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戦況は熾烈を極めていた。
数は一対多。たった一人の小さな生徒を、無数のシスター達が取り囲んでいる。
多の方はユスティナ聖徒会――その
楽園の名の下に、エデン条約を守護する武力集団――「エデン条約機構」を補助するために複製されたかつての影。亡霊と言ってもいい。
一の方は空崎ヒナ。現在のゲヘナ学園の風紀委員長にして、ゲヘナ最強の神秘を持つ生徒。
ユスティナ聖徒会が空崎ヒナを取り囲み、一斉に銃を構える。
四面楚歌。四方八方を見回すが、逃げ場がない。流れ弾が味方に被弾しても構わないというスタンス。
直後、一斉掃射が開始される。前も後ろも横も駄目だ。どこに逃げても鉛玉の餌食。
「――なら、ここ!」
だが、空崎ヒナにダメージはなかった。
逃げ場はあった。前も後ろも横も駄目なら、上に行けばいい。
少女は跳躍していた。そのまま翼を広げて滑空し、地を這うシスター共にマシンガンの銃口を向ける。
「喰らえ……!」
お返しとばかりに、上空から弾丸が放たれる。
状況は一対多、どう撃っても空振りに終わることはない。ヒナの掃射は、ユスティナ聖徒会全体に多大なダメージを与えた――かのように思えた。
ヒナは翼を畳み、地上に着地。すぐに振り返って攻撃の成果を確認する。
成果はほぼゼロ。シスター服やガスマスクには多少の銃痕が見受けられるものの、彼女達の青白く発光している肌には、傷らしい傷は殆どなかった。
「っ……!」
舌打ちが漏れる。何度攻撃を加えても怯まない彼女達の存在は、ヒナの心に焦燥感を芽生え始めさせていた。
「……強い。ここまでやっても怯みさえしないなんて。このままだとアコ達どころか、先生でさえ――」
――助けられない。
「っ……! いいえ、助ける! 私は空崎ヒナ、ゲヘナ学園の風紀委員長なのだから……!」
ヒナは、弱音を吐きそうになった自分に喝を入れ、眼前の敵を見据えた。
「すぅ……は――」
一息、深呼吸。
焦燥感を抑えつけるように空気を取り込み、疲労と共に吐き出した。
再度、ヒナは目の前の敵を見据える。
彼女の目に映ったのはユスティナ聖徒会。無数のシスター服の生徒、その複製。
――複製、だけだ。
いない。さっきまでいたはずの生徒達が。隊列を組んでいたはずの、アリウス分校の生徒達が。
だが、すぐに見つかった。地面だ。
倒れている。腰を下ろしている。膝をついている。程度の差はあれ、誰も彼も戦闘続行が不可能なほどに負傷していた。
攻撃が通じていない、というのは焦りから生まれた認知のズレ。流れ弾か、あるいは無意識下での攻撃か。ここまでの戦いで、空崎ヒナの攻撃はアリウスの生徒達を間違いなく全滅させていた。
「これは、どういうこと……?」
違和感に気付く。
アリウスの生徒は全滅しているのに、ユスティナ聖徒会には傷一つついていない。
頑丈だから? 勿論その可能性も捨てきれない。しかし空崎ヒナは、それとは別の可能性に目を付けた。
「もしかして、先生と同系統の力……?」
かつてヒナも、
「だとしたら、どこかに召喚者か、コアのようなものがあるはず……」
ヒナはユスティナ聖徒会を視界に収めたまま、周囲を確認する。
どこを見ても相変わらず瓦礫の山。それらしきものは見当たらない。
――が。
「っ――!」
ヒナが硬直する。
気付く。自分を狙う銃口に。そして思い出す。もう一人の生徒を。
この戦いが始まる前に――確かもう一人、アリウスの生徒がいたはずだ。
物言わぬ瓦礫の影から、対物ライフルの銃口が、空崎ヒナを捉えていた。
「くっ――……!!?」
銃声。
回避は不可能だった。弾丸は空崎ヒナの肩を抉るように突き刺さり、その小さな体を突き飛ばした。
空崎ヒナはキヴォトスの生徒。それも強力な神秘を持つ特別例だ。如何に対物ライフルと言えど、その肉体を貫通させるまでには至らない。
しかし、その衝撃は凌げない。
ヒナは咄嗟に態勢を立て直す――が、数歩よろけた後、膝をついてしまった。
「ぐっ――う――」
苦悶の表情。叫びたくなるほどの肩の激痛を、歯を嚙んでこらえている。
「や……やっと、やっと膝をついてくれました、ね……」
瓦礫の影から狙撃手が姿を現す。
水色の髪の少女――槌永ヒヨリ。アリウス分校の特殊部隊「アリウススクワッド」所属のスナイパーだ。
「お、おかしいと思ってたんです。ゲヘナとトリニティに対して圧倒的な力を持つユスティナ聖徒会。そんな、ば、化け物たち相手にここまで戦えるなんて……。
本当に、本当にどうなってるんですか貴方は……分かってるんですか? もう日が沈みますよ? 一体何時間戦い続けているのか、計算するのも面倒です……。
でも、そろそろ限界、ですね?」
「――限界? それは一体、誰のことかしら」
「え――……ひ!」
ダン、と。地を揺らす勢いで一歩を踏み出し、ヒナは立ち上がった。負傷した肩を気にも留めず、マシンガンを手に戦闘態勢を取る。
「舐めないで頂戴。この程度の傷、ゲヘナでは日常茶飯事。
私には背負うものがある。守りたいものがいる。それがある限り、私を倒せるとは思わないことね」
「……いいえ、嘘です、ね。
ユスティナ聖徒会と戦って、私の狙撃をまともに受けて……それでもまだ戦えるなんて、有り得ません。
気力も体力も限界。もう立っているので精一杯……違いますか?」
ヒヨリの指摘は的を射ていた。
頭からは流血。呼吸は乱れ、肩は上下に揺れており、構えた銃も微かに震えている。正しく満身創痍。空崎ヒナを奮い立たせているのは、ひとえに責任感。かつて腕章に誓った風紀委員長としての想いだけだ。
「どうやら図星、みたいですね……えへへ。それじゃあ、ユスティナ聖徒会の皆さん。あとは、よ、よろしくお願いします、ね」
「くふふ~、お任せあれ♪ そーれ、みんなまとめてドッカーン♪」
「えへへ、元気ですねユスティナの皆さん。それじゃ改めて――はい?」
投擲。
シスター達が集まる上空に、「何か」が放り投げられた。
バッグだ。ちょうど、買い物をするときに持参するくらいの手頃なサイズ。
――言うまでもなく、中身は爆弾だった。
「っ――!」
一瞬後の衝撃に備え、ヒナは身を屈める。
そして閃光。目を覆うほどの強烈な光と共に、大気を震わす衝撃がユスティナ聖徒会を襲った。
「援軍……?」
狙いを違えたわけではないだろう。
思わぬ味方に若干の安心感を覚えながらも、ヒナは警戒を緩めなかった。
爆弾は確かに直撃した。普通の生徒相手なら、今ので勝負は決まっただろう……が、ユスティナ聖徒会は普通ではない。空崎ヒナの銃撃をものともしない連中が、爆弾一発で殲滅できるわけがない。そもそもの話、今の爆弾が有効だったかすら怪しい。
「けほっ、けほっ……な、何事……って、なんですか、これ」
「な――」
煙が晴れるとそこには、二人にとっては信じられない光景が広がっていた。
シスターたちは傷を負っていた。いや、それだけではない。数えるほどしかいないが、シスターの何人か――おそらくは爆弾の真下にいた者達が、地面に倒れ伏していたのだ。
「ユ、ユスティナ聖徒会、何名か倒れました!」
「あはは、すっごーい! 効果は抜群じゃん!」
「うん、社長の推測通りだったね。先生達の授業の賜物かな?」
「とと、当然の結果よ! 何もかも計算通りなんだから!」
そして、新しい人影が四つ。
「――あら。随分とお困りのようね、風紀委員長。でも、私達が来たからにはもう安心よ。
便利屋68。ジョーカー先生からの要請で助太刀に来たわ」
陸八魔アル。浅黄ムツキ。鬼方カヨコ。伊草ハルカ。
便利屋68の四人がユスティナ聖徒会と向き合い、ヒナを庇うように陣取っていた。
――何故?
ヒナの脳裏には、幾つかの疑問点が浮かんでいた。
何故、彼女達の爆弾は通用した?
特別な爆弾を使った? 確かにその可能性はある。それでも、ヒナの攻撃が全く効かなかった相手にここまで有効なのは妙だ。何かしらのトリックがあるのは間違いない。
そして……何故、先生は便利屋に連絡を取ったのか。
いや、冷静に考えれば納得の人選ではある。便利屋68はゲヘナ学園所属でありながら、ゲヘナでは活動していない特殊な組織だ。ゲヘナの危機ならば、真っ先に連絡すべきは彼女達だろう。
「…………」
ヒナはそれでも、何故、と思わざるを得ない。雨宮蓮先生が無事だったのは喜ばしいことだ。それでも――どうして真っ先に頼ったのが風紀委員長たる私ではなく、便利屋68の彼女達なのか、と。
詰まるところ――どこにでもありふれた、いじらしい嫉妬心であった。
「ヒナ委員長。まずは貴方にこれを貸すわ」
便利屋68のリーダー……陸八魔アルが差し出したのは、一つの腕章だった。
書かれている文字は、「
よく見ると、陸八魔アルを含めた四人全員が同じ腕章をつけていた。
「……これは?」
「ふふ。これはシャーレの当番の生徒のみ着用が許される特別な腕章よ。
貴方も知っての通り、連邦捜査部シャーレは超法規的機関。雨宮蓮先生の名の下に、あらゆる規約、法律をすり抜けて問題解決に当たる、言わばキヴォトスの特異点。
これをつけた私達は、キヴォトスの生徒であると同時に、シャーレの部員――先生の部下でもある。
つまり……ええと、確か……そう! 認知を書き換えられるって寸法よ!」
「認知を、書き換える……?」
聞き覚えのない単語に、ヒナは首を傾げる。
「そう、その通りよ!
ユスティナ聖徒会、あれは怪物よ。その成り立ち故に、私達ゲヘナ、トリニティに対しては無類の強さを誇るわ。
でもそれは、私達がゲヘナの生徒という認知があるから。それ以外の肩書きを背負って認知を書き換えれば、対等の条件で戦えるってこと」
「……そういうことね」
ユスティナ聖徒会は、第一回公会議にて決められたルールを破ったトリニティの生徒を武力で罰する組織だ。その特性上、トリニティの生徒ではユスティナ聖徒会には『絶対に勝てない』。
そしてトリニティは、当時から既にゲヘナと対立関係にあった。対ゲヘナの武力集団としても認知されていた彼女達は、ゲヘナに対しても無敵の戦闘能力を発揮する。
だが、それらはあくまでルールの中にいた場合の話。ルールの外側、つまり「シャーレ」に属する存在になれば、立場は対等。武力での制圧も可能になる。
揉め事を力で解決してきた空崎ヒナには至れない解答。元よりこれは力による戦いではなく、
「ありがとう、便利屋。この腕章、大切に使わせてもらうわ」
何故、彼女達がこんな重要なものを持っているのか。
ヒナは新しく芽生えた嫉妬心を飲み込み、シャーレの腕章を右腕につけた。
右腕にはシャーレ、左腕には風紀委員。二つの腕章が、空崎ヒナに新しい活力を与える。
「それじゃあ、行きましょうか」
「え?」
ヒナが一歩、前に踏み出す。
頭からは流血、肩には銃痕、衣服は所々破れている……にも関わらず、その表情は生き生きとしていた。
「いいえ、違うわね。私達は今、シャーレの部員なのだから……きっと、こう言うのが正しいわ。
――さあ、SHOW TIMEの始まりよ」
◆
「もー、だから言ったじゃん。決め台詞はタイミングが肝心だって」
「もうちょっと溜めた後で言うつもりだったのよ!
さあ――ムツキ、カヨコ、ハルカ。私達のSHOW TIMEを始めましょう――みたいな感じで!」
「アル様カッコイイです……!」
「そうだね、カッコイイね。台詞が盗られてなければね」
◆
「はぁ……はぁ……はぁ――!」
走る。走る。走る。
軽やかに脱獄した籠の鳥は、ハヤブサの如く地を駆けていた。
屋外へ出た瞬間、聖園ミカは武器の調達を諦めた。
巡航ミサイルの影響は、彼女の想像を遥かに超えていたからだ。
数キロメートル離れていても見える炎と煙は、ミカの目的地を明確に示していた。
「なっ……今のは、聖園ミカ!?」
雑音とすれ違う。
聖園ミカにとって優先すべきは親友の救出。それ以外は全て後回しだ。
ふと、少女の中に疑問が生まれる。武器も無しに戦えるのか、と。
キヴォトスの生徒にとって銃火器は生活必需品。服やバッグ、眼鏡等と同義の存在だ。それを持っていない今の彼女は、キヴォトスの生徒としての常識から外れているだろう。
加えて、向かう先は戦場。敵も味方も武装した生徒の集団。そんな中に徒手空拳で挑むなど、無鉄砲にも程がある。
だが、少女の中の「誰か」が否定する。何も問題はないと。武器なら既に
「ほんと、わけわかんないよね」
少女は微笑む。
誰がそう言ったのか、ミカには分からない。
一つだけ確かなのは――今なら誰にも負ける気がしない、ということだ。
「なんか、生まれ変わった気分」
少女は駆ける。笑顔で友人を助けるために。
◆
書いてる途中で「ジョーカーが救援出してから便利屋が駆け付けるまで早すぎない?」と思ったがまあいいや。