トリニティ総合学園には、ティーパーティーと呼ばれる組織が存在する。
トリニティは大きく分けて「フィリウス」「パテル」「サンクトゥス」の三つの分派から成り立っており、ティーパーティーはその代表者たちの集いだ。
ざっくり言えば生徒会である。一つだけ大きく違う点は、各分派の代表者がそれぞれ生徒会長であることだ。
「申し訳ありません。ご足労頂いたにも関わらず、挨拶できるのが私だけで」
紅茶とティースタンドが置かれたテーブルの向こうで、一人の生徒が頭を下げた。
純白の翼。頭上には白いヘイロー。その容姿は正しく、物語に登場する天使のようだ。
彼女は「桐藤ナギサ」。ティーパーティーの所属する生徒の一人で、「フィリウス」分派のリーダーである。
「いや、構わない。頭を上げてくれ」
本来なら他に「パテル」「サンクトゥス」のリーダーが一人ずついるはずなのだが、今は不在。事実上、桐藤ナギサがトリニティ総合学園のトップということになる。
それほど人物がこうも簡単に頭を下げられては、こちらとしてもむず痒い。
「いえ、ですがそういうわけには――」
「ん、これもおいしい。アビドスでは滅多に食べれない」
ナギサの言葉を遮るように、聞きなれた生徒の声が視界の隅から聞こえてきた。
人数は五人。
「うう、ごめんねえ、おじさんがもっと稼いでいればひもじい思いをさせなくて済んだのに……あ、ホントだ! おいしいねーコレ!」
「はい、どれも有名ブランドの逸品ばかりです。流石はトリニティのティーパーティーですね!」
「せ、先輩達、あんまりがっつくのは流石にどうかと……」
「そ、そうよ、私達はあくまで招待されただけなんだし、少しは遠慮しないと……」
「はーい、アヤネちゃん、セリカちゃん。あーん」
「「んむぅ!?」」
仲睦まじいアビドスの面々を視界に入れつつ、用意された紅茶に口をつける。
「本当にすみません! 本来この場所は一般人には立ち入りできない場所でして、先生との対談はきちんとした場で行いたかったのですが、こちらの予定が被ってしまいこのような形に……!」
「す、すみません先生、ナギサ様。私がお茶会にアビドスの皆さんを誘ったばっかりにご迷惑を……」
ナギサの隣に座っていた生徒が、彼女に続いて頭を下げる。
名前は「阿慈谷ヒフミ」。
最近トリニティに作られた部活動「補習授業部」の部長を務める生徒である。
「い、いえ、ヒフミさん、決してそのようなことは! アビドスの皆さんとは一度挨拶もしたかったですし! 今回は本当に、予定を被らせてしまった私のミスですから……」
しゅん、と落ち込むナギサとヒフミ。
一方、アビドス組はどこまでもマイペースだ。シロコとホシノを筆頭にあれもこれもとスイーツに手を付け、舌鼓を打っている。
両グループの正反対な反応につい頬が緩んでしまう。何とも平和な一時である。
そう、平和。平和が一番だ。
ゲヘナの時のように、訪問して早々に銃撃戦は勘弁してほしい。
エデン条約を控えている手前、トリニティの生徒の前では絶対に言えないが。
「とりあえず、二人とも頭を上げてくれ。無理を言って招いてもらったのはこちらだ。
むしろ、こちらこそすまない。本来なら生徒同士、水入らずのお茶会だったろうに」
「ん、先生こっち」
「?」
「はいアーン」
声の方向に振り向くや否や、有無を言わさずマカロンを捩じ込まれた。
外はサックリ、中はシットリ。職人芸を感じる繊細な甘みが、口の中全体に広がる。
なるほどこれは美味い。美味いが、紅茶よりもコーヒーが欲しくなる。
「ん、水入らずなんて水臭い。先生は私達「覆面水着団」の監督なんだから」
――なるほど。
なんのことかさっぱり分からない。
「一時は「仮面水着団」に改名しようとも思ったけど、覆面は私達のアイデンティティだから」
「……そうか。いい仲間に恵まれてよかったな」
――なんのことか分からなかったので、当たり障りのない返事をしてみた。
「ん、よかった。ちなみに覆面水着団の真のリーダーは彼女」
そう言ってシロコは、何故かヒフミの方を見た。
……どうやら覆面水着団とやらは、アビドスの生徒だけの組織ではないらしい。
「先生の「ジョーカー」ってコードネームに習って、私達のリーダーにも名前をつけたの。その名も――」
「わーわーわー!!!」
得意気に語ろうとしていたシロコを、ヒフミが大声で遮る。
ヒフミは手にしていた紅茶を一旦机の上に置いて、猛ダッシュでシロコの隣に移動した。
「シロコちゃん! そういえば私、アビドスの皆と会うの久しぶりだからお喋りしたいと思ってたんです! だから、あっちに行ってもっとお話ししましょう!
それじゃあ先生、ナギサ様、ちょっと失礼しますね!」
ヒフミはシロコの両肩を掴んだ後、独楽のようにUターンさせた。
彼女はそのままシロコの背中を押して立ち去ろうとする。
「ん、ちょっと待って。今、覆面水着団の今後について先生からアドバイスを貰おうと――」
「ほら、向こうにはトリニティ限定のスイーツが沢山ありますよ! アビドスでは絶対手に入らない
「――ん。全て平らげる」
少々不服そうなシロコだったが、ヒフミはこれをあっさり懐柔。
シロコを俺達二人から遠ざけるように、ヒフミはアビドス勢の集まりに混ざっていった。
「……ふう。相変わらず、アビドスの生徒達は嵐のようですね。
申し訳ありません、先生。本来ならもう少し静かなお茶会にしようと思っていたのですが」
「構わない。むしろ俺は、これくらい騒がしい方が落ち着く。仲間に囲まれていた学生時代を思い出すよ」
「仲間……ですか?
それはひょっとして、あの黒ずくめの姿と関係があるのですか? 確か、先程はジョーカーと呼ばれていましたが」
「ああ。心の怪盗団という組織のリーダーを務めていた」
隠すべきかと一瞬躊躇ったが、怪盗姿は既に全生徒に知れ渡っている。かつて自分が何をしていたか、今更隠しても意味はないだろう。
「弱気を助け強気を挫く。言ってみれば義賊のようなことをしていた。
その時に、同じようなことを考えてた仲間もできてね。ちょうど今のアビドスのような……いつも騒がしくて、楽しい連中だ」
多くの出会いと別れがあった。
日常と非日常の往復。犯罪組織との接触。懲罰房への軟禁。臨死体験。
大人になった今思い返せば、学生時代は随分無茶をしたと思う。一つだけでも大イベントなのに、これらを全て一年にも満たない期間に経験したのだから恐ろしい。何かの間違いで時間を巻き戻されたら発狂モノだ。
だが、それに見合うだけの報酬もあった。
かけがえのない友人、家族、協力者達。こんな自分に目をかけてくれた大人達がいたからこそ、今の自分が成り立っている。
「……先生は、充実した学生時代を過ごされたのですね。少しだけ羨ましいです」
物思いに耽る自分を見て思うところがあったのか、ナギサは物憂げな表情で視線を落とす。
「……フッ」
つい鼻で笑ってしまう。学生真っ盛りの君が何を言っているのやら。
こちらの反応が気に食わなかったのか、ナギサは顔を上げ、不服そうに眉をひそめて抗議の視線を向けてきた。
「悪かった、つい。
だけど、君にだって友人はいるだろう?
それにまだ学生だ。悲観するには早い」
「……どうでしょう、ね」
そう言って、ナギサはまた手元の紅茶に視線を落とす。
……何やらワケありのようだ。
「私はトリニティのティーパーティー。学生として振舞える時間は限られています。
それに私は――友人として、取り返しのつかないことをしてしまいました。以前のように言葉を交わすことは、もう叶いません」
ナギサの表情は更に曇っていく。
察するに……友人とはおそらく、ヒフミとはまた別の生徒のことだろう。
それは果たして誰なのか。トリニティでの直近の出来事を考えれば想像がつく。
「ティーパーティーで何かあったのか?」
「……いいえ、何も。ちょっとしたすれ違いがあっただけです」
「すれ違い、か」
「……申し訳ありません。このような席で出す話題ではありませんでしたね」
「生徒の相談に理由なんて要らないだろう。
まあ、話したくないなら深堀りはしない。次の機会にでも訊かせてもらうさ」
「……よろしいのですか? エデン条約を控えたこの時期、懸念は一つでも減らすべきでは?」
「一理ある。だが、こういった話は冷静さも必要だ。お互いが事実をしっかり見極めないと、あらぬ誤解を招きかねない。
誤解が誤解を生んで、どちらかが暴走してしまったら、目も当てられなくなる」
そうだろう、モルガナ? と、住人不在のバッグを見やる。
――モルガナは今、バッグにはいない。こちらとは別件で、トリニティ内部を調査している。
「う……含蓄のあるお言葉、ありがとうございます。耳が痛いですね」
「仲介が必要ならいつでも言ってくれ。第三者の目があれば、勢い余って口が滑ることもないだろう」
「……ありがとうございます。ええ、本当に。
では、差し出がましいですが、その時はお願いします」
「任せてくれ。報酬は、「庶民にも手が届くお茶請け」で手を打とう」
「ふふっ……かしこまりました」
ナギサはようやく笑顔を見せてくれた。
その様子に安堵する。彼女にとっても、少しは先生らしいことができた……と思いたい。
「それにしてもお茶請けですか。シャーレにはよく客人がいらっしゃるのですか?」
「ああ。学校を問わず、色んな生徒が遊びに来てる。まあ、一番多いのはアビドスだが」
ゲヘナの生徒――「便利屋68」の面々もよくシャーレに来ているのだが、こちらは伏せておく。
「……驚きました。シャーレは超法規的機関と聞いていましたから、一般生徒は立ち入れないものとばかり」
「まさか。生徒達のお悩み相談所くらいに思ってくれ。なんだったら一度、ナギサも遊びに来るといい。簡単なお茶請けと、コーヒーくらいなら出そう」
「……はい、ありがとうございます。とても楽しみです」
――穏やかな一時が過ぎていく。
トリニティ総合学園。ティーパーティー。エデン条約。
彼女が背負っている問題は山積みだ。具体的な解決案もまだ出てこない。
しかし――少なくともこの時間だけは笑顔を見せてくれた。
何事も気分転換は大切だ。机から離れて、羽を伸ばした瞬間だからこそ、見えてくる解決策もあるだろう。
何より、桐藤ナギサは一人ではない。
空崎ヒナは、抑止力が消えたことによる暴走を危惧していたが、徒労に終わったと結論付けていいだろう。
……あくまで、桐藤ナギサに限った話ではあるが。
◆
――例えるなら。
ロールケーキが頬張った瞬間に気体になってしまったような。
高まった期待が空振りに終わってしまったような。
そういう感じの、夢が覚めたような気分だった。
「――はぁ」
手にしたフォークを置いて、これ見よがしに重い溜息を一つ。
扉の方へ視線を向ける。
黒いスーツを身に纏った無機質な影。
いつぞや話した不審者の姿が、そこにはあった。
「あのさあ。確か黒服って言ったっけ。なんでここにいるのかなあ? 女の子の部屋に侵入するなんて最低だよ?」
「クク。これはこれは、申し訳ありません。今後は気を付けるといたしましょう。
目的については、以前も申した通りですよ。私はただ貴方と親しくなりたいだけです」
「ヤダって言わなかったっけ?」
「はい、言われましたね。ですからこうしてアプローチに来た次第です。
この時間帯なら、貴方を訪ねに来る生徒はいないでしょうし」
「私、今から寝ようと思ってたところなんだけど」
「おや、それはおかしいですね。でしたらそちらのロールケーキは一体なんなのでしょうか」
「…………」
こちらの退路を塞ぐように黒服は言った。
本当に耳障りで腹が立つ。今すぐ力尽くで追い返したいところだけど、この部屋の出入り口は一つだけ。鍵は外から掛けられてて、内側からは開けられない。
失敗だった。黒服は前に言っていた。
「私を見ている」、と。
だったら、もう一度この部屋に来ることだって予想できたはずなのだ。その前に誰かに相談しておけば――
――誰に?
誰に相談すればよかったんだろう?
見張りの子? 無理。信じてもらえるはずがない。
失敗に終わったとはいえ、エデン条約破棄を企てた私の信用は無くなったも同然。私の所属する「パテル」分派の子ですら、信じてくれないだろう。
それじゃあナギちゃん? 駄目だ。これ以上迷惑はかけられない。
信用が落ちたのは私だけじゃない。聖園ミカと百合園セイア。同時期に二人の生徒会長が姿を消したことで、ティーパーティーそのものの信用が落ちているはずだ。その負担は全て、一人だけ残されたナギちゃんに圧し掛かっている。余計な心配事を増やすのは私としても本意じゃない。
……誰に相談すればよかったって?
笑っちゃう。私には最初から、頼れる相手なんて一人もいなかった。
「ふむ。メンタルに大幅な振れが見られますね。
――良い。実に良い傾向です」
黒服は割れ目のような口元を大きく歪ませた。
「っ……!」
瞬間、私の背中に冷や汗が流れる。
これまで感じた不快感を圧倒的に上回る恐怖。
強いから怖いとか、気味が悪いから近づきたくないとか、そういう単純なものじゃない。
きっとこいつは、そういう表面的なことに興味はない。
もっと奥の……本質のようなものを見ている。
「どうでしょうか、ミカさん。
私のことが恐ろしいですか? 憎いですか?
心の内側から、力が湧き上がってくるのを感じませんか?」
「そこまでだ」
――カチャリ。
誰かの声。少し遅れて、撃鉄を起こす音。
黒服の動きがピタリと止まる。
「いい加減、俺の生徒で遊ぶのは止めてもらおうか」
◆
黄色いスカーフを巻いた影がこちらを振り返り、手招きする。
「こっちだ、ジョーカー」
先導するモルガナ――いや、「モナ」の後についていく。
時刻は夜。殆どの生徒は既に帰宅し、校舎に残っているのは特別な用がある生徒のみ。電気代節約のためか、明かりらしい明かりは全て消されている。
頼りになるのは通路を見失わないよう設置された申し訳程度の照明と、怪盗姿になって強化された己の視力だけだ。
「通路には見張りも無し、と。ちっと拍子抜けだな。昼間は何人かいたんだが」
「じきに夜だからな。ここは学校だし、いないのが普通だ」
一人と一匹。二つの黒い影が暗がりの道を行く。
やがて、目的の部屋へとたどり着いた。
トリニティ総合学園の地下、とある一室。本来なら使われるはずのない空き部屋。
しかし今は、一人の生徒が軟禁されている。
聖園ミカ。トリニティ総合学園の誇る生徒会長の一人が、この部屋にいる。
「よし。着いたぜ、ここだ。
しかし、まさかの見張りゼロとはな。手間が省けて助かるが、やっぱり心配になるぜ。
聖園ミカ。エデン条約破棄を企てたスパイ。誰がどう見ても要注意人物のはずだろ?」
「ナギサにとっては違う、ということだろう。昼間の様子だと、仲直りしたがっているように見えた」
ナギサはミカを軟禁していることに罪悪感を覚えている。
もう二度と、友人として接することはできないと思ってしまうほどに。
見張りがいないのはきっと、その心境の現れだ。可能な限り友人を束縛したくないのだろう。
「ん?
……なあ、ジョーカー。なーんか聞こえねーか?」
モナは声を潜めながら扉の方を睨んだ。
……モナに習って、意識を扉の向こうに集中させる。
『――良い。実に――傾向です』
……確かに声が聞こえる。明らかに女性のものではない。
それどころか、聞き覚えのある男の声だ。
「完全防音じゃねえのか?
いや、こいつは……少しだけ扉が空けられてるな」
「どういうことだ?」
「……どうもこうも、言ったとおりだ。扉が完全に締め切ってねえから、中の音がこっちまで漏れてる。
妙だな。ミスにしちゃあ初歩的すぎる」
「罠でもいい。生徒の危機に、先生が身体を張らないでどうする」
「――だな」
背中を扉につけ、部屋の中に意識を集中させる。
――声の発生源からして、侵入者は扉からそう離れていない。今なら簡単に背後を取れるはずだ。
「どうでしょうか、ミカさん。
私のことが恐ろしいですか? 憎いですか?
心の内側から、力が湧き上がってくるのを感じませんか?」
「そこまでだ」
扉を勢いよく開け放つ。
懐から一丁の銃を構え、銃身を侵入者の後頭部に突き付けた。
「いい加減、俺の生徒で遊ぶのは止めてもらおうか」
不意を突いた一瞬の内に、モナが奥にいる少女――おそらくは聖園ミカ――の傍らに移動する。
これで生徒の安全は確保した。後はこの、目の前の不審者を捕らえるだけだ。
「ククク……やりますね。流石は雨宮蓮先生。いいえ、今はジョーカーと呼ぶべきでしょうか」
黒いスーツの不審者――黒服は、わざとらしく笑ってみせた後、両手を上げて降参の意を示した。
「この私はただの影。今の先生に敵うはずもありません。今宵は退散させていただきましょう」
「逃がすとでも?」
「逃げ足には少々自信がありますので。
……なんて、冗談です。ここにいる私はあくまで影。まあ、立体映像のようなものですかね」
「…………」
試しに銃で後頭部を小突いてみたが、頭部らしき感触はなかった。
黒服の言葉に嘘はないようだ。
その気になればいつでもここから離脱できる……否、そもそも捕らえることができていない。
「ッ……」
思わず舌打ちが零れる。
ならばせめて。こいつが逃げる前に、一つだけはっきりさせたい。
「一つ確認させろ。これは茶番だな?」
「これ、とは?」
「とぼけるな。この一連の流れだ」
自ら悪役となって聖園ミカを精神的に追い詰め、先生である自分に助けさせる――という、この構図。
俺にはこの流れが、仕組まれたように思えてならなかった。
「ククク……成程。先生はそこが気になると。でしたら答えましょう。
――正解です。私は貴方を、彼女にとってのヒーローに見せたかった」
あっさりと黒服は肯定した。
こいつの言う「彼女」にはきっと、聖園ミカだけじゃない。小鳥遊ホシノも含まれている。
「キヴォトスの生徒は、我々と違って強靭な肉体を持つ。そんな彼女達を恐怖させる方法は、大きく分けて二つ。
一つ。彼女達よりも更に大きな力を見せつけること。
二つ。正体不明の存在と接触すること。
今回も私は後者として立ち振る舞い――こうして、貴方に退治される。
絶望からの希望。あるいは希望からの絶望。感情と心は密接な関係にある。感情が大きく動くほど、心にも変化が現れる」
黒服の表情は見えない。
しかし、満足げに笑っていることは感じ取れた。
「私はこの目で見てみたいのですよ。
キヴォトスの生徒の「心」の動きを。「力」の発露を。
ただでさえ強力な神秘を宿す生徒が、新たな力に目覚めた時……我々はきっと、誰も見たことがない景色を目にする」
「……なるほどな」
『キヴォトスの生徒に能力を目覚めさせたい』
『そのためなら自ら悪役にもなる』
つまりはそう言っているのだ、この男は。
……やはり駄目だ。俺はこの男とは分かり合えない。
「俺はキヴォトスの先生だ。生徒にとっての外敵は排除する」
敢えて黒服の言葉を借りるなら――俺は、「正体不明」の敵が生徒に危害を加えるのが「怖い」のだ。
生徒を実験対象として見ているこの男は、何を言っても信用できない。
そんな奴にこの子達は任せられない。
「金輪際、聖園ミカには接触しないと誓ってもらおうか」
「……やれやれ。少々過保護な気もしますが……いえ、それくらいでなければ先生は務まらないのでしょうね。
仕方ありません、誓いましょう。私としても、貴方と正面から戦うのは避けたいところです。
……「私」の場合は、ですがね」
「何?」
「あくまで生徒が大切だと仰るなら、気を付けることです。我々は「ゲマトリア」。既に私以外の誰かが、貴方の背後に迫っているかもしれませんよ」
最後にそう言い残し、黒服は霧のように姿を消した。
残されたのは二人と一匹。危険はないと判断し武装を解く。
「……ふう、やれやれ。小鳥遊ホシノに続き、今度は聖園ミカ。黒服とやらも気の多いヤツだぜ。
おい、大丈夫か? 怪我とかしてねーか?」
「あ……うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがと、子猫ちゃん♪」
「子猫じゃねえ!
ワガハイはモルガナ。こう見えてもれっきとした紳士なんだからな。そこんとこ、間違えねーように」
「はーい。
それから……あなたは、先生、でいいのかな?」
一人の生徒がモナと言葉を挨拶を交わした後、こちらを見る。
トリニティを象徴する白い制服と白い両翼。天体を思わせる頭上のヘイロー。
彼女こそが聖園ミカ。トリニティ総合学園の生徒会長の一人……。
その正体は、エデン条約締結を阻止するために反乱を起こしたスパイ。その所業を考えれば、七囚人と肩を並べる凶悪犯と言っても過言ではない……のだが。
「えーっと……」
少女が心配そうにこちらの顔色を伺う。
不安げに揺らすその瞳からは、話に聞くような邪悪さは感じられない。
「ジョーカー? どした?」
「……いや、なんでもない。
初めまして、聖園ミカさん。私は雨宮蓮。連邦捜査部「シャーレ」の先生だ」
「あ――うん、初めまして! 知ってるみたいだけど改めて自己紹介するね。
トリニティ総合学園所属、元ティーパーティーの聖園ミカです! よろしくね♪
けど、ちょっとびっくりしたなあ。まさか先生がこんな場所に来るなんて。
私がこの学園で何をしようとしたか……先生だったら知ってるはずだよね?」
「ああ。エデン条約を壊すため、アリウスと共謀した。
だが、失敗に終わったんだろう?」
「成功も失敗もないよ。私はトリニティにとっても、ゲヘナにとっても悪者なんだから」
「俺にとっては、君も一人の生徒に過ぎないよ」
学園内のいざこざに口を出すつもりはない。トリニティにせよゲヘナにせよスパイにせよ、生徒は生徒。
強いて言うなら悪者は黒服……いや、「ゲマトリア」だけだ。
こちらの返答が予想外だったのか、ミカは豆鉄砲を食らった鳩のように目を丸くした。
「……生徒、か。自分勝手な理由でナギちゃんを裏切って、セイアちゃんも傷つけたこの私が?」
「生徒だよ。だからこうして顔合わせに来た。
まあ、本当の悪者と鉢合わせするとは思ってもいなかったが」
ミカには手を出させないよう言ったが、所詮は口約束。破ろうと思えばいつでも破れる。
そして、もう一つ気になるのが去り際の言葉。
黒服以外の誰かが、既に背後に迫っている……?
「うっま! なんだこのロールケーキ! 甘くて舌が蕩けちまうぜ……」
「へ? ……あっ!」
視線を向けると、モナがもしゃもしゃと何かを頬張っていた。
机の上には輪切りにされたロールケーキが半分だけ残っている。
「ちょっとモナちゃん!? 何食べちゃってるのかなぁ!?」
「ケーキだが?
……ごく。ん、トリニティは洋菓子が絶品。ワガハイしっかり覚えた。
んじゃ、毒を食らわば皿まで。もう半分も頂くとするぜ!」
「えー!? ていうかそれ、私のとっておきだったんだけど!?」
「ったく、しゃーねーなぁ。ほれ!」
モナは残り半分のロールケーキをフォークで刺し、そのままミカの口に突っ込んだ。
「むむぅ!? も、もなひゃん……」
「心配いらねえよ」
「――!」
「なんてことねえ、ただのすれ違いだ。腹を割って話せば解決する。そのための場所なら、ワガハイ達がいくらでも用意してやるさ。
んじゃ、ケーキごちそうさん。また来るぜ」
「お休み。夜更かしはほどほどにな」
「……うん」
控え目だが芯のある返事。
それに安心して踵を返す。
扉を開けたまま、モナと共に牢獄を後にする。
――脱獄の時は近い。不思議とそんな予感がした。
◆
「来い、アルセーヌ!」
「奪え、サタナエル!」
「威を示せ、ゾロ!」
「奪え、キッド!」
「踊れ、カルメン!」
「蹴散らせ、ゴエモン!」
「駆けろ、ヨハンナ!」
「惑わせ、ミラディ!」
「射殺せ、ロビンフッド!」
「魅せて、サンドリヨン!」
一人一人特徴捉えててカッコイイよね。