ファントム・アーカイブ   作:名もなきWater

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終わりと、それから

 ◆

 

 

 異形の怪物『ヒエロニムス』を倒した後、ベアトリーチェとアリウススクワッドの面々は姿を暗ました。動ける生徒達と一緒に辺りを捜索したものの、それらしい痕跡は殆ど見つからず……何より、負傷した一般生徒達の治療の為、追跡は諦めざるを得なかった。

 そして、時刻は深夜。

 治療の心得があるモルガナは、トリニティ・ゲヘナの医療チームと一緒に生徒達を治療中。荒事しかできない自分は、万が一の追撃に備えて周辺を巡回警備していた。

 

「はー……」

 

 寒空の下、白い息を吐く。怪盗服のコートを羽織っているものの、やはり寒いものは寒い。ウエストポーチとの間に籠った熱が、今は尊く感じる。

 ……今のところ敵の気配は皆無だ。ヒエロニムスどころかシャドウすらいない。先の戦いで消耗し、完全に撤退したと見ていいだろう。

 

「先生?」

 

 行く当てもなく散策していると、誰かから声を掛けられた。

 振り向いて、声の方を確認する。

 空崎ヒナ。ゲヘナ学園の風紀委員長が、気の抜けた表情でこちらを見つめていた。

 

「……ふ」

 

 思わず笑いが零れる。

 その姿は何ともヒドイものだった。彼女自身には最低限の治療が施されただけらしい。衣類こそ新品のものだったが、その下……わずかに露出した手足からは、治療の跡らしき包帯が覗いていた。

 

「全く、駄目じゃないか。怪我人はベッドで寝ていないと」

「この程度は怪我の内に入らない。明日になれば治る。それに、私よりも優先すべき人が沢山いるから。

 特にトリニティ……正義実現委員会。一番被害が大きかったのは、間違いなく彼女達だから」

「……そうか」

 

 自分の治療は最低限で済ませ、他の生徒にベッドを譲った……そんなところだろうか。

 

「そういう先生こそどうなの? 随分無茶をしたって聞いたけど」

「問題ない。君達生徒が手伝ってくれたからな」

「……そう。

 でも、もう夜も遅いわ。見回りは私がやるから、先生は先に休んで」

「そういうわけにはいかない。生徒の為に身体を張るのが先生の仕事だ。何より……当番の生徒にだけ働かせるわけにはいかないだろう?」

「!」

 

 ヒナの右腕……シャーレの腕章を見つめて言う。

 当番の生徒がその日限りでつけることを許される腕章……と言うと特別な物に感じるが、なんてことはない普通の腕章である。簡単に燃えるし破れる、ありふれた量産品だ。

 しかしヒナの腕章には傷一つなく、新品同然の状態だった。

 

「……当番だからこそ、後のことは任せてくれてもいいのに」

「ヒナは、俺と仕事をするのは嫌か?」

「そ、そうは言ってない! もう……先生ってもしかして、結構頑固者?」

「意志が固いと言ってくれ。君と同じでな」

 

 適当な瓦礫に腰を下ろし、ポーチのファスナーを開ける。

 

「? それは?」

「どうせ君も、ベッドに戻るつもりはないんだろう?」

 

 取り出したのは缶コーヒー二本。ブラックとカフェインレス。元々は自分用とモルガナ用に買ったものだが、別に構わないだろう。

 

「お好みは?」

「……じゃあ、ブラックで」

 

 ご要望通り、黒い方の缶コーヒーを手渡す。

 

「……ありがとう」

 

 ヒナはコーヒーを受け取った後、隣に腰を下ろした。彼女は苦いブラックを、自分は甘いカフェインレスを開け、ちびちびと味わう。

 

「……美味しい。飲み慣れた味なのに、いつもと違う気がする。

 ……先生と一緒だから、かな」

「俺もだ。きっと、認知が変わったのかもしれない」

「認知?」

「その腕章だ」

「…………」

 

 ヒナは、自分の二の腕につけられたシャーレの腕章を見つめる。

 あれほどの激しい戦いであったにも関わらず、腕章には傷一つない。戦いの中でヒナ自身が守り続けていた証拠だ。シャーレの当番になることは、彼女にとってとても大きな意味を持っていたのだろう。

 

「……ごめんなさい。先生にとっては大したものじゃないのかもしれないけど……私にとっては、違ったの。破れたら新しいのを貰えばいい。分かってはいるんだけど……どうしても、傷つけたくなくて」

「謝らなくていい。そこまで大切にしてくれるなら、こちらとしても嬉しい。ゲヘナの誰かさんたちは、事あるごとに紛失させるからな」

「……ふふ。

 あ。もしかして、これが認知?」

「ああ。その腕章をつけたことで、君の世界が少しだけ変わったんだ。

 ……俺も同じだ。シャーレの部員が増えたことで、見える世界が広くなった。

 これからもよろしく頼む。ゲヘナ学園風紀委員長として。そして、連邦捜査部シャーレの部員として」

「……うん。こちらこそ、ジョーカー先生」

 

 

 ◆

 

 

 翌日。時刻は正午。

 明るくなり始めた頃に、救護騎士団の仮眠室を借りて一眠り。目が覚めた時には、お天道様は一番上まで昇り切っていた。

 身支度を整え、とある生徒達の病室に向かう。

 桐藤ナギサ。聖園ミカ。

 一連の騒動の渦中にいた二人は、同じ病室で仲良く寝かされていた。

 

「うう……まだ痛い。このくらいの怪我、一日寝れば治ると思ってたんだけどなあ」

「そんなはずがないでしょう。誰よりも前に出て戦っていたのはミカさんじゃないですか。前々から思っていましたが、貴方は猪突猛進過ぎます。それがミカさんの良いところでもありますが、もう少し加減というものを覚えたらどうですか」

「えー、それナギちゃんが言うー? 私がそうなのは否定しないけど、ナギちゃんだって大概だよ?」

「む、聞き捨てなりませんね。私の何処が無知で無鉄砲なイノシシなのですか」

「そ、そこまでは言ってないけど……って、あれ? もしかしてそれ、私のこと無知で無鉄砲だって言ってる?」

「ええ、実際そうでしたよ。ヒエロニムス相手に何度も突撃するミカさんを見て、先生方は唖然としていました」

「えー!? それもっと早く教えてよ! 私としては勇敢に先陣切ってたつもりだったんだけど!」

 

 病室では、二人揃ってベッドに横になりながら軽口を叩き合っていた。ナギサもミカも重症ではあるが、表情は生き生きとしている。きっとこれが本来の二人の関係性なのだろう。

 

「ひゃっ……!? せ、先生……!」

「あ、雨宮先生……いつからこちらに?」

「今来たところだ。その様子だと、思ったよりも元気そうだな」

「そうですね。雨宮先生とモルガナ先生の尽力のお陰です。

 ……尤も、今後のことを考えると頭が痛くなってきますが」

「え? ナギちゃん頭痛いの?」

「ええ、痛いですよとても。

 ベアトリーチェと名乗った大人。アリウス分校。エデン条約の延期。ゲヘナ学園との共闘。そしてミカさんの謎の力。

 想定外のことが多すぎて、どうしたものかと悩んでいるところです」

「もー、そういう難しいことばっかり考えてるから治るのが遅くなるんだよ。私達は怪我人なんだから、まずは怪我を治すことに集中しなきゃ」

「ミカの言う通りだ。そもそもナギサ、君は働き過ぎだ。しばらくは休暇のつもりで休むといい」

「む……」

 

 ナギサは不服そうに口を尖らせた。

 空崎ヒナといい桐藤ナギサといい……真面目なのは結構だが、息抜きの仕方も覚えるべきだと思う。

 

「……ん?」

 

 ふと、視線を感じて辺りを見る。

 ……病室の入口。

 そこには、見覚えのある / 見知らぬ生徒がいた。

 

「……さて。今日のところは、これで失礼させてもらおうか」

「えー? 先生、もう帰っちゃうの?」

「ああ。後がつっかえているからな」

「え? …………あ」

 

 ミカの視線が止まる。

 予期せぬ来訪者の姿に、彼女は朗らかな笑みを浮かべたまま固まってしまった。

 

「ナギサ、後は任せる」

「ええ、勿論です」

 

 ナギサは柔和な笑みを浮かべて頷いた。

 それを見て安堵する。

 ああ……今の彼女なら、きっと大丈夫だ。

 仲介人に後を託し、病室を後にする。

 ――その、直前。

 『見知らぬ生徒』は、自分にだけ聞こえる声で呟いた。

 

「私にも少しだけ聞こえてきたよ。拙い交響曲の、第一楽章がね」

「……そうか」

 

 いつかの夢でのやり取りを思い出す。

 これは彼女達のオープニング。トリニティ総合学園のティーパーティーは、きっとここから始まるのだ。

 これは生徒達の物語。先生(モブ)に過ぎない自分は、舞台裏に引っ込むとしよう。

 

 

 ◆

 

 

 エデン条約は、大丈夫だ。

 ゲヘナ学園とトリニティ総合学園、長年いがみ合ってきた両者が、共通の敵を前に手を組んだのだ。色々あって調印式は後日延期となったが、あの戦いは両校の在り方を見つめ直すいいきっかけになったかもしれない。

 ……だから、次の問題は彼女達だ。

 

「この辺りか」

 

 発信元不明のメールを頼りに、とある街に辿り着いた。街は全体的に廃れており、人の気配は感じられない。

 メールを頼りに先へ進む。歩を進める度、人気のない路地裏へと誘導させられた。

 辿り着いたのは……行き止まり。建物に挟まれた死角。周囲には不法投棄されたであろう廃棄物が散乱している。

 

「…………」

 

 こつこつと、コンクリートを踏みしめるブーツの音。

 振り返るとそこには――一人の生徒が、俺の到着を出迎えてくれていた。

 黒いキャップを目深に被った長髪の生徒。

 アリウススクワッドのリーダー、錠前サオリ。

 

「こんばんは。連邦捜査部シャーレに、何か御用かな?」

「…………」

 

 サオリからの返事はない。彼女は無言のままこちらを見つめている。

 その様子に違和感を感じ、一歩歩み寄る。

 するとサオリは――

 手に持っていたアサルトライフルを捨て、

 黒いキャップを脱ぎ、マスクを外し。

 膝を突いて、頭を垂れた。

 

「――――」

 

 尋常ならざる雰囲気に圧され、歩み寄ろうとした足を止める。そして俺は、無言のままサオリの次の言葉を待った。

 

「……先生」

 

 やがてサオリは、絞り出すように言った。

 一度は敵意を向けた相手を、「先生」と呼んだのだ。

 俺は更に待つ。

 生徒の言葉を、一字一句聞き逃さないように。

 

「アツコが……囚われている。

 あの日から……調印式の日からずっとだ。ずっと暗闇の中で、「彼女」に搾取され続けている。

 解放を求めても……聞く耳持たずだ。他の仲間も、アリウスの襲撃に遭って散り散りに……生死も不明だ。

 あれから何日も逃げてきたが……私では、彼女を止められなかった。このままではアツコは……姫は、死んでしまう。

 私は失敗した。アリウススクワッドは処分された。

 トリニティとゲヘナ自治区の征服も。仲間を助けることも。アツコを守ることさえも……全て、私の力が及ばず叶わなかった。

 今の私は落伍者だ。トリニティもゲヘナも、アリウスにすら助けを求めることができない。

 だから……頼れるのはもう、貴方しかいないんだ。雨宮蓮先生。

 私の命を懸けて約束する。どんな指示だろうと従う。だから――

 どうか……アツコを。姫を、助けてくれ」

 

 

 ◆

 

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