だが、ジョーカーに変身するとテンションがぶちあがりノリノリになる。時々おかしな言動もする。

通常時は一人称が「自分」か「私」。ジョーカー変身時は「俺」になる。
(地の分で書き分けるのが怠いからではない。いや本当だから、マジで、ホントホント。ホンマ勘弁して)

・モルガナ(モナ)
同じくP5R本編後のモルガナ。蓮のカバンの中が定位置となってしまった愛猫にして相棒。玉ねぎ食べれる。
ブルーアーカイブには獣人が山ほどいるので、モルガナを化け物扱いする人は皆無。その代わり身長の低さから子供扱いされる。
戦闘に関してはペルソナ頼り。ジョーカー同様銃弾一発で即死まではいかないが普通に痛いし脆い。前衛回避タンクジョーカー、後衛ヒーラー兼アタッカーのモナ、が基本スタイル。
普段は無口だがスイッチ入るとヒャッハーな蓮とは真逆のお喋り猫。リアクション係、兼会話係、兼ツッコミ係。

・タロットカード
ラヴェンツァがこっそり忍ばせたもの。力の象徴。
なお、本物語でジョーカーが使用するペルソナはアルセーヌのみとする。

・ユウカ、チナツ、ハスミ
ゲーム本編でも登場するチュートリアルの子達……なのだが一人足りない。
登場人物が多くなると描写が難しくなるので省かせてもらいましたごめんなさい。

ジョーカーとモナの活躍を間近で見た三人。彼女達を皮切りに「ジョーカー先生」はキヴォトス中に知れ渡る。
「先生は特定条件下でのみ生徒達と戦える」「戦闘指揮パねえ」「ん、覆面水着団も負けてない……まけて、ない……」等。

・リンちゃん
連邦生徒会の子。導入係。それ以上でもそれ以下でもない。正直扱いきれてない。

・ワカモ
狐仮面の子。本編履修中なので全く知らない。
一つだけ分かるのは、本編の先生がジョーカーだったらもっと脳が焼かれただろうなって。ただでさえ一目ぼれなのにイカした仮面付けてたら、そらもう即落ちやろ(てきとう)

・アロナ
扱いきれてない子筆頭。今後執筆を続けることを考えると描写しないわけにはいかない子。
通常モードの雨宮蓮をシッテムパワーで守っているが、それ以外の役割が思いつかない。
……ちょっと履修してきます。

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