正義の国の怪盗
「ここが僕たちの仮住まいさ」
リネがそう言って、一つの家を指差した。そこは、中々に上等そうな家だった。
旅人こと、蛍はフォンテーヌについた矢先、水神のフリーナに逮捕されそうになった。それを止めてくれたのが、リネだ。そして、蛍と相棒のパイモンは、リネのマジックを見ることになった。その過程でリネを手伝うことになり、この家の前にいるのだ。
蛍はその家の前に、少年と少女が立っているのが見えた。もしかして、リネとリネットの兄弟や、親戚だろうか?
「あら、リネにリネット。帰ってきたのね〜?」
少女の方は、にこにことおっとり微笑みながら、手を振ってきた。白い肌に金髪、そして目を惹く雪のように白い瞳。変わった容姿をしているが、顔立ちは特に目立つところはない。はっきり言って仕舞えば、それ以外は平凡な顔立ち。そんなありふれた少女だった。
「あ、ロゼ、フレミネ、居たのか! みんなはどこ? この二人をみんなに紹介したいんだけど……」
「みんなはさっき出かけたよ」
大人しそうな少年が、ようやく話した。それにしても、「みんな」とは随分と大家族らしい。と言うことは、やはりこの少女と少年はリネたちの兄妹なのだろう。
ロゼ? と呼ばれた少女は、ふわふわとした動きで蛍の前まで歩いてきた。
「あなたが旅人さん?」
「うん。あなたは、リネとリネットの兄妹?」
「うん、そうだよ。この子は僕と年子の妹のロゼだ。裁縫が得意なんだ。こっちは、弟のフレミネ。フレミネは、凄く腕のいい潜水士なんだよ」
ロゼは、旅人を見て、ニコリと笑った。なぜだろう。物凄い憧れの視線を感じる。パイモンもそれに気づいたのか、嬉しそうにくるりと一回転した。
「よろしくね〜。私、あなたの大ファンなのよ〜。色んな事件を解決するなんて、カッコいいもの〜」
「おお、ロゼ! おいらたちをよくわかってるな!」
ロゼはそう言って、にこにこと笑った。フレミネはそんなロゼをちらりと見て、何かを思い出したように突如呟いた。
「そういえば、フォンテーヌに来たなら、「薔薇の怪盗」に気をつけたほうがいいよ」
「は?」
「ろ、ロゼ? どうしたの?」
「い、いいえ。なんでもないわ〜」
フレミネがそう言った途端、ロゼは一瞬目を大きくさせて、狼狽えた。蛍はそれを不思議に思いながら、フレミネに理由を尋ねる。
「「薔薇の怪盗」って、何?」
「最近、フォンテーヌで窃盗事件が相次いでいるんだ。その時に、薔薇の花が現場に落ちていることから、そう呼ばれてる。夜に、大事なものを怪盗に盗まれないように、よく気をつけてね」
「ぶっ……げほっ、ごほっ」
「わぁ! ロゼ、大丈夫か?」
フレミネが話終わると、急にロゼが咳き込み出した。パイモンがあたふたとしている間に、慌ててリネが背中を摩る。
「ロゼは、病弱なんだ。だから、こんなふうによく咳き込んだり、熱を出してしまう」
「いや違う。大丈夫。心配しないでいいから」
しかし、ロゼはキッパリと否定した。リネットは困ったように眉を少し下げている。どうやらロゼはみんなを心配をさせないように否定したらしい。
「ゴホン……。それよりも今日は、二人が歌劇場でマジックを初めて披露する日でしょう? 私も見に行きたいわ〜」
「おお! おいらたちも見に行くんだ! ロゼも一緒に行かないか?」
「あら! いいの? ぜひ一緒に行きたいわ〜!」
「ロゼが見に来たら、私たちも嬉しい」
そんなふうに、蛍たちとロゼは一緒にマジックショーを見ることになった。
「ここが、エピクレシス歌劇場よ〜」
リネ、リネット、ロゼの三人と歌劇場までやってきた蛍たちは、その大きさに圧倒される。リネは二人の様子を見てクスリと笑って、言った。
「実は、歌劇場は昔から指定席制でね、事前登録が必要なんだ。はい、君たちのチケットだよ。……で、ロゼ。チケットは取ってる?」
「………………うふふ」
ロゼはそっぽを向いて、笑い出した。そんなロゼをパイモンは半目で見つめた。リネはロゼのそんな性格を分かっていたのか、ロゼにもチケットを渡した。
「もう、ロゼったら本当におっちょこちょいだよね。……でも、前みたいに取り繕われるよりはいいからね? ロゼは無理せずこのままでいいから」
「いや……あの、それ本当に私、おっとりが素の自分じゃなくて、前のが本当…………」
「嘘つかなくて、いい。前にも言った。私たちは、どんなロゼでも受け入れるって」
「…………。なんでこんなことに?」
会話の内容が理解できず、パイモンと蛍は顔を見合わせて首を傾げた。尋ねようとしたが、リネとリネットの目は、あまりにも余裕がない。まだ聞くには早いだろう、と蛍は判断した。
そして、リネがロゼに何かを言おうとしたところで、遠くにいる男性に声をかけられた。
「おーい、リネさん。ちょっとこっちに来てくれないか?」
「ああ……舞台配置にちょっと問題があるみたいだ。君たちの席は、ロゼが案内してくれるからね」
「えぇ。私に任せてちょうだいな」
「……本当に大丈夫なのか?」
パイモンが不安気にロゼを見るが、返事がない。気がついたら、ロゼはかなり遠くの場所で歩いていた。蛍たちは慌ててロゼを追いかけた。
「あ、待てって! 案内役なのにおいらたちを置いていくなよ!」
「あ、ごめんなさい。そこまで速く歩いていたつもりはないのよ〜」
「ロゼって、足が速いんだな!」
「そ、そこまで速くないわよー。う、運動神経はよくないものー」
なぜかロゼの挙動が不審なことに疑問を持ちながらも、席についた。リネは一番前の席を取ってくれたらしい。
ロゼは隣の席の男性を見て、目を大きくさせて叫んだ。
「え、さ、最高審判官!? な、なんでここにいるんだよ」
「君は……ロゼ殿だったか?」
「あ、はい、そうです。ロゼです。私の名前を覚えてくださるとは、光栄です」
「ロゼ、最高審判官って何?」
蛍がロゼに尋ねると、ロゼは迷いなく答えてくれた。最高審判官とは、フォンテーヌにおける「公正」の象徴とも言える、一言で言えば水神の次に偉い人らしい。
それにしても、さっきの驚いたときの口調は随分と違うものだった。もしかして、このおっとりとした話し方は、演技なのだろうか? 蛍は思い切って尋ねようと口を開いた。
「ねぇ、ロゼ。ロゼってもしかして……」
「旅人さん、そろそろマジックが始まるわよ〜」
しかし、ちょうどいいところでマジックが始まってしまい、聞けずに終わってしまった。
リネとリネットのマジックは、本当に素晴らしいものだった。特に、水中から脱出するマジックは特に。それでも最後に、とっておきの入れ替わりマジックをやるらしい。
「ふふ、最後のマジックが、いちばんの目玉なのよ〜! よく見ていてね〜!」
「そうなのか!? よーし、おいら瞬きで見逃さないようにしないと!」
ロゼはマジックの内容を知っているのか、蛍たちに忠告をして、身を乗り出しそうな勢いでマジックを真剣に見ている。
そして、入れ替わりマジックのカウントダウンが始まった。
「3、2、1……」
最後のカウントダウンになり、後ろの箱にスポットライトが当てられた。その中から、リネが飛び出した。観客から歓声が上がる。ロゼはそれを満足そうに見ていた。
「おお、次は前の箱だな!」
前の箱にも派手な演出と共に、スポットライトが当てられた、そのとき。
耳が潰れそうなほど大きな音が鳴り響いた。
一瞬、会場は静まり返る。上の水槽が、箱の上に落ち、箱を潰してしまったのだ。
これも演出か、と思い蛍はリネを見るが、リネは呆然とした表情でそれを見ていた。
そして、リネに「連続少女殺人事件」の容疑がかかり、蛍とパイモン、そしてロゼは、リネの代理人になった。
「リネ、この手紙に覚えはあるかしら〜? ステージの上に落ちていたのだけど……」
蛍たちがリネと話している間、先に証拠を探していたロゼは、一枚の紙を見せた。
その紙には、一輪の薔薇の押し花が添えてあった。
「この薔薇って、もしかして……! 「薔薇の怪盗」!?」
「そうみたいだ。手紙にも、そう書いてあるよ。なになに……?
水が全ての鍵を握る」
「それだけかよ! 怪盗って秘密主義なのか?」
「そ、そうかもねー」
ロゼはぎこちなく、あはは、と乾いた笑みを浮かべていた。手汗が酷かったので、密かに服でごしごしと拭う。その仕草は、偶然にも誰にも見られなかった。