養殖が天然に勝てると思うなよ?【本編完結】   作:物体Zさん

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記念すべき100話目!!


ふぅ〜!やっと帰れる!風呂入りてぇー!

 

 

 

 

 「これは私が引き取ろう」

 

 選別官に向かって私は静かに言った。

 

 「よろしいのですか?コイツは生き残った赤子の中でも不気味なヤツです。産まれたその瞬間から泣きもせず、ずっと目の奥を覗き込んでくるんです」

 

 「構わん」

 

 私はしゃがみ、その赤子を見据えた。まだ一歳、だが小さな脚でしっかりと立ち、私を見返すその瞳には確かな意思があった。いや、それは意志などという生易しいものではない。底の見えぬ深みと、何かを期待するような光があった。

 

 ()は一瞬息を呑む。巨躯のヤウジャ──あの夢で見た、未来に現れたエイペックスと同じ目だ。

 

 「ついてこい」

 

 私は背を向けて歩き出し、赤子を選別の間から連れ出した。向かった先は、かつてオリオンが私を育てた掘立て小屋。粗末で寒々しい小屋だ。だが私にとっては忘れられぬ場所、苦痛と教練の記憶が蘇る場所でもある。

 

 「ここで暮らせ」

 

 「え?ここで?」

 

 赤子は首を傾げ、信じられぬほど流暢に言葉を発した。一歳の幼児がこんなに喋るなど常軌を逸している。正直、気味が悪い。だが……同時に背筋が粟立つほどの可能性を感じた。

 

 「腹減ったんだけど」

 

 「自分で狩れ。そこらの岩場にガナトスがいる。小さい奴ならお前でも狩れるだろう。大きいのはまだ早いがな」

 

 「え?マジ?」

 

 「……マジだ」

 

 私の声は自然と低くなる。これは教育だ。突き放し、試すことから始めねばならない。だが私の内心はざわついていた。──本当に狩れるのか? まだ小さな手で、牙も爪も未熟な子供が。

 

 「それと……お前に名を付ける。エイペックスだ。我らの言葉で【頂点】を意味する。忘れるな」

 

 「サラッと名付け!」

 

 赤子は不満そうに叫んだが、その瞳は燃えていた。名を受け止める者の覚悟があった。

 

 私は小屋を出るため踵を返した。

 

 「え!どこ行くの!」

 

 「私には他に仕事がある」

 

 そう言い残して去った。──嘘だ。何もない。ただ突き放すことで、奴の強さを試すためだ。

 

 私は小屋から離れながら心の中で呟く。

 

 あれが未来を背負うヤウジャか。あの巨躯の戦士を、私自身の手で生み出すことができるのか。

 

 だがやるしかない。

 

 全てはアヌ族のために。

 

 

 

 三年が経った。あっという間だった。

 

 私は小屋に戻った。あの日奴を置き去りにして以来、直接会うことはせず、ただ遠くから見守っていた。

 

 奴はやはり不思議な存在だった。狩りを教えた覚えもないのに、岩場へ向かいガナトスを捕らえては貪っていた。小さな牙で噛み裂き、まだ未熟な腕でしがみつきながらも、確かに獲物を仕留めていた。

 

 だが、極めつけは……よく分からない動きを繰り返していたことだ。

 

 「よっしゃ!毎日走って筋トレだー!!!」

 

 奴はそんなことを叫んでいた。走るのは分かる。走ることで脚を鍛え、狩りに備えるというのは理解できる。だが“筋トレ”とは何だ?私は初めて聞く言葉に首を傾げた。

 

 そして奴はおもむろに大地に身を沈め、奇妙な動きを始めた。

 

 両腕と両脚を地につき、胴体を上下させる動作──まるで地に身体を打ち付けているような……。

 

 次には立ち上がり、蟹股で腰を上下に動かす。何かの儀式か?と錯覚するほどの不可解さだった。

 

 さらには廃材置き場から鉄の棒を拾い、両端に岩を突き刺し、それを持ち上げては下ろす。まるで自ら苦痛を好んで背負うかのような行い。

 

 「なんだあの動きは……?」

 

 私は岩陰からその様子を眺めながら、眉を顰めるしかなかった。ヤウジャにとって鍛錬とは、狩りの中で培われるものだ。獲物を追い、獲物とぶつかり、血を流し、痛みに慣れる──それが全てだった。

 だが奴は獲物もいない場所で、自らの身体を追い込んでいた。

 

 意味があるとは到底思えなかった。最初はただの奇行としか見えなかった。

 

 ……しかし。

 

 暫く経つと、奴の身体はみるみる大きくなっていった。

 

 筋肉が膨れ、肩幅が広がり、声は低く、動きは鋭さを増した。

 あの小さな赤子は、もうすでに幼き狩人の片鱗を見せ始めていた。

 

 「エイペックス……やはりお前は、特別だ」

 

 私は誰に聞かせるでもなく呟いた。

 

 そして四歳になった奴を、私は船に乗せた。

 

 奴の身体は同年代と比べても既に遥かに大きく、筋肉が隆起し、背筋には確かな力強さがあった。あの奇妙な鍛錬と、獲物を貪ることで積み重ねた成長は三年という歳月を無駄にしていなかったのだ。

 

 奴は初めて乗る船に目を輝かせ、あちこちをきょろきょろと見回していた。

 

 「え!旅行いくん!?」

 

 なんともお気楽な言葉だ。だが、これから向かうのは“旅行”などという甘いものではない。

 

 私は奴に課す試練を決めていた。いや、正確には試練と呼ぶには誇張も誤りもある。だが奴を任されているのは私だ、細かい定義など関係はない。

 

 船の航路を設定し、私はすでに調査済みの星を目指した。その星は暖かく、天候は常に快晴に近く、環境としては過ごしやすい。だが油断はできない。生息する野生生物のいくつかは獰猛で、植物の中には知らずに口にすれば即死するものもある。

 

 ヤウジャに必要なのはただの力ではない。狩るために獲物の気配を読み、食すためにそれが毒か否かを見抜く。その眼と勘を鍛えるには格好の場所だった。

 

 やがて船は大地に降り立つ。私はハッチを開け、奴を振り返った。

 

 「三年後迎えに来る。それまで生き残れ」

 

 「え!?三年!?嘘でしょ!?」

 

 奴の声は驚愕に満ちていた。だが、私はそれ以上言葉を返さなかった。

 

 背を向け、船を上昇させ、衛星軌道上で待機する。

 

 これから三年間──私は奴を見守る。だが手は貸さない。獲物を狩り、食い、眠り、また立ち上がる。そうして生き延びるか死ぬかは奴次第。

 

 それこそが本当の試練なのだ。

 

 

 

 

 

 

 「何をしている!?!?」

 

 奴を星に放ってから間もなく、私は船内でモニターに映し出される奴の様子を観察していた。

 

 奴はただ生き延びるために肉を喰らうだけではなかった。あの奇妙な鍛錬を毎日、欠かすことなく続けていたのだ。

 

 しかも、鍛錬だけに留まらず、自ら進んで獰猛な獣に挑みかかっていた。牙を剥く猛獣に正面から突撃し、転がされ、血を吐きながらも立ち上がる。そして再び挑む。

 

 最初こそ死にそうな有様だったが、数度の戦いを経てついには討ち倒したのだ。獣を屠り、その肉をむさぼる様を私は息を呑んで見つめていた。

 

 「なんて奴だ……!」

 

 私が同じ年齢の頃、ガナトスですら苦戦した。牙に噛まれ、爪に裂かれ、それを避けることに必死だった。だが奴は、ガナトスよりも大きな獣を、わずか数度の挑戦で屠ってしまったのだ。

 

 討伐の後、奴はまたあの奇妙な鍛錬を始めた。大地に両腕を突き、胴を上下に沈める動き。蟹股で腰を揺らしながら上下する動き。そして鉄の棒に岩を括りつけ、それを何度も持ち上げる。

 

 「なんなんだ、あの動きは……!?」

 

 私には到底理解できない。狩りにも、鍛錬にも見えない。だが事実、奴の身体は日を追うごとに逞しくなっていった。筋肉は膨れ、背丈は伸び、瞳には妙な光が宿っていた。

 

 奴の鍛錬は必ず決まった時間に行われた。

 

 朝、泥水をすすり、獲物の肉を食い、三十分後に鍛錬を始める。鍛錬が終わればまた肉と泥水。走り込みの後にまた肉と泥水。三十分の間隔を守りながら、ひたすらそれを繰り返していた。

 

 「儀式か……?」

 

 そう思うほど規則正しかった。時折、鍛錬の合間に植物を口にすることもあった。

 

 「おい……やめろ……!」

 

 思わず操縦席から身を乗り出した。モニター越しの奴が食んだのは、食せば即死こそ免れるが、体が痺れしばらく動けなくなる危険な植物だったのだ。

 

 次の瞬間、奴は全身を震わせ、泡を吹きながら倒れ込んだ。

 

 「馬鹿者……!!」

 

 思わず叫んだ。心臓が喉から飛び出そうになる。だが、やがて奴は立ち上がった。まだ幼子の身体に見えるその小さな胸が大きく上下し、痙攣をものともせず再び歩き出したのだ。

 

 それだけでは終わらない。信じられないことに、奴は痺れの残る身体で再びその植物を食み、肉と共に咀嚼した。

 

 「なんなんだ!?!?」

 

 理解が追いつかない。毒を喰らい、苦しみ、なおも食す。常識では考えられない行為を奴は繰り返した。

 

 数日後、同じ植物を喰らっても奴の身体は痺れを起こさなくなった。

 

 「耐性を……獲得したのか?」

 

 あり得ない。だが奴の身体はそれをやってのけた。毒を喰らい、死の淵を覗き込み、なお生き延び、その身を毒すらも力へと変えていったのだ。

 

 私はただ呆然と見ていた。いや、呆然とせざるを得なかった。

 

 ──三か月が経った。

 

 奴は毎日欠かさず鍛錬を続けていた。走り、筋肉を震わせ、奇妙な動きで身体を苛み続けた。肉を喰らい、水を飲み、毒草すら食い慣らした。

 

 ある日、モニターに映る奴が獣の群れを相手にしていた。まだ四歳。だが奴は咆哮を上げ、獣達の間を駆け抜け、己の体格を凌駕する敵に牙を突き立てていた。

 

 「獣と変わらぬ……いや、それ以上か」

 

 私はそう呟くしかなかった。

 

 私が生きてきた幾星霜の中で、こんな幼子は見たことがない。

 

 奴はただ強いだけではない。己を追い込み、己の肉体を創り上げている。私には理解できぬ奇妙なやり方で。

 

 「エイペックス……」

 

 心の中でそう呟いた。

 

 未来に見たあの巨躯のヤウジャ。その瞳と同じ光を持ち、あの名に恥じぬ歩みを既に始めているのかもしれない。

 

 私は深く息を吐き、モニターを閉じた。

 

 ──恐ろしい。だが、同時に希望でもある。

 

 

 そうして奴は、この星で三年間を生き抜いた。

 

 毎日を戦い、鍛え、食らい、骨の山の中で眠り、時に毒に倒れながらも決して死ぬことはなかった。生まれながらに異質であったが、この三年でそれは確信に変わった。奴は他の赤子とは決して同じではない。

 

 私はそれを見届け、ついに迎えに行った。

 

 「おお!!!お迎えだ!!!」

 

 奴は七歳になっていた。迎えに行った私を見た瞬間、飛び跳ねるように声を上げる。幼児らしい喜びを隠そうともせず、全身を震わせていた。

 

 だが、その身体は幼児どころではなかった。既に私と同じほどの体高があり、筋肉量に至っては軽く私を超えていた。肩幅は広がり、胸板は厚く、ドレッドは重々しく揺れていた。見た目だけなら歴戦の狩人と見紛うほどである。

 

 「……ふむ」

 

 めちゃくちゃデカくなってるやんけ。

 

 しかし……私は臆さなかった。表情を見せず、淡々と告げる。

 

 「いくぞ」

 

 「ふぅ〜!やっと帰れる!風呂入りてぇー!」

 

 フロ?奴は跳ねながら言う。

 

 「誰が帰ると言った?」

 

 「え?」

 

 奴の目が大きく見開かれた。

 

 私は奴を船に乗せ、そのまま次なる星へと針路を取った。

 

 ──次の試練の地。

 

 灼熱と極寒が交差し、昼と夜で環境が極端に入れ替わる過酷な星。昼には皮膚が焦げるほどの太陽光が降り注ぎ、夜には骨の髄まで凍り付く冷気が吹き荒れる。水は岩の奥深くにしかなく、食物は限られ、そこで生き残る生物は並大抵ではない。

 

 「この星で生き残れるヤウジャは少ない。だが……奴ならば」

 

 私は口の中でそう呟き、確信と不安の入り混じった胸を押さえた。

 

 船は地表に降り立ち、私は奴を引きずるようにしてハッチの外へ放り出した。

 

 「次は七年後だ。精々生き残れ」

 

 「え?マジで言ってる?プレデターの育児エグない?」

 

 奴は叫んだ。だがその声には恐怖よりも苛立ち、そして奇妙な高揚が混じっていた。

 

 「あぁ……そうだ。お前にこれをくれてやる」

 

 私は奴に、特注のマスクとリストブレイドを与えた。ジオメトリクス族に依頼して作らせた品だ。見た目は標準的で特別な仕様はない。ただ、奴の成長に合わせて形を変える特殊合金で打たせたものである。

 

 「これは……」

 

 奴が目を輝かせた瞬間、私は更に背から一本のスピアを取り出し、奴の前に放った。

 

 「そのスピアもくれてやる」

 

 奴が拾い上げたそれは、私が成人の儀以来使い続けてきたスピアだ。名をゴンジ。かつてオリオンが私に名付けてくれたもの。臆病な私に少しでも力をと与えられた名だ。

 

 「これは……重いな」

 

 奴は両手で握り締め、胸に当てる。

 

 「お前には相応しい。これからはその重みを背負え」

 

 私は言い残し、再び船に戻った。

 

 「じゃあな」

 

 振り返らずに言い放つ。

 

 「お、おい!?本当に行くの!?七年!?冗談だろ!!!」

 

 奴の声が背中に突き刺さる。だが私は決して振り返らなかった。

 

 船は静かに離陸し、衛星軌道上へと戻る。

 

 私は操縦席に腰を下ろし、深く息を吐いた。

 

 「……あれでいい。あれしかない」

 

 見守る。それが私の役目だ。手を出してはならない。未来に現れる巨躯のヤウジャ、エイペックス。その未来を生み出すのは私であり、あの赤子自身だ。

 

 モニターに奴の姿が映る。

 

 砂塵に立ち、マスクを装着し、リストブレイドを展開し、そしてスピアを肩に担ぐ。

 

 「フン……悪くない顔だ」

 

 私はそう呟き、椅子の背にもたれた。

 

 これから七年間、奴は生きるために戦い続けるだろう。灼熱と極寒の地獄で、獣を狩り、毒を喰らい、倒れ、立ち上がり、また歩み続ける。

 

 そして七年後、私の前にどんな姿で立つのか。

 

 「見せてみろ……エイペックス」

 

 私は目を閉じ、己の胸に疼く期待を押し殺した。

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