【合作企画】あの人がこのお話を書いたら   作:青色3号

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ミルキーウェイ -作:オリザ-

 執務室の扉を開けると古いカーペットの匂いがツンと鼻を突いた。手にした書類鞄を手近なソファへ勢いよく放り投げる。チャックを閉め忘れていたらしく、中の書類がザザっと飛び出した。

「クソッ……」

 悪態をつきながら電気を点け、散らばった書類を集める。半日の間に籠もった空気を入れ替えようと窓を開けても、生温い空気は滞留するばかりだ。着慣れない制服が肌に纏わりついて鬱陶しい。上着を脱ぎ捨て、首を締め付けるネクタイを乱暴に緩める。

 もうすぐ日付も変わろうという頃、最低限の書類を片付けたらさっさと寝るべきだ。物に当たったところで仕方ない。分かってはいる、いるのだが。苛立ちを抱えたまま机に向かった。

 

 哨戒報告書、演習結果報告書、資源収支明細書、休暇申請書、改装申請書、請求伝票、新型航空装備の諸元説明書……。未承認の決裁箱に山積みになった書類を選り分ける。月例報告書の作成はまだ期限が先だが明日の出撃計画の承認はやっておかなければ。絞りに絞って手を付けるが、目は文章の上を滑るばかりだ。どれを読んでも先刻の会議のことが頭をよぎる。

 漫然と書類を捲っていると、コココンコン、とドアを叩く音がした。ーーこのリズムは。

「入れ」

 ギィ、と重い音を立ててドアが開き、扉の陰から茶色のツインテールを結ぶ白いリボンがひょこりと顔を出す。続いて白いブラウスにグレーのベストとスカート、スパッツに包まれた細い身体。現れたのは果たして予想通りの艦娘だ。いたずらっぽく笑う口が開いた。

「おつかれっ。陽炎型駆逐艦一番艦、陽炎。出撃完了の報告に参りました」

「もうそんな時間か。お疲れ」

 おどけた口調のやけに大仰な名乗りは、きっとわざとだ。普段なら軽口を返してやるところだが、つい素っ気ない返事になってしまった。

「あらら、本当にお疲れ。初めての大規模作戦会議だもんね、当然かあ」

「いや、……大丈夫だ。夜間哨戒の報告だったな」

「そっ。できるだけ手短に済ませちゃうね」

 渡された報告書に目を落としつつ、陽炎の声に耳を傾ける。……つもりだったが、気付けば思考は先程の会議の顚末に向かっていた。

 

 …………

「姫級の出現地点はポイントZと推測される。ではどれを出すかだが」

「戦艦を出すまでもないだろう。資源が勿体ない」

「その程度のコストを惜しんで撃破を逃せばそれこそ無駄だろう。誘引部隊をポイントCに出してはどうか」

「そちらは軽量編成でしか行けんだろう?」

「ふむ。では君の所でどうだね」

 不意に話を振られて内心焦りながらも何とか答える。

「は、はい。しかし私の隊はまだ練度も低く、側面支援を出さねば完遂は困難かと」

 指定された地点まで相当の戦力が待ち構えていると推察される。戻ってくるどころか、何人が辿り着けるか。そう発言した途端、あちこちでひそひそと囁く声。

「支援だとさ。まるで分かっちゃいないな」

「どうせ囮だ、水雷戦隊なら直すより使い捨てた方が安かろうよ」

「そう言ってやるな。まだ“人形遊び”が楽しい頃なんだろ」

「確かにな」

 くっくっく、とそこかしこで含み笑いが起きる。

 ……何だ、これは。

 幼い頃から、俺達にとって「提督」は英雄だった。人類の兵器では歯が立たない深海棲艦を、不思議な力を持つ艦娘たちを指揮して次々と屠っていく。そんなプロパガンダに無邪気に憧れてここまで来た。来てしまった。その実態がこんなものか。同じひとの形をした者たちを使い捨ての道具と言って憚らない、こんなものが。

 呆然としている間にも粛々と会議は進められ、草案通りの作戦を決行することに決まった。明日にも俺は、俺自身の手で彼女たちを死地に送らねばならない。…………。

 

「ほい」

 目の前に突き出されたマグカップが思考を引き戻した。ほのかに甘い匂いが鼻をくすぐる。反射的に受け取ったカップの中では白い液体が湯気を立てている。ホットミルクだ。いつの間に作ってきたのか、部屋を出たことにさえ気付かなかった。

 もう一つのマグカップを持った陽炎は、ソファの真ん中あたりに腰掛けてポンポン、と座面を叩いてみせる。全く話を聞いていなかったのは当然バレている、さすがに説教だろうか。促されるまま、少し間を空けて隣に腰掛ける。

 どんな手厳しい言葉が飛んでくるかと身構えたが、陽炎はそんな素振りも見せずにのんびりとミルクを飲んでいる。この暑いのにとも思うがせっかく淹れてくれたのだ、手を付けないわけにもいくまい。釣られるようにカップを傾けると、

「甘いな」

 ミルクだけではない、どこか懐かしさを感じる甘さに思わず声に出ていた。

「カップ一杯にハチミツを二さじ。陽炎家秘伝のレシピよ。海防艦のみんなにも良く眠れるって好評なんだから」

「ガキと一緒か、俺は」

「あら、ガキなんかじゃないわ。みんな立派な戦士よ」

「……すまん」

「いーえ」

 

 柔らかな口当たりがささくれだった心を包んで、苛立ちや焦りが小さくなっていく。

 隣に座る陽炎を盗み見る。背筋を伸ばし膝を揃えて折り目正しく佇む姿は、整った顔立ちも相まってどこかの令嬢のようだ。

 艦娘は人間ではない、兵器だ。養成校でもそう教わったし、理解しているつもりだった。だが実際会ってみればどうだ。些細なことで笑い、怒り、悲しみ、落ち込む姿はそこらの少女たちと変わらない。

 ただこの戦争の駒として生まれ、戦い、また沈んで。そんなのはあまりに空しいじゃないか。何かないのか、俺が彼女たちにしてやれることは。何か一つでも。

 

「艦娘って、なんだろうな」

「兵器よ。殺し、壊すための機械」

 転がり落ちた言葉に、突き放すような声が返ってきた。はっとして顔を上げると、彼女の大きな瞳が射抜くようにこちらを見ている。その氷点下の冷たさに背筋が凍ったのも一瞬、相好を崩して彼女は続ける。小さな子供に怖くないよ、と語りかけるように。

「それが私達の基底プログラム。だからといってそれだけのために生きているつもりはないわ。この力で、人類を、あなたたちを守ること。それが私達の生きがいってものよ。単純に強くなるのは嬉しいしね。敵を一撃で葬った時なんか、そりゃあ爽快なんだから」

 そうして主砲を撃つ真似をして、何の迷いもないとでも言うように笑顔を浮かべてみせる。

「だが、……だがそれじゃあ結局生まれ持った役割のまま動いているに過ぎないじゃないか。君の、君自身の幸福はどこにあるというんだ」

「幸福ねえ……」

 陽炎はしばらく空になったマグカップを両手で弄んでいたが、やおら立ち上がってドアの方へ向かった。出ていくのかと思いきや、ドア脇の小棚に置かれた花瓶にそっと触れる。ガラスの花瓶には小ぶりなヒマワリを中心に、ピンクや白、水色の花がバランス良く生けられている。

「これ、祥鳳さんが育ててるんだって。花のことはよく分かんないけど、綺麗よねえ」

 そのまま壁伝いに歩いて、掲げてある額を見上げる。

「これは六駆のみんなが書いたのよね。落書きのつもりだったのにって、電が恥ずかしそうにしてたっけ」

 続いてその下の飾り棚。

「このひな人形、雛祭りが終わってから届いたのよね。来年こそはちゃんと飾ろ」

「今年の梅雨は長かったわ。てるてる坊主って結構個性出るわよね」

「何この棒……って先週のスイカ割り大会の時のか。神通さんってば、目隠ししてるのに何の迷いもなく一発で的中させるんだもの。さすが鬼の二水戦」

 これはあの時の、あっちはこの時のと、指さしながら部屋をぐるりと巡って、俺の隣に戻ってきた。肩が触れそうなほど近く、寄り添うように腰掛ける。

「ね。幸せってなんなのか、なんて一言では言えないわ。私達は戦うために生まれて、常に戦場に身を置いている。それは事実。でもだからって、不幸だとは思わない。戦いの毎日でも、楽しかったり嬉しかったり、覚えておきたい瞬間は確かにあるんだもの。それを幸せって言ったって良いと思うわ」

「そんなことでいいのか。そんな小さなことで」

「じゃあ聞くけど、司令はどういうのが幸せだって思うの?」

「そりゃあ……戦って傷付くこともなくて、美味いもんを腹一杯食べられて、綺麗な服が着られて、好きなときに好きな事ができて。それから……誰か良い奴と、恋、なんかして……おい、笑うなよ」

「ごめんごめん。でもそれって、いわゆる人間の女の子の幸せじゃない?だいたい、全部叶えられる子なんているのかしら。どれか一つでも欠けたらその子は不幸なの?」

「いや、そんなことは……」

「でしょ。幸せの形なんて人間でさえそれぞれなんだもの、そっちの尺度で勝手に不幸ってことにされちゃたまんないわ」

 ――冷や水を浴びせられたようだった。

 きっと俺はどこかで彼女たちを見くびっていた。守られるべき女子供が矢面に立って、きっと不幸に違いないから人並みの幸せを与えてやろう、なんて。

 なんという傲慢。

 なんという思い上がり。

 穴があったら入りたいとはこのことだ。羞恥で顔が真っ赤になっているのが分かる。とても陽炎には見せられない。

 俯いていたらぽんと頭に何かが乗った。髪の流れに沿うように、前後にゆっくりと動いている。

「ありがとね、司令」

「よしてくれ。俺は、……結局君たちのことを、何一つ」

「それでも」

 俺の弱音を断ち切るように彼女は言う。

「そんな風に私達のことを考えてくれる人がどれだけいると思う?あんな小さな思い出も残してくれる人が。今の私がいなくなっても、あなたが覚えていてくれれば無くならない。それだけで十分、あなたがいてくれて良かったって思えるわ。だから、ありがと」

 彼女のひんやりとした手が俺の体温で温まっていく。

 嬉しいのか恥ずかしいのか情けないのかもう分からない。ただ、零れ落ちそうになる涙を堪えるのに必死だった。

 

 そうしてしばらくの間頭を撫でていた手がふっと離れた。立ち上がる気配にどうしたのかと見上げると、陽炎は(静かに)とでも言うように人差し指を唇に当て、足音を殺してドアへと向かう。 

 そろりそろりとドアに近づき、辿り着いて一呼吸。一気にノブを引くと、折り重なるように人影が三つ、転がり込んできた。

「聞いてたわね?」

 そのうちの一人、桃色髪の少女がいち早く立ち上がった。制服の埃をぱぱっと払い落とし、

「司令、遅くまでお疲れさまです。哨戒任務の報告に伺った隊長の戻りが遅いため、不備があったのかと思い参上しました」

 何事もなかったかのように、ぴっ、と敬礼して言ってのける。さっきまで床に転がっていたくせに。

「そう、遅いから気になったのよ」

 頷いてみせたのは霞だ。

「ふーん?私のことがそんなに心配だったんだ?」

「あんたじゃなくて。司令官、あなたこんな時間まで起きてるんじゃないわよ。明日の指揮に差し支えるでしょうが。まったくクズなんだから」

「霞ちゃん、お母さんみたい……」

「霰、あれが噂の霞ママというやつですよ」

「そこ、うっさい!私らはもう戻るから、あんたもさっさと寝るのよ!わかった!?」

 言い放って足音高く出ていく霞に、素直じゃないわね、などと話しかけながら不知火が付いていく。最後に残った霰は、

「司令官。いつも、ありがと。……元気、出してね」

 呟くようにそう言って深々と頭を下げ、そっと出ていった。

 

「どこから聞いてたんだ……」 

「多分最初からね」

「まじか……うああ……」

 艦娘の能力の前ではオーク材の重厚な扉も障子紙同然だ。無神経も浅慮も泣き言も、しっかり聞こえたことだろう。指揮官としての威厳もあったものじゃない。頭を抱える俺を見て、陽炎はクスクス笑っている。

「あなたのことが心配だったのよ。良かったじゃない、好かれてて」

「良いことあるかよ。明日からどんな顔をしたもんやら……」

「普通でいいのよ、普通で。鎮守府っていう帰る場所があって、司令がいて、それだけで十分。きっと皆そうよ。時々は構ってくれるともっと嬉しいけどね」

「わかった、わかったよ。それでみんなが笑ってくれるなら道化でもなんでもやってやるさ」

 そうそうその意気、と笑う彼女を見て思う。

 やはり俺は彼女達をただの駒だとは思えない。たとえ戦いが避けられない宿命だとしても、せめてそれ以外の時間は笑っていてほしい。

 

 人形に入れ込んでと嘲笑われようと。

 甘すぎると馬鹿にされようと。

 俺はこの道を行くと決めたのだ。

 

 マグカップに残ったミルクを飲み干す。蜂蜜の甘さが喉を灼いて、腹の底まで落ちていった。

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