ファントム・アーカイブ   作:名もなきWater

12 / 17
火と灰に染まる街(2)

 ◆

 

 空は灰。地上は炎。

 瓦礫と鉄屑の山に成り果てた古聖堂から、一人の生徒が這い出てきた。

 衣服は破れ、額からは流血。誰が見ても死屍累々の様相。

 しかしその瞳には、かつてないほどの鋭い光があった。

 

「ひ、ヒナさん……まだ立ってますねえ……」

 

 それを確認して、青い髪の少女……槌永ヒヨリは戦慄する。

 巡航ミサイル。飛行機のように翼と推進力を持ち、長距離飛行を可能としたミサイル。

 それが「通功の古聖堂」に直撃した。

 破壊力は言うに及ばず。古聖堂は当然のこと、辺り一帯は瓦礫の山と化した。こうしている今も炎は広がり続け、二次被害が拡大している。

 しかし……その被害の大きさこそが、空崎ヒナの異常性を際立たせていた。

 辺り一帯を死の景色に変えてしまうほどの破壊兵器。

 直撃ではなかったとはいえ――それを受けてなお、空崎ヒナは立ち上がり、闘志を燃やしている。

 

「ど、どうしましょう……あれを受けてまだ立っているなんて、すごいですねぇ……。

 どうして……痛いはずなのに、苦しいはずなのに……でも……こっちも、引けないんですよねぇ」

 

 ヒヨリは、背負っていたガンケースを地面に置き、開封する。

 取り出した物はNTW-20。対人用ではなく、対物用の巨大なライフル。

 生徒一人が扱うには明らかに重量過多。当然、命中精度も著しく低下するが、それを補って余りあるほどの破壊力を有している。

 空崎ヒナに傷をつけるには、過剰すぎるくらいの攻撃力が必要なのだ。

 ヒヨリはライフルを構え、スナイパーである彼女を守るように、アリウスの生徒達が隊列を組む。

 

「……アリウス、分校」

「空崎ヒナさん……貴方だけは、逃がさないように言われてるので……すみませんが、これもめ、命令でして……」

「……そう」

 

 空崎ヒナもまた翼を広げ、身の丈ほどのマシンガンを構えた。

 それこそが決戦の合図。ゲヘナ最強とアリウススクワッドの戦いが幕を開ける。

 

 

 ◆

 

 

「う……」

 

 瓦礫の瓦礫の隙間。人間一人が辛うじて入れる空間に、桐藤ナギサはいた。

 本来ならば瓦礫の下敷きとなり、意識不明の重体になっていても不思議ではなかった。運良く隙間に逃れることができたのは不幸中の幸いだ。

 しかし、身動きが取れない。如何にキヴォトス人が丈夫とはいえ、個人差は当然ある。荒事が得意ではない彼女では、瓦礫を退かして自力で這い出ることはできない。

 

「あれは……!

 ……ナギサさん、ご無事ですか!?」

 

 生徒の一人が瓦礫の中のナギサを発見する。

 赤いヘイローと黒い長髪、黒セーラーが印象的な長身の生徒。

 「羽川ハスミ」。言わずと知れた正義実現委員会の副委員長である。 

 

「っ……瓦礫が。ツルギ、手伝ってください!」

「分かった」

 

「剣先ツルギ」。血が滴るようなヘイローと、やや乱れた黒い長髪の生徒。正義実現委員会の委員長。

 ツルギと呼ばれた生徒は、周囲を警戒しながらもハスミに手を貸し、重なった瓦礫を退けていく。

 二人の手を借り、ナギサは身を捩らせながら瓦礫の外へ脱出した。

 

「っ……正義実現委員会の皆さん。ありがとうございます。お陰で助かりました。

 しかし、これは……」

 

 周囲の様子を確認する。

 空は灰。辺り一帯は瓦礫の山。エデン条約調印式の舞台となった由緒正しき古聖堂は、影も形もなくなっていた。

 ――「通功の古聖堂」。

 かつて「第一回公会議」が開かれ、トリニティ総合学園が成立した場所。

 地獄のような群雄割拠の時代が終わり、トリニティという楽園が誕生した場所。

 そう記録されていたからこそ、ナギサは調印式の場所に此処を選んだのだ。

 

「どうして、このような……」

 

 痛々しい光景に、ナギサは顔を歪める。

 平和への第一歩となったはずの「第一回公会議」。目の前の残骸はまるで、それを否定しているかのように思えたからだ。

 

「エデン条約も……第一回公会議も……全ては間違いだったというのですか」

「ナギサさん……」

 

 連邦生徒会長の失踪以来、桐藤ナギサはエデン条約の為に活動してきた。

 全てはゲヘナとの和平の為。

 「みんなで仲良く」。

 子供が思い描く絵空事のような、けれど尊い景色を実現するために苦心してきた。

 それがトリニティでは「スパイ」という形で否定され、今回は明確な攻撃を以て否定された。

 ナギサの心は、既に折れかけていた。

 

「私はそうは思わない」

「え……」

 

 しかし。俯きかけたナギサの心境を否定する者がいた。

 剣先ツルギ。ナギサは、背を向けたまま遠方を見据えている彼女を見上げた。

 

「私は壊すことしかできないから……貴方が何をしていたのかは分からない。だから、気の利いたことは何も言えない。

 でも、目標を掲げて頑張っていたのは知っている。だったらそのための努力は、絶対に間違ってなんかいない」

「ツルギさん……」

「仮に間違っていたとしたら、やり方。壊し方だ。群雄割拠という地獄の時代。これを壊す方法を、トリニティは間違えた。

 でも、それなら問題ない。今度は念入りに、きちんと破壊してやればいい。だから――今は、生き残ることを考えろ」

 

 そう言って、ツルギは武装する。

 取り出したのは二丁のショットガン。黒と赤でカラーリングされたレバーアクション式の得物。

 ツルギが見つめる先には――新手がいた。

 

「作戦地域に到着。正義実現委員会の残党を発見……いや、訂正。残党じゃなく、正義実現委員会の真髄だ。

 兵力をこっちに回して。これより交戦に入る」

 

 マスクで顔を隠した黒髪の生徒を先頭に、一人、また二人と武装とした生徒が姿を現す。

 装備の特徴や腕章のマークから、彼女達がアリウス分校の生徒であることが分かる。

 

「アリウス分校……!? いえ、それよりもこの兵力。一体どうやって……!」

 

 四方八方、どこもかしこもアリウス生徒。気が付けば、三人は完全に包囲されていた。

 ナギサの動揺は加速するばかりだ。何しろ今日はエデン条約当日、周囲は全て警戒態勢だったはずなのだ。それこそ、ネズミ一匹通すことすらできないほどに。

 ……いや。そもそもの話、巡航ミサイルが古聖堂に着弾できた時点で不自然だ。

 警戒態勢だったのは何も地上だけの話ではない。ここはトリニティ総合学園、キヴォトス随一の施設を誇るマンモス校。当然、最新鋭の対空防御システムがトリニティ上空を守護している。

 しかし、迎撃が間に合わなかった――否、感知すらできていない。

 

「落ち着いてください、ナギサさん。そして、構えてください」

 

 ツルギに続き、ハスミもまた愛用のスナイパーライフルを構えた。

 

「不可解な点が多いですが、今は考えても仕方ないでしょう。まずはここを切り抜けます」

「……そうですね。ありがとうございます、ハスミさん。正義実現委員会の力、頼りにさせていただきます」

 

 ナギサもまた、常備している拳銃を腰から引き抜いた。

 所詮は拳銃。ショットガンやスナイパーライフルに比べれば、リーチも攻撃力もたかが知れている。

 それでも、最低限身を守るくらいはできるだろう。ツルギとハスミ、銃撃戦のプロたる二人からすれば、それだけでも有難い。

 

「――へえ。足掻くつもりなんだ。そんなことに意味なんてないのに」

 

 アリウスの生徒はマスクの下で嘲笑う。足手纏いは所詮、何をしても足手纏いだと。

 

「状況、ちゃんと分かってる? 貴方たちはもう詰んでる。ただでさえ包囲されて逃げ場がないのに、こっちにはまだ援軍が来るんだから」

「知ったことか」

 

 ツルギはショットガンの銃口を向け、不愉快だと言わんばかりに吐き捨てる。

 

「包囲されたのなら、壊して道を作ればいい。お前、私達を誰だと思ってるんだ?」

「ツルギの言う通りです。むしろ……この程度の兵力で、私達を止められるとお思いですか?

 「剣先ツルギ」と「羽川ハスミ」。如何にアリウスといえど、名前くらいは知っているでしょう?」

「その点に関しては問題ない。ちゃんと手は打ってある」

 

 アリウスの生徒が合図を下すと、周囲の生徒に紛れて新しい「影」が出現した。

 運動性能を重視したレオタードと、シスター服の頭巾。手には生徒同様の銃火器。素顔はガスマスクで覆われており、伺うことはできない。 

 だが……その姿、その衣装を、ナギサは知っていた。

 

「まさか……「ユスティナ聖徒会」?」

「ご名答。流石、ティーパーティーに所属しているだけあるね。まさか一目で見抜くなんて」

「いえ……ですが、ありえません! 「戒律の守護者」たる彼女達がどうして今ここに……!」

 

 トリニティ総合学園の有する組織の一つ「シスターフッド」、その前身が「ユスティナ聖徒会」だ。

 別名「戒律の守護者」。「第一回公会議」にて決められた戒律を守る組織であり、これを破った者を処罰する武力集団。

 治安維持を目的とするには行き過ぎた権力を持っていたことから、数百年前に解散されたはずの組織だ。

 

「考察は後にしてくれ。今はっきりさせたいのはただ一つ。――あいつらは、敵か?」

「……ユスティナ聖徒会は、分かりやすく言えば「ルールを守る者」です。戒律の守護者は所詮、戒律を守護する者でしかない。

 つまり、ルールさえ破らなければ敵にはなり得ない……はず、なのですが」

「……まあ、そうは見えないな」

 

 「ユスティナ聖徒会」は、トリニティ総合学園を成立させるために、トリニティの生徒を罰する組織だ。その特性上、トリニティの生徒に対して圧倒的な戦力を誇る。

 逆に言えば、学園が成立している限り敵にはなり得ない。むしろ、武力集団として味方になるはずの組織だ。当時の背景から考えると、対立関係にあったゲヘナにも大きな力を発揮してくれるだろう。

 しかしどういうわけか、その武力は今、味方であるはずのナギサ達三人に向けられている……。

 

「だったらはっきりした。有り得ないはずのことが起きているということは、相応の何かをされたってことだ。

 つまり――「抜け道があった」か、「ルールを曲げられた」か」

「そんな……! そのようなことができる人物なんて――」

 

 ――いない。そう言いかけたが、ナギサは言葉を続けられなかった。心当たりがあったからだ。

 

「もしかして――先生、が?」

 

 雨宮蓮先生。またの名をジョーカー。彼の持つ超常能力はナギサも把握している。

 だからこそ疑念がよぎる。キヴォトスの常識にない力を操る彼ならば、抜け道を探ることも、ルール自体を書き換えることも可能なのではないか――?

 

「うっ――」

 

 不安、悪寒、寒気、嫌な予感が重なり、胃液が逆流しそうになる。

 また私は、信じた人間に裏切られたのか――と。

 

「ナギサさん、冷静に」

 

 ……ぽん、と。

 割れ物に触れるように優しく、ハスミはナギサの肩に手を置いた。

 

「ぁ――ハスミ、さん」

「今は非常事態。答えが出ない問題に取り組む時間はありません。今は、目の前の敵に集中してください」

「……はい」

「ですが、先生を探す、という提案はいいと思います。無事を確認しなければなりませんし。

 ツルギも、それでいいですね?」

「ああ、異論は無い」

「……重ね重ね、ありがとうございます」

 

 三人はそれぞれの銃を構えなおし、敵を見据える。

 トリニティとアリウス、そしてユスティナ聖徒会。戦力差は圧倒的。蹂躙じみた戦闘が幕を開ける……。

 

 

 ◆

 

 




展開に合わせてユスティナ聖徒会の設定をちょっと変えてます。
具体的に言うとゲヘナ、トリニティ特攻の不死軍団。ゲヘナ、トリニティの生徒に対してほぼ無敵。戦闘能力が高いという意味ではなく、そういうルールによって守られてる存在。




  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。