かつてアビドス高等学校は、砂漠の中にありながらもキヴォトス最大の学園であったという。
郊外には巨大なオアシスも存在し、多くの生徒が訪れる観光スポットもあったとか。
しかし、数十年前から大規模な砂嵐が頻発するようになり、環境は激変。
盛者必衰。かつて栄華を誇った学園は、その殆どが砂に埋もれてしまった。
結果、在籍していた生徒の殆どが転校。僅かに残った数名の生徒達が「アビドス対策委員会」なる組織を立ち上げ、学園の復興を目指して頑張っているとのこと。
そんなアビドス高等学校は現在、戦場と化していた。
「凄い……便利屋にも、アコ行政官にも、アビドスの生徒にも気づかれず、ここまで接近できるなんて」
暗闇の中からチナツが賞賛の声を上げる。
「フフン、ワガハイ達の本業は怪盗だからな。シロートの背後を取るくらい、朝飯前だぜ」
ゴロゴロと、得意げなモナの声。
俺は無言のまま二人を見て、自分の口元に人差し指を当てる。
「わ、わりい……調子に乗っちまった」
「すみません……」
二人の謝罪に首肯した後、息を潜めて戦場を観察する。
現在アビドスでは三つの組織が交戦中。
一つはアビドス。在校生と思われる生徒四人が、共通の制服を身に包み、最前線で戦っている。
一つは便利屋。私服の生徒四人がアビドスの後方を陣取り、指揮を取っている。
……経緯は不明だが、この二つを手を組んでいるようだ。
相手は天雨アコ、銀鏡イオリ率いる無数の生徒達。軍隊と言ってもいい。
「……風紀委員は四人だけ、という話では?」
「主要メンバーが四人というだけよ。あれは風紀委員所属の一般生徒達。
……もしかして知らなかった?」
知らない、全く聞いていない。
一般生徒だけであの人数なら、ゲヘナ所属の生徒は全部で何人いるのやら。
「……そう。まあ、先生もキヴォトスに来たばかりだし、仕方ない。
でも、先生達のお陰で助かった。この位置からなら、あとは私一人で十分。一歩も動かず全勢力を鎮圧できる」
ヒナは涼しい顔でそう言いきった。
……嘘を言っているようには見えない。彼女にとってこの程度の武力は、地の利さえあればどうとでもなるらしい。
ヒナは愛用のマシンガンを担ぎ、物陰から出ようとする。
しかしその直前、モナが静止の声を上げた。
「おい、ちょっと待て。もしかしてあの生徒……。
間違いねえ、あの子だ。鬼方カヨコって生徒だ」
聞き覚えのある名前につい反応する。
鬼方カヨコ……ゲヘナ訪問の切っ掛けで、モナが会いたがっていた生徒だ。
「鬼方カヨコ。便利屋68所属の生徒。彼女がどうかしたの?」
彼女のことは風紀委員会も把握していたらしい。ヒナもチナツも、それが何? と言わんばかりに首をかしげる。
対してモナは、鎮痛な面持ちで二人と向き合った。
「すまねえ、ヒナ、チナツ。ここまで案内しといて勝手だが……ワガハイは降りる。
ワガハイにはあの子を……あの子達を攻撃できねえ。
あの子は、路地裏の捨て猫に餌をやったり、家を作ったりもしてくれるいい子なんだ。
猫好きに悪いヤツはいねえ。この戦いもきっと、引くに引けない理由があるはず」
「……そう」
ヒナは、銃を下ろそうとしない。
モナから視線を外し、自分が向かうであろう戦場を睨む。
「ヒナ……やっぱ、行くんだな」
「ごめんなさい、モナ先生。貴方にも事情があるのは理解したわ。
けど、それはこっちも同じ。確かに便利屋は放っておいても問題ない組織だと思うけど……私は風紀委員長で、彼女達は校則違反者。敵対は避けられない」
「だろうな。その責任感の強さは、お前の美点だ。ワガハイは応援できないが、否定もしねえ」
「……ごめんなさい」
「謝まんなって! それがお前達のシゴトなんだから、胸張って行ってこい!」
モナは笑いながらヒナを背中を押す。
しかし、ヒナの表情は晴れない。
彼女は数秒ほど逡巡した後、こちらを見て、自信なげに問いかけた。
「ジョーカー先生。貴方はどうするの?」
「決まっているだろう。
――俺も降りる。手助けはここまでだ」
「え?」
三人にとってその答えは意外だったらしい。
ヒナだけでなく、モナとチナツも俺の真意を探ろうとこちらを見た。
……やれやれだ。キヴォトスの二人はともかく、モナまで驚くなんて。
「……理由を聞いてもいいかしら」
「かつて俺が所属していた組織には、絶対のルールがあった。
――「全会一致」。ターゲットを定め、メンバー全員が納得して、初めて動く」
「全会一致……」
「この場において、俺達四人はチームだ。誰か一人でも不満があるのなら、俺は動かない」
「ジョーカー……へへ、そうだったな。それがワガハイ達怪盗団の掟だ。
すまねえな二人共。ワガハイ達にできるのはここまでだ。あとはお前達で頑張ってくれ」
「……ううん、ちょっと待って」
ヒナは銃を下ろし、戦場から視線を外した。
「ヒナ……?」
「やっぱり私達も降りるわ。チナツもそれでいい?」
「はい、異論はありません」
ヒナの確認に、チナツは笑顔で返した。
「お前ら……」
「全会一致。うん、いい考えだと思う。ゲヘナ学園の校則に加えたいくらい。
だから、私達も降りる。
その代わり二人にも協力してほしい。四人全員が納得できるやり方で、この場を鎮めたいの」
◆
「……これは、まずいかもね」
白い髪の生徒――「鬼方カヨコ」は唇を噛んだ。
視線の先は戦場。アビドスの生徒達が、ゲヘナの風紀委員達と戦っている。
兵力差は圧倒的。アビドスは僅か四人なのに対して、ゲヘナは一個中隊級。便利屋の面々が適宜援護射撃を行っているが、それでも足りていない。
加えて、ゲヘナにはもう一人。
「……銀鏡イオリ」
スナイパーライフルを扱う銀髪のツインテールの生徒。戦場の中心には彼女の存在があった。
本来スナイパーライフルは遠距離射撃を行う武器である。
しかし当のイオリはお構いなし。ライフルだろうがショットガンだろうが、彼女にとっては「弾が出る武器」でしかない。
現在も最前線で大立ち回りの真っ最中。身のこなしと戦闘センスのみで、アビドスの生徒達を翻弄している。
「うーん……やっぱりアビドスの人達、全体的に動きがぎこちない。
ずっと誰かに守られてきたんだろうね。きちんとした壁役がいないから、一人一人の強みが発揮できてない」
「何を弱気なことを言ってるの!」
スナイパーライフルを構えたスーツ姿の女性――「陸八魔アル」が、ヒステリック気味に叫んだ。
「相手はたかが銀鏡イオリ一人なのよ!? 私達便利屋なら簡単に――」
「戦ってるのはアビドスだよ、社長」
「だ、だったら、彼女たちの援護を――!」
「それは今社長がやってるでしょ? まあ、全然息が合ってないけど」
「うっ……!
し、仕方ないでしょ!? アビドスの生徒に合わせて狙撃するの、結構難しいのよ!?」
「ああごめん、別に社長を責めてるわけじゃないよ。むしろ即席チームとしては、よくやってると思う。
私が言いたいのは、そろそろ引き際ってこと」
「引く、ですって……?」
「そう、引く。アビドスの生徒を囮にして撤退する。
社長の言った通り、相手はまだ銀鏡イオリ一人だけ。
にも拘わらずこの戦況。増援を呼ばれたらあっという間に崩されるよ。それに万が一、うちの風紀委員長でも呼ばれたら、私達は完全に逃げられなくなる」
「ヒ、ヒナが来るの!? じゃあ撤退よ! 総員、撤退準備――!」
風紀委員長の名前を聞いて、アルは慌てふためく。
彼女の反応は大げさでもなんでもない。空崎ヒナの戦闘力はおそらくキヴォトス最強。こと戦いにおいて、彼女は圧倒的なのだ。
「はぁ……落ち着きなよ社長。これはまだ可能性の話」
「そ、そうよね。確かこの時間帯、空崎ヒナには長期出張の予定が入っていたはず。今頃ゲヘナに帰ってるかもだけど、アビドスに来るまで時間はある。
そうだわ! アビドスの子達には盾役が必要なのよね? ちょっと癪だけど、ハルカを送り込むのはどうかしら!」
「いい考えだけど、私は反対かな」
「なっ!? どうしてよ!?」
「風紀委員会を撤退させた後が怖いから。全部解決した後に背後から集中砲火、なんてシャレにならないでしょ?」
「そんなことされるわけないでしょ!? あの子達をなんだと思ってるのよ!」
「…………」
数秒の無言。
カヨコは本日何度目か分からない溜息をついて、アルから視線を逸らした。
「え? なに、その反応。まさかされるの? される可能性があるの?」
「そりゃされるでしょ。私達、紫関ラーメンを爆破しちゃったんだから」
「――――」
そういえばそうだったわー!!
わー!
わー……!
わー…………
アルは、白目を向いて膝から崩れ落ちた。
「おーい、アルちゃん。アルちゃんってばー」
黒いリボンとサイドテールの白髪の生徒「浅黄ムツキ」がアルの肩を揺さぶる。
「うう……ムツキ。私達、もう詰んでるのかしら。あの子達を見捨てて撤退するしかないなんて……」
「悔しいけど仕方ないよ。それにまだ詰みじゃないよ、アルちゃん。
ほら、アルちゃんもよく言ってるでしょ。これは戦略的撤退だって」
「それは、そうだけど……うぅ……」
「難儀な性格してんなぁ、お前等」
「!」
死角からの思わぬ声に、四人の警戒が強まる。
戦場を観察してたカヨコ、膝をついて項垂れていたアル。それをニコニコと慰めていたムツキ。そして、一部始終を静観していた黒髪の生徒「伊草ハルカ」。
一瞬のうちに全員が背中を壁につけ、愛用の銃に手をかけていた。
「うむ、流石はキヴォトスの生徒、いい反応だ。便利屋ってのも伊達じゃねえようだな」
声の主が物陰から姿を現す。
それを確認して、カヨコの表情が僅かに緩んだ。
「……猫?」
「猫じゃねえよ!
……あ、いや、猫だ。今は猫がいいな。うん、ワガハイは猫である。
そういうわけだから存分に可愛がってくれ。
具体的にはいつも買ってあげてるゴールデン猫缶、あれをワガハイにも一つ」
「ね、猫缶……なんの、こと?」
「ん? いやだから、いつもあの子猫に食べさせてる――
――あ、いや、そういうことか。すまねえ、今のは忘れてくれ。紳士にあるまじき発言だった」
「なんのことか全然分からないけど……とりあえず、ありがとう」
「えっと……カヨコ課長? 知り合いなのかしら、そちらの猫の方と。
……猫、なのよね? 二足歩行してるけど」
「なんでそこで疑問符なんだよ。ワガハイだって傷つくんだぜ?」
「ご、ごめんなさい、そういうつもりはなくて……」
「ああ、分かってる分かってる。お前ら便利屋がそういうやつらじゃねーってことくらいな」
「私達のことを知ってるの……?」
「まあな。実は、とある生徒からの依頼があってな。
ワガハイはモルガナ。お前等をアビドスから逃がすために来た」
◆
「来い、アルセーヌ!」
銃弾が飛び交う戦場の中心に、青い炎が立ち上る。
炎の中から現れたのは、漆黒の翼を持つ己の影、アルセーヌ。
アルセーヌは翼を振るい、一瞬にして「目」と化す。
アビドスとゲヘナ、両者から放たれる弾丸の雨は、それらを上回る台風によって無力化された。
「ぐっ……なんだ、あれは。アビドスの新兵器か?」
「いいえ違います。今のアビドスに兵器開発を行うだけの資金はないはず。
黒い翼と赤いタキシード。あれはもしかして――」
「そこまでだ、ゲヘナの諸君」
俺は黒いコートをたなびかせ、アルセーヌの陰から姿を晒した。
それも可能な限り大げさに、かつキザったらしく。
……これで彼女達の意識がアビドスから逸れるといいのだが。
「なんだあれ。アコちゃん知ってる?」
「ええ、知っていますよ。彼こそがキヴォトスで話題になっている、連邦捜査部シャーレの「先生」です」
「あー……えぇ、あれが? 全身黒ずくめな上に怪しい仮面。どう見ても不審者にしか見えないけど」
「…………」
裏表のない言葉に想定外のダメージが入る。
怪盗姿のビジュアルには自信があったのだが、あの生徒には不評だったらしい。
「ん、そんなことない。黒いコートと白い仮面、ロマンが詰め込まれててカッコイイ」
「はい♪ 赤い手袋も、差し色としていい味出してますよね」
「ん、とても参考になる」
「二人共本気で言ってる? まあ、でも、覆面水着団よりはカッコイイかな……」
「ん……悔しいけど否定できない。やっぱり、大人ってすごい」
背後の物陰からガヤガヤと騒ぎ声。アビドスの生徒達だ。
意外と元気そうで何より。溜息が出そうになったのをグッとこらえる。
「ま、恰好なんてなんでもいいか。
それよりシャーレの先生が一体何の用だよ?
まさかとは思うけど、アビドスの生徒達を救いにきました、なんて冗談は言わないよな?」
「察しがいいな。正しくその通りだ」
「生徒同士のいざこざに首を突っ込むのは、先生としてどうかと思うけど?」
「これは手厳しい。
だが、これも生徒からの依頼あってのこと。こちらとしても引くわけにはいかない」
「あっそ。つまりシャーレの先生は、ゲヘナよりもアビドスを贔屓するってことね」
「それは勘違いだ。依頼主はアビドスの生徒じゃない」
「はぁ? じゃあ一体誰――」
「君達もよく知っている生徒だ。詳しいことは本人から聞くといい」
俺はイオリから視線を外し、「彼女」の方を見て恭しく一礼する。
それにつられてイオリが、アコが、アビドスの面々が、視線を移す。
「アコ、イオリ。これは一体どういうこと?」
ゲヘナを取り締まる風紀委員会、その頂点。
他の誰でもない、空崎ヒナの姿がそこにあった。
「い、委員長、どうしてこちらに!? お仕事の方は……」
「少し張り切って早めに終わらせた」
「作用、ですか……。
……ということはまさか、先生の言う依頼主とは……」
「それは私。アビドスと敵対するのは避けたかったから、シャーレの先生にも仲裁をお願いしたの」
「い、いえ、アビドスと敵対するつもりはなく…これはただ、素行の悪い生徒達を捕まえようと……」
「便利屋68のこと? どこにいるの? 影も形も見えないけど」
「はい? 便利屋ならすぐそこに――え!?」
いるはずがない。既にモナが逃がしている。
「い、いつの間に!? さっきまでは確かにいたはず……!」
「…………」
アコを睨む視線がますます鋭くなる。
……ヒナも意地が悪い。モナが便利屋を逃がしていることは、先ほどの作戦会議で知っているだろうに。
「事前通達無しでの他校自治区における無断兵力運用、および他校生徒達との衝突。
アコ。これがどれだけ重罪か、分からないとは言わせない」
「うっ……はい、申し訳ありません。確かに軽率だったと思います。
しかし、今回はこちらにも言い分があります!」
「……ふうん? 一応聞いておこうかしら」
「ありがとうございます!
では……こほん!
今回のアビドス出張の目的は、実は便利屋68の他にもう一つありました。
それは、他ならぬシャーレの先生です」
「先生を……?」
「はい。そちらの先生がキヴォトスに対して多大な影響力を持っていることは、ヒナ委員長もご存じでしょう。
ゲヘナ学園は近々、トリニティ総合学園とエデン条約を結びます。その時に備えて先生の身柄を……こほん、失礼。
先生のお力を借りる必要があったのです!」
「そう、先生の身柄を……いえ、力をね」
チラッ。
ヒナが一瞬だけこちらを見た。
それもいいかもしれない……なんて考えている気がして、背筋が冷たくなった。
「けど、アコ。それはおかしいわ。先生はゲヘナを訪問していた。アビドスに来たのは今回が初めてのはずよ」
「……え?」
アコが素頓狂な声を上げて、目を丸くした。
それを見て、ヒナの視線がますます鋭くなる。
「下手な嘘は身を亡ぼすわよ、アコ」
「い、いえ、待ってください。違います、違うはずなんです。実際アビドスでは先生の目撃情報が幾つかありまして」
「目撃情報……?」
視線をこちらに移したヒナに、首を振って答える。
ここ最近はシャーレの仕事を覚えるのに精一杯で、碌に外出できていない。
本人がシャーレにいた以上、アコの言う目撃情報は間違いだ。
「そうです。なんでも見慣れない黒服の青年が、アビドス区域に出没しているとか――」
「うへー。なんだか楽しそうなことやってんじゃーん」
廃ビルの隙間から一つの声。
新たな闖入者は、敢えてアコの言葉を遮るように、姿を現した。
「ホ、ホシノ先輩!?」
「ごめんねーみんな。ちょっと昼寝しててね。少し遅れちゃった。
……あ! もしかして、貴方が例の先生?
私は小鳥遊ホシノ。アビドス対策委員会の委員長。よろしくねー」
「雨宮蓮。キヴォトスの先生だ。コンゴトモヨロシク」
小鳥遊ホシノ……小柄な少女だ。桃色の長髪、黄色と青のオッドアイ。話し方や雰囲気からして、のんびりした印象を与える。
「うへー、面白い挨拶だね。うん、コンゴトモヨロシクー。
で、こっちはゲヘナの風紀委員長か。便利屋を追ってこんなところまで来たの?」
「…………」
のんびりと尋ねるホシノ。
しかしヒナは全くの逆だ。小鳥遊ホシノがこの場に現れてから、彼女の眼には警戒心が宿っている。
「あ。そういえば、何か面白いこと話してたね。
なんだっけ――見慣れない黒服がアビドスを出入りしてる、だっけ」
「! は、はい、そうです!」
黒服、という単語にアコが食いつく。
「こうなったら対策委員会の委員長に直接お聞きします。
近頃アビドスでは、見慣れない黒服の男が出入りしているとの情報があります。何かご存じありませんか?」
「…………。
うん、知ってるよー。多分ブラックマーケットのことだね」
「……はい? ブラックマーケット、ですか?」
「うん。先生は知らないかもしれないから一応説明すると……うん、一言で言うと闇市場。表向きには流通していない違法な物を取り扱っている場所。銃とかヘリとか戦車とか」
「ブラックマーケットと黒服……ということは、カイザーコーポレーションの社員でしょうか」
「うーん、流石にそこまでは分からないかな。
でも、実際困ってるんだよねーブラックマーケットには。私達アビドス対策委員会の宿敵だよ」
◆
「――か。か、か、か……
かっこいい……!」
陸八魔アルは一歩も動けずにいた。
便利屋68の面々は、モナの手引きにより戦線から離脱している。ゲヘナ側に規格外の戦力でもない限り、便利屋が戦闘に巻き込まれることはないだろう。
しかし安全地帯に入った途端、陸八魔アルは足を止め、一人の人物に見入っていた。
「あーあ。またやっちまったな、ジョーカーのヤツ」
「また? 社長の様子と関係あるの?」
「あいつ、昔っから人たらしでな。どんなヤツとでも仲良くなれる天才なんだ。
特に女性相手だと本気でヤバイ」
「女性相手だとヤバイって……」
「も、もしかして催眠術……!? アル様、しっかりしてくださいアル様!?」
「うーん、当たらずとも遠からず、かも。アルちゃん、心ここに在らずって感じだし」
やいのやいの。がやがや
あれこれ勝手なこと言い合う四人の声も、今のアルには気にならない。
戦場に割って入る仮面の先生。
直後に現れるゲヘナの風紀委員長、空崎ヒナ。
そしてアビドス生徒、小鳥遊ホシノとの邂逅。
ゲヘナ風紀委員会がアビドスから撤退するまで、便利屋たちはその場から動けずにいた。
――それからしばらくして。
「よし、決めたわ!」
アルは握り拳を作り、便利屋の面々に振り返った。
「決めたって何を? なんか、決意を固めた感じで嫌な予感しかしないけど」
「いい質問ねカヨコ課長。勿論、便利屋68の今後についてよ。
それといい機会だから、モナ先生も聞いていって」
「お、おう」
「……こほん。それじゃあ改めて、私達の今後について話すわ。
まずは思い出してみて。これまで便利屋68が辿ってきた数々の成功、失敗、困難、挫折を」
「悪いことばっかりだね」
ムツキが能天気に笑う。
しかしアルは、その答えを待ってたと言わんばかりに声を張り上げた。
「そう、それよ!
思えば私達便利屋は、多くの失敗を重ねてきたわ。失敗は成功の基とは言うけれど、それにしたって多過ぎよ。
でも、それには原因があったの」
「原因?」
「それは……目指す形がなかったことよ!
そもそも便利屋68は、真のアウトローを目指すべく生まれた組織。でも、アウトローの先輩なんて早々いない。
いいえ、そもそも存在しないわ。だって、道を外れてこそのアウトローだもの。
だから私達は、各々が思い描いた理想のアウトローを目指して頑張ってきた」
「そうだっけ?」
「黙ってなよ。ややこしくなるから」
「でも、それはあくまで個人のイメージでしかない。いくら私達でも共有することはできないわ。足並みだって完璧には揃えられない」
「すみません……いつも遅れててすみません」
「謝る必要はないわハルカ。だって、目指す形が見つかったんだもの。
私たちが目指すべき真のアウトロー……そのお手本のような存在が」
「……まさか、それって」
「そう! シャーレの先生よ!
あ、いえ、ジョーカーっていうんだったかしら?」
「どっちでもいいと思うぜ。あいつも気にしねーだろ」
「そう。なら尊敬の意を込めて、あの姿の時はジョーカー先生と呼ばせてもらうわ。
表向きはシャーレの先生。しかし裏の顔は、影ながら生徒を守る謎の黒服……。
彼こそ真のアウトロー。ある時は規則の内から、ある時は規則の外から生徒を守る先生の鑑……!
これで分かったかしら。ジョーカー先生こそ私達が目指すべき姿であり、便利屋にとっても必要不可欠な存在だってこと!」
「…………」
アルの力説に、便利屋の三人は考え込む。
「あ、あら、どうしたの皆。いつもならこのタイミングで何かしら意見が出てくると思うのだけど」
「あー、ごめん。なんというか、反論する理由がないなと思って。
社長はちょっと先生を美化しすぎだけど、目指す分にはいいかもね」
「そだね。先生のようになれって言われたら困るけど、参考にするくらいならいいと思うよ」
「わ、私は常にアル様が正しいと思います! と、とりあえずは仮面ですかね……」
「そ、そうよね! やっぱり皆もそう思うわよね!
そうと決まれば、まずは先生とのファーストコンタクトよ!
弟子入りするのか、それとも企業として対等な関係を築くのか。今後の事も視野に入れて考えないと……!」
◆
以下自分用メモ
ジョーカー先生による脳焼き回。
・ゲヘナ風紀委員会
怪盗団の掟「全会一致」がヒナとチナツに影響を与え、以降二人は組織について考えるようになる。
一方、アコとイオリからは敵視されることに。
・アビドス対策委員会
劣勢ではあったが意外と逞しい子達。颯爽と現れたジョーカー先生に感銘を受ける。
この邂逅は、覆面水着団なる謎の銀行強盗グループにも多大な影響を与えたらしい。
ただし、ホシノだけは警戒を緩めていない。不自然な登場、「黒服」を「ブラックマーケット」にすりかえたのは意図的なもの。
・便利屋68
陸八魔アル、ジョーカーに衝撃を受けるの巻。
関係を築くために接触を試みるが、実はマコトより一手遅れてる。