正義の国の怪盗   作:ルヴレ

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怪盗は悲しい過去があるものらしい。

 

 

「薔薇の怪盗」と呼ばれる彼に、初めて出会った時、単刀直入に言えば、ナヴィアは彼を絶対に捕まえたいと思った。

 ──彼が犯罪者である以上、もちろん捕まえなければいけないのには、違いない。だが、なんだか直感的に、ナヴィアは彼を捕まえなければならない、と思った。

 彼が投げつけてきた手紙のせいか、はたまた彼の飄々とした態度のせいか。彼と初めて出会ってから二年も経つというのに、その思いは変わっていない。

 

「や、ナヴィア嬢。また会ったね。君とお会い出来るとは、光栄だよ」

「あんた、殆ど毎回出会ってるのに、よくそんな台詞言えるわね」

 

 ナヴィアは、呆れながら彼に自分の傘の先を向けて、岩元素で攻撃する。

 彼──薔薇の怪盗は、くすくすと楽しそうに笑いながら、まるで空を飛ぶような身軽さで、攻撃をかわす。彼はいつのまにか、逆手持ちで片手剣を握っていた。

 彼と初めて出会ってから二年。彼とはなんの偶然か、毎度のように遭遇する。そしてその度に戦っているせいか、心なしかナヴィアも彼も強くなったような気がしている。皮肉なことに。

 

「ふふ、だって、俺を捕まえてくれるんだろう?ナヴィア嬢」

「あんた、もしかして捕まりたいの?」

 

 ナヴィアが薔薇の怪盗にそう言えば、なんだか彼は、ほんの少しだけ悲しく笑った気がした。

 肝心の顔は、口元以外見えないから、真偽はわからない。けれど、彼は確かにいつもと違う口角の上げ方をしていた。

 

「…………どうなんだろうね。俺は、解放されたいのかもしれない。本当の自分が分からなくなる前に」

「解放されたいって……それなら、自首をすれば?」

 

 お互いの武器をぶつけ合いながら、会話する。彼は案外おしゃべりだ。戦闘中でも、関係なく話をしてくる。

 それは、彼に余裕があることの裏付けでもある。ナヴィアは、それが悔しくて仕方がない。

 

「…………でもね、ナヴィア嬢。俺には守りたいものがある。俺がここで全てを投げ出せば、俺はきっと後悔する。だから、自分では投げ出せないのさ。

 

 だから、ナヴィア嬢。俺を捕まえて。そして、俺を────」

 

 彼が何かを言おうとしたが、彼は困ったように小さく笑い、口を閉ざした。

 そしてそのまま大きく距離を取り、炎元素でいつものように消えていく。ナヴィアは、ごちゃ混ぜになった感情を誤魔化すように、強く傘の持ち手を握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ〜、マジで死ぬかと思ったぁ!!」

 

 私は壁を八つ当たりで殴りかけ、結局いつものようにクッションを殴った。

 早着替えをして血を吐き出すまでは、慣れすぎてもはやプロの技まで達している気がする。

 

 最初に犯罪者を助けてから二年。適当に助けまくった結果、一回悪の犯罪組織みたいなレベルまで、部下が増えかけて、慌てて何十人か解雇したが、順調に事は進んでいる。最近、フォンテーヌではロシ、と言うものが出回っていてそれが怪しいとか。情報もかなりつかめて、いい感じなのだ。

 ナヴィなんとかさん改め、ナヴィアさんに毎回出会う以外はな!

 

「ナヴィアさんに毎回出会うせいで、もう台本のネタもねぇよ…………」

 

 あ、そうだ。先に行っておくが、さっきの意味深台詞、中身は何もない。ネタがなくなった結果、意味深台詞しか思いつかなくなり、ヤケクソで言い放ったのがあれだ。

 だって、怪盗といえば、ミステリアスで悲しい過去があるのが定番だろう。カッコつけのセリフがなくなった今、悲しい過去をちらつかせてみたくて、つい言ってしまった。まぁ、悲しい過去なんてないけど。

 

 そんなことするなら、何も言うなよ、と思うかもしれないが、何も言わなかったらナヴィアさんに普通に負ける。

 最初はカッコよくするために言っていたのだが、いつのまにかあの時間稼ぎがないと勝てないくらい、ナヴィアさんが強くなった。

 絶望だ。私が捕まる日は割と近いんじゃないだろうか。

 

「でも、ロシについての詳しい情報がそろそろ掴める。そこに侵入すれば、おそらくかなり真相に近づける」

 

 私は、ロシと言う飲料が、かなり重要なのではないか、と考えている。

 理由は、簡単だ。

 

 友人が「グロシってなんだろうって思ったら、まさかの真相でさ!ちょっと調べてみてよ、驚くから!」

 と言っていたからだ。ちなみに、グロシ?については結局調べる前に、転生したので詳しくは知らない。

 けど、グロシとロシってなんか似てるし、多分重要なんだろう。明日は、ロシの情報を掴んでそうな組織に侵入して、情報を盗むつもりである。

 二日連続怪盗なんて、大変すぎるが、仕方がない。一刻も早く情報を手に入れたいし。

 

「てか、グロシってなんなんだ?ロシの原液とか?……うーん、考えても仕方ないかー。明日は千織屋に行かないとダメだし、寝よう」

 

 私は頭を振り回して、思考停止した。千織屋のアルバイトはずっと続けているが、時々怪盗の仕事のせいで、夜に寝れなかった時に、うとうとして迷惑をかけることも多々ある。

 遅寝をして、千織さんに迷惑はかけたくない。私はベッドに横たわり、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロゼ、ここの採寸を測ってくれない?それから、ここのラインの強調を。ここも仮縫いしておいて」

「はい!任せてください!」

 

 昨日は結局、グロシが気になりすぎてそこまで眠れなかった。そのせいで少し眠いが、私はメジャーを取り出してお客さんの腕の長さを測ってメモをする。

 そして、そのメモを千織さんに渡してから、糸を取り出して仮縫いもしておく。うーん、かなり忙しい。

 そして、何よりめちゃくちゃ寒い。

 

 私は割れた窓ガラスを見て、ぶるりと小さく震えた。あの窓ガラスは千織さんが割ったやつである。迷惑客を追い出す時、窓から投げ飛ばしたのだ。風が入ってきて寒い。いや、ちょっと千織さんが怖くて寒気がしてるのもあるかもしれない。

 千織さんはお父様の次に、怒らせてはダメな人リストに入っている。自分を貫き通すスタイルはカッコよくて憧れるし、根が優しい人なのも分かっているのだが、怒らせたら本当に怖い。

 

 私は割れた窓から、外の様子をぼんやりと眺めた。すると、一瞬見覚えのある金髪縦ロールが見えた気がして、私は何度も目を擦った。

 ま、まさか、店に来たりしないよな?と私は怯えながら、恐る恐る窓をもう一度見る。そして、一息ついた。

 どうやら、居ないようだ。店に来られたら、流石に正体がバレそうで心臓が止まってしまう。

 

「千織ー!新しい服が一着欲しいんだけど、いいのある?」

「…………ひぇっ!」

 

 殆ど毎週聞いている、明るい声と共に、勢いよく、扉が開いた。後ろには、黒い服を着た部下の男の人が二人立っている。

 私は油断していたせいで、変な声を上げてしまった。

 

 ナヴィアさんは、ビビっている私を見て、にこにこしながら近づいてくる。

 え、もしかしてバレた?私、メロピデ要塞行き?

 私は目を右往左往させて、逃げ道がないか探すが、ナヴィアさんの部下二人がいるせいで、逃げれそうにない。私が目を瞑ったら、ナヴィアさんは私の肩を強く掴んだ。

 あぁ……終わったかも。私の人生……。

 

「あんた、可愛い服着てるね!名前は?千織屋で最近働き始めたの?」

「…………ん、え、あー、わ、私はロゼ。千織屋では、二年前から働いているわ〜」

 

 咄嗟にいつものおっとり風の喋り方に転換した私は、天才だと思う。

 どうやら、ナヴィアさんは私の正体に気づいていないらしい。私は内心ほっとした。

 

「え、えっと……千織さんに用があるのかしら〜?それなら、呼んできますね〜」

「あんた、あたしと同い年くらいでしょ?敬語は要らないから、好きに話してよ!あたしは気にしないから!」

「ふふ、それなら、遠慮なく話すわ〜。ありがとう、えっと──お名前は」

「あたしはナヴィアよ。よろしくね、ロゼ!」

 

 知ってます。散々あなたと会って戦ってます……。とは言えないので、私は若干引き攣りながら笑った。

 ナヴィアさんから、友好的な態度をされると、逆に落ち着かない。私は逃げるように、千織さんを呼んだ。

 

「あの、千織さん。ナヴィアさんって方が千織さんに用があるって……」

「ナヴィアが来たのね。そう言えばロゼは、ナヴィアと会うのは初めてじゃない?」

「そうですね〜、確かに初めてです!」

 

 にこにこと私が笑うと、千織さんは何か思いついたのか、じっと私のことを見つめた。

 私はなんだか嫌な予感がして、首を傾げる。

 

「ロゼ、ナヴィアの服のデザインを一緒に考えてくれない?着想はもう沸いている……けど、こんなものじゃ満足できない」

 

 そう言いながら、千織さんは一枚の紙を見せてきた。ナヴィアさんが新しい服を買いに来た時のために、既に書いていたのだろう。

 ──満足できないって言ってるけど、正直完璧すぎてなんの感想も思いつかない。私は千織さんの書いたデザインを呆気に取られて眺めてしまった。

 そんな私の腕を千織さんは引っ張り、どこかに連れて行かれる。

 

 えっ、まさかナヴィアさんのところに連れて行ったりしないよね?

 そう信じたいが、千織さんが引っ張っている方向は、間違いなくナヴィアさんのいる方向だ。に、逃げたい。けど、千織さんの力が強すぎて逃げれない。

 

「あ、ロゼ!あんがと。千織を連れてきてくれたの?」

「あ、そ、そうそう。私は用無しだし、お二人でごゆっくり……」

「ロゼにも手伝って欲しいって、言わなかった?」

「────ごめんなさい……」

 

 逃げる作戦、大失敗。私は千織さんの圧に押されて、縮こまりながら謝った。

 我ながら情け無い。けど、仕方ないのだ。解雇とかされたらいやだもん……。

 

「そういえば、千織がそう言うってことは、ロゼも、デザイナーなの?」

「いいえ、私はただの下働きよ〜。デザイナーなんて、なれないわ〜。千織さんみたいなセンスは、持ってないもの〜」

 

 ナヴィアさんが、こちらをキラキラとした目で見てきたので、私は慌てて首を横に振った。私の本職はサーカスのパフォーマーなのだ。確かに舞台用の服をデザインしたりはするけど、千織さんみたいに才能があるわけではない。

 

「そうなの?でも、あの千織が手伝わせるなんて、あんたはセンスあるんだよ!もっと自信を持った方がいい!」

「ふふ、嬉しいわ〜。ありがとう、ナヴィア」

 

 ナヴィアさん、あまりにも陽キャすぎて、眩しい……。ナヴィアさんはもしかして、岩元素じゃなくて光元素なんじゃないか?

 私は友好的なナヴィアさんに、ちょっと違和感を感じながらも、おっとりと笑った。割とおっとりキャラも板についてきた気がする。

 

「ナヴィアは、太陽みたいね〜。ナヴィアがいるだけで、一気に場が明るくなる感じがするわ〜」

「…………太陽?」

 

 千織さんが、ピクリと私の言葉に反応した。二年も千織屋で働いていたからわかる。こう言うときの千織さんは、大抵インスピレーションが沸いているのだ。話しかけてはいけない。

 千織さんは、ナヴィアさんの服のデザインが書いている紙に、ペンを走らせていく。

 

 ナヴィアさんは、集中している千織さんを横目で見て、小さな声で私に話しかけた。

 

「そうだ、言い忘れてたよ!あたしは「棘薔薇の会」のボスだから、困ったときはいつでも相談してね!今は怪盗と、連続少女失踪事件について調べてるから、ちょっと忙しいんだけど……」

「怪盗……」

 

 怪盗って……うん、私だよね。知ってるー。

 気まずい。あまりにも気まずすぎる。私はナヴィアさんから目を逸らした。

 ナヴィアさんは、私が怪盗に興味があると思ったらしい。怪盗について、話し出した。

 

「そう!薔薇の怪盗って言って、たくさんの事件に関わっているの。二年前から追ってるんだけど、すぐに姿を消すから、捕まえられないってわけ!もし、あんたが薔薇の怪盗を見たら、すぐにあたしに教えて!」

「あ、うん。教えるわねー」

 

 私は冷や汗をダラダラ流しながら、何度も首を縦に振った。

 目の前に居ます!なんて言えないので、ここは嘘をつくしかない。そんなふうにナヴィアさんの無意識攻撃に私が精神的にやられている間、千織さんはデザインを書き終えたらしい。

 顔を上げて、一枚の紙をナヴィアさんに見せた。私はそのデザインを見て、思わず驚きの声を上げた。

 

「……あ!」

「わぁ、このデザイン、あたしにぴったりだね!さすが千織だよ!」

 

 このデザイン……どっかで見たことがある。私は自分の頭から何とか、記憶を引き摺り出した。

 そうだ、このデザイン、友人が見せてきたナヴィアさんの立ち絵の服と同じだ。ナヴィアさんの言う通り、ナヴィアさんにこれ以上ないほど、似合いそうな服だ。

 千織さんはナヴィアさんが褒めても照れた様子もなく、当たり前のような顔をしている。千織さんにとって、きっとこのデザインが思いつくのは当たり前のことなのだろう。

 

「そう?ありがとう。……そういえばロゼ、そろそろ帰った方がいいんじゃない?また君の家族が、心配して店に来る頃じゃ……」

「ロゼっ!」

 

 千織さんが帰るように促したところで、勢いよく店の扉が開き、リネとリネットが入ってきた。どうやら帰るのが遅くなりすぎたらしい。時計を見れば、確かに40分ほど帰るのが遅れてしまっているようだ。

 

「……ロゼ、無理しないで、早く帰ってきてもいいんだよ?この前だって、無理をして倒れてたよね?」

「私は無理なんてしてないわよ〜。だから、心配しないでくださいな」

 

 ……この二年間。私は怪盗の仕事のせいで、眠れず、寝不足で倒れることがしょっちゅうあった。あと、元素を使っているせいで、胃の中の神の目が燃え上がるし、血もめちゃくちゃ吐いた。

 その結果がこれである。リネたちを過保護にさせてしまったのだ。リネリネ推しの友人に、ぶん殴られそうだ。

 

「あれ、もう帰っちゃうの?」

「えぇ、中途半端なところで終わって、ごめんなさい」

 

 帰ろうとしている私を見て、ナヴィアさんが私の腕をそっと掴んだ。

 

「……ひっ」

 

 私は、驚いて勢いよく肩を上げ、ついナヴィアさんの手を払ってしまった。ナヴィアさんに触れられると、つい警戒してしまう。毎回追いかけられているせいだ。まぁ、犯罪なんてしている私が悪いのだが……。

 そこまで考えて、私は、自分が最低な行動をしたことに気づいた。

 人の手を払うなんて、印象も最悪だし、心を傷つけてしまうなんてこともあり得る。私は慌てて謝った。

 

「あ……わ、私……。ご、ごめんなさい。本当に……ごめんなさい……」

「ロゼ?大丈夫!あたしは気にしてないから……」

 

 ……しかも、よく考えたら、だ。私、超絶美少女のナヴィアさんから触れられる機会を、自ら奪ってしまったのでは?

 え、私ったら最悪。いや、確かにいつもかわいいリネットに触れられはするし、もちろん、リネットも大好きである。が、個人的な話ではあるが、私はナヴィアさんの顔がどタイプだ。怪盗やってる時も、毎回思ってる。ナヴィアさん美少女すぎる、と。

 

「綺麗なお嬢さん」とか毎回言ってるが、あれはガチで言っているのだ。ナヴィアさんは、憧れのアイドルみたいな立ち位置だったと言うのに……!

 私が、自分から仲良くなれる可能性をぶち壊してしまった……!あと、よく考えたら、リネとリネットと千織さんにも今の見られたじゃないか!私、性格悪いとか思われてたらどうしよう……!

 

「……あ……どうして。私、何で、こんなこと……。私……私……!」

「ロゼ!落ち着いて!」

 

 リネに諭されて、ようやく正気に戻る。

 うわ、恥ずかしい。こんなしょうもないことで、取り乱すとは。

 私は気分を一度落ち着けて、無理矢理いつものような笑みを浮かべた。

 

「……やだ、私ったら。ごめんなさい。冷静さを欠いてしまったみたいね〜」

「……ロゼ、あんたは────」

 

 ナヴィアさんが何かを尋ねかけ、口を閉ざす。

 え、ちょっとそこで止めるのやめてよ!気になる!

 私がナヴィアさんに、何を言おうとしたのか尋ねかけた、その時。

 ナヴィアさんがにこりと周りに花が咲きそうなくらいの、笑顔を浮かべた。

 

「あたしこそ、急に腕を掴んで、ごめん!あたしが悪いんだし、そんなに気にしないでよ!

 あ、そうだ!お詫びに今度、何かご馳走するよ!ロゼはいつ空いてる?」

「え、基本的にいつでも空いてるけど……」

「じゃあ、明日はどう?あたしのおすすめのレストランに、連れてってあげる!」

 

 い、いい人すぎて、逆に申し訳無くなってくる。

 ナヴィアさんって、こんなに優しい人だったのかぁ……。私と会うときは毎回殺意MAXだから、人柄は全く知らなかった。

 

「まぁ!ぜひ行きたいわ〜!」

「じゃ、明日の11時に、千織屋の前集合で!」

 

 ナヴィアさんはそう言って、私に手を振ってきた。私はこくりと一つ頷き、千織屋を出た。

 リネとリネットがこっちを心配そうに見てるし、一刻も早く家に帰った方が良さそうだ。

 

「ロゼ……さっきは大丈夫?」

「大丈夫よ〜!それより、二人は今日の夜、ファデュイの仕事があるでしょう?私のことなんて、気にしてる場合じゃないわ〜」

 

 必殺技、話を逸らす!

 さっきの挙動不審をちょっとでも怪盗と関連付けられたら、終わる。リネたちなら、頑張って誤魔化せるかもしれないけど、絶対お父様にバレる。お父様にバレたら、もう絶望しかない。お父様は普段は優しいけど、ファデュイの執行官でもあるんだし……どうなるかは考えたくもない。

 

 それはともかく、二人が、今日はファデュイの仕事で忙しいのは、本当だし。この逸らし方なら、怪しまれないだろう。

 

「うん……でも、ロゼは今日の間は、ゆっくりしてて。何かあったら、フレミネに言ってね。あと……」

「大丈夫!大丈夫よー。ゆっくりしてるから!ね?」

 

 すごく心配してくれてるんだけど、今日の夜、私は怪盗として、情報を集めなければならない。ロシの情報を持ってそうな集団を、見つけたのだ。

 拠点を変える前に、一刻も早く情報を盗まなければいけない。情報屋は雇ってはいるが、ここの警備が硬すぎて、全然情報を握れないらしい。だから、私自身が行くしかない。

 今日ばかりは、ゆっくりなんてどうしてもできないのだ。嘘をつくことに罪悪感を抱きながらも、私は二人と共に壁炉の家へ帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ここであってそうだね」

 

 私は部下の取ってきた建物の写真と、実物を見比べて頷く。

 ──帰宅して、数時間後の夜。私は情報を掴むために、怪盗の服装で、ロシの情報を持ってそうな集団の拠点までやってきた。

 一振りの片手剣と、何本かのナイフをマントの中に隠して、私は建物内に侵入した。

 

 建物のマップは、頭の中に入っているから、計画も立ててある。厳重な警備の中、唯一入り込めそうな、二階の窓から入る予定だが、やはりここだけ警備が甘い。

 私は元素を使って、二階の窓までワープした。そして、無駄に洗練してしまった鍵開けの技術で、窓の鍵を開き、侵入する。

 もちろん、警備員が中にいるので、素早く接近する。

 

「ひっ……お前はもしかして、薔薇の……!?」

「おっと、失礼」

 

 私は片手剣の持ち手で敵の顎をぶん殴り、気絶させた。ちょっとだけ遅れたせいで、声を出させてしまった。私もまだまだである。

 

「…………確か金庫は三階だったかな?」

 

 ちょっと記憶力が怪しい。地頭はよくないので、仕方がないのだ。

 私は自分の記憶力を信じて、天井にある柱や、棚を利用して何とか三階まで移動する。

 三階は、明らかに二階と雰囲気が違った。なんというか、更に厳重な感じがするのだ。

 

 長年の勘だが、こういうときは大抵、近くに警備員が居て、更にその先に大事なものを隠している。

 

「お前!どこから入ってきた!」

「ふふ、やっぱり。予想通りだな」

 

 私は背後から襲いかかってきた警備員を、ひらりと避け、また顎を狙って気絶させた。

 

「は?お前は何者……」

「うっさい」

 

 その横から更に一人声を聞きつけてやってきたので、隠し持っていた、睡眠薬付きのナイフを投げて眠らせる。

 ──はっ、しまった。つい本音が出てしまった。怪盗はうっさいなんて言わないな、うん。華麗でミステリアスなイメージが台無しである。

 私は反省しつつ、覚えている金庫の場所へ向かって、全力ダッシュした。すると、わかりにくい場所に金庫が隠してあった。

 

「よし、これだな」

 

 私は素早く解錠して、中に入っていた資料を全てマントの中に仕舞って、逃げ出そうと後ろを向きかけた。

 ──その瞬間。炎元素のついた矢が、私の首すれすれのところを通りすぎた。

 本当に、死ぬところだった!私は冷や汗を流しながら今度こそ後ろを向いた。

 

「……は、はは」

 

 向いた途端、思わず変な笑いを浮かべてしまった。それもそうだ。誰でもこんな笑いを浮かべると思う。

 炎元素が付いた矢を放ってきた本人の顔を、見てしまったのだから。

 

「リネ……外したの?」

「ごめん、リネット。でも次は絶対にやるから」

 

 なんでリネとリネットがいるんですかね!?お二人さんファデュイの任務で居ないのでは!?あ、違うわ、ファデュイの任務だからここに居るのか!ははは!なっるほどなー、ファデュイもこの情報が欲しかったのか?

 じゃない!笑えないよ!最悪だよ!

 

「おやおや、物騒な事をしてくれるじゃないか。そんな事をされたら、俺も武力行使せざるを得ない。逃げるなら今だよ?俺はなるべく人を傷つけたくないんだ」

 

 私は冷静に、逃げる事を勧めてみる。でも、二人の顔は険しくなるばかりだ。

 いや、マジで私は戦いたくないのだ。…………いや、違うな。二人とは戦えないんだ。

 そもそも、二人が死ぬらしいから怪盗なんてやってるのに、もし二人を殺してしまったら、本末転倒だ。それに、家族同然に思ってる二人を傷つけるなんて……そんなことできない。

 けれど、リネは首を横に振って私の提案を跳ね除けた。

 

「その提案には応じれないね。僕たちは、その情報が欲しいんだ」

「……ふ、そうか。残念だよ。悪いが俺は逃げさせてもらうとしよう!」

 

 武力行使するなんて強がっておきながら、私はワープを挟みつつ、走り出す。武力行使なんて、本当はできないからだ。一刻も早く集中できる状況にして、遠くにワープするしかない!

 けれど、リネットは風元素だ。私の炎元素よりもよほど、移動に適している。

 リネットはすぐに私に追いつき、剣で切りつけてきた。

 

「……外した」

 

 私は片手剣を咄嗟に逆手で構えて、リネットの攻撃を受け流す。それどころか、逆に、腕力の差でリネットを押し返してみせた。

 そして、怯んだリネットに向かって追撃をしようとしたが────リネットを傷つけるのが怖くて、ズレた方向に向かって切りつけてしまった。

 私の剣術は、基本的に速攻即決を意識したもの。一発で敵を仕留めるのに、特化している。そのせいで、外した時の隙は、かなり大きい。

 リネットは、その隙を見逃すはずもなかった。

 

「が……ふ…………」

 

 あ……つい。痛い。お腹が、焼ける。まるで、火に包まれているみたいだ。──今、何が起きた。

 ……いや、分かってる。リネットに刺されたのだ。私が躊躇ったせいで。

 リネットは、私がロゼだとわかっていない。そんなことは分かっている。それなのに、物理的な痛みではない痛みも、まるで全身を駆け抜けるように襲いかかった。リネットが攻撃をしてきた。その事実が、苦しくて仕方がない。

 それでも、私は心臓にかろうじて刺さらなかったリネットの剣を握りしめて、奪い取った。力差では、私はリネットに勝る。

 ぽたぽたと血が傷口から地面に滴り落ちて、床が赤く染まった。

 

「投降したらどうだい?僕たちは、その資料さえ渡してくれれば、これ以上、君を傷つけたりはしない」

 

 リネは、剣を支えに何とか立っている私に、静かに近づいてきた。リネットは無力化したようなものだが、リネは無力化できてない。この怪我だ。まともに走れるわけなんて、ない。間違いなく、リネから逃げ切ることはできないだろう。

 でも、資料を渡したら、リネたちの救済からきっと何歩も遠ざかってしまう。

 

 それだけは、なんとしてでも、避けなければ。

 

「……あああああああ!!!」

 

 私は咄嗟に剣を構えて、リネの背後にワープする。

 怪盗風にカッコつける余裕なんてない。躊躇う気持ちを消し飛ばすように叫びながら、私はリネの背中を全力で切りつけた。

 

「くっ…………」

 

 ぽたぽたと、リネも血を流して膝をついた。リネの血が、私の流した血と地面で混ざり合う。それを呆然と眺めて、ふと正気に帰った。

 …………やって……しまった。私が、リネを、傷つけてしまった。

 でも、仕方が──なかったのだ。だって、このまま顎を狙ってもきっと避けられるし、睡眠薬付きのナイフは神の目持ちに効きにくい。ワープしても、この怪我だ。二人を同時に巻くのは、私の技術では不可能。だから、最善はこれしかなかった。私と同じまでとはいかなくても、そこそこ傷を負わせて動きを遅くさせる。これしかなかった。

 

「……よくも、リネを……!」

 

 リネットが、恐ろしく怒りのこもった目でコチラを見て、襲いかかってくる。私はそれをふらふらとかわして、痛みを堪えながら走り出した。

 そして、風元素で追いかけてくるリネットを、何度もワープを乱発することで躱す。もう、胃が痛むとか言ってられない。

 

 それよりも早く、リネットから逃げて、せめてリネットを傷つけずに資料を持ち帰らなければ。

 

 私はこれまでにないほどの集中力で、走りながらワープ地点を設定する。いつもなら、きっと集中なんて痛みでできなくて、遠くにワープは無理だっただろうに。リネたちをこれ以上傷つけたくない、というその一心で、私は動けたのだ。青い炎に包まれた私を、リネットは強く睨みつけてくる。きっと、私が逃げるのだと察したのだろう。

 

「……ごめん。リネ」

 

 私は最後に遠くに目に入ったリネを見て、思わず謝った。怪盗のキャラに合わないのは分かってるけど、謝らずには居られなかった。リネットが、大きく目を開いたのを最後に見て、私はワープした。

 

「……どうして、リネの名前を知ってるの」

 

 そうリネットがワープした地点を見つめながら呟いたことを、薔薇の残香だけを残して、消え去った私は知るはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ちっ、痛いなぁ」

 

 私は、自分の部屋にワープして早々、仮面を脱ぎ捨て、地面に座りながら、そう呟いた。

 

 けれど、このままでは地面が血で真っ赤になることに気づいて、慌てて立ち上がった。そして痛みを堪えながら怪盗の衣装を脱いで、傷口を強く包帯で締め付ける。

 

 血が服に滲んでしまったら、正体がバレてしまう。だから、何度も何度も厳重に巻く。巻き終えた私は怪盗の服についた血を洗い落としながら、鏡に映った自分が、あまりにも酷い顔をしているのに気づいて、苦笑した。

 そして、鏡に向かって次はいつものように笑みを浮かべた。

 

「……ダメだな。うまく笑えない」

 

 ああ、ダメだ。いつも浮かべているような、穏やかな笑顔が作れない。口角が、上がらなかった。まるで抵抗でもするかのように、ひくひくと痙攣するだけだ。

 

 私は自分が思っているよりも、心が弱かったのだ。

 ……リネットが向けてきた殺意のこもった瞳。リネが向けてきた、敵意。リネを簡単に傷つけてしまった、自分。

 それらの事実が、傷口を抉るように私を傷つける。一瞬のことだったから、夢みたいに思えてしまう。でも、痛む傷口が、さっき起きたことは全部現実なのだと、私に知らしめてくるのだ。

 

 リネたちを守るために、命を救うために怪盗になったというのに。

 

「こんなのじゃ、逆だ……。私が、リネたちを傷つけてる」

 

 私はいつのまにか流れてきた涙を強く拭った。

 後悔なんてしない。そう決めたのに、後悔しそうになる。

 ……もう、何も考えたくない。

 

 私は無心で服についた血を洗い流した。本当は干したいけど、干したらバレてしまう。仕方なく、クローゼットにしまう事にする。

 

「リネ!大丈夫!?」

 

 そこまで終えて、フレミネの叫び声が、遠くから聞こえた。私が傷つけてしまった、リネが帰ってきたのだ。

 本当は、部屋にこもっていたい。精神的に辛いのもそうだが、普通にリネットにつけられた傷口が深い。

 

 でも、いつもの「ロゼ」なら、すぐに駆け付けている事だろう。ここでおかしな行動をとれば、目立ってしまう。

 私はいつものように、リネの傷口を塞ぐための包帯を手に持った。

 

「どうしたの!?リネに何があったの!?」

 

 私は渋々自分の部屋からいつも通り飛び出して、リネに駆け寄った。

 リネは、苦しそうに傷口を押さえている。私は自分の心臓が何度もどくどくと音を立てるのを感じた。

 大丈夫だ、ファデュイに属している以上、みんなが怪我をすることなんて、何度もあったじゃないか。このくらいじゃ、死なない。そうに決まってる。

 

 そうやって自分を安心させようとしても、目頭がどんどんと熱くなってくる。さっき泣いてしまったのが、よくなかったのかもしれない。

 私はいつも通りの笑みを浮かべられず、無表情のような表情になってしまう。

 

「ロゼ……?どうしたの?もしかして、怒ってる?」

「……怒ってる?……確かにそうかも」

 

 私はフレミネの問いに、曖昧に答えた。確かに私は、私に怒っている。

 私は持ってきた包帯を取り出して、ぐるぐるとリネの傷口に巻きつけた。出血が多い。加減なんてしている余裕はなかったから、深く傷をつけてしまったのだ。私は唇を強く噛み締める。

 包帯は巻き終えた。よし、包帯を巻いて……それで……あれ、私、何をすればいいんだっけ。

 

「ロゼ。泣いてるの?」

 

 リネの困ったような優しい声が、上から降ってくる。

 

 あ、生きてる。

 

 なんだか唐突にそう思った。

 

 ……リネが、生きてる。死んでない。ぽたぽたと地面に落ちていく涙が気にならないほど、ただそれだけを思った。

 私は思わずリネに抱きついた。暖かい。生きてる温もりを感じた。

 

「いきてる……」

 

 弱々しい声が、喉の奥から飛び出した。

 いつも通りにしないと。そう思えば思うほど、いつも通りの行動ができなくなってしまう。

 

「ロゼったら、そんなに心配してくれたのかい?このくらいの怪我は、今までもあったでしょ?このくらいじゃ、死なないさ」

「でも……死ぬかと思ったもん。私……だって……」

 

 そこまで話して、口を閉ざす。

 だって、リネを刺した時、殺すくらいのつもりでやってしまったから。

 そんなことは、言えなかった。

 

「……ロゼ。私たちは、そう簡単に死なない。だから、安心して」

 

 リネットは、私のことをじっと見た。その紫色の瞳には、さっきまであった殺意は、一切ない。一見無表情に見えるけど、穏やかな目をしている。

 私は、今度こそ、いつも通りに笑った。

 

「えぇ、ありがとう。少し、安心できたわ」

 

 …………あーあ。ナヴィアさんに、「俺を捕まえて」なんて意味深なことを言ったが、本当に捕まりたいかもしれない。

 捕まったら、私はリネたちを傷つける恐怖から、解放されるのだろう。でも、自分から自首するなんて、絶対にできない。後悔はしたくないから。

 ミステリアスキャラで言ってたつもりの嘘が、本当になってしまった。

 

 私は今、本当にいつも通りに笑えているのだろうか。

 




復活!
怪盗の方の魔神任務本編の話は、数話挟んでから始めるつもりです。
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