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――明晰夢とは、夢である自覚をもって意識的に微睡みに沈む行為である。
現実とは思えない浮遊感に身を委ね、眼下の惨劇を他人事のように眺める。
空に描かれた幾何学模様から、ここがキヴォトスの何処かであるのは間違いない。
ただし。無数に聳え立つビル達は、全ての窓ガラスが割られ、廃墟のように朽ちている。
青い景色が広がっているはずの空は、今は緋色に染まっている。
鮮血の空の下、二人の人物が向かい合う。
一人は先生。今やキヴォトスでは知らぬ者はいない、雨宮蓮先生だ。
馴染みの黒装束に身を包み、銃を構えている。
もう一人の方は――分からない。
訂正しよう。人と形容していいのか分からない「何か」だ。
見たままを表するなら……顔のついた棺だ。中からは、包帯で撒かれた痛々しい左手が覗いている。
「――――!」
先生が口を開く。何を言っているのかは聞き取れない。
「…………!」
対峙する「何か」の左手が動く。懐から四角形の物体……携帯端末らしきものが落ちたが、「何か」は気に留めていない。
やがて、「何か」は己の顔に手を添えた。
「…………」
先生はそれを確認して「何か」に倣うように、自分の仮面に手を添える。
「「来い、アルセーヌ!」」
――その台詞だけは聞き取ることができた。
両者の背後に青い火柱が立ち上り、中から影が顕現する。
姿形は全く同じ。合わせ鏡のような二体の影が、眼前の己を排除せんがため、戦闘を開始する。
――そこで終わり。
ブツリと。電源が落ちたかのように、映像からシャットアウトされた。
……この予知夢が何を意味しているのかは分からない。
不明な点があまりにも多すぎる。
けれど、少しだけ分かることもある。
これは未来だ。
何日先か、何年先かは分からないが、雨宮蓮先生が登場した時点で、「現在」よりも後であることは間違いない。
そして、これは終焉だ。
何もかもが終わったキヴォトスで、先生が誰かと戦おうとしていたのだ。
「ここで終わりか?」
「!?」
何も見えない虚空の中で、誰かの声が聞こえた。
つい辺りを見渡そうとするが、首が動かない。
……どうやら、今回は「そういう」夢らしい。今の私に肉体の主導権はないということだ。
「残念だ。もう少し続きを見たかったが」
「……それはお勧めしない」
「ん?」
「あ――」
……しまった。
首が動かないと思って油断した。
しかし、時すでに遅し。私の感想は、音となって誰かの耳に届いてしまっていた。
「……すまない、驚かせてしまったかな」
「……いや。それよりも、お勧めしない、とは?」
「うん? 言葉通りの意味だが……キヴォトスの終焉なんて、見ていて気持ちがいいものじゃないだろう?」
「それでも、気になるだろう? この絶望的状況から、どうやって逆転するのか」
「――は?」
予想だにしていなかった感想に、私は疑問符を浮かべる。
逆転? 何を言っているのだろう、この人は。
「さっきの光景を見ていると、音楽が聞こえてきたんだ」
「音楽、だって?」
そんなものは一切聞こえなかったはずだが。
「そう。主人公が逆転する時に流れるような……まあ、ゲームとかアニメでよくあるやつだ」
「……そうかい。だとしたら気のせいだよ」
彼の言わんとすることを理解して、つい溜息が出てしまう。
「ゲームやアニメで流れる曲」が分からないわけではない。プレイヤーや視聴者の気分を盛り上げるような、アップテンポの曲を言っているのだろう。
だが……さっきの光景を見て、どうしてそんなものを思い浮かべるのかが分からない。
「はぁ……全く、とんだ悪夢だ」
「まだ分からない。もしかしたら、次の夢で逆転してるかもしれない」
「現実と物語は違う。そんなご都合主義、あるわけないだろう」
「物語さ。少なくとも俺にとっては」
「……先生」
終わりの光景を一緒に見ていた「誰か」に呼びかける。
「何もかもが終わったキヴォトス。対峙するジョーカーと誰か。戦い始める二体のアルセーヌ。
同じ光景を見た君に質問したい。あの場面における主人公は、果たしてどちらかな?」
「それは――」
私は即答できず、返答に詰まってしまった。彼の生徒であれば、先生だと答えるべきなのだろう。
しかし、私は「まだ」先生を知らない。
ここは夢の中。私の肉体は昏睡状態から目覚めていないのだ。
「……困らせてしまったか。ちなみに、俺の答えは「ジョーカー」だ」
「だろうね」
想定通りの答えに肩を竦める。
まあ、それも当然か。他でもない自分自身なのだから。
……だからこそ、酷なものを見せてしまったかもしれない。自分が主役の物語の、最悪のバッドエンドだったのだから。
「すまない先生。こんなものを見せるつもりはなかった」
「構わない。むしろ楽しみが増えたよ。ここにいる俺には不可能でも……あのジョーカーは、どうやって切り抜けるのかな」
「……分からないな。うん、私には分からない。
先生。貴方はどうしてそこまで、未来に希望が持てるんだい?」
「決まっている。ジョーカーだからだ。
俺の物語の主人公は俺だ。俺は、俺という主人公に期待してるんだ。物語が終わるその時まで、ジョーカーとして在り続けたいから」
「……そうか。
先生にとって「ジョーカー」という名前は、とても大切なものなんだね。だからジョーカーとして生きようと思うし、ジョーカーの名前を背負った自分を信じている」
「君はどうなんだ?」
「私かい? 私は――」
「今の景色において、君は主人公じゃない。自分に期待しろ、と言われてもピンと来ないだろう。
だけど、君達は一人じゃない。もう少しくらい……善い未来を信じてもいいんじゃないか?」
「善い未来……か。それは、難しいかもしれない」
「それは、どうして?」
「見つからないんだ。あの光景に繋がる因果が。
キヴォトスは何が原因で滅びるのか。どうすれば滅びを回避できるのか。いや――そもそもこれは、本当に未来なのか。異なる可能性、異なる世界線の一つではないのか。
幾度夢の中に沈んでも、何一つ見えてこないんだ」
「ならば、浮き上がるしかないな」
「浮き上がる……?」
「三人寄れば文殊の知恵というだろう? 君には、頼れる仲間がいるはずだ」
「…………」
思い浮かんだのは、ティーパーティーの二人の顔。
桐藤ナギサ。聖園ミカ。
二人の現状は予知夢のお陰で把握できている。
「一人でできることには限りがある。まずは、相談できる協力者を増やしてみてはどうかな?」
◆
キヴォトスの何処か、隠された地下室。
闇と静寂が支配する空間に、四つの人影が集まっていた。
彼らは探究者である。アプローチの仕方は違えど、各々がこのキヴォトスに価値を見出し、神秘の探究を行っている。
四つの内の一つ――「黒服」が口を開く。
「総括しますと……残念ながら、目新しい結果は出ていません。「影」の製作にも取り組みましたが、完成度は今一つ。
ですので次は視点を変えて、生徒の皆さんを参考にしようと思っています」
「生徒自身を? どういうことか聞かせてもらっても?」
四つの内の一つ――タキシードを着た双頭のマネキン人形が、黒服に質問した。
対して黒服は、嬉々として答える。
「全てはイレギュラー……先生のお陰ですよ。彼と関わった生徒には、これまでにない兆候が見られています。
能力の向上、価値観の拡大、覚醒の兆し。
これらは私の研究においても重要なファクター。今しばらくは観察とデータ収集に努める所存です」
「らしくないな。ここ最近は熱心に研究を進めていたと聞いているが」
「勿論進めておりますよ。ただ、根を詰めすぎるのも良くないということです。
マエストロ。他ならない貴方ならばご理解いただけるのでは?」
「ふむ……」
マエストロ。そう呼ばれたマネキン人形は、しばし考える素振りを見せる。
「……確かに、一理あるか。敢えて芸術から離れた場所に身を置いてこそ、湧き上がる発想もある」
「ほほう、興味深い意見ですね。芸術を介する二人だからこそ、通じるものがある、ということですか。
尤も、我々が理解するには少々時間が必要でしょうが」
「そういうこった!」
四つの内の一つ――分厚いコートを纏った首のない男から、二人分の声。
一つは男自身。もう一つは彼が手にしている写真からだ。写真には後ろ向きのシルクハットの男性が写っている。
「――何を温いことを」
四人の内の一つ――赤い肌、白いドレスの女性が忌々し気に呟いた。
「「シャーレ」の「先生」……いいえ、「ジョーカー」。アレは我々の敵対者です。早々に手を打つべきでしょう」
殺気を隠さない物言いに、人形、首無し、写真の三者は沈黙する。
しかし……残りのもう一人は、これに反論した。
「いいえ。あの者と敵対してはなりません。むしろ、私達の味方に引き入れた方がいいでしょう」
「愚かで怠惰な思考ですね。
ジョーカー。アレは必ず排除しなければなりません。
アレは「先導者」です。群れの先頭に立ち、凡夫を導く者。アレが介入するだけで、私が持っている全ての意味が変わってしまいます。あの者は危険です」
「……成程。ベアトリーチェ、貴方の考えは分かりました。
確かに彼は先導者です。人を導き、世界を変革する者。
私とマエストロはその変革を良しとしましたが……貴方にとっては違う、ということですね?」
「ええ。なにしろ私は計画を立てて実行しておりますので。衝動に身を任せている貴方方とは違うのです。
今回は折れてもらいましょうか。「エデン条約」と「スクワッド」。私の計画は佳境に入っています。これを邪魔させるわけにはいきません。
そもそも私達は各々の目的を追求するだけの存在。貴方方に私を妨害する権利はないでしょう」
「……ええ、そのような権利はありません。どうぞ思うままになさってください、ベアトリーチェ」
◆
――崩れかけた廃ビル。
何もかも破壊され尽くした瓦礫の影で、蠢動する者達がいた。
本日はエデン条約調印式。
快晴の空の下、トリニティ、ゲヘナ両校の生徒が、「通功の古聖堂」に集まっている。
「通功の古聖堂」とは、「第一回公会議」が開かれた歴史ある場所だ。廃墟同然に廃れていたところを、今回のエデン条約のために修理したらしい。
そして「第一回公会議」とは、様々な分派に分かれていた各学校が、争うことを止めてトリニティ総合学園という形になった会議。
だが、全てが丸く収まったわけではない。「第一回公会議」にてトリニティ総合学園に加入できず、あぶれてしまった分派もあった。
それが今のアリウス分校。キヴォトスの歴史から消滅させられた哀れな生徒達。
そして――彼女たちは「アリウススクワッド」。アリウス分校が誇る特殊部隊。水面下にて復讐心という牙を研ぎ続けた鬼達、その首領。
「準備は?」
黒いキャップを被った長髪の女性が、アサルトライフルのグリップを確認しながらメンバーに言った。
「……問題なし」
「は、はい! 終わりました、チェックもできてますし、いろいろと確認も……」
黒いマスクで口元を隠した黒髪の少女、季節外れのマフラーを巻いた青髪の少女が報告する。
女性は首肯した後、もう一人のメンバーに振り返った。
「人形との接触は?」
問われた人物――ガスマスクとフードで全身を隠している女性は、無言のままハンドサインで答えた。
「そうか……巡航ミサイルは?」
「既に発射済み。これから五分後に、ターゲット地点に着弾する」
「チームⅡとチームⅢは?」
「通路の前で待機中です……時間に合わせて作戦地域に突入する予定ですね」
「よし。古聖堂崩壊と同時に突入。ミサキとチームⅡはトリニティを。ヒヨリはチームⅢとゲヘナの方を頼む。
チームⅡはツルギを警戒しろ。チームⅢはヒナに気を付けて動け」
「了解」
「は、はい……ヒナさん、ですね……」
「チームⅠ、チームⅣは通路を沿って地下へ。知っての通り一番重要な任務だ。
私は他に用事がある。終わり次第チームⅣを率いて、チームⅡかチームⅢに合流する。
――では、散会。アリウススクワッド、作戦開始」
メンバーは総勢四名。
少数精鋭の特殊部隊「アリウススクワッド」が始動する。
「――審判の時だ。
トリニティ、そしてゲヘナよ。これまでの長きに渡る我らの憎悪、その負債を払ってもらう」
◆
どうでもいいけどルパ〇の考え方カッコイイよね。