ファントム・アーカイブ   作:名もなきWater

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『ミカエル』

 ◆

 

 

 戒律を守る者……ユスティナ聖徒会、その複製(ミメシス)。シスター服とガスマスクを姿を隠した亡霊達。

 彼女達に傷はなく、また疲労もなかった。

 疲労がないのは理解できるだろう。彼女達はあくまで複製、かつて存在した組織を何らかの手段で再現したもの。要するに生物ではなく兵器なのだから。

 しかし、傷がつかないのは明らかに不自然だ。

 

 桐藤ナギサは、ここまでの戦いを思い出す。

 

 正義実現委員会の委員長、剣先ツルギ。『歩く戦略兵器』とまで言われる彼女の銃撃を、ユスティナ聖徒会は物ともしていなかった。有効打と思われる攻撃も幾つかあったはずだが、そのどれもが仰け反る程度。

 同じく正義実現委員会の副委員長、羽川ハスミ。縦横無尽に暴れまわるツルギを囮に、影から急所を狙うスナイプ。ナギサの確認できた範囲では、そのすべてが命中していたが、どれも致命傷にはなり得なかった。それどころかツルギ同様、足を止めるのが関の山。

 ツルギの攻撃もハスミの攻撃も、ユスティナ聖徒会にはまるで通じていなかったのだ。

 

「あー…………駄目だな、これは」

「ツルギさん……?」

 

 ツルギは愛銃……二丁のショットガンを握ったまま、だらりと両腕を下げて空を仰いだ。

 ハスミは倒れている。既に気を失っており、戦闘続行は不可能。ツルギは持ち前のフィジカルでかろうじて奮戦していたが、それも限界に来ていた。

 

「……生徒会長。今から私が特攻を仕掛ける。その隙に逃げろ」

「な……なにを馬鹿な事を……」

「ハスミは無理だ、助けられない。私もそろそろ限界が近い。なら、こうするのが一番効率がいい」

 

 ツルギは既に覚悟を決めていた。ナギサを逃がすために、自ら囮になる覚悟を。

 剣先ツルギは『歩く戦略兵器』の異名を持つキヴォトス有数の実力者だ。個人の戦闘能力はアビドス高等学校の小鳥遊ホシノ、ゲヘナ学園の空崎ヒナに匹敵する。

 しかし同時に、自分がただの武力でしかないことも理解していた。トリニティ総合学園には、ツルギ以外にも戦闘力が高い生徒は沢山いる。救護騎士団にシスターフッド……正義実現委員会の代わりもある。

 だが、桐藤ナギサの代わりは存在しない。聖園ミカ、百合園セイアが不在の今、彼女は絶対に守るべき存在なのだ。

 

「貴方さえ無事なら、トリニティは何度でも立ち上がれる。だから――」

「させないけど?」

 

 ツルギの言葉を遮ったのはアリウスの生徒だ。首や手首に包帯を巻き、黒いマスクで口元を隠した生徒――戒野ミサキ。

 

「桐藤ナギサ。ティーパーティーの一人。私達アリウススクワッドが最も優先すべき生徒。

 百合園セイアは倒れ、聖園ミカは軟禁された。次は――お前の番だ」

 

 ミサキが自分の得物を肩に担ぎ、ナギサに照準を合わせた。

 『セイント・プレデター』。携帯式の対空ミサイル。独自の改造が施されているため、従来のそれとはまるで別物だが、一撃が重いことに変わりはない。

 

「意味なんてない。貴方にこれは躱せない」

 

 ――ド!シュウ。

 無機質な声と共に、暴力の塊が放たれた。

 

「くっ――……!」

 

 コンマ一秒後の衝撃に、ナギサは身を固める。

 避けられない。ナギサ自身が傷を負っているせいでもあるが、そもそも彼女の戦闘能力はツルギ達に比べて低い。仮に万全の状態だったとしても、回避は間に合わないだろう。

 ――だからこそ、彼女は割り込んだ。

 

「ツルギさん……!?」

 

 躊躇のない献身。

 ナギサを襲う弾道の上に、ツルギは自らの身体を捩じ込ませた。

 ――破裂する。

 直後に閃光と轟音がナギサの目と耳を襲った。

 

 

 ◆

 

 

「――終わったようだな」

 

 白いコートを羽織った長髪の女性が、ミサキの元に歩み寄る。

 コートの上からでも分かる引き締まった体躯と、トレードマークとも言える黒のキャップ。

 錠前サオリ。アリウス分校の特殊部隊、アリウススクワッドを率いるリーダーだ。

 

「リーダー、遅かったね。もしかして手間取ってた?」

「エデン条約の調印及び姫の護衛、そしてユスティナ聖徒会の顕現……全て順調だった。お前達が早すぎたんだ」

「だとしたら、ユスティナ聖徒会のお陰かもね。

 ゲヘナとトリニティに対してのみ、無敵の強さを発揮する兵士たち。正直、半信半疑だったけど」

「かつてのユスティナそのものではなく、複製(ミメシス)だからこそ、記録と規則に忠実な存在となる、か」

 

 サオリは、とある人物から教わった内容を思い出す。

 ユスティナ聖徒会は、何も無敵の存在というわけではない。むしろ、現在のトリニティやゲヘナ……剣先ツルギや空崎ヒナよりも遥かに劣る存在だ。

 それがここまでの力を有しているのは、複製だからこそ。ここにいるユスティナ聖徒会とはあくまで骨格に過ぎず、中身は全くの別物なのだ。

 

「とはいえ、ここまで強力な複製(ミメシス)を作れたのは姫の尽力あってこそ。あの子には感謝しなければな。

 さて……ミサキ。悪いが最後の一仕事は私が貰おう。手持ち無沙汰で帰るのも居心地が悪い」

「そう? まあいいけど」

 

 サオリは、残された一人の生徒を睨む。

 桐藤ナギサ。彼女こそトリニティ総合学園の象徴であるティーパーティーの一人。サオリ達アリウス分校の怨敵でもある。

 

「トリニティとゲヘナの主要人物は殆ど片づけた。後は貴様だけだ、桐藤ナギサ」

 

 サオリは片手でアサルトライフルを構え、銃口をナギサに向ける。

 

「正義実現委員会は既に倒れた。噂に聞く『先生』とやらは消息不明。もう貴様を守る者はいない」

「……でしょうね」

 

 ナギサは……諦めたらしい。ツルギが倒れるまで終ぞ手放なかった拳銃が、地面に零れ落ちた。

 

「ですが、一つだけ訂正してもらいましょうか」

「何?」

「トリニティとゲヘナの主要人物は片づけたと言いましたね? ゲヘナの方はどうか分かりませんが、残念ながらトリニティは違います。ここで私が倒れたとしても、トリニティの魂は次のティーパーティーへと受け継がれるでしょう。

 そう。百合園セイアと、聖園ミカのお二人に」

「…………」

 

 サオリは理解できなかった。銃を突き付けられ絶体絶命。自らも武器を手放し戦いを放棄した。

 にも関わらず――何故、この桐藤ナギサという女は笑っているのか。

 

「……虚しいな」

「虚しい……?」

「ああ、虚しい。貴様の言葉は空虚に過ぎる。

 ティーパーティーの魂は受け継がれるだと? そんなはずがないだろう。百合園セイアは安否不明の昏睡状態。聖園ミカはアリウスと共謀したことでトリニティでの立場を失った。

 ティーパーティーはトリニティの『旗』だ。大した能力を持たずとも、そこに存在するだけで価値がある人形。

 それが貴様だ、桐藤ナギサ。貴様は己の無力さ故に抵抗できず――貴様自身が引き金となってトリニティは崩壊する。

 これを虚しいと言わずに何と言う。……いや、学だけはある貴様なら、もう少しまともな表現もできるのかな?」

「――――」

 

 ナギサは一瞬だけ大きく目を見開き……唇を噛みしめ俯いた。

 それを……反論できない、と捉えたのか、サオリは更に言葉を続ける。

 

「理解したようだな。ティーパーティーの魂とやらはここで潰える。貴様の抱いていた希望など、空虚なものに過ぎないということに」

「……ええ、どうやらそのようですね」

「……何?」

 

 皮肉を肯定したナギサに、サオリは訝しむ。

 ナギサは……やはり笑っていた。今にも泣きだしそうな表情を浮かべながら。

 

「きっと、悪い大人に騙されてしまったのでしょうね。本当に馬鹿な人です。後任がこんなことでは、まだティーパーティーを辞めるわけにはいきませんね」

「何を言っている……気でも触れたか?」

「まさか。貴方の言う通りになっただけですよ。どうやら私は――トリニティ総合学園の、『旗』だったようです」

 

 ナギサはサオリから視線を逸らし、その遥か後方を見つめた。

 

「ねえ」

 

 呟くような音。怒気を孕んだ静かな声。隠しきれない、滲み出る殺気。

 そのただならぬ気配に、サオリはようやく振り向いた。

 

「私の大切な友達に、何してるの――!」

 

 そこには。

 友人の危機に奮起する、どこにでもいる、ただの生徒がいた。

 

 

 ◆

 

 

 笑顔で助けたい。そう思ってた。

 怪我をしてたら手を差し伸べて。

 必要なら肩も貸してあげて。

 落ち込んでたらいつもみたいに励ましてあげる。

 陽気で能天気な、馬鹿みたいな笑顔で。

 何でもいいから、とにかく元気を出してほしかった。

 

 ――でも、それは無理みたい。

 

 全身が熱い。血液が沸騰してる。頭に血が上るって多分こういうこと。

 そのくせ、思考は気持ち悪いくらい冴えてる。でも冷静じゃいられない。少しでも気を緩めたら、今すぐにでもそいつに拳を振り上げそうだった。

 

「……聖園ミカ、か」

 

 黒いキャップの女性――錠前サオリは、私の姿を確認して呆れたように溜息をついた。

 

「下がれ、聖園ミカ。貴様の役割は既に終わっている。今更出てきても邪魔なだけだ」

「……あはは、まあそうだよね」

 

 乾いた笑みが零れる。

 役割は終わった。今更出てきても邪魔なだけ――

 やっぱり私は利用されたんだと、改めて思い知らされた。

 

「でも、だからこそ帰れないよ。

 ねえサオリ、覚えてるかな? 私、随分前にアリウス自治区に訪れたよね?

 『仲良くするって、そんなに難しいことかな?』って。

 アリウスの生徒をトリニティに転校させて、和解の象徴になってもらう。そういう計画も話したっけ」

 

 ……私はかつて、アリウス自治区に訪れたことがある。

 一緒にゲヘナを潰そう、とか。エデン条約を破棄させよう、とか。そういう悪巧みをする前の話だ。

 私は何も考えていなかった。トリニティの過去や彼女達の憎悪も深く考えず……ただ、『和解しよう』と。友達と喧嘩した後の仲直りみたいに、軽い気持ちで訪れた。

 その時に提案したのが例の計画だ。

 アリウスの生徒を内緒でトリニティに転校させ、何の問題もなく過ごし、幸せになれることを証明する。

 

「そうだったな。そして私はこう言った――『荒唐無稽な計画だな』と」

「荒唐無稽……うん、そうだね、その通りだよ。私は貴方たちを知らな過ぎた。所詮は過去のトリニティとアリウス。私達には何の関係もないって、甘く見てた。積み重ねてきた憎悪がここまでのものだったなんて、想像もしてなかった。

 だからね、仕方ないって思ってたんだ。貴方達を侮辱し、無責任な計画を立てて、あまつさえ顎で使った。そんな酷い私は、トリニティから追い出されても仕方ないかなあって。

 ――でも。貴方達は一線を越えた」

 

 ドクン。心臓が脈を打つ。

 

「貴方達はセイアちゃんを殺そうとした。そして今は、ナギちゃんを殺そうとしている。

 私のことはしょうがない。でも、二人にまで手を出そうとするなんて――許せるわけないじゃんね」

「許せない……か。

 ――vanitas vanitatum et omnia vanitas.

 全ては虚しい。どこまで行こうとも、全てはただ虚しいものだ」

 

 サオリが片手を上げると、シスター服の亡霊が何処からともなく出現し、私の周囲を取り囲んだ。

 

「頭が回らないお前にも分かるように説明してやろう。

 こいつらはユスティナ聖徒会の複製(ミメシス)。ゲヘナ、トリニティの生徒に対して無敵の力を誇る兵隊だ。彼女達はエデン条約調印に伴って顕現し、エデン条約機構の味方をする。

 エデン条約機構。本来ならばお前達かゲヘナ、あるいはシャーレの「先生」とやらが入る立ち位置だったのだろうが、これを私達アリウススクワッドが強奪した。

 つまり、私達はエデン条約機構でもあり、こいつらは私達の味方。私達に逆らう反逆者を武力で鎮圧する最強の武装集団。

 聖園ミカ。お前の戦闘能力の高さは把握している。それでもトリニティの生徒である以上、ユスティナ聖徒会を倒すことは不可能だ」

「っ――……!」

 

 長々とサオリが喋っていたけど、そんなこと聞かなくても分かる。

 トリニティの生徒だからか、それとも……似たような存在を知っているからか。

 この感覚は知っている。こいつらは異常だ。正面から戦っても絶対に勝てないと、この身体が知っている。

 

「ぐっ――――」

 

 ビキリ、と割れるような頭痛。

 戦っても勝てないのは分かっている。それでも、一人で逃げることは許されない。逃げるなら友人も一緒に。私はそのために此処に来た。

 だから――必要なのは力だ。

 

『何をしている』

「ッーー!?」

 

 頭蓋が割れた。

 そう錯覚するほどの激痛。同時に、誰かが私に話しかける。

 

『いつまで怯えているつもりだ。

 我が甲冑、我が刃は外敵を打ち倒すためのもの。

 皆の先頭に立たなければ、宝の持ち腐れだぞ?』

「っ――そんなこと、わかってる……!

 だから、私が――!」

 

 戦わないと。守らないと。

 大切なものを当たり前のように守る。大切だからこそ、他の誰でもない聖園ミカ自身が――!

 

『覚悟は決まったようだな』

「っ――!?」

 

 その時。私の中の「誰か」は笑った。それでこそ(なんじ)であると。

 

「ぁ……ううっ――!!」

 

 痛い。熱い。

 痛い。熱い。

 痛い。痛い、いたい、イタイ――!

 

「ああああぁぁぁあああああ――!!!」

 

 激痛のあまり泣き叫ぶ。痛い、助けて、熱いよ、燃えてる、イタイよ、痛いイタイ痛い痛いいたいイタイイタイ……!

 

 ――でも。

 本当に痛いのは、何処なんだろう?

 

 いいや、訊くまでもなかった。

 痛いのは心だ。

 私は今の自分が嫌いだ。友達一人守れない自分が嫌い。騙されたとはいえ、友達を殺そうとした自分が嫌い。自棄になって悪役を演じようとした自分が嫌い。

 

『ならば契約だ。

 我は汝、汝は我。

 揺籃の時は終わった。今こそ巣立ちの時。

 仮面に隠したその怒り、真名と共に解き放て。

 望む結果を得るために、あらゆる障害を退ける、猛き武の力を!』

「――うん。分かったよ」

 

 だから。

 この『仮面』を剥がせば、そんな自分から変われると思った。

 いつの間にか私の顔には、見知らぬ仮面が生えていた。

 ――鷲掴みする。だって邪魔なんだもん。

 ミチミチと、皮が割ける音がした。気にしない。

 顔面から、致死量の血液が流れた。気にしない。

 私は――自らの怪力のまま、本音を隠す邪魔な仮面を引っぺがした。

 

 

「起きて――『ミカエル』!!」

 

 

 ◆

 

 

「うん、そうだよ。だって私、バカなんだもん。

 ナギちゃんみたいに、セイアちゃんみたいに、賢く立ち回るなんてできない。

 だから、私は私らしくやる。順番とか方法とか、そんなの知らない。

 私は聖園ミカ。自由気ままで、ワガママな気分屋。元ティーパーティーの裏切り者。

 そして――ジョーカー先生の生徒!

 かかってきなよアリウス、ユスティナ聖徒会! 格の違いを見せてあげる!

 ナギちゃんには、指一本触れさせないんだから!」

 

 ――これは聖戦である。

 どちらかが消えるまで終わることはない。

 ユスティナ聖徒会は規律を守るため。聖園ミカは親友を守るため。

 お互いが譲れぬもののための、決戦の火ぶたが切られた。

 

 

 ◆

 

 

「……ミカさん!」

 

 糸が切れた人形のように倒れようとしていたミカを、ナギサは抱き留める。

 ペルソナ能力の覚醒と酷使は、彼女から体力と精神力を根こそぎ奪っていた。もはや自力で立つことすらままならず、意識も朦朧としている。

 

「ごめん……ごめん、ね」

「え――」

 

 ――こぼれたのは、謝罪の言葉だった。

 掠れた声で。うわ言のように。少女は、泣きながら呟く。

 

「ごめんね……ナギちゃん。ごめんね……セイアちゃん。

 わたしが……バカ、だったから。ちゃんと……はなして、いれば――」

「いいえ……いいえ!」

 

 許しを請い続ける親友を、少女は強く抱きしめる。

 

「貴方は……貴方は、私を守ってくれました! ユスティナ聖徒会を相手に、たった一人で……!

 ありがとう……ありがとう、ございます……!」

「……うん。よかっ、た……」

 

 最後に微笑んで、ミカの意識は途切れた。

 

 

 ◆




スピンオフとかで原作オマージュした台詞とか展開が好き。
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