「おーい、ロゼ! 聞いてるのかー?」
「あ、あらー。私ったら、ぼーっとしてたわ〜。えっと、なんの話だったかしら〜?」
しまった、話を聞いてなかった。私はパイモンにツンツンと腕を突かれて、ようやく気づいた。
さっき置いてあった手紙は、そっと私が急いで置いたものである。この事件に水が関係することは、友人からのネタバレで、分かっているからだ。
けれど、私が置いた手紙は一旦置いて、他の手がかりを探すらしい。
化けの皮が剥がれるわけにはいかないので、旅人とパイモンに適当について行って、雑に相槌を打つ。
うーん、おかしいな。今のところ、水ってワードすら出てこないんだけど……。いや、でもネタバレ好きの友人が嘘をつくなんてことはないだろう。
「ロゼは、どれが重要な手がかりだと思う?」
おっと、ひと段落したところで、旅人が私にそう尋ねてきた。
私は何を言うか考えてなかったので、一瞬頭が真っ白になった。……そして、そのせいで、意味深なことを口走ってしまった。
「いいえ? まだ手がかりはあるはずよ〜? 確かにどれも大切な手がかりだけど、重要なものが欠けているんじゃないかしら〜?
ふふ、これはただの勘だから、信用はしないでくださいな」
「ん? ロゼって時々変なことを言うよな?」
パイモンが不思議そうに首を傾げるので、内心では汗がだらだらである。
やばい、なんか旅人も考えてる様子で首を傾げてるし。意味なんて考えても、適当に言ったことなので、マジで意味はない。考察はしなくて大丈夫なのに……。
「分かった。ロゼがそう言うなら、場所を変えよう」
「えっ、ちょ、た、旅人。私なんかの言うことを、信じていいのかしら〜? 正直、私だって、直感で言っただけなのよ〜? 他の場所に行く意味なんて、ないんじゃないかしら〜?」
やっべー、旅人、適当に言ったこと信じちゃったよ。
これは完全に予想外だ。私は慌てて、やめさせようと色々と早口で捲し立てたが、旅人は断固として譲らない。
「でも、向こうに何もなかったとしても、向こうには何も情報がなかった、と言う「情報」が得られるでしょ?」
「た、旅人がそう思うなら、それでもいいと思うわー」
必殺、人に合わせる! もう、これで調査が失敗しても、知らない! 頑張ったら、この事件も薔薇の怪盗になすりつける事で、頑張ったら解決できるし! 「犯人は怪盗だから、リネとリネットは、悪くない!」みたいなことをすればいいし!
私は、すたすたと歩いて行く旅人に、ヤケクソ気味について行った。
「そこの! そう、あんたたち! ちょっと来て。ずっとあんたたちのことを観察してたの!」
ん? ナヴィアの声がするぞ?
私は、キョロキョロしながら、ナヴィアの姿を探す。すると、遠くにナヴィアの金髪縦ロールが見えた。
どうやら、旅人が向かった先に、偶然ナヴィアが居たようだ。
「ロゼ! こっち! その旅人を、連れてきてくれない?」
「あら、ナヴィアがいるなんてね〜! 了解よ〜!」
ナヴィアがこちらに手招きしてくるので、旅人とパイモンをナヴィアの元へ連れてくる。
ナヴィアさんのことだ。この裁判を助けてくれるつもりなんだろう。うーん、やっぱりナヴィアは頼りになる、いい人である。
それにしても、絶対主人公って、「旅人」だよなぁ。
ゲームなんだから、主人公はいるだろうと思って、主人公っぽい活躍をした人の情報も、一応集めては居たが、間違いなく、「旅人」に違いない。
だって、モンドで龍を倒してるし、璃月を救ってるし、稲妻とスメールでは革命みたいなの起こしてるし、パイモンという、マスコット枠を連れているのだ。こういうゲームの主人公は、マスコットみたいな相棒を連れているのが、定番である。
そして何より、この旅人、ビジュがいい!
何というか……そう、もうとにかくめちゃくちゃ顔がいい! こんなに顔面がいいなんて、間違いなく主人公である。うん、そうに違いない。
思考が脱線してきたところで、パイモンが困った顔で私をチラチラと見てきたので、一度考えるのをやめた。
「えっと……ロゼ、この人のこと、知ってるのか?」
「えぇ! それはもう、とってもね! 彼女は、私の知り合いで、すごい人なのよ〜!」
パイモンが、私に尋ねてきたので、私は自信満々に答えた。ナヴィアが、すごい人であることに間違いはない。
「棘薔薇の会の名は、知っているでしょ?」
「棘薔薇の会……?」
旅人は、ナヴィアに向かって首を傾げた。どうやら、棘薔薇の会のことを、知らないようだ。異国の旅人らしいし、仕方ないかもしれない。
「棘薔薇の会って言うのは、どんなこともそつなくこなす、何でもござれの民間組織のことよ〜!」
「そう! そして、このあたしこそ、名高き棘薔薇の会の現会長、ナヴィア! よろしくね!」
私はさっそく、お化けレベルなコミュ力で旅人と仲良くなろうとしているナヴィアを、遠い目で見つめた。
私は別に、コミュ障ではない……ないのだが、ナヴィアのコミュ力が高すぎる。
よし、たぶん、ナヴィアはこのまま放っておいても旅人と仲良くなるし、私はリネリネ救済のことだけを、考えておこう。同時に二つを考えるのは、苦手だし。
……私がこの数年間で、掴んだ情報は、あまり多くはない。計画だって、今のところほとんど練れていない。
でも確実に、「ロシ」についての情報は得れているし、間違いなく「ロシ」がフォンテーヌの予言に関わってきそうなのは、分かっている。
フォンテーヌ人は皆、生まれた時から「罪」を抱えており、どれほど審判を行なっても、それが消えることはない。やがてフォンテーヌの海面が上昇し、罪を背負いし人々は海水に飲み込まれる。人々は皆海の中に溶け、水神は自らの神座で涙を流す。そうして初めて、フォンテーヌ人の罪は洗い流される。
────と、予言では言われている。そして、ロシの成分を解明した結果、摂取し続ければ──溶けてしまう、ということが、明らかになったのだ。
まさに、フォンテーヌの予言の内容と、一致する。メタいことをいうが、ファンタジー系のゲームの予言が嘘ってことは、少なそうだし、ロシは間違いなく、リネリネ死亡の原因なのだろう。このままでは、リネとリネットが予言通りに溶けてしまうに違いない。
予言を止めることは難しいが、遅める方法は考えてある。今、部下にロシの対抗薬を作ってもらっているところなのだ。これを開発させるために、もう少しロシの情報が必要だが──。
少なくとも今は、リネとリネットが冤罪をかけられてるんだし、こっちの解決が先だろう。
「あたしは後で準備するから、後で一緒に調査しましょ。そうね……あんたたちは、あたしの助手ってことで……」
考えるのをようやく辞めたところで、ナヴィアが旅人に向かって、ニコリと笑っているのが目に入った。
いつのまにか、ナヴィアが協力してくれることが決まったようである。
「そういえば、ロゼはずっと黙ってるな。何かあったのか?」
「特に何があったわけじゃないけれど、やっぱり、リネとリネットが心配でね。つい二人のことを考えてしまったわ〜」
「ロゼは、リネとリネットが大好きなんだな!」
パイモンがそう言ったので、私は激しく首を縦に振った。
「ええ! もちろん、私はきょうだいのみんなが、大好きなの。だからこそ──リネたちを傷つけないで欲しい」
「……どう言うこと?」
旅人が、私をじっと見た。訝しむような、そんな目で。
私はそんな旅人の目から、逃げるように目を逸らし、それからまた旅人と目を合わせた。
「リネたちは、あなたのことを気に入っているわ。決して、あなたを傷つけたり、騙すつもりはない。もちろん、私もね。それを覚えておいてくれないかしら〜? きっと、すぐにわかるから」
「ん? やっぱりロゼって、変なことを言うな? おいらにはよくわからないぞ……」
「ふふ、今はわからなくてもいい。でも、約束を覚えておいてね。きっと……きっとよ」
私たちは、「壁炉の家」の人間。つまり、ファデュイだ。テイワットでは、ファデュイは恐ろしい組織だと、怖がられているし、嫌われている。旅人が、ファデュイのせいで大変な思いをしたことも知っている。
だからこそ、リネたちは旅人に私たちがファデュイであることを言えないのだ。旅人に、嫌われたくないから。
けれど、この事件の全貌を見るには、どうしても私たちがファデュイであることを、打ち明けなければならないだろう。
でも、今はその時じゃない。旅人の協力を得れないのは、あまりにも大変だから。
「……あんた。もしかして、隠すつもりなの?」
「今はまだ、その時じゃないだけ。すぐに言うわ〜」
ナヴィアが、小声で話しながら、私の腕を肘でツンツンとつついてきた。ナヴィアには、私がファデュイであることは、とうの昔に打ち明けている。だから、私の意図をすぐに理解したのだろう。
「おーい、ロゼ、ナヴィア、こっちだ! リネたちがマジックの種明かしをするまでは、もう少し証拠を集めようぜ!」
「そうね〜! 賛成よ〜」
ナヴィアが気掛かりそうな表情でこちらを見てくるのに、見ないふりをしようとパイモンについて行こうとする。
けれど、ナヴィアに手を掴まれて、足を止める。
ナヴィアは、見たこともないくらいに、怒った顔をしていた。
「えっと、どうかしたの?」
「──あたしに、少しは相談して。何か意図があるんでしょ?」
「──えっと、それは難しい……かしら」
なぜ怒っているのかすら分からず、私は正直に答えた。ナヴィアには、相談できることはしていたつもりだったけど、これ以上話して怪盗に繋げられたら困る。
それに、私個人の事情で、ナヴィアとはある程度距離を取りたいのだ。
「……どうして?
あたしのこと、旅人に知り合いって言ってたけど、あんたにとって、あたしは友達ですらなかったの? だから、またあたしに隠し事をしてるの? もっとあたしを頼ってよ。
……あたしは、あんたのこと、ずっと友達だと思ってたのに」
「──私のことを、知らないから言えるのよ」
自分の口から出た声が、思っていたものよりずっと冷たくて、私は自分の口を反射的に抑えた。
ナヴィアは、呆然とした顔で、私を見ている。
「…………ごめん」
私が怪盗であると、バレた時。私が、白日の下に晒された時。
怪盗が友達だったことがバレたら、棘薔薇の会の信用を失ってしまう。だから、ナヴィアとは一定の距離を保たないとダメだ。会長のナヴィアの、友達を名乗るわけにはいかない。
傷ついた表情のナヴィアを見たら、「本当は私も友達だと思ってる」と、そう言いそうになる。でも、私は、唇を噛み締めて、言葉をかき消した。そう言われて将来的に困るのは、ナヴィアだ。
お互い、何も言えずに場が静まりかえる。
そんな中、なかなかついてこない私たちを不思議に思ったのか、パイモンがこちらにふわふわ浮かびながら、やってきた。
「ロゼ、ナヴィア、どうしたんだ? 早くマジックの種明かしを、見に行こうぜ!」
「……そのこと、なのだけれど」
私は、緩く首を横に振って、無理に笑った。
「私は、今から一人で証拠を集めようと思う。手分けした方が、早く終わるでしょう?」
「……ロゼ」
「マジックの種も、私は知っているから、聞く必要はないのよ〜。まぁ、実物を見た方がいいでしょうから、旅人たちは、リネに詳しく聞いてくださいな。その間にも、調査は進めておくから」
「……ロゼ!」
まるで捲し立てるように、早口で言い切って、私は旅人に背を向けた。
ナヴィアの咎めるような声は、聞いてないふりをして、私は、早足でその場から逃げた。
逃げ出した私は迷わず、歌劇場を出る。メタ読みをするなら、この事件にも、伏線としてロシや原始胎海の水は関わるはずだ。あ、原始胎海って言うのは、多分友人の言ってたなんとかの水の正体で、ロシの原液のことである。
そして、この事件の後に、予言の出来事が起きて、リネたちが死ぬ……とか、そんな展開なんだろう。
……メタいこと言うが、多分この事件私がいなくても解決するよなぁ。正直、事件の犯人とかよくわかんないし、旅人に任せておいて、平気な気がする。序盤に、メインキャラが死ぬことは無さそうだし、リネリネ死亡はもうちょっと先だろう。
調査をしないわけではない。でも、犯人を探しているだけじゃ、リネリネ死亡は防げないだろう。
なら、私は私のやり方で調査しよう。
本当にこの事件で二人が死なないのかを、調べることにする。事件の犯人は旅人とナヴィアが見つけるだろうし。私は私のやるべきことをやるのみだ。
────でも、ナヴィアの顔が、頭から離れない。
私は、唇を噛んでから、気持ちを振り落とすかのように、強く地面を蹴った。……余計な、期待をするな。友達だと思っている、と言われて、わざわざ喜ぶな。
私は自分にそう言い聞かせて、歌劇場に背を向けた。
「──や、リリア。君にひとつ聞きたいことがあってね。ああ、お代は弾むから安心してくれていい」
真っ先に向かったのは、同じ犯罪者仲間のリリアの居る場所だ。彼女は外国出身だから、視野も深いだろう、と考えてのチョイスである。
あ、もちろん、今の私は怪盗の服を着ている。怪盗とリリアはそこそこ話したこともあるから、少しくらいは教えてくれると思ってたけど、リリアは眉を顰めている。教えてくれる空気では無さそうだ。
「……怪盗か。本当に気配もなく、いつも後ろにいるわね。でも、あたし、今忙しいの。だから、無……」
「リネとリネット」
「……は?」
私がリリアの耳元で小さく呟いてみせると、なぜかリリアは大きく肩を震わせた。そして、私を恐れるような目で、震えながら見てくる。
えぇ……なんか二人について知ってたりしないかなぁ、と思って呟いただけなのに、怯えてるんだけど!?
も、もしやリリアはファデュイに何か恨みでもあったのだろうか。
「な、なんでそれを知って……」
「君は、(ファデュイに)何をされた。私はそれが知りたいんだ。忙しいらしい君には悪いけどね」
「(コーウェルに)何をされたかって聞かれても……う、いや、分かったわよ! あたしはあいつに水をかけられたの! だからびっくりして……」
え、ファデュイに水をかけられただけ!?
私は、何故か悔しそうな顔をしているリリアを見て、ひどく困惑した。
ファデュイに水をかけられてトラウマになるってそんなこと……あっ! もしかして、いじめられていたのか! それならそうと言えばいいのに。
「言いづらいことだとは、思う。でも、俺は、言うべきことだとも思うよ」
「──本当、どこまで分かってるんだか。これだから天才は」
慰めただけなのに、リリアに天才って言われた。今の私の発言に、天才要素はあったのだろうか。
さっきから、絶妙にわからないことが多い。
リリアは私を置き去りにしていることに全く気付かず、諦めたように言う。
「はぁ、もう分かってるだろうけど、コーウェルを殺したのは、あたしよ」
「……えっ」
何だ、いきなり。私は、一瞬だけ硬直してから、ポーカーフェイスを無理矢理貼り付けた。
コーウェルって、リネとリネットのマジックの事故で死んだ人だよな?
その、コーウェルを殺した犯人が、リリアってこと……!? え? なんで急に答えたの!?
「何驚いたフリしてるの? しらばっくれても無駄だからね」
「は、はは。そ、そうかー」
私は強がって、まるで分かっているかのように笑ってしまった。リリアは、私をなんだと思ってるのだろう。私は、馬鹿である。決して、ちょっとヒントを与えただけで、「犯人は君だ」とか分かるタイプではないのだ。訂正したいけど、信じてもらえる雰囲気ではない。
……いや、でもせっかくなら賢い系キャラで行った方がカッコいいか。怪盗がポンコツとか、嫌だし。
それにしても、二人がどうやったら死なないのかを調べようと思ったのに、なんか犯人わかっちゃったよ。
ど、どうしよう。旅人に言うべきかなぁ。でも、一般人のロゼが、犯人を特定するのは明らかにおかしい。
「……ふ、いいことを思いついた」
それなら、一般人じゃない人──怪盗が旅人に言うのはおかしくないはずだ。
私は勝手に納得してこくこくと一人で頷いた。リリアは何故か、そんな私を見て、またガタガタと震え出す。
「い、いいことって何よ」
「──さ、さて、なんだと思う」
やべ、口に出てたのか。私は、焦りながらも、うやむやにすることで誤魔化した。
リリアはまだ何か言いたそうにしていたが、誰かが近づいてきたらしい。尻尾を巻いて、その場から逃げ出した。
「まずい……人が来たわ。さよなら、怪盗。あたしのことはバラさないでくれると助かるよ!」
「え、ちょ、まっ……」
おい、逃げるなリリア! 私はまだよく状況を理解してないんだぞ! そう叫びたいが、叫んだら困るのは私である。私は感情を抑えて立ちすくんだ。
私、これから何をするのが正解なの? 明日の裁判の前に、カードでも書いて、歌劇場に落としておくとか?
「コーウェルを殺したのは、リリアです」って、書いた方がいい?
いや……でも、流石に二回目だと、「ロゼがいる時だけこのカードが落ちてないか?」とか疑われるかな。
「ん? あ! 旅人! もしかして、あ、あいつが噂の怪盗じゃないか!?」
「…………え」
私が考え込んでいたら、聞き覚えのある甲高い声が聞こえた。
私は、勢いよく振り返る。
後ろには、主人公こと旅人と、その相棒のパイモンがいた。
な、なんてこったー。リリアの言っていた人って、旅人のことかよ! 早く逃げたいが、主人公補正で、逃げようとしても捕まりそうだ。ここは、穏便に済ませなくては。
私は、怪しげな笑みを作った。
「や、君が噂の旅人殿か?」
「そうだぞ! それより、おいらたちの質問に答えてくれ!」
「ふふ、それは失敬。名乗りを忘れるとは、俺らしくもない」
私は内心で、とんでもなくビビりながら、余裕そうに笑って軽く礼をして見せた。
旅人は、警戒して剣を抜いている。一応、私もマントの中に片手剣とナイフ数本を忍ばせてはいるが、旅人に勝てる自信はない。私は遠回しに、剣を仕舞うように促すことにした。
「君たちの言う通り、俺は怪盗さ。ただし、今俺がここにいるのは、君と話をするためだ。君と戦う意思はない。どうか警戒を解いてくれないか。
君にとっても、これは有益な話になるだろうからね」
大嘘である。偶然鉢合わせただけだが、そんな間抜けな怪盗は嫌だ。私は、まるで全てを分かっていたかのように、言っているが、もちろんそんなことはない。
「有益な話?」
旅人は、構えていた剣を一旦下ろす。仕舞ってはくれなそうだが、話は聞いてくれそうだ。
私は、旅人に話をしながら、元素を操って、壁炉の家までワープ地点を繋げる。すぐに逃げられるようにするためだ。
「そう──君が今追っている事件の真相について、知りたくないかい?」
「知りたい……けど、何が目的?」
「いや、単純な話だよ。俺は個人的に、この事件を解決したい。でも、俺は犯罪者だ。歌劇場に赴けば、審判されるのは俺だろう。だから、君を利用して事件を解決することにした。それだけさ」
私が淡々と説明すれば、旅人は一旦納得したらしかった。今がチャンス! 私は、ミステリアスさをかなぐり捨て、「コーウェルを殺した犯人はリリアだ!」と直球に言うことを心に決める。怪盗なら、それっぽくヒントを与えるのだろうが、そんなこと言ってられないのだ。
「君が気をつけた方がいい人物……は……」
私がそこまで口にした瞬間。私は盛大に咽せた。けほけほと、何度も咳を繰り返す。
旅人は心配そうに私を見ているが、私が咳き込んだのはくだらない理由だ。ただ、砂埃が偶然喉に入ってしまっただけである。
「だ、大丈夫か……?」
「へい……き。けほっ、リ……に気をつけ……」
私が、喉の違和感を感じながら、なんとかリリアの頭文字だけ口にすることに、成功すると、旅人はハッとした顔になった。
「……まさか」
旅人は何かを思いついたのか、そう呟いた。
え? 今のヒントだけでたどり着いたの? さっすが主人公。本当に分かっているか確認したいが、時間がない。そろそろ、他の人が来てしまうだろう。でも、主人公なんだし、まさか犯人を間違えるなんて、そんなことあるわけがない。
私はすっかり安心して、炎元素を纏った。旅人は、私の出した炎の熱さに、一歩足を引く。
「……期待しているよ。旅人殿」
私は、その隙を使って壁炉の家にワープした。
そして次の日。私は歌劇場に来た瞬間窮地に立たされた。
「ロゼも、リネもリネットも────みんな、ファデュイなんでしょ。どうして黙ってたの」
……なんで知ってるんですかねぇ!!
私はいつのまにか調べ上げられていたことにビビって、固まった。
わ、私何かバレるようなことしたかな。してないと思うんだけど。思い当たる節といえば……もしかして、昨日の怪盗の発言?
私、頭文字だけ教えたけど、「リ」がつく人の名前って、リネとリネットも当てはまるのでは?
もしかして今、リネたちが犯人だと勘違いされてたりしないだろうか。そうだとしたら、誤解である。
「そうだよ、黙っててごめん。僕たちは、確かにファデュイだ。でも、ロゼはエージェントじゃない。だから、ファデュイじゃないのと、同じなんだ。せめて、ロゼだけでも信じてほしい」
「……そうだとしても、どうして黙ってたんだ?」
旅人とパイモンは、私たちを疑っているようだった。
完全に、私の不手際だ。私があそこで頭文字だけ呟いたせいで、こんな面倒なことになってしまったのだ。
ゲームでは、こんな早くにバレなかったに違いない。私はどうにか、正しい展開に戻そうと、口を開く。
「だって……私一人じゃ、この冤罪を解くことなんて、出来っこないもの! リネとリネットが何も悪くないのに捕まるなんて、嫌だったの! だから、あなたたちを利用しようとした! 全部私が悪いの……ごめんなさい」
「……ロゼ。これは、冤罪なんだよね」
「そうよ。リネたちは、何も悪くない」
私がリネたちを庇うように、前に立てば、旅人は私の目をじっと見てきた。私は、旅人の目をそっと見つめ返す。
一瞬緊迫感が走り抜け、そしてふっ、風が吹くようにと途切れる。旅人が、目を逸らしたからだ。
「裁判には協力する。でも、あなたたちを信じることはできない」
「……旅人、ありがとう。でも、実はまだ言ってないこともある。私たちがここに来たのは、諭示機について調べるためでもあったの」
これまで黙っていたリネットは、旅人にそう打ち明けた。旅人は、リネとリネットから、詳しく話を聞いている。そうなれば、私はひたすらに暇だ。
今回のファデュイの任務について、私は詳しくお父様から話されていない。それは、恐らく私を巻き込まないためでもあるし、そこまで信用してないのもあると思う。
私はリネとリネットの説明を手伝うことすらできないのだった。
────だからこそ、リネたちが旅人からついでにされた話で、さらに私に勘違いをしていたなんて、到底思っていなかったのだ。
「ロゼってサーカスの出身らしいよ」
「え? ……ロゼは、病弱なのにそんなこと……。ああ、もしかして珍しい目の色を見せ物にされて……」
「……やっぱりそうなんだね。僕の目を綺麗と言ったのは、そう言うことだったんだ」
そんな話をされてるとは思わず、私はぼーっと窓の景色を眺めていた。
さて、裁判が終わったら……私は何をしようか。もう、これ以上リネとリネットと居たら、この暖かさに慣れてしまいそうだ。
私は、一人小さく笑う。
いつか、この関係も終わりを迎える。それなのに、こんなに甘えていたら、壁炉の家から離れた時、私はどうなってしまうのだろうか。
でも、せめて、会えなくなるギリギリまでは、みんなと過ごしていたい。
……そう思うのは、強欲なのだろうか。リネを傷つけた私に、みんなのそばに居る資格なんてあるのだろうか。
考えても優柔不断な私は、いつまで経っても考えを纏められなかった。
ぐるぐると思考は渦を巻いて、私の脳内を支配する。それはリネたちが旅人に説明を終えるまで、続いた。