『オルクセン王国史 二次創作』風と共に駆ける   作:長谷浩市

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前編

 王都外縁部、ヴァルダーベルクのほど近くに築かれた王立競馬場は、その年一番の盛り上がりに包まれていた。昨夜に降った雨で濡れたていた馬場は、この季節(7月)特有の爽やかな風ですっかり乾き、寝そべるにも心地良さそうな程、その青々とした芝を輝かせていた。

 

 『夏の涼しさを飲み込む様に、熱い思いを抱いた優駿15頭が今、オルクセンダービーの出走ゲートへと向かってゆきます……』

 

 熱っぽさの混じる実況が観客席に響く。オルクセンのみならず、キャメロット、そしてグロワール、果ては東の海の向こうの国からも観客が詰めかけていた。

 

 競馬発祥の地とされるキャメロットに倣い行われるこのレースは、オルクセン王国でもっともグレードの高い国際競争であり、いくつものレースを勝ち上がってきた馬齢3歳になる馬が、その生涯を通してたった一度しか挑戦を許されていない勝負の場でもある。故に多くの馬産者、調教師、そして騎手にとっての夢舞台だ。ある騎手に至っては、このレースに勝てるのであれば、そこで騎手を引退してもよいと言ったものがいるほどであった。

 

 ダークエルフ族、そして人族を乗せた馬たちは、厩務員たちによって整えられたその馬体を柔らかな日差しに照らされ、葦毛(あしげ)は白銀に、栗毛(くりげ)は黄金に、黒鹿毛(くろかげ)は漆黒に輝かせ、順々にゲートの中へとその身を収めていく。

 

 騎手になるものの多くはダークエルフ族、エルフ族、そして隣国などから移住してきた人族が大多数を占める。理由は簡単だ、サラブレッドに騎乗するには、オークたちは大きすぎ、コボルドたちは小さすぎた。しかし、そんな中にも例外と言うものが存在する。

 

 今日この場、優駿15頭の背に跨る騎手の中、黒い体毛に包まれたコボルド族の牡が一人、同じ毛色をした愛馬に跨り参戦していた。

 

 すべての馬がゲートに収まる。馬たちに付き添っていた厩務員が離れ、台に立つスターターに、発走準備完了の合図が送られた。一瞬の静寂が場を支配し、ゲートが開かれる音と共に、溜め込まれていた爆発的な歓声が響き渡った。

 

 

 コボルト族ボルゾイ種。コボルトたちの中でも比較的手足が長いとされている彼らの中にあって、エヴァルト・ブレドウは特に大きな体つきであった。それは巨漢を意味するところではなく、痩躯と呼ばれるのが正しい。

 

 商人一家の末っ子三男坊として生まれた彼は、幼いころに見たグロワールとの戦争絵巻、特に騎兵と言うものに魅せられ過ごすことになる。

 

 お馬さんに乗りたい。末子にありがちな甘え癖を出した我が子に、何事にも我が子のやりたいことを優先させる両親は、彼を中流階級向けの乗馬クラブへと連れていくことに躊躇しなかった。

 

 しかし、当時のオルクセンにおいての乗馬とは、オークたちが乗るための巨大な輓馬、もしくは荷台から御する馬車馬が主軸であり、金ぴかのサーベルを振り回す騎士が乗るような、サラブレッドとは遠く離れているものであった。彼らコボルト族は、驢馬(ろば)やポニーにちょこんと座っている様なものだった。

 

 理想とは違う中においても、エヴァルトはすべてを楽しみ、騎乗技術を磨いていった。

 

 転機は、彼が成人を迎え、幼いころの夢そのままに陸軍の門をたたいたところから始まる。折しもオルクセン陸軍ではツィーテン上級大将をはじめとした者たちが、この国に本格的な騎兵を導入しようと四苦八苦していた時期であった。

 

 そのような時期において、曲がりなりにも騎乗技術があり、オークのように巨体でなく、小柄なコボルトたちの中でも、エルフや人族に近い大柄な体を持つエヴァルトは待ちに待ったような人材だった。

 

 騎兵将校としての教育を受けると、すぐに希望通りの、ツィーテン上級大将を親玉とした騎兵を統括する部署へと配属された。今では考えられぬような人事であったが、おおらかな時代の名残でもあったのだろう。

 

 そこで、かれは大きな出会いをする。国産馬の強化を目的として輸入された内の一頭、黒鹿毛のサラブレッド。生まれた土地の言葉から“そよ風(セフィーロ)”との名がつけられた馬が、エヴァルトの相棒として付けられた。彼はそこで初めて、本当の意味での乗馬と言うものに触れた。

 

 馬とは賢い生き物だ。愛情をもって接すれば、必ず答えてくれる。違う国から連れてこられたと言っても、すぐにこちらの言語に馴染み、低地オルク語の指示に従わせるのに時間は多くかからなかった。

 

 最初こそ慣れるまで戸惑いこそしたものの、同じ厩舎で寝食を共にし、演習場でその背に跨り疾駆することを重ねれば、その美しい見た目に対し、すぐに騎手や厩務員にちょっかいを掛けてくるいたずらっ子だと分かった。

 

 「ふふふ、くすぐったいなぁ」

 

 飼い葉桶に、栄養を考えて配合した飼料を入れている間、エヴァルトの服を甘噛みし、ぐいぐいと引っ張ってくる。セフィーロなりの甘え方らしく、鼻面や首筋をなでてやるとたいそう喜んだ。

 

 そんな日々を過ごしている中で、ある話がエヴァルトをはじめとした騎兵科の人間たちにもたらされた。なんでも隣国からダークエルフ達が亡命してくるということだった。

 

 

 

 『第一コーナーを回って縦長の隊列を組んで進んでゆきます! ブレドウ騎手は最後方からのレースを選んだか!』

 

 先に進もうと急く愛馬を、手綱を引いて制御しながら、馬群の最後方でレースを進める。この子の能力を考えると、短距離戦であれば前に出てもいいかと思うが、2400メートルのこのレースでは無駄に急いて体力消耗してしまうのは避けたい。

 

 前の馬が蹴り上げる芝が付けているゴーグルに当たり、小気味の良い音をたてる。乾いたと言っても、えぐれた馬場から飛び上がって来る土塊には湿り気が残っており、小ぎれいにしていた乗馬服には点々と黒いシミが広がり、すぐにゴーグルからも視界が奪われる。

 

 こんな時のために、騎手はゴーグルを複数枚重ね掛けしているものだ。エヴァルトも器用に馬を御しながら、重ねていたゴーグルの一枚を首元に下げる。

 

 そんな状態でも美しいほどの二列縦隊で馬たちは駆けてゆく。お互いがけん制してまだ勝負を仕掛ける者はいない。エヴァルトはほんのわずか口角を上げた。それでいい、まだレースは始まったばかりだ。

 

 

 

 亡命してきたダークエルフ達による騎兵部隊の創設。最初にその話を聞いたときに、抱いた感情は、自分たちの縄張りを荒らされた時の嫌悪感などではなく、喜びだったことはその場にいた全員の共通認識だっただろう。なにせ、この国の騎兵達が夢見ていた本格的騎兵部隊がまさに達成しようとしているのだ。

 

 オルクセン陸軍にも騎兵部隊とういうものは存在していた。しかしその多くはオークの乗る輓馬を主体としたものであった。荷を運ぶ、砲を曳くには適した力のある馬だったが、いかんせん機動力、つまり足の速さには劣るところがあった。

 

 足が遅ければ、敵に追いつけない。敵の動きの機を先んずるにも、逃げる敵を追撃するにしろ、速度が無ければ達成できない。そんなことを思い悩んでいる中での、”本格的”騎兵部隊の創設だった。

 

 仮称ダークエルフ旅団。後にアンファングリア旅団と呼ばれることとなる部隊の創設にいたり、エヴァルトらも文字通り東奔西走することとなった。

 

 部隊の主となるのは騎兵連隊。彼女たちが乗るための軍馬の確保するために、騎兵監となっていたツィーテンらを筆頭に、予算や編成に関わる部局が軍御用達の商社ファーレンス商会との折衝に当たっている間、エヴァルトら尉官、そして下士官たちには別の任務が待っていた。

 

 馬とは繊細な生き物だ。わずかに環境が変わっただけでも体調を崩してしまい、たくましかった馬体が骨ばるほどにやせ細ってしまうことさえあり得た。そんな一頭一頭を無事にオルクセンに迎い入れるために馬産地へと飛び、輸送の手はずを整えるのが彼らの仕事だった。

 

 鉄道を使うのか、それとも船か。飼い葉は、水は。神経質な馬には広めに部屋を、寂しがり屋の馬には別の馬と同室に。それぞれの癖を把握して、軍馬たる素質を失わせずにオルクセンの地を踏ませる。無事にアンファングリア旅団が軍馬を受領した時は、彼らの方が瘦せ馬に見違えるほどの苦労があった。

 

 エヴァルト自身はそんな苦労の後に、足しげくヴァルターベルクへと通うことになる。錬成を行うダークエルフの馬乗りたちに交じり、彼女らの騎乗技術を吸収しようと努力を怠らなかった。そんな彼も、ずっと馬の世話ばかりする内局に務められることはなく、階級章に線が一本増えると同時に、愛馬と共に別の部隊への配属が決まった。彼と愛馬を乗せた汽車は北へと向かう事となる。

 

 オルクセン陸軍、第三軍。彼らはそこで、ベレリアンド戦争へと参加することとなった。

 

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