『じゃんじゃじゃーん、今明かされる衝撃の真実~☆
可笑しくってお腹痛いです~♪
あはは――楽しかったですよ、ナギサ様とのお友達ごっこ』
◆
「ぶふっ!?」
あったかもしれない――否、有り得るはずがない光景が脳裏に浮かび、咳きこんでしまった。
危うく胃の中の紅茶を戻してしまいそうになったが、何とか気合で押し込んだ。
「ナギサ様!? 大丈夫ですか!?」
向かいの席でゆっくり紅茶を楽しんでいた生徒が、私を心配して立ち上がろうとする。
私は……少々苦しかったが無理矢理笑顔を作り、彼女を静止した。
「いいえ、大丈夫です。ありがとうございます、ヒフミさん」
「うう……はい」
一応は納得してくれたらしい。彼女は心配そうにこちらを見つめながらも、元の位置に着席してくれた。
阿慈谷ヒフミ。トリニティ総合学園の二年生で、補習授業部の部長も任せている。
自己評価が低く自分のことを「平凡」と称して譲らないが、それゆえに努力家でもあり、時間さえ確保できれば大抵のことは人並み以上にできるようになってくれる。
また筋金入りのお人好し、かつ穏やかな性格をしており、個人的にも頼りにしている生徒だ。
……だから、まかり間違っても「お友達ごっこ」などと言うはずがないのである。
「ナギサ様。やはり、ティーパーティーの仕事は大変なのでしょうか」
「……そうですね。本来ティーパーティーは三人の生徒で務めるもの。今は諸事情あって私一人ですから……つらくない、と言えば噓になります。
ですが、ヒフミさんが気を病むほどではありませんよ。現にこうして、お茶の時間を作れるくらいには余裕もありますから。
それよりも……ヒフミさんこそ、つらい思いをさせてしまってごめんなさい」
「はい? いえ、私は別に――」
なんのことか分からない、と言わんばかりにヒフミは首をかしげる。
誤魔化そうとしているわけではない。彼女は本心から分かっていないのだ。
……なんて優しい子なのだろう。先日の件を既に気にしていないとは。
しかしそれでは私の気が収まらない。誠心誠意、持てる限りの真心を込めて頭を下げる。
「私は貴方のことをエデン条約を妨害する裏切り者と疑い、トリニティから追放しようとしました。
……あの時の私はどうかしていました。よりもよってヒフミさんが銀行強盗グループのリーダーなどと。冷静に考えれば、そんなはずがありませんのに」
「あはは……えーっと……」
ヒフミさんが気まずそうに私から視線を逸らした。
……やはりそうだ。私を気遣って気にしていないと言いながら、内心では傷ついていたのだ。
「し、仕方ないですよ。今のトリニティはちょっとした異常事態ですし。ナギサ様が疑心暗鬼になってしまうのも、無理ないです。
……そうです、仕方ないですよ。
サンクトゥス分派の百合園セイアさんは、襲撃を受けて安否不明。
そして、パテル分派の聖園ミカさんは……」
「…………」
二人の名前を聞くと、つい表情が強張ってしまう。
……いけない傾向だ。ミカさん、セイアさん、そして私。三人は親友のはずだ。
なのにどうして……まるで、敵の名前を聞いたかのように、警戒してしまうのか。
「ナギサ様、今からでも遅くはないと思います。トリニティの現状を誰かに相談しましょう」
「ゲヘナの方に、ですか? それはいけません。ゲヘナの生徒は私達トリニティを敵視している。弱みを見せた瞬間何を仕掛けてくるか、想像もつきません」
「でしたら、シャーレの先生は如何でしょう。サンクトゥムタワー奪還の件はナギサ様の耳にも入ってると思います。きっと先生なら力になってくれるはずです」
「いいえ、それこそ有り得ません。トリニティの現状をシャーレの先生が知れば、エデン条約そのものを中止にされる可能性もあります。それだけは阻止しなければなりません」
三つの席の内二つが空白。事実上、トリニティは壊滅状態と言ってもいい。外部の人間であるシャーレの先生が知れば、条約そのものを中止にしようとするかもしれない。
それだけは駄目だ。
発案者である連邦生徒会長が失踪し、空中分解しそうだったエデン条約を何とか締結まで持っていけたのだ。ここで諦めてしまっては今までの苦労が水の泡。せめて調印式が終わるまでは、トリニティの現状は伏せておく必要がある。
「ですがそれでは、ナギサ様の負担が大変なことに……」
「ありがとうございます。ですが、何も心配はいりません。何故なら――」
――私には、貴方がいますから。
そう口にしようと思ったが、途端に恥ずかしくなって止めた。
不自然に空いた間を誤魔化すように、紅茶のカップを口につける。
「ナギサ様?」
「いえ、なんでもありません。
時に、ヒフミさん。あれから補修授業部の皆さんとはどうですか?」
補習授業部とはその名の通り、成績不振者に補習をさせるための部活動である。
赤点続きの生徒を一つの部活動に集め、成績を向上させる――というのが、本来の目的だ。
かつて私はこの補修授業部を、エデン条約締結を阻むスパイを炙り出すための箱庭として使用した。怪しい経歴を持つ生徒を一か所に集めて監視し、テストの内容を操作して退学に追い込む。
「白洲アズサ」
「浦和ハナコ」
「下江コハル」
そして、「阿慈谷ヒフミ」
百合園セイア襲撃の件を知った私は疑心暗鬼に陥り、四人をエデン条約を阻むスパイと信じ込み、退学に追い込もうとした。
……尤も、それすらも過去の話なのだが。
私が集めた容疑者達は全てシロ。真のスパイは補習授業部とは別に存在し、それも四人が解決してくれた。今となってはその名の通り、生徒達が集まって勉強するだけの健全な部活動である。
「補習授業部ですか? はい、毎日楽しく過ごしていますよ!
アズサちゃんとはよくペロロ様イベントに行ってますし!
ハナコちゃんはシスターフッド、コハルちゃんは正義実現委員会の方で忙しくしてますが、時々連絡も取ったりしていて――」
ヒフミさんは堰を切ったように、嬉々として近況を語ってくれた。
その様子を見て、ほっとした。暴走の末に集めただけの四人を、ヒフミさんは繋ぎ止め、新しい輪にしてくれたのだ。
「あ、そうです! よかったら今度、皆でお茶会を開きませんか?」
「お茶会、ですか?」
「はい! 考えてみれば、こんなにいい紅茶にお菓子、私一人で独占するのは勿体ないですし!」
「……ええと」
彼女の提案に、少し困ってしまう。
ティーパーティーにとってのお茶会は、トリニティ総合学園の今後を話し合うための場でもある。本来なら、一般生徒は足を踏み入れることすら許されない場なのだ。
……まあ。目の前にいるヒフミさんのような例外も存在するのだが。
「あ……そういえばここって、本来なら一般生徒立ち入り禁止でしたっけ……」
「ええ、普段ならそうですね。ですが……時々ならば構いません。
いい考えだと思います、お茶会。桐藤ナギサの名の下に、補習授業部の皆さんを招待しましょう」
「いいんですか!?」
「はい。ちょうど、先日の件の謝罪もしたかったですし」
ヒフミさんを除いた補習授業部の三人とは、入部手続き以来きちんと話せていない。
騒動の発端の身としては、もう一度きちんと話すべきだろう。
「もう、固いですよナギサ様。せっかくのお茶会なんですから、もっと楽しい話題にしましょう!」
「楽しい……ですか」
「はい! 例えばですけど……こちらのケーキ、今までテーブルに並んだことがないですよね!? もしかして新作ですか?」
「えっと……はい。こちらはお得意先の新作でして、季節のフルーツをふんだんに使っているのが売りと聞いています。
他にも新しい機材を購入したようで、こちらのケーキはその試作も兼ねているとか」
「新しい機材……なるほど、私達が机に噛り付いている間にそんなことが。ケーキ屋さんも日々進化しているのですね!」
――他愛の話と共に、穏やかな時間が流れていく。
セイアさんの襲撃事件。ミカさんの件。そしてエデン条約。
問題は山積みで前途多難ですが……きっと、なんとかなるでしょう。
私は一人じゃない。こんなにも頼りになる、信頼できる友人がいるのだから。
◆
――私は、ゲヘナが嫌いだった。
理由なんてない。
……いや、寧ろ逆か。理由なんていくらでもある。
角がイヤ。羽がイヤ。服がイヤ。趣味がイヤ。
とにかく嫌いだ。できることなら視界に入れるのも遠慮したいくらい。
だから私――「聖園ミカ」にとって、「エデン条約」は許せないものだった。
トリニティとゲヘナの平和条約?
勘弁してほしい。あんな連中と仲良くできるわけがない。こっちの背中を見せたら絶対に刺されるだろうし、逆にあっちが背中を見せようものなら、無性に刺してやりたくなる。
だから私は、彼女達と手を組んだ。
それが「アリウス分校」
かつてトリニティ領内に自治区を持っていた分派の一つ。
トリニティ総合学園は、自治区に数多く存在した学校が統合してできた学園だ。
しかし、これに反対の姿勢を取り続けたのがアリウス分校。いつまでも反対の意思を崩さなかったアリウスは、統合したトリニティ総合学園から迫害され続け、歴史の表舞台から消されてしまった。
そんな過去を持つ彼女達だ。元々敵対していたゲヘナは勿論、トリニティに対する憎しみを並大抵じゃない。
敵の敵は味方。ゲヘナと平和条約を結ぼうとする悪者をやっつけよう。
……そう提案して、ついでにアリウスとも和解したかったのだけど。
「……バカだったなあ、私」
明かりが消えた真っ暗な部屋の中で、一人呟く。
私「達」はゲヘナが嫌いだ。それは間違いない。この一点において、私とアリウスは共通している。
けれどアリウスは、トリニティも嫌いだった。それも、ゲヘナと同じくらいに。
和解しよう。そう提案して差し伸べた手に、連中は絡みついてきた。
蛇のように。私の後ろにいた本命の二人に嚙みつくために。
気づいた時には手遅れだった。
セイアちゃんのヘイローが破壊されたって聞いて。
今度はナギちゃんが狙われたって聞いて。
止まれなかったのだ。アリウス分校を率いた黒幕として。エデン条約を消すためのスパイとして。
そして――まんまと騙されていた。
セイアちゃんのヘイローが破壊された。嘘である。
襲撃した張本人――「白洲アズサ」によるフェイク。今思えば、セイアちゃんの入れ知恵だったのかもしれない。
ナギちゃんが襲われた。嘘である。
補習授業部によるフェイク。スパイにして大悪党たる私を引きずり出すための策だった。
……そして今に至る。
大悪党「聖園ミカ」は、エデン条約妨害の犯人として軟禁。一応、期間はエデン条約締結までとされているけど、そんなわけない。
失敗に終わったとはいえ、私はセイアちゃんのヘイローを壊そうとしたのだ。きっと卒業までここから解放されないだろう。
「……まあ、仕方ないよね。これぞ勧善懲悪ってやつ?」
何もかもが失敗に終わった。
エデン条約は結ばれる。
アリウスとは和解できない。
結局、私は何をしていたのか。無駄なことばかりして、本当にバカみたい。
――でも、これで良かったと思う自分もいる。
だって、ナギちゃんもセイアちゃんも無事なのだ。あの二人は私なんかよりずっと頭がいい。ティーパーティーは二人でも上手くやっていける。むしろ、私はいない方がいいかもしれない。
私個人についてもそうだ。軟禁とはいっても、不自由ってわけじゃない。食事は三食用意してくれるし、暖かい寝床もある。三時のおやつだってついてる。生活用品だって言えば用意してくれる。
本当に……ただ、外出が制限されるってだけ。
会いたい人に会えないだけ。
仲直りができないだけだ。
だから、これでいい――と。
――そう思って、今日はもう、寝ようとしていたのだけど。
「本当にそう思っているのですか?」
雑音が耳を刺激する。
上半身だけを起こして、音の発生源を確認する。
そこには光があった。
不気味な光。自然のものではない。かといって人口のものでもない。
あれはきっと目だ。それも右目。右目を中心に、顔を象るように亀裂が入っている。
「誰? キヴォトスでは見たことない恰好だけど」
「お初にお目にかかります。私のことは……そうですね、こう呼んでいただくとよいでしょう。
――「黒服」、と」
「黒服? なにそれ、不審者みたい」
「ええ。ミステリアスでいい響きでしょう? 他校の生徒が使っていた呼称なのですが、存外気に入ってしまいまして」
自分から黒服と名乗った男は、何故か誇らしげに胸を張る。
……腹が立つ。せっかく皮肉たっぷりで言ってやったのに。
「というか、どうやってこの部屋に入ったのかな。外には正義実現委員会の見張りがいるはずなんだけど。あ、もしかしてサボってる?」
「そう責めないであげてください。よいではないですか、ちょっとした「居眠り」くらいは」
「居眠り、ね……ま、なんでもいいけど。
それで、ミステリアスな黒服さん? 私に何か用?」
「はい。実は私、これでも研究者の端くれでして。トリニティで一際強力な神秘を持つ貴方に、是非ともお近づきになりたいのです」
「ふーん……ヤだ♪」
「…………」
「あれ、聞こえなかった? イヤだって言ったの。不審者とは口を利いちゃダメって、ナギちゃんにキツく言われてるんだよね」
つーん、とそっぽを向いて会話拒否の姿勢を見せる。
けれども私の意識は、黒服の一挙一動を見逃さないよう注意を払っていた。
……こいつは危険だ。
アリウスともゲヘナとも違う、生物として相容れないナニかだと、私の勘が告げている。
「これは……困りましたね。やはりタイミングが悪かったのでしょうか。
何せ――百合園セイアさんを襲撃させた直後ですし」
「――は?」
……脳がフル回転する。
武器――手元のベッドサイドランプ。強度はないが牽制の投擲くらいには使えるだろう。
……スイッチが切り替わる。
もう眼は逸らさない。一挙一動では駄目だ。一挙手一投足、指の動きすら見逃さない。
……血液が循環する。
身体は温まった。一秒後には全速力で黒服に接近して、一撃を浴びせられる。
「ククッ、成程。流石は聖園ミカさん、既に戦闘態勢に入っていましたか。この速さ、シャーレの先生にも引けを取りませんよ」
「ふーん、そうなんだ」
心底どうでもいい。
だって私は――シャーレの先生とは一度も会ったことがないのだから。
それよりも今は、もっと大事なことがある。
「で、黒服さん? 私とお友達になりたいんだっけ? 別にいいよ、ここのところ毎日暇してたから。その代わりに一つ訊きたいんだけど――
――セイアちゃんに、何をしたって?」
「クククッ……これはまたおかしな質問だ。
聖園ミカさん。全ての原因は貴方でしょう?
貴方はエデン条約を壊すためにアリウス分校を率いて、百合園セイアを、桐藤ナギサを潰そうとした」
「っ――!」
違う――とは言えなかった。
そう、全ての原因は私だ。過程はどうあれ、アリウスをトリニティの心臓部に招いたのは私なのだ。だから、セイアちゃんを襲撃させたのは私。
そして失敗した。だからここにいる。
「おや、否定しないのですか? 私はエデン条約を壊したかっただけ。二人に危害を加えるつもりはなかった。全てはアリウスが独自にやったことだ、と」
「うーん……何のことか分からないなー☆」
「……まあ、それもいいでしょう。回り道こそ王道、ということで。
ですが一つだけ。大人として忠告しておきましょう。
余分なプライドは捨てて、自分の心に正直になりなさい。さもなくば、貴方は後悔することになる」
「……本当に何言ってるの? 私はいつも正直に生きてるよ。むしろ、私ほどワガママで気分屋な生徒、キヴォトスにはいないんじゃないかな?」
「正直に生きている、ですか。その結末が檻の中とは、何とも滑稽な話です」
「否定はしないけど、悪人なんて大体そんなもんじゃんね。人の事を考えず好き勝手に生きて、最後は檻に入れられる」
「……なるほど、これは手に負えない。それとも時期尚早だったか」
はあ、と額に手を当て溜息をつく黒服。
……その動作に、無性に腹が立った。
今の溜息に深い意味はなく、ただ、本当に残念がっているだけのように見えたからだ。
「どうやら、少しばかり時間が必要なようです。今夜はこれにてお暇させていただきましょう」
「へえ。言いたいことだけ言って帰っちゃうんだ」
「今の貴方はただの小悪党ですからね。ヒーローにもヴィランにもなれる大物がいじけている姿ほど、見苦しいものはありません。
ですが、心配には及びませんよ。私は貴方を見ています。例え誰に見捨てられたとしても」
最後にそう言い残して、黒服は霧のように消滅した。
画面の前でクライマックスを待ち望む少年のように、無邪気な笑顔を張り付かせながら。
「…………」
暗闇の中、初めから何もなかったかのように静寂が支配する。
身体に帯びていた熱は、とうの昔に冷め切っていた。
「はぁ……最悪」
最悪。最悪。最悪。
やっぱりナギちゃんの言ったことは正しかった。見知らぬ不審者なんかと口を利くべきじゃなかったよ。
……今日はもう寝よう。
全てを放り投げて、布団の中に身体を潜らせる。
否、そもそも何を考える必要があるのか。悪の元凶はこうして捕まった。ティーパーティーもエデン条約も、全て上手くいくだろう。
……ま、その場に私の姿はないんだけど。
◆
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ゲヘナ推しだったはずなのに、いつの間にかトリニティに浮気する
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筆が止まる
これが二次創作の罠……!