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「あっけないものですね。
ジョーカー。人を導き、世界を変革する者。黒服は貴方をそう例えましたが――その結末が、まさかこのようなものとは」
赤い装束の異形――『ヒエロニムス』を従えたベアトリーチェが嘲笑する。
あっけない……それには同意する。まさか生徒を一人庇った程度でグロッキーとは。
とりわけ拙いのは両腕だ。原因は先ほどのサオリの蹴り。しっかり防いだはずなのに、まだ感覚が戻っていない。
キヴォトスの生徒だからか、それとも日常的に鍛えているのか。いずれにせよ、錠前サオリはとても優秀な生徒だと身をもって知らされた。
「……何故だ」
隣にいるサオリが、信じられないものを見るかのように呟いた。
……目立った外傷はない。咄嗟にアルセーヌを盾にしたのは正解だったようだ。
「答えろ先生。何故、私を庇った。
私は見ていたぞ。あの怪物が攻撃を仕掛ける直前、お前は咄嗟にあの影を呼び出した。よりもよって、お前を殺そうとした私を守るために……!
……答えろ、ジョーカー! 何故、お前は……!」
「サオリの言う通りですね。こうも簡単に追い詰められるなら、最初からこうするべきでした」
「……何?」
サオリは、今度はベアトリーチェの方に向き直る。
「……どういうことだ、マダム。最初からこうするべきだった、とは……」
「? どうもこうも、そのままの意味ですよ。貴方達『アリウススクワッド』の役割は、ロイヤルブラッドを古聖堂に連れていき、『ユスティナ聖徒会』を顕現させること。ただそれだけです。
トリニティやゲヘナの占領なんて、私からすれば些末なことです。アリウス分校を統制するための方便ですよ。私自身は、あの学園に何の遺恨もありません」
「な……!」
「とはいえ、惜しいと思っていたのも事実です。
サオリ、貴方は本当にいい子です。私に
いいえ、それどころか貴方は、そこで這い蹲っているジョーカーを追い詰めてくれました。アリウス始まって以来の、最優秀生徒と言っても過言ではないでしょう」
「優秀……だと? この、私が……?」
「ええ。できることなら、そのままその男を始末してほしいものですが……流石にそれは高望みというものですね。あとは私がやりましょう。下がっていいですよ、サオリ」
下がれ、なんて如何にもな台詞を吐いたくせに、ベアトリーチェは一秒も待たなかった。命令を受けたヒエロニムスが、再度杖を掲げる。
「……やはり、な。
予感はあった。やはり……最初から、約束を守るつもりなんてなかったのか」
「これで終わりです。消えなさい、ジョーカー。この世界から……!」
「っ――!」
――舐めるな。
仮面に手を添え、再度アルセーヌの召喚を試みる。
不意打ちを食らったさっきとは違う。今度は確実に防いでみせる――そう意気込んでいたのだが。
「よぅし今だ! 行け、ミカ!」
「――『ミカエル』!」
孔雀の羽。黄金の鎧。赤い肌。
かの大天使の名を冠する勇ましい影が、第二の雷撃を阻んだ。
「お疲れ様! バトンタッチだよ、先生! 今度は私の番だから、そこで見ててね!」
それは、いつかの牢獄で見た笑顔とはまるで違っていた。
全てを聡って、自分を諦めた末の愛想笑いではなく。
無知で無鉄砲でも、自分の未来に期待している不敵な笑みだった。
「聖園ミカ……」
俺の隣には、そんな彼女とは対照的な生徒が一人。
サオリは呆然とミカを見上げる。
「…………」
ミカからの言葉はない。彼女はサオリを一瞥した後、再びベアトリーチェと向かい合う。
「こんばんは。初めましてだよね? 貴方がアリウスの親玉ってことでいいのかな?」
「そういえば、直に会うのは初めてでしたね。
でしたら、ええ。如何にも。私はベアトリーチェ。言わば、アリウス分校の先生……とでも言いましょうか。
しかし意外でしたね。聖園ミカ、この局面で貴方が私の前に立ち塞がるとは。サオリ同様、貴方にも多くの事を手伝っていただきました。できることなら、ここは譲っていただきたいのですが」
「あはは、譲るわけないじゃんね。
先生に危害を加えようとする悪い大人。生徒として、見過ごすことはできないよ」
「フフ……生徒、ですか」
生徒。自らをそう呼称したミカを、ベアトリーチェは嘲笑った。
途端、ミカから余裕の笑みが消える。
「……何が可笑しいの?」
「いえ、すみません。ですが……これが笑わずにいられましょうか。
そもそも、エデン条約調印式がこのような結末になった発端は、貴方でしょうに」
「発端……」
「ええ、全ての発端は貴方だったのですよ、聖園ミカ。
元より私は、トリニティなど眼中になかった。私には崇高なる目的がありましたが、全てアリウス分校だけで完結する計画だったのです。
ですが――貴方がアリウス分校を訪れたことで、計画は大きく変わった。貴方のお陰でトリニティに興味を持ち、エデン条約を知り……そして、かの守護者たちを知ったのです。
分かりますか? この戦火を招いた火種は、他ならぬ貴方なのですよ、聖園ミカさん。
ここで一つ疑問生まれます。エデン条約という大切な式典でこれほどの被害を招いた大罪人。そんな人物は、はたして彼の生徒と呼べるのでしょうか?」
「っ……」
ふざけるな――そう言って立ち上がろうとしたところを、モナに止められた。
モナは俺を見て一度だけ首を振った後、視線をミカに戻した。
「……はぁ」
ミカは……何を考えてのことか、呆れたように溜息を一つ。そして。
「分かってないなぁ、オバサマは」
ベアトリーチェを嘲笑した。そんなことも分からないのか、なんて鈍い大人なんだと言うように。
「な――」
「私がジョーカー先生の生徒に相応しいかって? そんなわけないじゃん。セイアちゃんを傷つけたのも、エデン条約が滅茶苦茶になったのも、元を正せば私の不注意なんだし。
でもね、だから引けないんだ。なにもかも私のせいだから、私が決着をつけるの。
悪の親玉である貴方を追い払って、セイアちゃんに謝って。それで、罪滅ぼしが全部終わったら……ようやく私は、先生の生徒になれる。
それが今の私の目的で原動力。だからはっきり言っちゃうけど――貴方のことなんか眼中にないんだよね。未来のことで頭がいっぱいだから」
「――残念です。貴方は私にとってのミューズかと思っていたのですが、どうやら違っていたようですね。
いいえ、正しくは“変わってしまった”と言うべきでしょうか。その忌々しい力のせいで」
ベアトリーチェは、ミカによって召喚された幽鬼――『ミカエル』を睨みつける。
「テラー現象……自己の否定から成る反転ではない。自身のテクスチャーを保持したまま内なる神秘を覚醒させるなど、生徒としてあるまじき行為。
やはり、元凶はここで抹消しなければ。
ジョーカー。自覚なき先導者よ。貴方さえいなければ黒服は新たな研究に手を付けることはなく、聖園ミカに接触することはなく、引いてはこのような事態にはなり得なかった。
貴方はここで消します。今持ちうる全ての手段を使って」
ベアトリーチェが号令を下した途端、ヒエロニムスが動き始め……同時に、新しい人影が出現する。
武装したシスター服の亡霊達――ユスティナ聖徒会だ。
ただし、人数は十人程度。緊急時用の予備戦力といったところ。全ての手段を使う、という言葉に偽りはないようだ。
「全ての手段を使う、か。上等じゃねーか。
だったらワガハイ達も出し惜しみは無しだ。やれるか、ジョーカー?」
「当然だ」
両足に喝を入れて立ち上がる。
……正直なところ半分は空元気だが、そうも言ってられない。
生徒が巨悪に立ち向かおうとしているのだ。先生の自分が立ち上がらないでどうする。
「だがその前に……サオリ」
戦いに臨む前に、もう一人の生徒に話しかける。
「君達アリウススクワッドとは一度、落ち着いた場所で話がしたい。気が向いたらシャーレに来てくれ。コーヒーと、簡単なお茶請けくらいなら出そう」
「……本気で言っているのか、それは」
「本気だ」
あっけに取られているサオリに背を向け、モナと一緒にミカの隣に並んだ。
詳しい話はまた後日。今はこの、緊急のお仕事を片付けなくては。
「ええー!? 先生、バトンタッチって言ったじゃん!」
「そう言うな。せっかくのSHOW TIMEなんだ。俺達も混ぜてくれ」
◆
遠く離れた場所で、戦場を観察する影が二つ。
ゲマトリア。ベアトリーチェと同じ組織に属する仲間である。
……少なくとも、表面上は。
彼らはあくまで傍観者。ベアトリーチェに直接手を貸すことは有り得ない。
「クク……先生、やはり貴方は素晴らしい。まさかキヴォトスでこのような光景が見られるとは」
黒いスーツの男――『黒服』は、満足げに戦場を眺める。
赤い装束を纏った顔のない異形『ヒエロニムス』。彼の『作品』を相手に、
「ペルソナ能力……先生と同系統の力。まさか本当に覚醒させてしまうとは。
聖園ミカ。彼女にもきっと素質があったのでしょうね。神秘の強い生徒ほど、発現する可能性が高いのかもしれません」
「――おお、おおおおっ……!!」
独り言を続ける黒服の隣で、もう一人の傍観者が奇声を発した。
「あれがペルソナ……心の鎧。己の精神の一端を、名前のある形として出力した姿!
ゴルゴンダならあれをどう呼称しただろう……何か高次的な表現を教えてくれたであろうか。
ベアトリーチェが私の作品を盗んだと知った時は怒りを覚えたものだが、今となってはどうでもいい。
先生――いや、ジョーカー! 見せてくれ! 貴方がこの地で培ってきた生徒との絆を!
私の作品に、全力で応えてくれたまえ!」
◆
トリニティ領内。
暗い暗い地の底、その先。僅かな光のみが照らすバシリカにて、女は舌打ちした。
「――おのれ。
おのれおのれおのれ、おのれっ……!」
戒律の守護者、ユスティナ聖徒会。
かつて存在した偉人、聖女バルバラ。
マエストロの作品、ヒエロニムス。
およそ考えうる最高の戦力、最高の手札。
女――ベアトリーチェは、その全てを使って『ヤツ』に対処した。
雨宮蓮。
しかし結果は、ベアトリーチェの敗北で幕を下ろした。
ユスティナ聖徒会はペルソナ能力に覚醒した聖園ミカによってすり潰された。
逸話や概念、ルールをベースとした存在は、それが破られた瞬間に存在が成り立たなくなる。
ゲヘナ・トリニティに対して無敵である。しかし、何かしらの裏技で倒されてしまえば、『無敵である』という概念は撤回されてしまう。
聖園ミカに一体でも倒された時点で、ユスティナ聖徒会の無敵性は既に消滅しており、ただの亡霊共に成り下がっていたのだ。
聖女バルバラは、ジョーカーの手で瞬殺された。
ペルソナを盾に接近され、ナイフで割かれ、脳天を撃ち抜かれて消滅した。
弁明しておくと、聖女バルバラの能力は本物だ。等身大のリボルバーカノンとバルカンを同時に扱っていたのが何よりの証拠。
だが、どんなに優れた人物でも、急所を刺されたら息絶えるのが人間だ。キヴォトスでもその認知は共通。聖女バルバラは人型であったが故に、人として斃された。仮にこれが巨大な戦車であったなら、もう少しまともな勝負になっていただろう。
そしてマエストロの作品『ヒエロニムス』は――生徒達全員の手で討伐された。
ベアトリーチェとて、ジョーカーを軽視していたわけではない。マエストロの怒りを買うことを承知した上で『ヒエロニムス』を盗み、ジョーカーを消すために使役した。
しかし、見通しが甘かった。
聖園ミカを始めとして……剣先ツルギ。羽川ハスミ。
空崎ヒナ。陸八魔アル。浅黄ムツキ。鬼方カヨコ。伊草ハルカ。
各地で戦いを終えた生徒達が次々と合流し、『ヒエロニムス』は倒された。
ベアトリーチェはまさに、完全敗北の様相を呈していた。
「いいえ!
いいえ、まだです。まだ私は負けていない。
何故なら私には――まだ、彼女がありますから」
女の視線の先には――磔にされた少女がいた。
少女に意識はない。また人権もない。ただ、兵器の原料たる『血』を搾取され続けるのみ。
『いる』、ではなく、『ある』。ベアトリーチェの無意識の言動が、少女に対する仕打ちを物語っていた。
「ロイヤルブラッド。かつてのアリウス分校、生徒会長の血筋。これさえあれば……」
◆
とりあえずこれで一段落ですね(してない)
私の中のペルソナ5の思い出が薄れてきたので、ゴールを整えて駆け抜けました。
この後にナギサ、ミカ、セイアが病室で団欒するシーンを挟んで……
セイア「病弱なはずの私がよりによって二人の看病とはね」
みたいな皮肉を挟みつつね……こう、お互い謝罪して和解してですね……
アリウス勢は……ゲヘナに捕まっちゃったヒヨリを、サオリとミサキが救出してですね……
囚われのアツコを助けにいく……的な感じで続くといいね。書けたらいいね。