ファントム・アーカイブ   作:名もなきWater

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前夜

 

 ◆

 

 ――明晰夢とは、夢である自覚をもって意識的に微睡みに沈む行為である。

 

 現実とは思えない浮遊感に身を委ね、眼下の惨劇を他人事のように眺める。

 空に描かれた幾何学模様から、ここがキヴォトスの何処かであるのは間違いない。

 ただし。無数に聳え立つビル達は、全ての窓ガラスが割られ、廃墟のように朽ちている。

 青い景色が広がっているはずの空は、今は緋色に染まっている。  

 

 鮮血の空の下、二人の人物が向かい合う。

 

 一人は先生。今やキヴォトスでは知らぬ者はいない、雨宮蓮先生だ。

 馴染みの黒装束に身を包み、銃を構えている。

 もう一人の方は――分からない。

 訂正しよう。人と形容していいのか分からない「何か」だ。

 見たままを表するなら……顔のついた棺だ。中からは、包帯で撒かれた痛々しい左手が覗いている。

 

「――――!」

 

 先生が口を開く。何を言っているのかは聞き取れない。

 

「…………!」

 

 対峙する「何か」の左手が動く。懐から四角形の物体……携帯端末らしきものが落ちたが、「何か」は気に留めていない。

 やがて、「何か」は己の顔に手を添えた。

 

「…………」 

 

 先生はそれを確認して「何か」に倣うように、自分の仮面に手を添える。

 

「「来い、アルセーヌ!」」

 

 ――その台詞だけは聞き取ることができた。

 両者の背後に青い火柱が立ち上り、中から影が顕現する。

 姿形は全く同じ。合わせ鏡のような二体の影が、眼前の己を排除せんがため、戦闘を開始する。

 

 ――そこで終わり。

 

 ブツリと。電源が落ちたかのように、映像からシャットアウトされた。

 

 ……この予知夢が何を意味しているのかは分からない。

 不明な点があまりにも多すぎる。

 けれど、少しだけ分かることもある。

 これは未来だ。

 何日先か、何年先かは分からないが、雨宮蓮先生が登場した時点で、「現在」よりも後であることは間違いない。

 そして、これは終焉だ。

 何もかもが終わったキヴォトスで、先生が誰かと戦おうとしていたのだ。

 

「ここで終わりか?」

「!?」

 

 何も見えない虚空の中で、誰かの声が聞こえた。

 つい辺りを見渡そうとするが、首が動かない。

 ……どうやら、今回は「そういう」夢らしい。今の私に肉体の主導権はないということだ。

 

「残念だ。もう少し続きを見たかったが」

「……それはお勧めしない」

「ん?」

「あ――」

 

 ……しまった。

 首が動かないと思って油断した。

 しかし、時すでに遅し。私の感想は、音となって誰かの耳に届いてしまっていた。

 

「……すまない、驚かせてしまったかな」

「……いや。それよりも、お勧めしない、とは?」

「うん? 言葉通りの意味だが……キヴォトスの終焉なんて、見ていて気持ちがいいものじゃないだろう?」

「それでも、気になるだろう? この絶望的状況から、どうやって逆転するのか」

「――は?」

 

 予想だにしていなかった感想に、私は疑問符を浮かべる。

 逆転? 何を言っているのだろう、この人は。

 

「さっきの光景を見ていると、音楽が聞こえてきたんだ」

「音楽、だって?」

 

 そんなものは一切聞こえなかったはずだが。

 

「そう。主人公が逆転する時に流れるような……まあ、ゲームとかアニメでよくあるやつだ」

「……そうかい。だとしたら気のせいだよ」

 

 彼の言わんとすることを理解して、つい溜息が出てしまう。

 「ゲームやアニメで流れる曲」が分からないわけではない。プレイヤーや視聴者の気分を盛り上げるような、アップテンポの曲を言っているのだろう。

 だが……さっきの光景を見て、どうしてそんなものを思い浮かべるのかが分からない。

 

「はぁ……全く、とんだ悪夢だ」

「まだ分からない。もしかしたら、次の夢で逆転してるかもしれない」

「現実と物語は違う。そんなご都合主義、あるわけないだろう」

「物語さ。少なくとも俺にとっては」

「……先生」

 

 終わりの光景を一緒に見ていた「誰か」に呼びかける。

 

「何もかもが終わったキヴォトス。対峙するジョーカーと誰か。戦い始める二体のアルセーヌ。

 同じ光景を見た君に質問したい。あの場面における主人公は、果たしてどちらかな?」

「それは――」

 

 私は即答できず、返答に詰まってしまった。彼の生徒であれば、先生だと答えるべきなのだろう。

 しかし、私は「まだ」先生を知らない。

 ここは夢の中。私の肉体は昏睡状態から目覚めていないのだ。

 

「……困らせてしまったか。ちなみに、俺の答えは「ジョーカー」だ」

「だろうね」

 

 想定通りの答えに肩を竦める。

 まあ、それも当然か。他でもない自分自身なのだから。

 ……だからこそ、酷なものを見せてしまったかもしれない。自分が主役の物語の、最悪のバッドエンドだったのだから。

 

「すまない先生。こんなものを見せるつもりはなかった」

「構わない。むしろ楽しみが増えたよ。ここにいる俺には不可能でも……あのジョーカーは、どうやって切り抜けるのかな」

「……分からないな。うん、私には分からない。

 先生。貴方はどうしてそこまで、未来に希望が持てるんだい?」

「決まっている。ジョーカーだからだ。

 俺の物語の主人公は俺だ。俺は、俺という主人公に期待してるんだ。物語が終わるその時まで、ジョーカーとして在り続けたいから」

 

「……そうか。

 先生にとって「ジョーカー」という名前は、とても大切なものなんだね。だからジョーカーとして生きようと思うし、ジョーカーの名前を背負った自分を信じている」

「君はどうなんだ?」

「私かい? 私は――」

「今の景色において、君は主人公じゃない。自分に期待しろ、と言われてもピンと来ないだろう。

 だけど、君達は一人じゃない。もう少しくらい……善い未来を信じてもいいんじゃないか?」

「善い未来……か。それは、難しいかもしれない」

「それは、どうして?」

「見つからないんだ。あの光景に繋がる因果が。

 キヴォトスは何が原因で滅びるのか。どうすれば滅びを回避できるのか。いや――そもそもこれは、本当に未来なのか。異なる可能性、異なる世界線の一つではないのか。

 幾度夢の中に沈んでも、何一つ見えてこないんだ」

「ならば、浮き上がるしかないな」

「浮き上がる……?」

「三人寄れば文殊の知恵というだろう? 君には、頼れる仲間がいるはずだ」

「…………」

 

 思い浮かんだのは、ティーパーティーの二人の顔。

 桐藤ナギサ。聖園ミカ。

 二人の現状は予知夢のお陰で把握できている。

 

「一人でできることには限りがある。まずは、相談できる協力者を増やしてみてはどうかな?」

 

 

 ◆

 

 キヴォトスの何処か、隠された地下室。

 闇と静寂が支配する空間に、四つの人影が集まっていた。

 彼らは探究者である。アプローチの仕方は違えど、各々がこのキヴォトスに価値を見出し、神秘の探究を行っている。

 四つの内の一つ――「黒服」が口を開く。

 

「総括しますと……残念ながら、目新しい結果は出ていません。「影」の製作にも取り組みましたが、完成度は今一つ。

 ですので次は視点を変えて、生徒の皆さんを参考にしようと思っています」

「生徒自身を? どういうことか聞かせてもらっても?」

 

 四つの内の一つ――タキシードを着た双頭のマネキン人形が、黒服に質問した。

 対して黒服は、嬉々として答える。

 

「全てはイレギュラー……先生のお陰ですよ。彼と関わった生徒には、これまでにない兆候が見られています。

 能力の向上、価値観の拡大、覚醒の兆し。

 これらは私の研究においても重要なファクター。今しばらくは観察とデータ収集に努める所存です」

「らしくないな。ここ最近は熱心に研究を進めていたと聞いているが」

「勿論進めておりますよ。ただ、根を詰めすぎるのも良くないということです。

 マエストロ。他ならない貴方ならばご理解いただけるのでは?」

「ふむ……」

 

 マエストロ。そう呼ばれたマネキン人形は、しばし考える素振りを見せる。

 

「……確かに、一理あるか。敢えて芸術から離れた場所に身を置いてこそ、湧き上がる発想もある」

「ほほう、興味深い意見ですね。芸術を介する二人だからこそ、通じるものがある、ということですか。

 尤も、我々が理解するには少々時間が必要でしょうが」

「そういうこった!」

 

 四つの内の一つ――分厚いコートを纏った首のない男から、二人分の声。

 一つは男自身。もう一つは彼が手にしている写真からだ。写真には後ろ向きのシルクハットの男性が写っている。

 

「――何を温いことを」

 

 四人の内の一つ――赤い肌、白いドレスの女性が忌々し気に呟いた。

 

「「シャーレ」の「先生」……いいえ、「ジョーカー」。アレは我々の敵対者です。早々に手を打つべきでしょう」

 

 殺気を隠さない物言いに、人形、首無し、写真の三者は沈黙する。

 しかし……残りのもう一人は、これに反論した。

 

「いいえ。あの者と敵対してはなりません。むしろ、私達の味方に引き入れた方がいいでしょう」

「愚かで怠惰な思考ですね。

 ジョーカー。アレは必ず排除しなければなりません。

 アレは「先導者」です。群れの先頭に立ち、凡夫を導く者。アレが介入するだけで、私が持っている全ての意味が変わってしまいます。あの者は危険です」

「……成程。ベアトリーチェ、貴方の考えは分かりました。

 確かに彼は先導者です。人を導き、世界を変革する者。

 私とマエストロはその変革を良しとしましたが……貴方にとっては違う、ということですね?」

「ええ。なにしろ私は計画を立てて実行しておりますので。衝動に身を任せている貴方方とは違うのです。

 今回は折れてもらいましょうか。「エデン条約」と「スクワッド」。私の計画は佳境に入っています。これを邪魔させるわけにはいきません。

 そもそも私達は各々の目的を追求するだけの存在。貴方方に私を妨害する権利はないでしょう」

「……ええ、そのような権利はありません。どうぞ思うままになさってください、ベアトリーチェ」

 

 

 ◆

 

 ――崩れかけた廃ビル。

 何もかも破壊され尽くした瓦礫の影で、蠢動する者達がいた。

 

 本日はエデン条約調印式。

 快晴の空の下、トリニティ、ゲヘナ両校の生徒が、「通功の古聖堂」に集まっている。

 「通功の古聖堂」とは、「第一回公会議」が開かれた歴史ある場所だ。廃墟同然に廃れていたところを、今回のエデン条約のために修理したらしい。

 そして「第一回公会議」とは、様々な分派に分かれていた各学校が、争うことを止めてトリニティ総合学園という形になった会議。

 だが、全てが丸く収まったわけではない。「第一回公会議」にてトリニティ総合学園に加入できず、あぶれてしまった分派もあった。

 それが今のアリウス分校。キヴォトスの歴史から消滅させられた哀れな生徒達。

 そして――彼女たちは「アリウススクワッド」。アリウス分校が誇る特殊部隊。水面下にて復讐心という牙を研ぎ続けた鬼達、その首領。

 

「準備は?」

 

 黒いキャップを被った長髪の女性が、アサルトライフルのグリップを確認しながらメンバーに言った。

 

「……問題なし」

「は、はい! 終わりました、チェックもできてますし、いろいろと確認も……」

 

 黒いマスクで口元を隠した黒髪の少女、季節外れのマフラーを巻いた青髪の少女が報告する。

 女性は首肯した後、もう一人のメンバーに振り返った。

 

「人形との接触は?」

 

 問われた人物――ガスマスクとフードで全身を隠している女性は、無言のままハンドサインで答えた。

 

「そうか……巡航ミサイルは?」

「既に発射済み。これから五分後に、ターゲット地点に着弾する」

「チームⅡとチームⅢは?」

「通路の前で待機中です……時間に合わせて作戦地域に突入する予定ですね」

「よし。古聖堂崩壊と同時に突入。ミサキとチームⅡはトリニティを。ヒヨリはチームⅢとゲヘナの方を頼む。

 チームⅡはツルギを警戒しろ。チームⅢはヒナに気を付けて動け」

「了解」

「は、はい……ヒナさん、ですね……」

「チームⅠ、チームⅣは通路を沿って地下へ。知っての通り一番重要な任務だ。

 私は他に用事がある。終わり次第チームⅣを率いて、チームⅡかチームⅢに合流する。

 ――では、散会。アリウススクワッド、作戦開始」

 

 メンバーは総勢四名。

 少数精鋭の特殊部隊「アリウススクワッド」が始動する。

 

「――審判の時だ。

 トリニティ、そしてゲヘナよ。これまでの長きに渡る我らの憎悪、その負債を払ってもらう」

 

 

 ◆

 

 




どうでもいいけどルパ〇の考え方カッコイイよね。
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