会議というのはとにかく面倒なものだ。
特に提督たちが集まるものは事前の調整にものすごく、と今まで生きた35年の人生経験で強く思う。
今日の議題は、大規模作戦でどの鎮守府が被害担当のおとりになるかという話だった。
前もって誰が担当するか事前に決めていたというのに事前に決めたことは決まらないし、足の引っ張り合いばかりだ。それと派閥違いによる罵倒。
部下を部下とも思わない、艦娘を"物"と考えて効率よく消費する方法の話し合い。
戦争をしているんだから犠牲があるのは当然だが、艦娘たちを単なる数字として扱っているのに腹が立つ。
集まっている提督たちに文句を言いたくなるが、それを言ってもどうなるわけでもないし、年若い俺がそれを止められるわけもなく。
かといって会議以外で艦娘たちの人権や人と同じ扱いを、と訴えても戦争中の今では聞き入れてもらえない。
軍人だけでなく民間人にもだ。今は戦争をすることこそが正義だ。
艦娘の命を消費して国が助かるなら安いものだと考えている割合が多い。
昔は人命を大事にする国だったが、国に大規模な被害が出続けたために変わってしまった。こうなったのも新しい敵が出てきたせいだ。
その敵である深海棲艦が出て少ししてから、艦娘が妖精と呼ばれる不思議な存在と一緒に出現してから今年で20年が経つ。
新しい種族とも言える彼女たちへの理解が進む速度が遅いのは悲しいものだ。
人の意識は急には変えられないということに悲しくなりながら、時間がかかった会議は終わったのは夜の0時。朝の10時から昼休憩の1時間を挟んでの会議は心身ともにひどく疲れた。
自分車を運転して鎮守府に戻ったのは1時をちょっと過ぎた頃。
冬の12月はじめともなれば、多くの植物が枯れて色彩が失なくなり、何もかもが灰色の風景のへと閉じ込められてしまう季節。
車を降りると寒さでぶるりと震えてしまう。
紺色の冬軍衣の上にコートを着ているとはいえ寒いのは寒い。若い頃は気合で耐えられたが、おっさんとなりつつある今は辛い。
吐息を白くし、海から来る風のせいでさらに寒く感じる。
半分の月が昇っている空の下、寄り道をしてから自分の執務室へと向かう。
まっすぐに行かないのは海を見たかったからだ。疲れた心に潮風と波音は癒される。
深夜を過ぎている鎮守府は静かであり、波と風の音しかしない。
普段は訓練の砲撃音や艦娘の声でにぎやかだから、こういう静かなのはいい。
道沿いにある外灯の下を歩き、やってきたのは港の岸壁だ。
予定では陽炎を旗艦とした駆逐の子たちが夜間哨戒をしている。
もしかしたら帰ってくる姿が遠くにいるのを見られるかなとも思ったが予定の時間はもっと先であるため、見られないことに気づいたのは海を眺めてから5分ほど経った頃に気づいた。
見えるのは重油を撒いたかのような暗い海に、月が少し反射する景色だけだ。
提督として艦娘たちのスケジュールを覚えていなかったのに落ち込みながら、執務室があるコンクリ5階建ての中へと入る。
時折、すれ違う夜間巡回の兵士へ挨拶をしつつ、2階にある執務室へとたどりつく。
まっくらな部屋に明かりとエアコンのスイッチを入れ、部屋を暖め始める。
少し前までは秘書である由良がここで仕事をしていたためか、部屋はそれほど寒くはない。
コートをコートハンガーにかけて紺色の軍服姿になったあと、いつも使っている3人掛けのソファーに深く腰掛けては大きく息をつく。
目の前の重厚さを感じるテーブルへと軍帽を置き、角刈りの黒かいをかきあげるとと自分の居場所へと帰って来たという安心感でいっぱいだ。
普段の執務室には由良がいるが、今日は遅くなるため先に寝るよう指示していた。
だから深夜ということもあってとても静かだ。
疲れてはいるが、すぐに寝られないぐらいにいらだちが出てくる。それは今日、時間的には昨日と呼べるがその会議のせいだ。
今日の会議でもだが、あまりにも艦娘の命を軽視して尊重もしていない。
艦娘とは作れば作るだけ生み出される存在ではあるから、そう思う人も出てくるのはわからないでもない。
だが戦力として必要なんだから、何も考えず艦娘の命を弾除けの壁として消費させようとするのはどうかと思う。
数多く生産している艦娘は外見も性格もまったく同じで生まれるから、1人の人間扱いをする俺もおかしいと言われはするが。
……ダメだ。1人でいると、どうにも不必要に考えては落ち込んでしまう。
普段はこうなってしまったときに由良が色々と甘やかしてくれるんだが。他にも俺が提督になってから7年間いっしょに仕事をしている陽炎も。
そんな大事な艦娘たちのことを考え始める。今まではそちらを考える機会と精神的余裕がなかったから。
1人で車を運転して帰れるほどに治安がよくなった今だからこそ考える。
幸せは何かということだ。
人の幸せとはなんだろうかと考えた回数は何度もある。自分だけで考えても答えが出ず、世界でいくつもの"幸福論"とタイトルに付けられた書名を読んだ。
そして読書、教師、親の影響で俺自身が思う幸福は形作られている。
俺にとって幸せは自分自身の関心を内側に向けるのではなく、精神を落ち着かせて外側へと関心を向けるのがそうであると思っている。
俺にとっての幸せは、他人にあまり迷惑をかけずに礼節をたもちつつ趣味に没頭することだ。
だが艦娘たちは幸せをどう考えているだろうか。
最初のほうの艦娘たちは海から自然発生で現れ、戦い始めた。のちの艦娘は妖精たちの協力を得て、人工的に人の体と魂を作れるように。
どちらも戦いのために生まれたものであり、戦いでの喜びが他よりも割合がとても大きいんじゃないかとも思う。
部下にいる艦娘の川内は夜戦を愛しており、夜での戦闘を三度の飯よりも好きっていう感じだ。
艦娘は戦うことしか選ばず、いや選べないようになってしまっている。生まれながらにして決められた人生。自由なき人生。
それが可哀そうだ。
そうして考えを深め始めていくと、とても聞きなれたノックの音が扉から聞こえる。
壁にかけてある時計を見ると時刻は午前2時40分。いつのまにか時間がこんなにも進んでいたなんて。
扉へと向かって声を出すと、返事をしながら扉を開けて入ってきたのは陽炎だ。
陽炎の身長は140後半。
体は細めでかわいらしい控えめな胸の持ち主だ。
その細目の体には、白色なワイシャツの上から黒のブレザーベストを着て首元には黄緑色のリボンを着けている。
薄い赤毛の髪はヒジまで伸びていて、それを黄色いリボンで結ってツインテールにしている。
顔立ちはまだ幼く中学生ぐらいで気が強そうな目つきだ。手には手首まで白手袋。
スカートはブレザーベストと同じ色だ。
今日の夜間哨戒を任せていた陽炎が帰ってきたということはもう仕事は終わったのだろう。
それに身ぎれいだから問題なく終わったらしい。
「おかえり、陽炎」
「ただいま、司令。こんな夜遅くまで何をしているの? 早く寝ないと病気になっちゃうわよ」
「なに、ちょっと考え事をしていただけさ」
「夜間哨戒が終わるような時間まで?」
疲れてはいても会えた嬉しさで自然と明るい笑顔になり、その顔を陽炎へ向ける。
すると陽炎も同じように、けれど俺よりも明るい笑顔を向けてくれた。見ただけで気分が明るくなるような。
陽炎は俺が座るソファーの真横まで来ると、首をかしげて不思議そうな表情になった。
「いるのなら哨戒の報告をしようと思ったけど、疲れているのなら朝のほうがよかった?」
「そんなに疲れた顔をしているように見えるか?」
「すっごく!」
「……俺が疲れているのはいつものことだろ。気にせず報告をしてくれ」
そう言うと陽炎は俺に何かを言いたそうに口を開けたが、すぐに口を閉じて姿勢を正しては夜間哨戒の報告をしてくれる。
陽炎の元気に言う姿からは戦闘はなく平和に終わったと思ったが、実際には単独でうろついていた駆逐イ級を撃破したとのこと。
その戦闘内容や一緒に哨戒した艦娘の様子を説明してくれているが、俺はその話には集中できなかった。
手を大きく振りながら感情豊かに言ってくれる陽炎を見ていると、さっきのことを思い出すからだ。
俺は陽炎たち艦娘に何かしてやれているだろうかと。
俺は艦娘たちに無理な戦闘は滅多にさせないし、装備の充実や休息はきちんと与えている。
だが人と艦娘という関係としてはどうだ?
若い外見年齢に引っ張られているのか、精神もそれ相応だから話をするだけでも非常に気を使う。
軍関係以外ではうまく話ができていないと思う。
だが陽炎とは長い付き合いということもあって上司と部下という関係なしに良い友人になれている。
だからこそ、この関係をもっと深く考えるべきなんじゃないかと。
「急ぎでもないから朝にまた言うけど?」
「すまない、そうしてくれ。つい別のことを考えてしまってな」
陽炎が報告をしてくれているというのに、聞くことに集中できず考え事をしてしまった。
深夜は気分が下がりやすいということもあって、昼間の会議による影響が深く残ってしまっているようだ。
「んー、ちょっと待ってて。温かいのを持ってくるから!」
俺の様子をじっと観察した陽炎は元気よくそう言うと、小走りで部屋から出ていった。
陽炎は実に明るくていい子だ。気遣いもできるし、ああいう子はいい妻になりそうだ。
……なんだか娘を持った父親の気分になってくる。近頃は歳を取るごとに艦娘たちが妹、もしくは娘のように見えてきて戦闘へ出すのが心苦しくなるときがある。
軍人として心を切り替えていくのが必要とはわかっているんだが。
戦争に負けるなんてことがあったら、艦娘たちは全員処分されてしまうだろう。
そんな未来が真っ暗なことを想像してしまい、慌てて首を強く左右に振っては考えを消し飛ばす。
そうならないように頑張っているのに、悪いことを想像するとその通りになってしまう。
艦娘への指示や作戦立案で弱気になってしまうことがあるため、普段から強気でいるぐらいがいい。
自分に対して強気で頑張れ! と自分を応援していると陽炎が肘を使って部屋へと入ってくる。
お行儀が悪い開け方の理由は、陽炎が両手にマグカップを持っていたからだ。
湯気が上がるそれを持ち、上機嫌に俺の右隣へと体当たりするようにぶつかりながら座ってくる。
そのときにマグカップに入っていたミルクが俺の顔に当たり、小さな悲鳴が出てしまう。
「あっ、ごめん! 大丈夫!? やけどしてないよね!?」
「熱い。俺じゃなかったら説教の上に罰があるぞ」
「あなただからやったのよ。距離を取るよりも、こういうほうが好きでしょ?」
マグカップをひとつ俺に持たせた陽炎は空いた手で、ほっぺたをつんつんと人差し指でつついてきた。
にまにまとしながら、されるのを受け入れる俺だがこういう距離感が好きだから受け入れている。
普段は部下の手前もあって、こういうふうにくっつくことはしない。
陽炎が俺から指を離したので、ホットミルクを飲んでいく。
牛乳なんてあまり飲む機会はないから、こういうのは新鮮だ。それに温かいのは体だけじゃなく心も安らぐようだ。
体から必要以上に入っていた力が抜けて、リラックスな感じになる。
陽炎とはふたりきりのときや、関係性を秘密にしなくてもいい秘書の由良がいる場合のときは抱き着きやほっぺたをつっつくようなじゃれあいをしている。
由良からは「早く恋人になったらどうですか?」とあきれながら言われるが、俺たちは今の関係でいいと思っているから友人以上の進展はない。
休日は恋人繋ぎで外へ出かけ、夜は一緒に食事をして隣り合わせた布団で寝るぐらいだ。
それらはささやかな幸せだ。だからこそ、今で満足している。
これ以上を得ようとすれば、お互いに悪いことになる。他の提督やこの鎮守府にいる軍人の多くは艦娘を不気味で怪しい存在と思っているから。
少女の見た目なのに大人の男よりも力があり、戦車砲をあてても死なない。素手でも戦車を持ち上げてひっくり返すほどにはパワーがある。
その強大な力がいつ自分たちに返ってくるかを恐れている。
俺からすれば、裏切られないように仲良くしろよと思うが
あぁ、くそ。また悪いことを考えてしまった。陽炎が優しくしてくれているんだから、今は陽炎だけを見ていよう。
「それでいったいどうしたのよ。この陽炎さんが話を聞くわよ?」
「じゃあ聞いてもらおうかな。昼に会議をしたあとで艦娘とは何かを考えてしまって。
艦娘が出てきて20年。人が艦娘への意識、理解が進まないことを悲しんでいるんだ。人種差別をしているとな」
「突然、人と違う私たち艦娘が出てきたんだから当然じゃないかしら。
市民団体の人たちは私たち外見だけを見て女子供を戦場に出すな。他には深海棲艦は人に罰を与えるために来たんだから、それを邪魔する艦娘は悪魔だーって。深海棲艦を神様信仰というのも」
苦笑いしつつホットミルクを飲む陽炎だが、飲む速度が早くてミルクの熱さにむせる。
俺はマグカップをテーブルに上に置くと、ポケットからハンカチを出してミルクに濡れた陽炎の口元を拭く。陽炎は俺に拭かれるのを任せ、口元は綺麗になる。
「ありがとね」
「どういたしまして。……人と艦娘の違い。そんなのはあいまいでいいのに。人種が違うぐらいの差だろ?」
「本当にそう思っているの? 私たち艦娘のことを」
「ああ。今まで一緒に戦ってきたんだ。わかっているつもりだよ、俺は」
そう言ったら陽炎はマグカップをテーブルの上に置き、陽俺から浮かせてはひとりぶんほどの距離を俺から取った。
そして今までのおだやかな表情から一転し、戦闘直前に見たことがあるようなけわしい表情と殺気を向けてくる。
何か気にさわることを言ったのか!? と焦りながら、ゆっくりと俺に目を合わせると背筋が凍ったかのように思い、命の危険を感じる。
いつも明るく、陽炎型の長女らしく頼りになる女の子。
でも今は違う。その姿はなんといえばいいのか。
「私たち艦娘は敵を殺すために生まれてきたの。選択の自由がある人と私たちは違う。殺しをするのが喜びであり、充実感がある。それが人と違うところ。
相手を殺す。それだけが私たちに求められていて他は必要ないの」
陽炎が冷たい声で言うとおり、人は殺しのために艦娘を作り出している。
政府広報では艦娘たちの印象をよくするための宣伝をしている。だが、それは艦娘のためというよりも年若い少女たちと使う軍への批判がないようにだ。
それでも国民からの好感度が上がりすぎないよう、艦娘は人に見えるが人ではなく兵器と同じ機械だとも宣伝をしている。
足を欠損しても修復材で即座に治っていくのもテレビで公開しているから、全国民の意識は映画であったターミネーターといった人型を模した機械に対するようなものだ。
つまりは根本的に人と違うという差別か、区別の意識を持っている。
「俺だけが陽炎と一緒にいるのは楽しいと思っていたってことか……?」
やっぱり俺の考え方は間違っていたのかと声に出した途端、陽炎は冷たい顔を吹っ飛ばしてはひどく慌てて俺へとくっついてくる。
俺の右腕へ体ごと抱き着いてきて、ささやかな胸のふくらみの感触がやってきた。
よく抱き着かれるから慣れてはいるものの、こういうふうにされた頃は女性に対する経験値がなかったから焦ったものだ。
「もーぅ、おびえる司令ってばかわいい! 私も楽しかったに決まっているじゃない! そうでなかったら今まで一緒にいるわけじゃないでしょ!!」
「それじゃあ、今のはいったいなんだったんだよ」
「司令に教えたかったのよ。確かに私たち艦娘は殺すために生まれたけど、自分でやりたいことは選んでいるわ。
深海棲艦を殺すことに充実感はあるけど、同じくらいかそれ以上に司令の役に立ち、喜んでもらうのが嬉しいから」
「それはつまり、戦闘に人の役に立つことでしか存在を証明できないということか?」
「そうとも言えるけど、それしかできないっていうか。司令は人と艦娘が不平等な関係を嫌がっているけどなんで?」
上目遣いで俺を見つめてくる、かわいい陽炎。それをじっと見つめながら考え、自分の意見を伝える。
「平等でないと可哀そうだと思ったんだ。艦娘は頑張っているのに」
「でも艦娘だからこそ、そういうのが起きていると思うのよ」
「人と艦娘の意識の違いか?」
「身体能力の違いよ。艦娘は歳を取らず、怪我もすぐに治って力も強い。だから人は艦娘に対して強い不平等を感じる。人は根源的に平等でありたいのよ。
つまりは人よりも強い私たちを精神的にでも下にしたいわけ。自分たちの心の平穏を得るためにね。それに私たちは人が好きだしあまり反抗しないから一方的に言えてちょうどいいのよ」
今のは陽炎だけの意見であり、答えはこれだけじゃない。
だがそれを元に人が動いていたら、変えることなんて不可能だ。
いや、平等にする原始共産制という考え方はある。、人が財産を持たない、つまりは畑や田んぼを持たない狩猟と採集をしていた石器時代にまでなれば階級による支配と貧富の差がなくなるらしいが。
そこまでやるのはどうかと思う。このままの現状が良いということだろうか。艦娘たちに強い不満があったら俺や国に対して反乱を起こしているだろうし。
いくら考えても答えが出ない。人と艦娘のただしい関係とはなにか?
これについて悩んでいると、陽炎も俺と同じく難しい顔になるが5秒後には勢いよく立ち上がって部屋の中をぐるりと歩きはじめる。
その表情は晴れやかであり、今までの考えはささいなことだと言うかのような雰囲気だ。
「司令は私たちのために色々悩んでくれているけどさ、私はこのままでもいいと思っているわよ」
「俺は今まで自分の部下たちが幸せに生活できるよう努力したぐらいだが」
「それでいいのよ。だって私たちのことをたくさん考えてくれてるってことでしょ?
今でもたくさんの幸せをもらっているわ」
「幸せなのか、今の戦いしかない状況が」
「ええ。燃料や弾薬。装備に困ることがないし、なにより大切にしたいあなたが隣にいることがいるからねっ!」
爽やかにそう言ってはにっこりとした笑みを向けてくる。
まっすぐな好意は俺にとって恥ずかしく、目をそらしてしまう。
俺が何も言えないないでいると陽炎は俺が座る足の間へと体を入れてきた。
「陽炎?」
「いいじゃん。休みの時はいつもこうするでしょ」
「今は仕事中だ。誰かに見られたら部下に手を出す奴だって悪評が出ると思うんだが」
俺が心配そうに言うと陽炎は部屋の扉をじっと見つめる。俺も同じように扉を見るが、そこには閉まった扉があるだけだ。
別に扉を見ているんだけじゃなくて、なんとなく見ていただけだろうか。
陽炎の様子に心配していると、俺の胸元へと力を抜いて体を預けてくる。
「んー、大丈夫じゃないかなぁ。それにそろそろ私を大人として見て欲しいし」
「子供扱いはしているつもりじゃないが……」
「しているよ。私の見た目は子供だけどね、精神はそうじゃないの。だからね、私たちが不幸とかってことを決めないで。私は人生を楽しんでいるわよ?」
それはとても素敵なことで、うらやましく思う。どうにも俺は物事を悲観的に考え、いつも悪いほうを想像してはそれの対策をしつづける人生だ。
提督という仕事をやるうえで役立つことはあるものの、ストレスで胃が痛くなることが多い。
だから楽しみかたがあるなら、ぜひとも知りたい。
「楽しんでいるか。陽炎の場合はどうやって楽しんでいるんだ? 俺にもできそうなら教えて欲しい」
「別に難しいことじゃないわ。人生を楽しむコツは自分で決められる範囲を広げることよ。
料理やプラモデル、絵や小説で好きなように作れるのは楽しいでしょ? それを深く、または広くやればいいだけいいってこと。
私みたいに幸せは自分で得られるし、あなたが幸福か不幸かは判断しなくていいの」
陽炎に言われて俺は気づく。
無意識で艦娘たちを、自分より下に、守るべき対象と見てしまっていた。見た目は幼くとも精神は大人であるのに。
もっと艦娘個人を見ていかないといけない。
自身の意識が硬くなっていたことに対して落ち込み、溜息をついていると俺の腕から離れた陽炎が優しく頭をなでてくる。
「でも困っていたら助けを求めるから、そのときはお願いね!」
「俺はそうされるほど立派な人間じゃない気がしているんだが」
「そうでもないと思うけど。私たちのことを一生懸命に考えてくれる人は立派に違いないわ」
落ち込みながら言う俺に陽炎は優しく否定すると、そっと静かに立ち上がっては足音を立てないようドアへと行く。
そして勢いよくドアを開けると、そこには盗み聞きをしていたと思われる駆逐艦の子たち3人がいた。
それぞれが"やばい"と焦った表情で陽炎と俺を見てくる。
10秒ほど静かな時間のあと、その子たちは俺に感謝の言葉を投げてから走っていなくなった。
「廊下は走るものじゃないわよー」
陽炎はあきれたふうに廊下へ向かっていい、扉を閉めてから俺の隣へとやってきて体ごとくっついてくる。
俺の顔を見上げ、柔らかい笑顔を向けてきた。
「ね、大丈夫だったでしょ」
「安心したよ。俺は今のままでいいんだな」
考え方を少し変える必要はあるが、このまま艦娘にとって幸せとはなにかを考えていきたい。
陽炎以外の艦娘とのコミュニケーションを増やし、艦娘は子供ではなく1人の個人として付き合っていこう。
一緒に戦っていく者として。
その前に陽炎に頭をなでられっぱなしは恥ずかしいので、その手を抑えてから逆になでまわしてやった。
いとおしく、大事な友である陽炎に感謝の気持ちをたっぷりと乗せて。
おしまい