『オルクセン王国史 二次創作』風と共に駆ける   作:長谷浩市

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中編

 『向こう正面に入り、一頭抜け出す形となりました。追って14頭が足を速めています……!』

 

 観客席から遠く反対側の直線を駆ける中、馬が”かかった”のか、それとも作戦か、先行していた内の一頭が、逃げ出すように足を速め集団から抜け出していった。隊列のスピードも自然と上がり、付いて行けなくなり始めた馬がぽつりぽつりと現れ始め、隊列が乱れる。

 

 「ハァッ!」

 

 引いていた手綱を緩め、掛け声を出す。予定よりは早いが進出を始める。レースに決められた流れなどない。今まさにここがチャンスだと感じた。少しばかり崩れた隊列の外に馬を出してやり、他の馬が同じように外に出てこないよう蓋をしてやる。

 

 最後方から中段の位置まで難の無い足で進出に成功。それでも周りの馬たちに比べれば息の上りも足がバテる様な感覚もない。前半に体力を温存した判断が成功だったようだ。

 

 視界の先に3つ目のコーナーが見えた。レースもすでに後半戦に入っている。それまで追う側だったものがこの位置では、追われる側に代わる。後方から、内側から、機会を狙う人馬の圧を首筋に感じた。

 

 

 

 騎兵とは、集団での突破力とその後の脆弱性である。そう言ったのは誰だったのか思い出せないが、結局のところ群れとして運用できない騎兵と言うものに、敵の戦線を突破する能力は存在していなかった。その役はアンファングリアに譲るとしても、それでも騎兵には残された仕事があった。

 

 いくら魔術通信、魔術探知がおこなわれようとも、戦場の霧が完全に晴れることなどない。不確実性は戦場において指揮官の判断を誤らせる。そのためにも情報の確保と伝達手段は複数個用意されておかねばならない。つまり、偵察と伝令だ。

 

 コボルトの騎兵、初めて間近にみるサラブレッドに多くの兵たちが興味を寄せたのか、エヴァルトもセフィーロも部隊では温かく迎え入れられていた。陣地や野営地では、オーク族の小銃兵たちがセフィーロのための壕を掘りさえもしてくれた。勿論それは物珍しさだけからくるものでは無い。エルフ達の通信妨害の中、部隊の目として戦場を駆け、砲火混じる中、支援を要請するために走りぬいた彼らは、部隊の中で着実に信頼を積み上げていった。

 

 そんな中において第三軍は、12月に終結したアルトリア攻囲戦での影響、つまるところ物資不足から、思うような進軍が出来ずにいた。友誼を結んだダークエルフ達の言葉を借りるのならば、枝に絡まったというべきか。後方では鉄道を使った大輸送作戦が始まっているらしいが、解決までにはしばらく時間もかかるだろう。

 

 エヴァルトらの部隊も兵站への負担軽減のために北方へ移動し、森林地帯での遅滞戦術に移行し始めていたエルフィンド軍に対する警戒部隊として哨戒を行っていた。

 

 そんな中での伏撃だった。雪に変わらなかった、季節外れの冷たい土砂降りと、そう多くない食糧での行軍の疲れからこちらの警戒もおろそかになってしまっていたのだろう、縦隊で進む部隊の横っ腹に一斉射を浴びてしまっていた。

 

 敵襲の叫び声があちこちから上がり、指揮官が部隊の統制を取り戻そうと拳銃を取り出してあちこちに指示を出しているが、混乱の中ではうまく届いていなかった。

 

 その間に二度目の斉射が襲い掛かってくる。統制された射撃だった。一度目の射撃ほどではないが、何人もの兵が倒れる。

 

 「発砲炎(マズルフラッシュ)!東の森!」

 

 ある兵士がそう叫んだ。黒々とした森の中、パッと明るい光が煌めいたかと思えば、風切り音が立て続けにあたりを切り裂く。銃声はそう大きく聞こえなかった。雨か、それとも濡れた大地に吸収されてしまっていたのか。

 

 三度目の斉射だ。これにはたまらず手ごろな遮蔽物へと身を隠す。

 

 「セフィーロ!こっちへ!」

 

 近くの倒木に身を隠し、愛馬もそこへ寄せた後、伏せさせる。近くにも着弾しているのだろう、土が弾ける音が鳴る。

 

 かつてはそれなりの巨木だったのだろう、幾人もの兵たちがこの木の後ろに身を隠すように逃げ込んできた。

 

 「まずいことになった、動けないぞ」

 

 小銃部隊の指揮官、ハンスと言う名前のオークの牡も、この倒木の陰に隠れてきていた一人だ。そんな牡がポツリとこぼした。エヴァルトも言葉には出さなかったものの、全く同じ意見だった。

 

 戦いの主導権は相手側に取られてしまっている。先ほどちらりと見た発砲炎の数からして、人数もこちらよりも多いだろうという見立てだ。助けを呼ぼうにも、魔術通信はエルフ達の妨害によって通じていない。そうなれば後はジリ貧になって磨り潰されるだけだ。

 

 「救援……いや支援砲撃だ」

 

 幸運なことに、ここからそう遠く離れていないところに師団隷下の砲兵隊がいるはずだ。ハンスがそう言い、胸ポケットから地図を取り出す。多くの書き込みがされた地図を二人して伏せたままのぞき込む。

 

 場所を確認し、ハンスが雑嚢から取り出した便箋に支援砲撃の要請と、座標をさらさらと書き込んでいく。

 

 「エヴァルト、行ってくれるか」

 

 差し出されたそれをしっかりと胸ポケットの奥に仕舞い込む。

 

 「勿論です、ただ飛び出すときに援護してください。このままだとハチの巣だ」

 

 よし分かったと、周りの兵たちに撃ち方の用意をさせる。エヴァルトも拳銃を取り出し、撃鉄を起こす。空いた方の手で手綱を手繰り寄せておく。

 

 「今だ、行け! 頼む!」

 

 ハンスは立ち上がり、泥にまみれた顔を一瞥もせずに、東に銃を構えながら叫んだ。他の兵たちも指揮官の動きに続き発砲を始める。エヴァルトも拳銃の引き金を引く。狙いはともかくとして多少なりとも威嚇にはなるはずだ。

 

 すぐに愛馬を立ち上がらせ、その背に飛び乗る。腹を蹴り、一気に駆けだし始めた。そんな彼らに気が付いたのか、森の中の煌めきが、エヴァルト達に向いた。

 

 銃弾が彼らに襲い掛かって来る。オークたちの援護射撃のおかげか、狙いの多くは威嚇にもならないほど明後日の方向に飛んで行った。

 

 そばの空気を切り裂く鋭かった風切り音が、数百メートルも進めばやがて鈍くなり、数も減っていった。逃げ切れたと、そう思った。その己惚れた考えの答えは、すぐに帰って来る。

 

 左肩に熱さを感じ、一拍遅れて鋭い痛みが襲ってきた。たまらず拳銃を取り落としてしまう。今までだって逃げ切れていたのだ、今回もと甘く考えてしまっていたのか。後悔は後でいいと頭を振り、今は走る事だけに集中しようと無事な右腕で手綱を握る。少しでも速度を出すために腰を浮かせ、前傾姿勢を取ろうとした時だった。

 

 右足に、ぬめりを感じた。雨とも、セフィーロがかく汗ともちがう、もっと粘度があるもの。

 

 直ぐにエヴァルトは自分が右足を駆けている鐙に目を落とした。セフィーロの漆黒に近い馬体、雨に濡れ艶っぽい色さえしているそんなわき腹から、どす黒い血が噴き出していた。

 

 撃たれていたのは、エヴァルトだけではなかった。

 

 「っ!!」

 

 たまらず、愛馬を止めようと考えた。だが、セフィーロは走り続けていた。痛いだろう、苦しいだろう、それでも嫌がる仕草を何一つ見せずに。エヴァルトもわかっていた。ここで止まれば、奇襲を受けた部隊を、足止めをしてくれている戦友たちを見捨ててしまうことになる。

 

 奥歯が折れんばかりに歯を食いしばり、速度を落とさせようと引きかけた手綱を、震える手で緩める。

 

 濡れた山道を走った。草原を走った。いつものように悪戯っぽさの残る足で、何てことの無いように、セフィーロは走った。

 

 セフィーロ(そよ風)と言う名に似つきもしない、嵐のような走りで、彼は駆け抜けた。

 

 一つ丘を越えたむこうから、砲声が聞こえた。頭に叩き込んでいた地図と照らし合わせても、そこが目的地だと分かった。

 

 「もうすぐ、もうすぐだ!」

 

 そう力を込めたエヴァルトに反し、セフィーロの前足から急激に力が抜けた。たまらず激しく横転する。勢いのまま空中に投げ出され、泥の中に叩きつけられた。とっさに頭を庇うことが出来ていたのは僥倖だった。

 

 「セフィーロ!」

 

 大きく息も吸えない中、愛馬の名前を呼んだ。エヴァルトと同じように泥の中でもだえる愛馬の姿が目に入った。痛む体を無理やりにでも動かし、駆け寄る。赤黒い血が、泥水に交じって広がっていた。

 

 口の端から泡を吹き、息も絶え絶えになっているセフィーロの鼻筋に手を伸ばし、撫でる。いつもなら喜んでじゃれついてくれるしぐさをしてくれる愛馬は、かぶりを振ってそれを拒絶した。

 

 戸惑うエヴァルトに、セフィーロのまっすぐな目が向けられていた。お前の仕事はまだ終わっていないだろう。まるでそう言わんばかりの強い目が、まっすぐにエヴァルトへと向けられていた。

 

 「必ず、必ず戻るから……!」

 

 撃たれた肩から流れ出す血も、落馬した時に折れたであろう肋骨の痛みも、すべて無視して走った。泥濘となり始めている坂道を駆けあがり、見慣れた制服が視界に映った。オルクセン陸軍服(ブラック)に身を包んだオーク族の歩哨だった。

 

 誰何(すいか)の声に大声で答え、指揮官の位置を聞き出す。鬼気迫るエヴァルトの顔に戸惑いながらも砲撃の指揮官の元へ案内される。

 

 全身血まみれ泥まみれのエヴァルトを見かけたとたん、指揮官は何かを察したのか敬礼などの手順をすっ飛ばし、差し出された皺くちゃの命令書を奪う様に取ると、休憩中の兵すらも叩き起こし、指定された座標への砲撃に取り掛かった。

 

 エヴァルトの仕事はここまでだ。どっと一気に痛みが襲い掛かり、膝から崩れ落ちそうになった。何とか案内してくれた歩哨に支えられたが、そんな手を振り払うようにして元来た道を駆け足で引き返す。

 

 途中何度も転びながら、自分が流した血を辿る様に来た道を戻る。そこにはすでに、こと切れていたセフィーロの姿があった。

 

 「セフィーロ、セフィーロ」

 

 優しく呼びかければ聞けるはずの、甘えているようにも聞こえる嘶きも、いたずらっぽい仕草も、最後に見せてくれた力強い眼差しも、いまは虚ろに冷たい雨に打たれていた。

 

 撫でれば一番喜ぶ首筋に手をやる。涙は出なかった。ただ冷たくなっていくその馬体を少しでも温めてあげたいと、気を失うまでその傍らに寄り添い、愛馬をなで続けていた。

 

 心配して様子を見に来ていた歩哨に発見され、エヴァルトは負傷兵として後方に送られることとなった。部隊は支援砲撃で窮地を脱した事、そしてセフィーロはその場に埋葬されたと、後に聞いた。

 

 軍病院で勲章と共に、葬られる以前に切られたセフィーロの(たてがみ)が彼の手に渡された。そこで彼の戦争は終わった。

 

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