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空は灰。地上は炎。
瓦礫と鉄屑の山に成り果てた古聖堂から、一人の生徒が這い出てきた。
衣服は破れ、額からは流血。誰が見ても死屍累々の様相。
しかしその瞳には、かつてないほどの鋭い光があった。
「ひ、ヒナさん……まだ立ってますねえ……」
それを確認して、青い髪の少女……槌永ヒヨリは戦慄する。
巡航ミサイル。飛行機のように翼と推進力を持ち、長距離飛行を可能としたミサイル。
それが「通功の古聖堂」に直撃した。
破壊力は言うに及ばず。古聖堂は当然のこと、辺り一帯は瓦礫の山と化した。こうしている今も炎は広がり続け、二次被害が拡大している。
しかし……その被害の大きさこそが、空崎ヒナの異常性を際立たせていた。
辺り一帯を死の景色に変えてしまうほどの破壊兵器。
直撃ではなかったとはいえ――それを受けてなお、空崎ヒナは立ち上がり、闘志を燃やしている。
「ど、どうしましょう……あれを受けてまだ立っているなんて、すごいですねぇ……。
どうして……痛いはずなのに、苦しいはずなのに……でも……こっちも、引けないんですよねぇ」
ヒヨリは、背負っていたガンケースを地面に置き、開封する。
取り出した物はNTW-20。対人用ではなく、対物用の巨大なライフル。
生徒一人が扱うには明らかに重量過多。当然、命中精度も著しく低下するが、それを補って余りあるほどの破壊力を有している。
空崎ヒナに傷をつけるには、過剰すぎるくらいの攻撃力が必要なのだ。
ヒヨリはライフルを構え、スナイパーである彼女を守るように、アリウスの生徒達が隊列を組む。
「……アリウス、分校」
「空崎ヒナさん……貴方だけは、逃がさないように言われてるので……すみませんが、これもめ、命令でして……」
「……そう」
空崎ヒナもまた翼を広げ、身の丈ほどのマシンガンを構えた。
それこそが決戦の合図。ゲヘナ最強とアリウススクワッドの戦いが幕を開ける。
◆
「う……」
瓦礫の瓦礫の隙間。人間一人が辛うじて入れる空間に、桐藤ナギサはいた。
本来ならば瓦礫の下敷きとなり、意識不明の重体になっていても不思議ではなかった。運良く隙間に逃れることができたのは不幸中の幸いだ。
しかし、身動きが取れない。如何にキヴォトス人が丈夫とはいえ、個人差は当然ある。荒事が得意ではない彼女では、瓦礫を退かして自力で這い出ることはできない。
「あれは……!
……ナギサさん、ご無事ですか!?」
生徒の一人が瓦礫の中のナギサを発見する。
赤いヘイローと黒い長髪、黒セーラーが印象的な長身の生徒。
「羽川ハスミ」。言わずと知れた正義実現委員会の副委員長である。
「っ……瓦礫が。ツルギ、手伝ってください!」
「分かった」
「剣先ツルギ」。血が滴るようなヘイローと、やや乱れた黒い長髪の生徒。正義実現委員会の委員長。
ツルギと呼ばれた生徒は、周囲を警戒しながらもハスミに手を貸し、重なった瓦礫を退けていく。
二人の手を借り、ナギサは身を捩らせながら瓦礫の外へ脱出した。
「っ……正義実現委員会の皆さん。ありがとうございます。お陰で助かりました。
しかし、これは……」
周囲の様子を確認する。
空は灰。辺り一帯は瓦礫の山。エデン条約調印式の舞台となった由緒正しき古聖堂は、影も形もなくなっていた。
――「通功の古聖堂」。
かつて「第一回公会議」が開かれ、トリニティ総合学園が成立した場所。
地獄のような群雄割拠の時代が終わり、トリニティという楽園が誕生した場所。
そう記録されていたからこそ、ナギサは調印式の場所に此処を選んだのだ。
「どうして、このような……」
痛々しい光景に、ナギサは顔を歪める。
平和への第一歩となったはずの「第一回公会議」。目の前の残骸はまるで、それを否定しているかのように思えたからだ。
「エデン条約も……第一回公会議も……全ては間違いだったというのですか」
「ナギサさん……」
連邦生徒会長の失踪以来、桐藤ナギサはエデン条約の為に活動してきた。
全てはゲヘナとの和平の為。
「みんなで仲良く」。
子供が思い描く絵空事のような、けれど尊い景色を実現するために苦心してきた。
それがトリニティでは「スパイ」という形で否定され、今回は明確な攻撃を以て否定された。
ナギサの心は、既に折れかけていた。
「私はそうは思わない」
「え……」
しかし。俯きかけたナギサの心境を否定する者がいた。
剣先ツルギ。ナギサは、背を向けたまま遠方を見据えている彼女を見上げた。
「私は壊すことしかできないから……貴方が何をしていたのかは分からない。だから、気の利いたことは何も言えない。
でも、目標を掲げて頑張っていたのは知っている。だったらそのための努力は、絶対に間違ってなんかいない」
「ツルギさん……」
「仮に間違っていたとしたら、やり方。壊し方だ。群雄割拠という地獄の時代。これを壊す方法を、トリニティは間違えた。
でも、それなら問題ない。今度は念入りに、きちんと破壊してやればいい。だから――今は、生き残ることを考えろ」
そう言って、ツルギは武装する。
取り出したのは二丁のショットガン。黒と赤でカラーリングされたレバーアクション式の得物。
ツルギが見つめる先には――新手がいた。
「作戦地域に到着。正義実現委員会の残党を発見……いや、訂正。残党じゃなく、正義実現委員会の真髄だ。
兵力をこっちに回して。これより交戦に入る」
マスクで顔を隠した黒髪の生徒を先頭に、一人、また二人と武装とした生徒が姿を現す。
装備の特徴や腕章のマークから、彼女達がアリウス分校の生徒であることが分かる。
「アリウス分校……!? いえ、それよりもこの兵力。一体どうやって……!」
四方八方、どこもかしこもアリウス生徒。気が付けば、三人は完全に包囲されていた。
ナギサの動揺は加速するばかりだ。何しろ今日はエデン条約当日、周囲は全て警戒態勢だったはずなのだ。それこそ、ネズミ一匹通すことすらできないほどに。
……いや。そもそもの話、巡航ミサイルが古聖堂に着弾できた時点で不自然だ。
警戒態勢だったのは何も地上だけの話ではない。ここはトリニティ総合学園、キヴォトス随一の施設を誇るマンモス校。当然、最新鋭の対空防御システムがトリニティ上空を守護している。
しかし、迎撃が間に合わなかった――否、感知すらできていない。
「落ち着いてください、ナギサさん。そして、構えてください」
ツルギに続き、ハスミもまた愛用のスナイパーライフルを構えた。
「不可解な点が多いですが、今は考えても仕方ないでしょう。まずはここを切り抜けます」
「……そうですね。ありがとうございます、ハスミさん。正義実現委員会の力、頼りにさせていただきます」
ナギサもまた、常備している拳銃を腰から引き抜いた。
所詮は拳銃。ショットガンやスナイパーライフルに比べれば、リーチも攻撃力もたかが知れている。
それでも、最低限身を守るくらいはできるだろう。ツルギとハスミ、銃撃戦のプロたる二人からすれば、それだけでも有難い。
「――へえ。足掻くつもりなんだ。そんなことに意味なんてないのに」
アリウスの生徒はマスクの下で嘲笑う。足手纏いは所詮、何をしても足手纏いだと。
「状況、ちゃんと分かってる? 貴方たちはもう詰んでる。ただでさえ包囲されて逃げ場がないのに、こっちにはまだ援軍が来るんだから」
「知ったことか」
ツルギはショットガンの銃口を向け、不愉快だと言わんばかりに吐き捨てる。
「包囲されたのなら、壊して道を作ればいい。お前、私達を誰だと思ってるんだ?」
「ツルギの言う通りです。むしろ……この程度の兵力で、私達を止められるとお思いですか?
「剣先ツルギ」と「羽川ハスミ」。如何にアリウスといえど、名前くらいは知っているでしょう?」
「その点に関しては問題ない。ちゃんと手は打ってある」
アリウスの生徒が合図を下すと、周囲の生徒に紛れて新しい「影」が出現した。
運動性能を重視したレオタードと、シスター服の頭巾。手には生徒同様の銃火器。素顔はガスマスクで覆われており、伺うことはできない。
だが……その姿、その衣装を、ナギサは知っていた。
「まさか……「ユスティナ聖徒会」?」
「ご名答。流石、ティーパーティーに所属しているだけあるね。まさか一目で見抜くなんて」
「いえ……ですが、ありえません! 「戒律の守護者」たる彼女達がどうして今ここに……!」
トリニティ総合学園の有する組織の一つ「シスターフッド」、その前身が「ユスティナ聖徒会」だ。
別名「戒律の守護者」。「第一回公会議」にて決められた戒律を守る組織であり、これを破った者を処罰する武力集団。
治安維持を目的とするには行き過ぎた権力を持っていたことから、数百年前に解散されたはずの組織だ。
「考察は後にしてくれ。今はっきりさせたいのはただ一つ。――あいつらは、敵か?」
「……ユスティナ聖徒会は、分かりやすく言えば「ルールを守る者」です。戒律の守護者は所詮、戒律を守護する者でしかない。
つまり、ルールさえ破らなければ敵にはなり得ない……はず、なのですが」
「……まあ、そうは見えないな」
「ユスティナ聖徒会」は、トリニティ総合学園を成立させるために、トリニティの生徒を罰する組織だ。その特性上、トリニティの生徒に対して圧倒的な戦力を誇る。
逆に言えば、学園が成立している限り敵にはなり得ない。むしろ、武力集団として味方になるはずの組織だ。当時の背景から考えると、対立関係にあったゲヘナにも大きな力を発揮してくれるだろう。
しかしどういうわけか、その武力は今、味方であるはずのナギサ達三人に向けられている……。
「だったらはっきりした。有り得ないはずのことが起きているということは、相応の何かをされたってことだ。
つまり――「抜け道があった」か、「ルールを曲げられた」か」
「そんな……! そのようなことができる人物なんて――」
――いない。そう言いかけたが、ナギサは言葉を続けられなかった。心当たりがあったからだ。
「もしかして――先生、が?」
雨宮蓮先生。またの名をジョーカー。彼の持つ超常能力はナギサも把握している。
だからこそ疑念がよぎる。キヴォトスの常識にない力を操る彼ならば、抜け道を探ることも、ルール自体を書き換えることも可能なのではないか――?
「うっ――」
不安、悪寒、寒気、嫌な予感が重なり、胃液が逆流しそうになる。
また私は、信じた人間に裏切られたのか――と。
「ナギサさん、冷静に」
……ぽん、と。
割れ物に触れるように優しく、ハスミはナギサの肩に手を置いた。
「ぁ――ハスミ、さん」
「今は非常事態。答えが出ない問題に取り組む時間はありません。今は、目の前の敵に集中してください」
「……はい」
「ですが、先生を探す、という提案はいいと思います。無事を確認しなければなりませんし。
ツルギも、それでいいですね?」
「ああ、異論は無い」
「……重ね重ね、ありがとうございます」
三人はそれぞれの銃を構えなおし、敵を見据える。
トリニティとアリウス、そしてユスティナ聖徒会。戦力差は圧倒的。蹂躙じみた戦闘が幕を開ける……。
◆
展開に合わせてユスティナ聖徒会の設定をちょっと変えてます。
具体的に言うとゲヘナ、トリニティ特攻の不死軍団。ゲヘナ、トリニティの生徒に対してほぼ無敵。戦闘能力が高いという意味ではなく、そういうルールによって守られてる存在。