【合作企画】あの人がこのお話を書いたら   作:青色3号

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汝よ哀れむことなかれ -作:pao-

提督はため息をついた。

 

やはりあんな作戦には反抗するべきだったのだと苛立ち。そしてそれができないことにも苛立っていた。

司令部は次の作戦で囮になる艦隊、つまり被害担当艦隊を検討せよという。検討とは言うものの、実質は命令だ。

すべては勝利を手にするため。手段を選んでいる余裕など無い。

しかし、だったら自分たちは安全な場所から彼女たちだけに犠牲を強いるような作戦立案に勤しんでいて良いのだろうか。

しかもきっと彼女たちはこんな作戦であっても最後には頷いてくれるのだ。

そのことがわかっているからこそ、いまの立場がイヤになってくる。

もっともそれが提督というものに課せられた役目なのだと言ってしまえばそれまで。なにしろここに遊びに来ているわけではないのだから。

 

ただ、その「ここ」である執務室にようやくたどり着き椅子に身体を預けると、苛立った気持ちがすうっと引いてしまうのはなにかの皮肉だろうか。

そのことに苦笑いしながら薄暗い常夜灯を頼りにデスクライトを点けると、提督は漸く肩をおろしてぼんやりと天井を見上げた。

 

「艦娘の幸せって、なんだろうね」

 

いろいろあって自分はいまの立場にいる。けれども、あのときあのようにしていれば、こっちの道を選んでいれば。といった「もしも」がたくさんある。

さっき会議室で顔を並べた提督達も様々理由はあれど同じだろう。

他方、艦娘達はどうなのだろう。

そもそも人類は彼女たちのことを詳しく知らない。

姿形は少女、あるいは女性と同じなのだけれども、いったいどこから生まれて、なにを成してどこに行くのか。わかっているのは戦うために生まれ、戦うことに疑問を持たず、戦うことに生きがいをもつ。かといってただの戦闘マシーンでもない。

互いに軽口を叩き。甘いものに表情をほころばせ。喜び、怒り、悲しむ。その様子は年頃の少女達と何ら変わらない。だったら彼女たちの幸せとはいったい何なのだろう。

考えれば考えるほど、わからなくなってくる。

椅子を軋ませながら提督がそんなことに思いを巡らせていたその時、ドアの影から夜間哨戒戻りの陽炎がひょこっと顔を出した。

 

「司令、入りますね」

 

夜中だから誰も来やしないものと迂闊にもドアは開け放たれていた。気付いた時には陽炎はするりと細身の身体を執務室の中に踊らせ、提督の向かいに立っていた。

本来なら時間外の報告は緊急でも無い限り翌朝に行うのだが、執務室に薄明かりが点いているのに気付いてやってきたのだと言う。

そして陽炎は報告をはじめたのだが、提督は報告の内容ではなく微かに漂う硝煙の匂いに意識が取られていた。

デスクライトにぼうっと照らされた顔だけは拭ったようだったが、制服はあちこち煤けているし黄色いリボンも髪の毛も崩れたままで、ついさっきまで陽炎が身を置いていた戦場を生々しく感じさせる。

このところ敵の活動も活発になっているから、哨戒任務でもそれなりの荒事をこなすのが日常茶飯事になっていたし、今回も予定より戻りがずいぶん遅れているとは秘書艦から聞いていた。

しかし彼女達も急を要する時以外は身支度を整えてから執務室に来るものだから、久しく戦場の空気というものから遠ざかっていたのかもしれない。

彼女達はいつでもそういう場所に身を置いているというのに。

 

「司令、聞いてますか?疲れてるならいつも通り明朝にしますが」

 

鋭く響いたやや強めの声に対して、提督は何ら言葉を返すことができなかった。なぜなら、報告の内容を全く聞いていなかったからだ。

目の前の陽炎のことを見ているようで見ていなかった。頷いたところでなにも理解もしていなかった。だから、取り繕おうとしたところでもう遅かった。

はっきりしない提督にあきらめたのだろう。くるりと背を向けた陽炎は怒っているように見えた。それも無理はない。陽炎だって遅くの戻りで疲れているだろうに。そして彼女はそのまま出て行ってしまった。

 

「怒らせてしまったか」

 

立ち上がった提督は椅子ではなくソファに座り直すと、再びため息をついた。

去っていった陽炎を追いかけるべきかとも思ったが、ソファに埋まった身体がひどく重い。

それも無理はない。提督は長い会議が始まってからというものなにも食べていない。軽食は出されていたが議論が紛糾してそれどころではなく、そしてそのまま帰ってきてしまった。

実際のところいまも食欲は感じないけれども、身体は食事と休息を欲しているのだろう。

こんな時間になってしまったが、なにか口に入れようかと思い始めたその時だった。

 

「よかった。まだ起きてる」

 

明るい声にはっと顔を向けると、再び陽炎がドアの間から顔を出していた。手にはカップをふたつ持っていて、提督と目が合うとにっと笑みを浮かべてくる。

「だいぶ疲れてるみたいだったから。ほら」

陽炎が差し出したカップに入っていたのは温めたミルクで、微かにふわりと甘い匂いがした。

お礼を言いながら匂いに誘われるようにさっそくひとくち飲むと温かいミルクが身体中にじわっと広がり、ほんのりと感じる甘さもあって気持ちがすうっと落ち着いていく。

「母親がよくこうしてミルクを温めてくれたよ。なつかしい」

「いいでしょ。お砂糖を少し足してあるから」

あちっと呟くと、カップをふーっと冷ましながら陽炎は提督のすぐ隣に座る。

見た目だけなら陽炎は提督より遙かに幼い。けれども、時々まるで年上のようにも思えてくるから不思議なものだ。ただ、どちらにせよ柔らかく、あたたかく、そして繊細な身体に変わりはない。

そういえば着任したころは意図的に彼女たちと距離を取ろうとした。おかげでずいぶんと苦労した事もあるのだけど、いまは良くも悪くもこうしてずいぶんと距離も縮まっている。

と、提督のカップのミルクに小波が立った。

気がつけば手が震えていた。こんな彼女達を戦場に送っていたという事実に、いまさらながらぶつかってしまったのだ。

 

「どしたの?」

 

覗きこんでくる陽炎の視線を感じながら、提督は話して良いものかと一瞬躊躇った。しかし誤魔化すことはできそうになかった。

「艦娘って人間ととてもよく似ているよね。むしろどこが違うんだろう?」

「ふーん。いきなりなによ」

「いや、その。陽炎たちを戦わせていいのかって」

口ごもる提督に対して陽炎は不思議そうに首を傾げた。しかし、やがてその真意を汲み取るとひどく冷めた声で違うとはっきり言った。

「私たちは人間とは違う。もともとが人殺しの道具だもの。同じはずがないわ」

まわりの空気がしんと静まりかえった。

きっと彼女たちはあんな冷たい瞳で、否、もっと鋭く敵を見据えながら戦っているのだろう。

ただ、まさに鉄の兵器を思わせる冷たさと眼力に気圧された提督が堪らず黙り込むと、陽炎はあわてて手をひらひらと振る。

「あ、でもいやいややってるわけじゃないのよ」

あんな表情を見せてしまったからだろうか。陽炎は殊更に明るく振る舞おうとしているように見えた。

「まもりたいっていう気持ち。役に立ちたいっていう気持ち。これがわたしたち艦娘が依って立つもの。だから戦える」

「だから哀れむよりも、恐れるよりも、背中を押して欲しい。特に提督にはよくやったって褒めて欲しいな」

「もちろん、戦うのは楽しいわ。だって、肉を切らせて骨を断つ。それが駆逐艦だもの」

ただ、少し早口になっていく声を聞きながらも、提督は渋い表情を緩めようとはしなかった。

 

彼女たちにとっては良くも悪くも戦うことが当たり前。むしろ人のために戦うことが存在意義なのだろう。しかしそれが本音だとしても、いまはそのまま受け入れる気にはなれなかった。

それこそ人の役に立つためにつくられた、代わりの効く道具なのだと認めることになってしまう。

囮だろうが無謀な突撃だろうが肯定してしまうことになってしまう。

そして何より、彼女たち自身がそのことを平然と口にしてしまうことが無性に腹立たしかった。

「それって悲しいことじゃないか」

「どうして?」」

「わたしはキミたちを戦いの道具だなんて思いたくない。人のためになんか沈んで欲しくない。むしろ幸せになって欲しい」

この言葉をそのまま受け止めるならば「いまの陽炎たちは不幸だ」ということになる。だからだろうか、陽炎は次第に唇を尖らせる。

その様子に提督がまた怒らせてしまったか、と思い始めた時、陽炎は明るく叫んだ。

 

「司令、私はいまも幸せだよ!」

 

そして跳ねるように立ち上がると、喜んだ少女がそうするのと同じようにくるりとスカートを翻しながら部屋の中を歩き始めた。

「きっとみんなも幸せ。役に立てるなら沈んだって悔いは無いわ。まあ、それが艦娘ってわけ」

「それが不憫だと思うんだったらさ、うーんと褒めてよ。それが私たちへの最大のご褒美だよ」

そうして提督の傍らに戻ってくると、陽炎は今度はぷうっと頬を膨らませる。

「そもそも幸せとか不幸とか、あんまり決めつけるのは良くないよ。それに幸せってさ、自分で感じるものじゃないかな」

 

その通りだ。

 

提督は多くの艦娘達を預かる身。彼女たちを守るのは当然のこと。ただしそれは、庇護とか哀れみとか、そういう感情で行うべきではない。

いつのまにか彼女たちの見た目だけに捕らわれていたのかもしれない。

そもそも、彼女たちを幸せにしたいと思いながら、きちんと向き合って話をしていなかったのではないだろうか。それではただの独りよがりだ。

「そうだね。陽炎の言うとおりだ」

がっくりと肩を落とした提督の頭を陽炎は両手でぐいっと引き寄せる。そして「なにを?!」驚く提督の頭を胸に抱きしめると、そっと撫でた。

「こうして欲しいっていうお手本よ」

そう言いながら、二度、三度と陽炎の手は提督の頭を撫でる。そして静かに囁いた。

「提督はあたしたちのためになろうとしてくれる。あたしたちを理解しようとしてくれる。それは、嬉しい」

 

そのまま執務室はしんと静まりかえった。

 

陽炎にこんなことをされるのは正直に言って恥ずかしい。けれども、なんだか落ち着いてくるから不思議なものだ。

ただ、そうして静まりかえった執務室にどこからかひそひそと声が聞こえてくる。すると陽炎は口元で人差し指をたてながらそっとドアの方へと進んでいった。そうして提督に目配せしながらがばっと勢いよく開く。

そこにあったのは目を丸くした不知火、黒潮、そして親潮の姿。

どうやら報告に行った陽炎がなかなか戻ってこないものだからやってきて、盗み聞きをしていたということらしい。

 

「ひゃあっ!!」

 

バランスを崩してどたどたと執務室に倒れ込んできた3人は水をかけられた猫のように飛び上がり、やっぱりどたどたと逃げていく。

しかし、ぴたっと止まった3人はせーのとばかりにそろって振り返った。

「提督!わたしたちも幸せです!」

そして今度こそ騒がしく逃げ去っていく。

 

再び静かになった執務室で、提督はミルクの残りをぐいっと飲み干した。

ミルクはすっかり冷たくなっていたけれど、胸の内は逆にぽかぽかと温かくなっていくような気がした。

 

そして「ほらね。もっと自信持ってよ」と恥ずかしそうにウインクした陽炎に、提督はようやく微笑みかけるのだった。

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