【合作企画】あの人がこのお話を書いたら   作:青色3号

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青い鳥 -作:松屋町 ミー吉-

鎮守府に帰り着いたのは、日をまたぐ少し前のことだった。ほとんどの部屋は電気が消えており、鎮守府はすっかり休息の時間に入ろうとしていた。

執務室にはもう誰もいなかった。秘書艦の子へ向こうを発つ前に先に上がっておくよう伝えていたためだ。僕は机に残された業務メモに目を通しつつ、ソファにどっかりと腰を落とした。

ひどい会議だった。不毛で、不条理で、堂々巡り。その上、先に人類が死に絶えて跡形もなく消え失せてしまうかと思うほど長かった。まったく、長い会議ほど人生を無駄にしている時間はない。果てしなく馬鹿馬鹿しい出張だった。

深海棲艦がこの世に現れてから、我々は会議ばかり続けていた。いくつもの会議で作戦が生み出され、その多くはめぼしい成果をもたらすことはなく、何人も責任を取って消えていった。艦娘が現れる前から、現在に至るまで、飽きもせず代わり映えもしない鈍色の風景が、あの会議室では繰り広げられている。

僕は眉間に皺を寄せていた。黴臭い空調の臭いが、鼻腔にこびりついて離れなかった。

「帰ったわよー」

そうして一人座っていると、あっけらかんとした声が執務室に響いた。声のする方、開かれたドアのあたりに顔を向けると、僕を見て少し驚いたような顔つきの陽炎が立っていた。

「まだ明かりがついてると思ったら、なんだ、司令いたんだ。今日って出張じゃなかったの?」

「そうだよ。さっき帰ってきて、ちょうどひと休みしているところさ」

「そっ。お疲れ様ね、司令」

「陽炎もお疲れ様。せっかくだし報告聞いとこうか」

「いいわよ」

陽炎は頷くと手に持っていた報告書に目を落とし、朗々と記録を読み上げ始めた。

報告。今日の会議でも散々繰り広げられた行為だった。

人類が少なくない犠牲の上に、ようやく生み出した有効な作戦のひとつ、『大規模作戦』に関するこれまでの報告、そして次の作戦に向けた現状の報告。資料に書かれた一言一句をなぞるように繰り返し、我々はまた作戦を編みだし突破しなければならないという結論が呪文のように連呼される。

呪文、まさしく呪文だった。自分たちに作戦の成功を信じ込ませるため、すべての鎮守府が手足となって戦うための長い呪文としか形容しようがなかった。何を欺くにせよ、まず自分たちが信じ込まなければ足腰が立たないのだ。

「……司令、司令ったら!」

僕が淀んだ思考に沈みかけていると、陽炎の咎めるような声が耳に届いた。

「ん、なんだい」

「……聞いてないわね」

「聞いてるさ」

「嘘。司令は上の空になると、どこか遠いところを見つめるもの。さっきだってそうしてたわ」

「大丈夫だよ。報告書読んで確認するから」

「報告はここからなんだけど~?」

「……」僕は決まりが悪くなって額に手を当てた。「すまないね」

「もうっ、人がせっかく読んでるのに! どうしたのよ、一体」

「申し訳ない」

「出張で何かあったの?」

「大したことは」

「あった、って顔してるわよ。入ってきた時からそうだけど、何か思いつめてる」

「心配いらないよ。よくあることさ」

「言えないこと?」

「そういうわけじゃないけど。個人的な感情だから」

「気軽に言ってほしいわ。司令が悩んだままで仕事に支障が出るようでは、いざという時に困るのよ」

陽炎はそう言うと、踵を返して執務室を出ていった。

果たして、怒らせてしまったか。僕はどこか申し訳ない気持ちになりながら、テーブルに置かれた報告書に手を伸ばした。陽炎の報告書はいつもパリパリとした字で丁寧にまとめられている。僕はかろうじて耳に届いていた部分を反芻しながら、細部に目を通していくことにした。

しばらくそうしていると、再びドアが開かれた。僕はまた不意をつかれて顔を上げると、出ていったはずの陽炎がまたそこに立っていた。

「はい、ホットミルク。ちょっとリラックスできそうでしょ?」

「ありがとう」

僕はありがたくコップを受け取った。あたたかな味わいがじんわりと染みてくる。

「教えてよ。何か嫌なことでも言われたの?」

「……そういうわけじゃないさ」

僕は今日の会議をもう一度振り返りつつ、陽炎にかいつまんで話すことにした。

今回作戦を統括するという若いエリートは、これから自分にどのように優れた人生が続いているのか、もうすっかり分かっているようだった。そして、その素晴らしい自分が考えた、最強の作戦なのだと態度にありありと出ていた。いつの時代も、そういう者が上に立つ世界だ。彼の指示通り、各提督ごとに鎮守府の役割が決められていった。

思い出すだけで、顔を顰めたくなる会議だった。若い提督の不憫そうな顔を思い出す。優しそうな彼の鎮守府は、作戦内で最も消耗を余儀なくされる、『囮』の役割を与えられたのだ。

囮は悲惨だ。陽動、露払い、殿、その他いくつもの無理難題をなんでもこなさなくてはならない。囮になった鎮守府の艦娘は、とにかく、出て、食らう。殴られて、傷ついて、沈む寸前まで使いきられ、なんとか戻っても高速修復材で休む間もなく元通り。そうしてまた、いつ終わるかも分からない消耗に駆り出されていくのだ。悪夢のような往復運動を鎮守府の資材が尽きるまで続けられ、尽きても大本営が資材を無理矢理貸し付けてやらせる。

まさしく、搾取だった。容易には斃れない艦娘と、艦娘のために心を折れられない提督につけ込んだ残酷な仕打ちとしか言いようがなかった。

「今回僕らは幸運にもその役目に当たることはなかった。でも、それは幸運なのか? 結局僕らは、目の前で起こっている惨劇に目を背けているだけなんじゃないか」

そして、それは僕の仕事そのものだった。何の保証もない海へ、艦娘を送り出すという職務。どんなに彼女たちを尊重しても、優しく扱っていたとしても、あの会議と変わらない現実が目の前にはあるのだ。

「口ではどうとでも言える。頭ではどうとでも弁護できる。でも、結局は、僕らは君たち艦娘を兵器としか扱えてない」

僕は頭をかきむしった。自分が一番言いたくなかった言葉を口にしている自覚はあった。

「ひどいもんさ。僕は君たちの幸せを、何ひとつ担保できないんだ。僕は結局、君たちを戦地に追いやり、死への海路に導こうとする水先案内人に過ぎない」

陽炎は黙って僕を見ていた。

「僕は君たちを幸せにはできないんだ。そんな資格も、能力も、何もないんだ」

「そうよ」

僕は陽炎の顔をのぞき込んだ。感情のない眼差しが僕を射抜いていた。

「私は駆逐艦よ? 敵を駆逐する以外に何かあると思うの?」

「それは、そうだが。しかし……」

「サーチ・アンド・デストロイ。深海棲艦を殺すためだけに生きる私たちにはピッタリの表現ね」

僕はつばを飲み込んだ。

彼女の目は飾り物のように美しく、顔を背けることすら許さない鈍い輝きに満ちていた。その眼差しは、何より彼女が人ならざる存在であることを証明するかのようだった。

「……とでも、言うと思った?」

押し黙った僕の顔を見つめたまま、陽炎はニヤリと歯を見せた。

「まったく、司令ったら本当に疲れてるのね。物事はいろんな角度から捉えないとダメよ」

「……」

緊張感からいきなり解き放たれ、僕は知らず知らずに止めていた息を吐いた。

「確かに、あいつらを殲滅することも私たちの使命よ。でも、それはあくまでひとつの手段」

「手段?」

「そう。みんなを脅威から護り、私たちの司令のために戦う。そのためにこの力があるんだもの。それは私たち自身が選んで、感じて、求めているものだわ」

陽炎はいつものカラッとした笑みでそう答えた。

「もちろん、敵艦をバシバシ沈めることも快感だけどね」

「しかし」僕はまだ納得できていなかった。「僕らはそこにつけ込んでいる。君たちはまるで僕らの都合のいい作り物だ。僕らがいなければ生きる意義さえ見つけられないものなのか? 君たちは、こんなに美しいのに。悲しすぎると思わないかい?」

「……今日の司令は手強いわね……」

むむ……と陽炎は眉間にしわを寄せ、自分のホットミルクに口をつけた。

僕は、陽炎に何かを言わせようとしているような気分になった。それが慰めか、非難か、赦しか、断罪か、そこまでは分からなかったが、少なくとも今この瞬間は何か自分の求める答えを陽炎の口から導き出そうとしているだけのように思えてならなかった。

陽炎に不用意な発言を謝ろうと口を開きかけた時、彼女は急に勢いよく立ち上がった。

「……別に、それでもいいんじゃない?」

「えっ?」

「私たちが作り物だったとしても、別に私、嫌じゃないわ。司令は信じないかもしれないけど、私、これでも幸せなのよ?」

僕は驚いたまま陽炎の顔を見上げた。陽炎の微笑みに嘘はなかった。

「さっきも言ったけど、私は駆逐艦なの。燃料や弾薬が切れることなく、整備が行き届いた充実の装備に恵まれ、ふねとしてこれ以上幸せなことはないわ。それに、艦娘としてだって。みんながそばにいてくれて、今を一緒に生きているということが何より幸せなのよ。もちろん、司令がここにいることも、よ」

陽炎は僕に向かってウインクした。

「僕が君たちの幸せの一助になれるというのかい?」

「一助、じゃなくて幸せそのものよ。幸せって力づくで作り出したりするものじゃないわ。今、生きている。それが幸せだってこともあっていいと思わない?」

「生きているだけが、幸せ……」

「司令は考えすぎよ。司令だとか、艦娘だとか、士官だとか、兵器だとか。そんなものは全部後付けで、まず、私がここにいることで感じている幸福をまっすぐ受け止めてほしいわ」

陽炎は僕の隣に座り、そっと背中に手を当ててくれた。

「司令は気負いすぎなのよ。私たちには、私たちなりの幸せがあるんだもの。それを自分で勝手に思い込んで、あれこれ決めつけてはダメ。司令と私が姿形から違うように、幸せだって人それぞれなのよ」

「そうか……そうだね……」

僕はコップに残ったホットミルクを一気に飲み干した。

「おこがましいね。君たちの幸せはこうだと無意識に決めつけて、それを一人守った気になっていて。君たちの背負っているものに、まるで気がついていなかった」

陽炎は優しい手つきで僕の頭を撫でながら、あたたかな笑みを浮かべた。

「いいのよ、いいのよ。そうやって、司令が私たちのために悩んでくれてること、とっても嬉しいわ。大事にされてるってことだから」

「しかし、悩む道筋がまるで間違ってる。ひどい馬鹿だよ」

「もう、またそうやって落ち込んで」

陽炎はそっと立ち上がった。

「こうなったら、論より証拠ね」

そう言うと、陽炎は執務室のドアまで音を立てずに歩き、普段より何倍もの勢いでドアを開け放った。

「えっ」「わっ」

そこには陽炎と遠征に出ていたはずの不知火、黒潮、浜風が立っていた。盗み聞きをしていたのか、ひとしきり驚いた後みんなバツが悪そうな顔つきになっている。

「司令、申し訳ございません。陽炎の帰りが遅いので、何か問題があったかと様子を伺っていました」

その中で、いち早く冷静さを取り戻した不知火はすぐに頭を下げた。

「その上で」不知火は僕をまっすぐ見つめ言葉をつづけた。「司令に申し上げますが、不知火は陽炎や妹たちとこうして毎日を過ごせていること、多方面での司令の細やかな気遣い、ひとつひとつに感謝しています。これは揺るぎない事実です」

「そうやで、司令はん。司令はんも含めて、みんなで一緒に過ごせる生活って、ホンマに幸せな時間なんやで~」

「提督が、私たち艦娘のことを第一に考えていること、この浜風、私なりに理解しているつもりです。そんな提督とともに戦えていること、本当に幸せだと思っています」

黒潮と浜風も穏やかな眼差しでそう語った。

「そうか……」

僕はようやくそう呟くと、不知火はひとつ頷いた。

「これ以上盗み聞きはしませんので。後は陽炎に任せます。黒潮、浜風、帰りましょう」

「はーい」

「提督、おやすみなさい」

三人はそう言ってすぐに帰っていった。さすがに少し後ろめたかったらしい。

彼女たちを見送ると陽炎は再び僕の隣に座った。

「よかったじゃない。司令なりに悩んで、考えて、動いてくれているからこそ、司令はみんなに好かれているのよ。間違いなんかじゃないわ」

「そうだね……」

僕はようやく肩の力が抜けたような気がして、やがて自分の奥底に沈殿していた深いため息を吐き出した。

「やっとリラックスしてきたわね。司令、いつも気を配ってくれてありがとう。本当に毎日、お疲れ様」

陽炎はそう言って、いつも以上に優しげな微笑みを投げかけてくれた。僕は帰り着いてからようやく彼女に微笑み返してみせた。それからしばらく、空っぽのコップを手に持ったまま、陽炎たちの言葉をゆっくりと胸の内にしまいこんだ。

真夜中の流れは、少しずつ朝に向かって動き出そうとしていた。

 

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