ファントム・アーカイブ   作:名もなきWater

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火と灰に染まる街(1)

 

 

 ◆

 

 

「ああ、トリックスターよ! しんでしまうとはなさけない!」

 

 意識が一瞬で覚醒する。

 重い瞼を全力でこじ開けると、視界には少女の顔が飛び込んできた。

 金色の瞳とプラチナブロンドの髪。蝶を模した青のカチューシャ。今となっては見慣れた少女、ラヴェンツァである。

 後頭部には程よく柔らかい布の感触。

 なんとラヴェンツァが膝枕をして、こちらの顔を覗き込んでいた。

 

「おや、起きてしまいましたか。本音を申し上げますと、もう少しこうしていたかったのですが」

「……残念だったな。生憎と、まだ死ぬわけにはいかない」

「それは勿論です。貴方の物語は、今なお続いているのですから。

 ……いえ、でしたら今の挨拶は何だったのでしょうか……?」

 

 ラヴェンツァは珍しいものに目がなく、特にサブカルチャーの類には影響を受けやすい。大方、自分がシャーレにいない時にレトロゲームでもしていたのだろう。

 

「まあ、今はいいでしょう。それよりも……目覚めの時です、トリックスター。これより貴方の物語は大きく動くことでしょう」

「どういう意味だ?」

「感じるのです……力の胎動を」

 

 ラヴェンツァは瞳を閉じ、胸に手を当てて微笑んだ。

 彼女は「力を司る者」だ。自分には分からないが、ラヴェンツァはラヴェンツァなりにキヴォトスで「何か」を感じたらしい。

 

「……おーい、いつまで寝てんだよ」

 

 ラヴェンツァ以外の声がして、視線を向ける。

 そこにはモルガナが――いや、モナがうんざりした様子で俺とラヴェンツァを見ていた。

 

「ったく、いい加減起きろって。お前が寝てる間に大変なことになってんだぞ?」

 

 モナに急かされ、身体を起こす。途中、ラヴェンツァの名残惜しそうな顔が見えた気がしたが、断腸の思いで振り切り、立ち上がる。

 

「……こほん。

 頑張ってください、トリックスター。今こそ、「先生」としての貴方の力が試される時です。

 モルガナもよろしくお願いします。どうか、彼の助けになってあげてくださいね」

「お任せください、ラヴェンツァ殿」

 

 何もない空間に突如、青い扉が出現する。

 ラヴェンツァはその扉を開け、本来の場所に戻っていった。

 

「――さて、と。ラヴェンツァ殿にも頼まれちまったし、気合入れねーとな。まずは状況を整理するぜ」

 

 まず――今日はエデン条約調印式。

 トリニティとゲヘナ、両校の和平条約が結ばれる式典に、自分はシャーレの先生として出席した。

 しかし、式の途中で何者かに襲撃される。

 攻撃手段は巡航ミサイル。遥か遠方から対空防御システムを搔い潜り、古聖堂に着弾。その結果が目の前に広がる灰色の景色。ラヴェンツァの機転により自分とモナは無傷で済んだが、それ以外は全て残骸に成り果てた。

 それからしばらく気を失っていたのだが、その間はラヴェンツァが守っていてくれたという。

 

「……そうか。ありがとう、モナ」

「ああ。……で、これからどうする、ジョーカー」

「まずは生徒の安否を確認する」

 

 巡航ミサイルによって、辺り一帯は灰色に変わった。これだけの破壊力を持つ兵器は、キヴォトスでも見たことがない。

 俺は懐から携帯端末を取り出し、とあるアプリを立ち上げる。

 

『――せんせーい!! 大丈夫ですか!? 怪我はしていないですか!? というか、ちゃんと生きてますかあー!?』

 

 端末越しに一人の少女が大声で叫んでいる。

 アプリ「シッテムの箱」に住む人工知能「アロナ」だ。本来なら専用のタブレット端末でしか彼女に会えないのだが、無理を言って自分の端末でも「シッテムの箱」を起動できるようにしてもらったのだ。

 

「大丈夫だ。ちゃんと生きてるよ、アロナ」

『先生! よかったです、心配したんですよ!? 一応シッテムの箱は、外部の人間である先生を物理的にも守護するシステムなんですけど、先生の端末越しだと心配で心配で……!』

「すまない、心配をかけた。

 ――それでアロナ、早速だが頼みがある。知っての通り緊急事態だ、手短に頼みたい」

「!

 はい、何でも仰ってください! アロナ頑張ります!」

 

 頼もしい返事につい頬が緩む。

 ラヴェンツァがキヴォトス外の反則なら、アロナはキヴォトス内の反則。彼女の頑張り次第ではあるが、キヴォトスの常識の範囲内なら、大抵のことはできる。

 

「まずは医療機関に連絡を。学園を問わず、ここら一体の医療機関全てにだ。人命救助を最優先に、全力でことに当たってもらいたい」

 

 とっくの昔に動き出しているだろうが、それでも連絡しないよりはいい。

 『雨宮蓮先生は無事だった』

 そう伝えるだけでも、生徒達の士気は上がるだろう。

 

「次に、便利屋68に救援要請。可能な範囲で構わない。一人でも多くの人員を割いてほしい。

 以上だ。頼むぞ、アロナ」

「医療機関への連絡と救援要請ですね! 承りました! それでは失礼します!」

 

 そう言い残し、シッテムの箱は自動的に強制終了された。

 これで援軍は頼んだ。望み薄かもしれないが、ゼロよりはマシだ。後は……

 

「行くぞ、モナ。一人でも多くの生徒を助ける」

「ああ、任せとけ」

 

 幸いモナのペルソナ「ゾロ」は治癒能力も持っている。多少の傷なら彼が治してやれるだろう。

 だから、俺の役割は戦うこと。

 これは事故ではなく事件。明確な敵意をもって外部から攻撃された。ならば何処かに、攻撃してきた首謀者がいるはず。

 

『あくまで生徒が大切だと仰るなら、気を付けることです。我々は「ゲマトリア」。既に私以外の誰かが、貴方の背後に迫っているかもしれませんよ』

 

 黒服の言葉を思い出す。ヤツの言葉を信じるなら、敵はおそらくゲマトリアの誰か。キヴォトスの生徒ではない。

 

『頑張ってください、トリックスター。今こそ、「先生」としての貴方の力が試される時です』

 

 数分前のラヴェンツァの言葉を思い出す。確かにここが正念場。今こそ力の使い所だ。

 

「――やってやる」

 

 

 ◆

 

 

『緊急事態です! 古聖堂が、正体不明の爆発によって炎に包まれ……!

 これは一体……せっ、尖塔が崩れています!』

 

 牢獄に備え付けられたテレビから、けたたましいアナウンサーの声が鳴り響く。画面に映っているのは燃え盛る炎と建物の残骸。たとえ現場にはいなくとも、異常事態であることは誰にでも分かった。

 

「……ナギちゃん?」

 

 テレビを見ていた生徒――聖園ミカは、頬杖から顔を放し、画面に釘付けになる。

 しかし、画面は一向に変わらない。ただ、「大変なことが起きている」という旨の内容を繰り返すだけだった。

 ミカは咄嗟にポケットから携帯端末を取り出し、桐藤ナギサに連絡を試みる。

 

「……駄目、繋がらない」

 

 返ってきたのは、ツーツーという無慈悲なダイヤルトーン。

 当然だ。如何に優れた電子機器を使おうと、通信設備そのものがお釈迦になっていては意味がない。

 

「……そんな」

 

 ミカは携帯端末を握りしめたまま、その場で立ち尽くした。

 ――どうしよう、と自問自答する。

 ――どうしようもない、と結論を下す。

 何せ罪人として囚われている身だ。誰かがここに訪れない限り、彼女は外に出られない。

 

『きゃあぁぁぁぁぁ――――』

「っ……!」

 

 突然の絶叫に、ミカはびくりと肩を震わせた。声の出所はテレビ。どうやらアナウンサーが余計な音声を拾ってしまったらしい。

 

「どうしよう――」

 

 再度、自問自答する。答えが出ない問題に取り組み続け、無為な時間が過ぎていく。

 

「どうしよう……」

 

 どうしようもない、と結論付ける。今の自分では何もできない、と。

 

「どうしたらいいの……」

 

 ミカは頭を抱えてしゃがみ込む。現実から目を逸らすように。

 目を閉じて……眠ってしまえば全ては解決してるはずだと、自分に言い聞かせる。

 

『――こっち! こっちに怪我人が!』

「う……」

 

 しかし、現実はそれを許さない。

 

 ――いいや、それは違う。

   本当に許していないのはお前自身だ。

 

 本当にどうでもいいのなら、テレビを消せばいいのだから。絶叫だの悲鳴だの、全ては些事。お前には関係がない。

 全ての明かりを消して。

 布団に包まって。

 目を瞑ってしまえば、今日という日は終わるだろう。そうすれば、きっと誰かが何とかしてくれる。

 頼りになる先生が何とかしてくれる。

 

 ――だというのに。

   どうしてお前はそうしない?

 

「だって、ナギちゃんが……セイアちゃんが……」

 

 彼女自身がその答えを出していた。

 かつて聖園ミカは、己の失敗から友人を殺しかけた。しかし、運よく生きていた。その事実だけが、彼女に正気を保たせていた。半ば自暴自棄になりつつも、もしかしたらと、僅かな希望を持って生きていた。

 それが今、潰えようとしている。遥か遠く、無機質な画面の向こう側で。

 ふと、ミカの脳裏に妙案が浮かぶ。

 

「そうだ、先生。先生さえ、来てくれたら……」

 

 先生はミカを生徒だと言っていた。だったら、ここから連れ出してくれるかもしれない。かけがえのない友人の危機、君が助けないでどうするんだって。

 ――そんなわけない。

 脳裏に掠めた甘い考えを否定する。

 薄情だと言っているわけではない。むしろ雨宮蓮先生なら、本当にそう言って連れ出してくれるはずだ。

 ただ……今は、その先生すらも危険な状態かもしれないのだ。

 

「うう……」

 

 桐藤ナギサ。

 百合園セイア。

 そして、雨宮蓮。

 トリニティでの信用を失った今、ミカが頼れる人物はこの三人しかいない。

 それが駄目なら後は……精々、祈るくらいしかできない。

 

「そうだよ、祈るしかない。今の私には、それくらいしか――」

「何をしているのですか、聖園ミカさん」

「……ぇ?」

 

 ミカの動きがピタリと止まる。まるで、有り得ないものを聞いたかのように。

 

『だ、誰か! 誰か助けて……!』

 

 相変わらず、テレビからは生徒の絶叫が聞こえてくる。ミカはテレビに振り向きもせず、自分を呼んだ声の方を見た。

 黒いスーツを来た、のっぺらぼうのような男。金輪際接触しないと誓ったはずの不審者が、「扉の向こう」で腕を組んでいた。

 

「おや、聞こえませんでしたか。まあ、こちらからでは聞こえ辛いでしょうし、仕方ないですね。

 ではもう一度問いましょう。何をしているのですか、聖園ミカさん」

「わたし、は――」

「いつまで籠の鳥を演じているのか、と聞いているのです。気まぐれな貴方のことだ、いい加減お姫様ごっこも飽きたでしょうに」

「ち、がう。私は……。

 ……私は、罪人だから。牢屋から出ちゃダメなんだよ。私にできるのは、祈ることだけ」

 

 現れた黒服に動じながらも、ミカは己の内を吐露する。

 

 ――本当に?

 

「本当に?」

 

 木霊する。

 内なる自分が / 黒い男 が問いかける。

 

「本当にそうですか? それが今の貴方の望みだと?」

『余計なプライドは捨てて、自分の心に正直になりなさい。でなければ、貴方は後悔することになる』

「っ――!」

 

 かつてここで、誰かに言われた言葉が頭を掠める。

 ギリ、とミカは歯噛みする。

 

「二人を見捨て、先生を見捨て、ここに閉じ籠って見て見ぬフリ。それこそが真の望みだと?」

「――そんなわけないじゃん!!

 助けに行きたい! 死なせたくないに決まってるじゃん! だけどっ!!

 ……ここを、出るわけにはいかないの。

 私は罪を犯したから。勝手にここを出たら、また誰かの迷惑に……」

 

 ミカの声が尻すぼみに消えていく。

 ――十分だ。ようやく少女は叫んだのだ。

 己の内を。悪役に徹するために、心の仮面で隠してきた本音を。

 黒服は笑う。それでこそ聖園ミカだと言わんばかりに。

 

「それでは今一度、この言葉を貴方に。自分の心に正直になりなさい。

 ああ、それと――先生なら、どうするのでしょうね」

「先生、なら……?」

「ええ、そうです。もし彼が貴方と同じ立場だったとして……彼だったらどう動くのか。何故そうするのか。それを今一度、考えてみるのがよろしいかと。

 それでは――ご武運を」

 

 黒服は最後に一礼して、いつかのように霧となって消滅した。

 

 

 ◆

 

 

『――誰か、誰か手伝って! 私の友達が、瓦礫に挟まって――!』

「……はぁ」

 

 溜息が零れる。考えるのも馬鹿らしい。

 ……先生だったら、きっと助けに行くのだろう。

 何せ牢獄に繋がれている私に、生徒だからという理由で挨拶に来る人だ。きっと友人の危機には、いの一番に駆け付ける。迷惑だからとか、そういうメンドクサイことは考えない。

 じゃあ、私はどうしたいのかな……?

 ……ううん、考えるまでもないじゃんね。

 

「すぅ……はぁー……」

 

 深呼吸。目一杯酸素を取り込んで、ゆっくり吐き出す。

 ナギちゃん。いつもいつも口うるさい、心配性で臆病な女の子。

 セイアちゃん。いつもいつもワケわかんないことばっかり言う、不愛想な女の子。

 どちらも私の宝物。かけがえのない大切な友人だ。

 だったら、私自身の手で守らないと。

 

「ごめんね先生。私、今から脱獄しまーす♪」

 

 この時。私は、ちょっとだけ素直になった。

 私は今から脱獄犯だ。誰かが連れ出してくれるのとはワケが違う。私は私の責任で、自分の意思から脱獄する。

 

「あーあ、嫌だなあ。ただでさえ外出が禁止されてるのに、こんなことしちゃったら退学確定だよ」

 

 牢獄の扉は既に開いていた。お節介な大人達がわざわざ開けておいてくれたんだろう。

 私は――

 

「ま……今更じゃんね、そんなこと」

 

 羽のように軽い足取りで、第一歩を踏み出した。

 

 

 ◆

 




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