◆
眼前で繰り広げられる戦いに、錠前サオリは唖然としていた。
ユスティナ聖徒会の
とある人物達の『
それが、槍の一振りで消滅する。
孔雀の羽を持ち、黄金の鎧に身を纏った赤肌の騎士。
一人の少女――聖園ミカの号令の下、騎士は槍を振るい、亡霊どもを蹴散らしていく。
「くっ――」
サオリの心には焦りが芽生え始めていた。彼女達は、このユスティナ聖徒会の
しかし今、目の前で起きていることは真逆。騎士が得物を振るい亡者たちを薙ぎ払う様は、一騎当千と呼ぶにふさわしい。
そしてこの亡者達は、無敵ではあっても無限ではない。消滅と再生を繰り返せば、その代償はリソースたる『血』を供給し続ける『秤アツコ』が払わなければならない。
サオリとしては、それだけは何としても避けたかった。
「リーダー」
傍らに控えていた黒髪の少女――『戒野ミサキ』がサオリに呼びかける。
このままでいいのか、と。
「……ああ、分かっている」
――無論、よくはない。
このままではアツコに負担が掛かり続ける。血を供給し続ける以上、最悪の場合は死に至ることもあり得る。
「なら、いいね? これからユスティナ聖徒会を援護する」
「いや……それはおそらく無駄だ」
「無駄?」
「ああ。見てわかるだろう。聖園ミカが呼び出したと思われるあの騎士……
「……じゃあ、どうするのさ」
「桐藤ナギサを人質に取る。私がユスティナ聖徒会を指揮して注意を引く。ミサキ、お前はその隙にこいつらを壁にして背後に回り込め」
『その必要はありません』
「っ……!?」
サオリの指示は、第三者の声によって否定された。声の出所は端末。サオリは自分の端末を取り出し、その通信に耳を傾けた。
『サオリ。首尾はどうですか?』
「……上々です。ゲヘナとトリニティ、両勢力のトップはほぼ無力化しました。
しかし、一つだけ想定外の事態が発生。これよりその対応に当たります」
『聖園ミカさん、ですね?』
「!
……はい、その通りです」
まるで目の前の光景を見ているかのような物言いに驚きつつも、サオリは報告を続ける。
『やはりそうでしたか。
ではサオリ。それと……ミサキもそこにいるはずですね?
貴方達二人は聖園ミカに注意しつつ、周囲の警戒に当たってください。彼女については、このまま
「な……、それではアツコ……姫の身に負担が――」
『構いません。確かにアツコの身に負担をかけますが、それは聖園ミカも同じこと。
ユスティナ聖徒会は黒服の『実験』、マエストロの『芸術』を私の手で
「……では我々は、このまま何もせず、指を咥えて見ていろと?」
『そういうことです。勝敗が見えているのにわざわざ危ない橋を渡る意味はありませんから』
通話相手は最後にそう言って、一方的に通話を切った。
サオリは歯噛みし、端末を握りしめたまま……力なくだらりと腕を下げる。今のはサオリ達アリウススクワッドの上司に当たる存在。指示に逆らえばどうなるかは分からない。
サオリは――黒いキャップで表情を隠し、戦火の中央にいる少女を見つめる。
肩で息を切らし、ボロボロになりながら友人を守るその姿。サオリにはそれが、とても輝かしいものに見えていた。
◆
聖園ミカの身体が崩れ落ち、それを桐藤ナギサが抱き留める。ミカは最後に何かを呟いた後、一時の眠りに落ちた。
その瞬間、彼女達を守護していた赤肌の騎士が消滅する。
……騎士は既に役割を終えていた。数十分前までは彼女達を完全に包囲していたはずのユスティナ聖徒会は、今は影も形もなくなっていた。
「全滅……だと……?」
トリニティの生徒に対しての無敵なはずのユスティナ聖徒会の全滅。
それは聖園ミカ……覚醒した力の異常性と、
彼女達の動力源である『血』の枯渇を意味していた。
故に、サオリは決断しなければならない。
――撤退か、続行か。
サオリ達アリウス分校の目的は、ゲヘナとトリニティの制圧。そのための戦力がユスティナ聖徒会の
キヴォトス最大級の規模を誇るゲヘナ学園とトリニティ総合学園。能力の高い生徒も山のように在籍している。単純な力の比べ合いでは、アリウス分校には万に一つも勝ち目はない。だからこそ、力ではなく規則で縛る。キヴォトスの外の技術で圧倒する。それがサオリ達の選んだやり方だった。
だが、それも潰えた。如何に優秀な兵器でも、動力が無ければガラクタ同然。主戦力は殆ど潰せたかもしれないが、全てではない。サオリの見解では、このまま作戦を強行するのは無謀に近かった。
「どうするの、リーダー」
ミサキはサオリの指示を仰ぐ。
サオリは自分達に残された兵力を確認する。
ユスティナ聖徒会――全滅。復活させるにはアツコの回復が必要。しかし、数日単位で時間がかかる。
アリウス分校の一般生徒――まだいるが、決して多くはない。ゲヘナ・トリニティ連合が態勢を立て直せば、数の差で一気に覆される。
アリウススクワッド――不明。サオリ本人とミサキは無傷だが、アツコは瀕死。ヒヨリは現在も交戦中だが、期待はできない。ユスティナ聖徒会が消滅したことで、押し返される可能性がある。
結論。使える戦力は錠前サオリ、戒野ミサキ、少数の一般生徒のみ。たったこれだけで残りのゲヘナ・トリニティの生徒を制圧しなければならない。
「くっ――」
サオリは再度、無謀だと結論づける。だがここで撤退した場合、自分達はどうなるのか。
先程のサオリとの通話相手……彼女は、戦況を把握しているにも関わらず、戦闘を続行させた。ここでの撤退は、彼女の指示を無視することになる。
そんなことをすれば、アリウススクワッドは『使えない子供達』という烙印を押されるだろう。そういう生徒達を、サオリはアリウス分校で何人も見てきた。
大人の指示は絶対。従えない者に価値はない。そういう価値観を、彼女達には植え付けられていた。
「――やるぞ、ミサキ。作戦を続行する。まずは桐藤ナギサと聖園ミカに引導を渡す」
「了解」
ミサキはサオリの決断を受け入れ、自分の得物を構え直した。
戦況全体を見れば劣勢だが、目の前だけを見れば優勢だ。想定外の能力を持つ聖園ミカと、トリニティの実質的なトップの桐藤ナギサ。機会は今しかない。厄介な二人をここで排除できれば、トリニティ総合学園に大打撃を与えられるだろう。
幸いにも、サオリには切り札があった。アリウス分校の大人が作った『ヘイロー破壊爆弾』。これを使えば、余計な時間を使わずに二人を排除できる。
「……呆れました。まだ戦う気ですか」
「何……?」
指摘したのは桐藤ナギサだった。ナギサは気絶したミカを抱き留めたまま、サオリを睨みつける。
「貴方も指揮官なら分かるはずです。不死身だったユスティナ聖徒会は、ミカさんのお陰で全滅しました。主戦力を失った今、貴方がたに勝ち目はないでしょう」
「……どうかな。確かに
「そうですね。確かに、トリニティ単体であったなら貴方がたの勝ちです。我々にはもう、戦力は殆ど残っていませんから。
ですが、誤算が二つ。一つはトリニティだけでなく、ゲヘナも敵に回したこと。エデン条約にかこつけて両校を一網打尽にする腹積もりだったのでしょうが、それが裏目に出ましたね。
それとも……そうしなければならない理由でもあったのでしょうか?」
「…………」
ナギサの勝ち誇った笑みに、サオリは無言で答える。
彼女の推測は当たっていた。主戦力だったユスティナ聖徒会の
「そして二つ目の誤算は、これです」
ナギサは懐から自分の携帯端末を取り出し、画面をサオリ達に見せる。
「メッセージ……だと……?」
「貴方達の最大の誤算は、先生達を怒らせてしまったことです」
同時に――一人と一匹。予期せぬ闖入者たちが姿を現した。
◆
本来ならばそれは、届くはずのないSOSだった。
キヴォトスの技術力が如何に優れていようと、通信設備そのものが破壊されては携帯端末は意味を成さない。
だが、『シッテムの箱』ならば話は別だ。あれはあらゆる法則を無視した人工知能。当然これには物理法則も含まれる。生徒の声を拾うためならば、独自の通信網を作るくらいどうということはないらしい。
「先生……」
傍らの少女達に目をやる。
救難信号を出した桐藤ナギサと、すやすやと眠りこける眠り姫。どちらも怪我をしており、特に姫サマの傷は多い。致命傷こそ見当たらないが、早急な手当が必要だろう。
「バトンタッチだ。よく頑張ったな、二人共」
「はい。お願いします」
「お疲れさん。傷、見せてみろ。応急処置くらいならしてやる」
モナが二人の元へ歩み寄り、常備しているウエストポーチから包帯や薬などを取り出す。それを確認して――俺は、敵らしき者達と向かい合う。
人数は二人。黒キャップを被った少女と、黒いマスクで顔を隠した少女。
「さて……君達がアリウスの生徒かな?」
「……ああ、そうだ。私達がアリウススクワッド。ようやく会えたな、先生」
「そうか。つまりは……君達がこの事態を引き起こした。そう解釈してもいいんだな?」
「……そうだ。我々はトリニティに成り代わり、この『通功の古聖堂』で条約に調印した。アリウススクワッドは、楽園の名の下に条約を守護する武力集団――『エデン条約機構』となった。
これは私達の義務だった。本来ならば、第一回公会議の時点で私達が行使すべき当然の権利。
だが、トリニティはそれを踏みにじった。私達を紛争の原因、鎮圧対象と定義し、徹底的に弾圧を行った。
これからはアリウススクワッドが、エデン条約機構としての権限を行使し、鎮圧対象を再定義する。
即ち――ゲヘナとトリニティ。この両校こそ紛争の原因であり、排除すべき鎮圧対象であると。貴様らは第一回公会議以来、数百年に渡って積み上げられた憎悪を確認することになるだろう。
だから先生……そこを退いてもらおうか。これは我々アリウス分校の正当なる報復。部外者である貴方に口を出す権利はない」
「…………」
歴史の闇、というやつだろう。
トリニティ総合学園が成立する際、歴史の闇に葬られたアリウス分校。彼女達は劣悪な環境での生活を余儀なくされ、数百年という時を過ごしてきた。
“何の罪もない私達が、何故こんな生活を?”
そう思ったのは一度や二度ではないはずだ。であれば、彼女達が抱く憎悪は本物。彼女の言う通り、部外者の自分が口を出す権利はない。
……だが。
「断る」
「何……?」
堂々と返答する。
俺が否定できないのは、アリウス生徒が抱く『憎悪』のみだ。その先の進み方、憎悪の晴らし方については見過ごせない。
『過去』について触れることはできなくとも、『未来』の歩き方を指導することはできるはずだ。
「チャンスをくれないか?」
「チャンス……だと?」
「俺はシャーレの先生だ。キヴォトスにおいて絶対的な権利を持っている。この力を使って、アリウス分校が抱える問題の解決を手伝わせてほしい。
だから、ここは一度手を引いてくれ。ゲヘナとトリニティ、どちらにも手は出させないと約束する」
「な――」
その驚きは誰のものだったか。アリウスの生徒か、それとも桐藤ナギサか。
だが俺は本気だ。この大規模なクーデターがアリウス分校からのSOSだったというのなら、今までそれに気付けなかったこちらにも責任がある。
「――馬鹿な事を。我々に大人の、それも新米の先生の戯言を、信じろとでも言うのか!
貴様のような人間を総じて何と言うか教えてやろう! 『無責任な大人』だ! 薄っぺらい希望を餌に我々を煽り、目的を果たせば塵のように捨て去る!
ああ、理解したよ。彼女の言う通り、貴様は敵だ!」
サオリは激情の赴くまま、片手でアサルトライフルの銃口を俺に向けた。
「――ええ。その通りです、サオリ」
「!」
同時に、もう一つの人影が虚空に現れた。
空間にノイズのようなものが一瞬走った後、その人物の姿が半透明な状態で投影された。
血のように赤い肌を持ち、白いバラを模したドレスを纏った女。頭部には無数の羽と赤い瞳があり、明らかに異形と分かる外見をしていた。
「ごきげんよう、シャーレの雨宮蓮先生。どうか、通信越しの挨拶となることをお許しください。
私はベアトリーチェ。既に御存知かも知れませんが、『ゲマトリア』の一員です」
ゲマトリア。
その名前を聞いた瞬間、全身に緊張が走る。
「黒服から、貴方の事は色々と聞いております。生徒からの人望も厚く、とても頼りになる先生だと」
「お前がアリウスを支配している『大人』か?」
「はい。そして、ゲマトリアにおける現在唯一の成功者です。
ふふっ……気になりますか、私のことが」
「どういう意味だ」
「見ていましたよ、先ほどの貴方とサオリのやり取りを。多くの生徒の信頼を勝ち取り、黒服さえ虜にしてみせた貴方が拒絶された。それほどまでに彼女達の憎悪は深く、そして大きい。そんな彼女達の信頼をどうやって勝ち取ったのか……知りたくはありませんか?」
「興味はないな」
「ほぉ、そうですか。いいえ、尤も――初めから、教える気などありませんがね。
――サオリ」
「……マダム」
マダム。そう呼ばれ、ベアトリーチェと名乗った女は満足げに微笑んだ。
「『ロイヤルブラッド』の尽力のお陰で間に合いました。これより最後の切り札を投入します」
「なっ――それでは姫は……!」
「ご安心を。意識を失ってはいますが、命に別状はありません。
ですが――次はありません。これが最後の機会だと心得なさい、サオリ」
「……分かりました。お任せください」
「よい返事です。ではサオリ、そして先生。ご覧いただきましょう。これこそがロイヤルブラッドの恩恵を受けし戦闘兵器」
ベアトリーチェが何もない空間に手をかざす。
一陣の風が吹き荒れた後、影と言う影から黒い粘体が出現し、一か所に集結する。やがて黒い粘体は、一人の女を象って出現した。
黒のライダースーツで肌を隠した、青白い髪の女。頭部は黒いガスマスクとシスター服の頭巾で覆われており、表情は伺えない。
右手にはリボルバーカノン。左手にはバルカン。どちらも女の身長を優に超える常識外れの武装。そして、それらを片手で扱えるほどの圧倒的な膂力。
怪物と称するに相応しい女の『影』が、目の前に立ち塞がった。
「ユスティナ聖徒会の最も偉大な聖女、『バルバラ』。その
さあ先生――いいえ、ジョーカー。貴方に彼女を倒せますか?」
ユスティナ聖徒会の聖女。かつて存在していたであろう偉人の出現に、この場にいる全員の生徒が――味方であるはずの錠前サオリですら戦慄していた。
聖女は一歩、また一歩と歩を進め、こちらとの距離を静かに詰めてくる。同時に、左右の腕の巨大な武装がこちらに向いた。
それを確認し、こちらも武器を構える。
相手の武装はリボルバーカノンとバルカン。ペルソナで応戦できるとはいえ、この相手に遠距離戦を挑むのは無謀。
ならば使うべきは拳銃ではなくナイフ。距離を詰めて接近戦に持ち込むのが最も有効だろう。
「いけません、先生!」
遥か後方からのナギサの声。
「ユスティナ聖徒会の聖女『バルバラ』! もしそれが本当なら、ここは一度引くべきです! 無策で戦える相手ではありません!」
切羽詰まった声が響く。どうやらナギサは、バルバラという生徒について何か知っているようだ。
一度引く、という判断は正しい。しかし、それは不可能だ。
桐藤ナギサ。
聖園ミカ。
剣先ツルギ。
羽川ハスミ。
ここから視認できる範囲だけでも、四人の生徒がいる。戦闘不能になった彼女達を抱えたまま逃げられる相手ではない。その上、錠前サオリが、戒野ミサキが、ベアトリーチェが目を光らせている。
ならば、援軍が到着するまで時間を稼ぐか?
ユスティナ聖徒会が消えた今、アリウス分校の兵力は激減している。生徒の絶対数が少ない以上、時間が経てばゲヘナ・トリニティ側が逆転するだろう。
……いや、それは相手側も理解している。だからこそ切り札を投入し、短期決戦に臨むつもりなのだ。
「モナ!」
後ろに控えた相棒に叫ぶ。
短期決戦はこちらも望むところ。懸念点は生徒達への流れ弾だ。戦いの余波で彼女達を巻き込んでしまえば、きっとただでは済まない。
……逆に言えば。それさえ解決できるなら、あとは如何様にもなる。
「どうした、ジョーカー!」
「生徒達を頼む! 俺の代わりに彼女達を守ってくれ!」
「なんだそんなことか、だったら任せとけ! お前の生徒達には掠り傷一つ負わせねえ!
だから行け、ジョーカー! 連中の度肝を抜いてやれ!」
「ああ!」
頼もしい激励を背に、俺は改めて敵を見据える。
「な――何故ですか、モルガナさん! 先生一人で戦わせるなんて、一体何を考えているのですか!」
「心配すんな。ジョーカーはあんな人形には負けねえ。
あいつがやる気になってんだ。だったら、信じて支えてやるのが相棒ってもんだろ」
――ナイフを構え、敵を見据える。
聖女は両手の巨大な兵器を構え、俺を串刺しにするべく照準を定めていた。
「『アルセーヌ』!」
仮面に手を添え、影を召喚する。
――勝負は一瞬。
それ以外の思考は全て追いやる。タイミングさえ違えなければ、撃破可能な相手だ。
「――――!」
聖女が声にならない音を上げる。
同時に、機関銃が火を噴いた。左手の巨大なバルカンから無数の弾が放たれる。
それを――アルセーヌを盾にして、正面から立ち向かう。
俺はアルセーヌを盾に。アルセーヌは翼を盾にして、聖女との距離を詰める。
――もしも盾が破られたら?
不要。考えるに値しない。それはバルバラの能力が俺の想定を超えていたというだけのこと。
ナイフを構え地を駆ける。狙いは首。どれほどの偉人でも所詮は人を模した生体兵器。急所を突けばそれで事足りる。
距離が詰まると、聖女は右手のリボルバーカノンを構えた。銃口はアルセーヌの眉間を確実に捉えている。
――呼吸が止まる。
これは、防げない。直撃すればアルセーヌは消滅し、召喚者である俺にもフィードバックされる。そうなれば勝ち目はなくなる。後はこの、聖女を模した人形に蹂躙されるだけだ。
――だから、勝負はここだ。全神経をこの一瞬に集中させる。
リボルバーカノンが放たれる。弾丸がアルセーヌに当たる直前に――召喚を解いた。
弾丸がアルセーヌを貫く。しかし、それは既に蜃気楼。弾は空を切り、彼方へと姿を消した。
そして。
その一瞬の間に、聖女の背後を取った。
「――――!?」
刃を振るう。レプリカに過ぎないはずのナイフは、まるで本物のように聖女の喉を割いた。
聖女の動きが一瞬止まる。だがまだだ。反撃の隙を与えず、懐の拳銃を取り出し、脳天に突き付ける。
「終わりだ」
引き金を引く。モデルガンに過ぎないはずの銃は、存在しないはずの弾丸を発射した。
風穴が開く。それが致命傷となったらしい。聖女の影は物言わぬまま、初めから存在しなかったかのように、塵となって消滅した。
「………………は?」
それは誰の声か。これ以上ないほどの間抜けな声が後ろから聞こえてきた。
だが俺にとっては、ここからが正念場だ。
兵器なら壊せば済む。シャドウなら倒せば済む。
けれど……生徒はどうすればいい?
サオリ達アリウス分校が抱く憎悪は本物であり、復讐心もまた正当なものだ。
“復習なんて虚しいだけだ”
教科書通りの綺麗な言葉を並べても、彼女達に届きはしない。それこそ彼女の言う通り、『無責任な大人』だ。
「ジョーカー、後ろだ!!」
「っ!?」
相棒の声――モナの叫びで現実に引き戻される。
背後を振り返ると――そこには、本物のナイフを構えて迫る、
「っ――!?」
間一髪、凶刃を捌く。その一瞬で力の差を把握した。単純な膂力では、俺は彼女には勝てない。
直後、サオリの身体が回転する。それが回し蹴りの予備動作だと気づき、両腕で守りを固めた。
「ぐっ――……!!」
強烈な一撃が、腕を伝って全身を貫く。
防ぎれない。勢いを殺しきれず、身体が一瞬だけ宙に浮いた。
体勢を崩され膝を突く。顔を上げるとそこには……アサルトライフルの銃口を向ける、サオリの姿があった。
「残念だったな、先生。油断大敵というやつだ」
「……そうだな。見事だ。これは、一本取られた」
「よく言う。不意を突いたとはいえ、我々の切り札をああも簡単に倒してくれるとはな」
「ただのトリックだ。君にもできる」
「……どうでもいい。一つだけ確かなのは、貴様は排除すべき敵だということ。たとえトリックだろうと、貴様は聖女『バルバラ』を単独で撃破した。
……イレギュラーは、ここで排除しなければならない」
「その通りです、サオリ。よくぞジョーカーを追い詰めました。あとはこの――『ヒエロニムス』が止めを刺します」
勝利を確信したような、女の声。
サオリの後方。ベアトリーチェの隣には、もう一つの異形が出現していた。
全身を赤い装束で身を隠した、顔のない虚ろな影。右手には、光でできた杖が握られている。
影が杖を掲げた瞬間、俺とサオリの足元に不可思議な魔方陣が出現した。
「なっ……これは――まさか、私もろとも……?」
「伏せろ、サオリ!」
「!?」
突き付けられた銃口を無視して、咄嗟に彼女を庇う。
「アルセーヌ!」
再度、影を呼び出す。
アルセーヌは召喚されるや否や、両翼を限界まで広げ、俺とサオリを覆い尽くした。
直後――一筋の閃光が、轟音と共に落雷した。
◆
※
ユスティナ聖徒会を無限沸きではなく有限に変更したのは、アズサ達補習授業部を描いてないせいなんですよね。
ゲーム本編では
①アリウス勢に一回負ける
↓
②体勢を立て直す
↓
③先生がエデン条約書き換え
↓
④ブルアカ宣言
となっていて②の時にあれこれドラマが挟まれるんですが、ここが描けない。
アズサがサオリに特攻かましても急に出てきて誰おま状態になりますし。
書きたいところだけ書いても駄目ってことがよく分かったぜ。