【合作企画】あの人がこのお話を書いたら   作:青色3号

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男と艦娘、風呂、二人きり。何も起きないはずがなく -作:黒灰-(R15)

 国内線では、酒は出ないという話だ。

 

 仮にぼくが外地の泊地に籍を置く提督であれば、国際線のサービスで好きなだけワインを飲み、夜を明かして酒を抜き、機内食を食んで朝焼けと着陸を待ち……。

 空港には迎えの車が寄越されていて、それに乗って……例えば東南アジアであれば日本と違う香りの温い風を浴びて基地に戻る……、そうしてお偉方との退屈な会議のことをすっぱり忘れる。

 そういうこともできただろう。

 そうして何もかも知らんぷりをして何食わぬ顔で日常を回すことをしただろう。

 あの会議をなかったことにして。

 

 そうもいかない。

 ぼくは今、24時間2800円上限のコインパーキングに停めた分の賃料を払い、愛車を引き取って去ろうとしているのだ。

 場所は新幹線の駅からほど近く、けれどすぐの距離でもなく。

 白い詰め襟を着た海軍の軍人が、番もいない安上がりな駐車場の世話になっている。

 この絵面、国民感情としていかがなものだろうか。

 あまりにうんざりしすぎて、ぼくは嫌なのにあの会議のことを思い出してしまった。

 

 退屈ではあるけれど、気の滅入る会議だった。

 国内線の移動距離とサービスでは、あの会議でぼくが被った不快感を拭うことなどできない。

 

 ─────釣り銭を精算機から受取り、ぼくは愛車に滑り込み、記憶を吹き飛ばそうとドアを乱暴に閉める。

 エンジンを回す。

 回らない。そういえばハイブリッド車だった。嘘のモーター音が車内に響く。

 期待した分だけいやな気分は少し膨れる。

 

 そのとても嫌な議題は、次の大規模作戦。

 そしてそれにつきものの『生贄』基地の選定だった。

 大攻勢に対してこちらも大攻勢でもって返すものだから、相手の喉笛を“食いちぎりきる”までの間、誰かがあちらからの団体客の相手をしなければならない。

 生贄などという響きも相応しくはない。

 エサ、だ。

 

 ─────繁華街のまばらな人影を避け、時には停まって歩かせ、大通りへと脱出する。

 鎮守府へ向かう慣れ親しんだ道へ。

 

 そしてそのエサというものが、我々人間の部隊であれば「なんて非道な企てを」と謗られるだろうが、我々の選ぼうとしているエサはそうではない。だから、仮に人民が知ったとしてどう思うのだろうかと考えてしまう。

 

 ─────アスファルトをタイヤで切りつけながら走る車。

 暗闇に一つ光と毒を灯そうとして、助手席においた鞄を漁る。

 シガレットケースから一本のタバコと100円ライターを取り出し、火を点ける。

 

 我々がエサとするのは、艦娘だ。

 深海棲艦の大勢に対し、艦娘達の死兵であたろうというのだ。

 見目麗しき戦乙女。海行く軍艦らの化身。

 可愛い、可哀い、ぼくの部下たち。

 

 ─────鎮守府ではあまりいい顔をされない。下世話な話だけれど、色々と保養になる点ではすごくいい職場で、あとはこの趣味というか嗜好が邪魔されなければ……だ。

 一切文句を言われずにタバコを吸える。これは一人で鎮守府を出るときの楽しみだったりする。それ以外の外出の楽しみは正直、ない。この辺、大した盛り場があるわけでもなし。

 

 幸か不幸か、今回の会議でぼくの部下はエサにならずに済んだ。

 自分の鎮守府の艦娘をエサに選ばれた提督も、重々しく、けれどあまり何も考えていないんじゃあないか、という顔でうなずいていた。

 ぼくはああはなりたくなかった。

 

 ─────早々に一本を吸い終えると、シガレットケースを再び手に取る。

 振った手応えは実に頼りなく、開けて指を突っ込んでみると一本しかない。

 これは大変だぞ、と思いながらも呑気な手つきで最後の一本を楽しみ始めた。もう我慢ならない。うんざりとした記憶を血管の収縮でぼんやりさせたい。

 

 しかしながら、彼女たちは人間ではないのだ。

 “もの”、兵器なのだ。

 会計上でも兵力の計上をするうえでも、人間の兵士とは別の勘定をする。

 なのに、彼女たちは“艦娘”だ。

 ぼくにとっては1文字余計なものがついていて、お偉方からするとむしろそれが本質のはずなのだけれど……ぼくには合意できなかった。

 ぼくからすれば、ただの可愛い娘っ子たちにすぎない。

 物騒な考えをする娘たちが多くを占めることは否定しないし、そこはお上からすれば上出来なのだろうが……。

 そういうわけで今のぼくは、ぼくを含む人間というものにまっこと嫌気が差している。

 都合だ。都合で彼女たちをどうこう考えているぼくらはなんなのだ。

 

 ─────皆が寝静まった夜の鎮守府にそろりそろりと車で帰り、ちょうど手持ち最後の一本だったタバコを吸い殻入れにねじ込む。

 半ドアにならないよう、けれどやるせなさと怒りでやかましくないように車のドアを閉める。

 玄関に近づくと人感式の電灯が無機質にぼくを迎え入れようとする。

 

 鍵はかかっていなかったから、そのまま入り、後ろ手に鍵をかけようとする。

 ……横着をした分手元がおぼつかなくて、いらだちと共に振り返って、結局扉と正対する形で戸締まりをした。

 

 静かな空間に、カコン、と錠のかかる音が響く。誰かの眠りを妨げるものでないことを願う。

 歩いて執務室へ。

 

 

 ぼくは執務室のソファにどっかと腰を下ろして考える。

 ─────しかし、本当に人間と艦娘は、別の生き物なのだろうか?

 俯き気味の姿勢で床を見つめながら歩く。

 きっと歩数の感覚が正しく執務室へ導いてくれることを願いながら。

 

 まず、ぼくと彼女が生き物として同じじゃないか、と考える根拠がいくつかある。

 ぼくは彼女たちの数人と─────懇ろなのである。これ以上は言及しない。

 

 いやしよう。

 息遣い、声、眦からこぼれる雫、ぼくと彼女たちを“ねばらか”につなぐもの、肌の柔らかさ、乳房の豊かさ・なだらかさ、その先端の十人十色。

 だめだ、今すぐ誰かを夢からぼくの寝所へ連れ去りたい。

 

 そうして可能なら……生き死にの飛び交う戦場を去り、ぼくの籍に入って家庭という戦場を共に戦ってほしい。

 それで幸せにできる自信もある、つもりだ。

 だが、それは彼女たちが人間であるなら、だと思う。

 

 ……それで、艦娘にとって幸福とは如何なるものだろうか?

 人間としての幸せにも色々あると思うけれども、それとイコールではないかもしれないにしろ、ほぼ全てが艦娘としての幸せに含まれないものだろうか?

 ぼくは彼女たちを慰みものにしているつもりはないし、仮にそうだとしてもぼく自身が彼女たちの慰みものでもあればよいと思っている。

 いや、それだと一方通行が両方から伸びているだけで、いわゆるすれ違いだ。

 ぼくと彼女たちで心は通っているものと思いたい。

 

 ●

 

「提督?帰ったわよー?」

 

 愛する声のひとつ、陽炎の声で僕は顔を上げる。

 

「おかえり」

「はい、ただいま。それで、今晩は夜ふかしさんね?ずいぶんと」

「え?」

 

 時計を見る。そして彼女の顔をまじまじと見る。

 つまり、

 

「……ずいぶんと考え事が長くなったみたいだ」

「そのようね。部屋に入っても気付かないから、5分くらいはじっと見つめてたんだけど」

「……そうか」

「ずーっと考え事。泣きそうな顔」

「え?」

「本当に泣きそうよ、提督」

 

 陽炎は僕の左となりに静かに腰を下ろして、すっと身を寄せてくる。

 

「てっきり、私に構ってほしくて待ってたのかと思ってたのに」

「……そのつもりはなかったけれども」

「あら、じゃあいいの?」

「そうしてほしいとは、思っていた」

「そ」

 

 僕は彼女の両肩を掴みながら後ろに倒れ込む。そして強く抱きすくめる。

 花と石鹸の甘い香りが僕の鼻に届く。

 

「……お風呂、入っておいてよかったわ」

「いいや」

「汗と硝煙のほうが好き?」

「そうじゃなくて。ぼくはまだ入っていないから……できればご一緒してほしかった、というだけで」

 

 僕が口惜しくてそう呟くと、陽炎はくすりと笑い、

 

「……一人じゃお風呂に入れないくらい弱ってるってことね」

 

 慈しむように、あるいは愛でるように僕の頬を撫でて言う。

 

「いや、そういうことじゃなく、単にその、風呂の付き合いを求めているということで」

 

 だんだん言い訳がましくなってきたぼくをなだめるように、顎先についばむような接吻。

 

「帰ってくるなり人恋しくなっちゃうのは、それだけやられてるってことよ。ほら、行きましょ」

「ああ、もう……その……」

 

 陽炎は離すまいとする僕の腕をいともたやすく振りほどいて体を起こし、ソファを降りる。

 名残惜しそうに手が空を切るのを見て、ぼくは、

 

「よろしくおねがいします……」

「ん。わかればよろしい。報告はお風呂の中でね」

 

 ●

 

 脱衣所でふたりとも服を脱ぐ。

 二人揃って脱ぎ終わると、陽炎は長い髪をタオルで巻く。

 その間、ぼくは陽炎の見事な裸身を見つめていた。

 りんかくは……なだらかとも急坂とも言い難い、けれど均整の美というか。

 つまりそこまで大きいわけではないのだけれど、とにかく綺麗なのだ。至るところが。

 

 ぼくの視線を何も咎めず、すこし鼻を誇らしげに鳴らし、

 

「おまたせ。さ、入りましょ」

 

 すりガラスの引き戸を開けて入る。

 

 浴場はいまだ熱気に満ちていて、湯気が大きな湯船から立ち上っている。

 湯船はそっけない黒のタイルで縁取られていて、そこには大きな水の粒が無数に残っている。

 湯の色は少しくすんでいて、鉄火場のあとの色だな、と思った。

 

 しかし、僕が頭から爪先まで洗っている間、彼女はまた湯に使って茹だるということだろうか。

 少し忍びないなと考えていると、

 

「はい、座って」

「そのつもりだけれど」

「よし」

 

 なにがよしなのか。

 椅子に座る。

 するとすかさず陽炎はシャワーの蛇口を捻り、

 

「はい、目つぶってー」

 

 言われるままに瞑った。

 頭から冷水がかかり、思わず身が強張って跳ねる。

 

「あ、もう冷たくなってた?」

「かなり」

「ごめんごめん、すぐ熱くなるから」

 

 すぐに水は温水になって、陽炎もそれに満足してよし、とつぶやいた。

 そのまま僕の髪を洗い始める。

 

「……洗ってくれるのか?」

「ええ、ぜーんぶピカピカに磨いて差し上げるけど、いい?」

「うん……」

 

 一通りすすぎ終えたみたいで、シャワーが頭にかからなくなる。

 代わりに胸あたりにかかる。

 心臓はどうやら冷たくなっていたみたいで、温められて柔らかく弾む。

 

 ぷつ、ぷつ、ぷつ、という音がして、それから髪にまた手が触れる。

 次は両手だった。

 

「かゆいとこ、ある?」

「くすぐったいくらい」

「そ?じゃあちょっと強めに」

 

 人に髪を洗ってもらう、というのは、いいものだと思った。

 たぶん、母親にそうしてもらった以来、本当に久々のことだろうと思う。

 自分で髪を洗えるようになる、すこし大人になった日より前のこと。

 ぼくはいつの間にかけっこう遠いところに来たものだと考えて、なぜか虚しくなった。

 

「─────で、次はどこが?」

 

 陽炎は、もう何もかもお見通しだった。

 観念して、

 

「ここじゃない」

「そう」

「……よそから、何十人か、抽出するそうで」

「うん」

「……」

 

 言葉に詰まる。何を言うべきか、言いたいのか、わからなくて。

 無言だけれど、彼女はただ僕の髪を洗う。

 何も聞かず。促さず。

 

 手がぼくの頭を離れると、シャワーが顔に当たる。

 思わず、顔をしかめた。

 

「流すわよー」

「……うん」

 

 髪がすすがれていく。

 

「……怖かったわね」

「うん」

「見なかったことにしてあげるから」

「うん」

 

 そうした。

 歯を食いしばりながら。

 

 ●

 

 髪から泡を落とし終わったのか、陽炎が、

 

「スッキリした?」

「すこし」

 

 鼻は詰まって喉は絞め上げたような、かすれて上ずった声で応える。

 

「そう?じゃあ、次は体も洗いましょ」

「いや、別にそこまでは」

「まぁお店に来たと思っときなさいよ」

「は?」

「え何?しないの?するでしょ?したいでしょ?」

 

 ●

 

 どうしてこういうことになるのか。

 

 それでどういう流れだか、ぼくたちはシャワーを浴びながらそういうことになっていた。

 陽炎は股を割って僕の太ももに乗り、右肩に頭を預けている。

 ときおり体をゆする。

 

 体は隅々まで、手の指先、そして足の指の間まで洗われた。

 ついでに耳の後ろも念入りに。

 

 ぼくは単に本当の意味で人肌恋しい、つまり何ら性的なことなく風呂を共にして、その後の同衾を望んでいたのだけれど、ぼくの体はそうとは言わなかった。

 陽炎はそれも見事に見抜いていた。

 もう皆まで言う必要はない。

 

 陽炎にとって“構う”というのは、こういうことだった。最初から。

 たぶん、死の臭いの前にぼくはこうなるだろうと考えていたのだろう。

 

 こうして彼女を抱いて、抱かれていると疑問になる。

 ぼくとこうしている彼女は、何なのだろうか。

 

「陽炎」

「なぁに?」

「人と艦娘、一体何が違うんだろう」

「そうね……」

 

 彼女は少し考え込むと、

 

「量産品?」

 

 ぼくは、その冷たすぎる言葉に震える。

 続けて、

 

「そういう……まぁ、殺し合いの道具ってところかしら」

 

 抱きしめているその体の熱まで嘘だとは思いたくないかった。

 けれど、言葉は続いていく。

 

「私達は、敵を倒す、そういう目的のもとに生まれてくる。……漫画でも似たような台詞を見たけど……確か、『「こっちの岸から向こうの岸まで渡してやろう」この“約束”を抱えて“船”は生まれる』。で、『人を向こう岸に渡せなくなった船は、もう船じゃねェ』。だったわね。好きでしょ?」

 

 好きだった。だからすぐそのページさえ思い出せた。

 思い出したくなかった。

 

「だとしたら……私達は、敵を倒せなきゃ私達ですらない、って話になっちゃうかしら」

 

 やめてほしかった。そういうことを言うのは。

 でもそうなら、ぼくがそうであってほしいと願った彼女達の幸せの形は、実際とはずいぶん違うということだ。

 

「でもね?別に自分が“そういう”作り物だからって、何も自由意志がないわけじゃないのよ?そもそも、“これ”に誘ったの誰?」

「それは、陽炎で」

「でしょ?」

 

 誇らしげな声は、この温かさが本当だと信じてよいのだと、そのことを信ずるに足る証拠だと感じた。

 

「ただ……作られたものらしい感性、っていうか、考え方はあると思うのよ。テレビドラマとか見てると登場人物にかなりの頻度で引いちゃうんだけど、あれって多分“人間臭さ”ってやつで……私達が“人類守るぞー”とか“提督の役に立てて嬉しいなー”とか、そういう基準が人類にはないから、だと思うのよね」

「うん……」

 

 納得しながら聞く。

 確かに、それは“作られた”感がある、人類に都合の良い考え方だ。

 

「でも、もしかしたら一番“それ”が出てるのは……殺し合いのときの満ち足りた感じかしら」

「……どういう、感じなんだろう」

「考え方としては、さっきの話とそう変わらないと思うのよ。要するに、“自分が生まれた理由”を全力で叶えようとしているから、というか。多分人類の……“夢に向かって邁進中!”みたいなのと同じよ」

「ぼくからすると」

 

 陽炎の言葉を遮りたくて、何も考えずに口を開いた。

 そして少し言葉を選び、

 

「……ぼくからすると、すこし、悲しい」

「どうして?」

「それは、君達が……人類の役に立つこと、それなしでは生きられないみたいな気がして」

 

 彼女はぼくの言葉を聞いて、少し身を離した。

 そして顔をぼくと突き合わせて、ニッコリと笑う。

 

「あのねぇ」

「うん」

 

 笑いながら怒っているのかと少し身構えていると、

 

「私、幸せなのよ?」

「うん……?」

 

 どうして?という意味で唸ったから、彼女は続けて、

 

「燃料も、弾薬もあるし……ご飯は毎日美味しいし……こんな大きなお風呂場があって、ちょっとのお湯の無駄遣いなんか誰も気にしたりしないし、要は人間で言うなら貧乏の心配がないってことで……それってすごい幸せなことじゃない?」

「まぁ確かに……豊か、ではあるだろうけど」

 

 陽炎は僕に掴まる右手を離して、僕の眼の前に人差し指を立てて、

 

「それにね?あなたが幸せで、あと私に構ってくれることも嬉しいのよ。それに構いたい、って思ったときに構わせてくれるのも」

 

 そこがまさに“人類に都合のいいところ”なんじゃないか、と思う。

 けれどそれが彼女の幸せなら、

 

「だったら」

「んーん?」

「だったら、ぼくは……君を……君達が幸せでいられるように努力したい」

 

 それが、ぼくたち人類が、彼女たちを使い潰すぼくたちが、彼女達にできる償いのような気がしたのだ。

 

 陽炎を強く抱きしめる。でも、彼女は僕の腕を掴んでほどき、再び人差し指を僕に突きつける。

 その勢いで頭に巻いたタオルが落ちて、髪が彼女の背中へと落ちる。

 当然、シャワーがそこに降り注ぎ、髪は濡れた。

 

「あら、やっちゃった……乾かさないと。あ、そうだ。髪、乾かしてくれる?」

 

 唐突な問いに、ぼくはまたしても何も考えず、

 

「あ、うん。そうさせてもらおうかな」

「で、よ。どうして私の髪を乾かしてくれるの?」

「は?」

 

 理不尽な問いに、ぼくは思ったままに、

 

「それは、そうしてほしいと言われたし、そうしたいと思ったからで」

「小難しいこと考えた?」

「いいや、別に……」

「それよ」

「だから、何が……」

 

 陽炎は眦を下げて、

 

「“幸せにしなきゃ”なんて考えずに、ただ自然に私を幸せにしようと……ちょっと面倒な言い方ね、うん。私のお願いを“普通に”聞いてくれたじゃない」

「それは、そうだけれど」

「別に、“艦娘だから報いなきゃ”とか、そういう肩ひじ張った考えなしに、すごく普通にそうしようとしたのよ。それでいいの」

「うん……」

 

 なんとなく言いたいことがわかってきたような気がする。

 

 ぼくは、都合の良い彼女達にとって、都合の良い人類であろうとしていた。

 でも、そうじゃなくていい、そう言いたいのだろうと思った。

 

「別に、私達があなた達に都合がいい存在だからって、あなた達まで私達に都合のいい存在にならなくたってね。こう、なんとなくの、自然な感じでいいって言いたいの」

 

 その通りだった。

 言いたいことを言葉にしてくれたことが、その言葉が僕の考えと符合していることが嬉しいと思った。

 

「うん」

「そういうのが、私達の一番の幸せなの。だからね、提督」

 

 陽炎はまた僕に掴まるように抱きついて、胸元に口づけ、

 

「人類の幸せが、不幸せがどうとか、艦娘の幸せが、不幸せがどうとか、そういうのはあなたが決めることじゃないわ。みんなそれぞれ異なるのよ。私達は量産品だけれど……それでも、どう生きるかで考え方は変わっていくし……とにかく、考えすぎ。疲れてるのよ、あなた」

「……そうかも」

「で、疲れてるからこう、カチカチなわけでしょ」

「これがそうか……」

 

 自分の身でその実在を確認することになるとは、と頭を抱えたくなった。

 

 しかし、考えすぎ。

 そうなのだろう。

 ぼくは多分大きな思い違いをしていて、だからこんなに頭をこねくり回して、悩み果てたのだ。

 

 彼女達は子供なんかじゃない。いや子供だったらこうしている事自体問題だけれど。

 ともかく、ぼくよりよっぽど成熟した存在で……つまり、見た目は子供云々。

 ため息をついて、ぼくは陽炎を弱々しく、けれど離すまいと深く抱きしめた。

 彼女は右手を上げてぼくの頭を撫でて、

 

「あはは、でもね……疲れていても、考えるのは私達のことだったり、はけ口が私だったりするのもやっぱり嬉しいのよね」

 

 どうして?とは聞かなかった。なんとなく、それは無粋がすぎると思った。

 

「やっぱり、女として……ええと、ちょっと違うわ」

 

 彼女は一度咳払いをして、もっと深くしがみついて僕の右耳元に口を寄せて、

 

「あなたを愛するひとりの女として、あなたを受け容れられることが……幸せ」

 

 背筋を甘い痺れが駆け抜けていく。

 

 ああ、彼女達は、少なくとも彼女はぼくの下につく子じゃない。

 逆だ。ぼくは彼女に尻に敷かれている。

 それがたまらなくうれしくて、却って落ち込んだ。

 ぼくの甲斐性なし。

 

「そう、船って女だし……ね、だから……その、上がったら、あったかいミルクでも飲んで寝ちゃいましょ?」

 

 照れているのかはにかむ彼女が愛らしくて、僕は今度こそ強く彼女を抱きしめる。

 

「うん、そうしよう。風呂入って寝る、それが一番だ」

「そうそう。じゃあ、出すもの出してスッカラカンにして……あら、誰か来てる?」

 

 陽炎がふと視線を出入り口に向けてそうつぶやいた。

 ぼくも見ると、確かに人影があった。

 

「……ごまかせるものかな?」

「無理よね。じゃあ……」

 

 ●

 

 出すものを出して、体をついに離す。

 そういうものではないのは分かりきっているけれど、膿が出たように気分が少し晴れた。

 

 それで陽炎は立ち上がってそのまま出入り口に向かっていき、引き戸を開ける。

 

 どうやらそこには何人もいた。そして陽炎が色々話しているらしいのをしばらく眺めていたら、

 

「今晩はもう在庫切れよ!」

 

 楽しそうに大きな声で宣言して、引き戸を後ろ手に閉めた。

 楽しげな足取りでぼくのところに戻ってきて、

 

「あの子たち、覗きしてたのよ」

「はぁ」

「で、あわよくば自分達も相手してもらおうとか思ってたみたい」

「男子の本懐……と言いたいところだけど」

「弾切れよね?」

「面目ない」

「よかった」

 

 陽炎は床に落ちたタオルを拾い、

 

「あー、まぁビショビショよね」

 

 そう独りごち、よく絞って頭に巻いた。そして出しっぱなしのシャワーで股間を少しすすぐと、ぼくの手を引く。

 

「さ、湯船に浸かってリラックスよ」

「そうだね」

 

 導かれるように湯に入り、腰を下ろす。隣に陽炎も。

 

「あの子達ね、“可愛い、嬉しい、抱いて!”って感じだったらしくて」

「要約が雑」

「まぁいいじゃない。で、つまりほとんど最初から見てたのよね」

「ぼくの情けないところも全部見られたと」

「別にいいじゃない。みんな、自分たちのために泣くのを見て幻滅なんてしないわよ。……あなたは愛されてるの」

「……そうか」

 

 その後は、陽炎からの任務完了報告。戦闘はあったけれど、危なげのないものだったらしく安心して聞けた。

 それが終わると、肩を寄せ合ってのぼせる直前まで、ゆったりと言葉すらなく、けれど心を通わせて時を過ごした。

 そして風呂から上がると彼女のお願いどおりに髪を乾かしてあげて、二人で同じベッドで眠った。

 

 ●

 

 とても素敵な夢を見た。

 

 陽炎とふたり、海の見える家から静かな海を眺める暮らし。

 本当に幸せだった。

 

 けれど朝、陽炎を抱きしめながら目覚めても、不思議と名残惜しくなかった。

 だって、今だって同じくらい幸せだから。

 あの静かな海を求めて駆ける今も、ぼくは幸せなときなのだと知っているから。

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